央都の人々とジルの苦悩
大陸の三分の二を勢力下に置く四大国家。国土面積に関しては、リビティウム皇国は四大国の中でも下から二番目の国なのですが、それでも地球で言えばロシアとヨーロッパの一部を合わせた程度の面積を占有しています。
おまけに国土の半分が山岳地帯で、残りの更に半分が寒冷地帯という厳しい環境です。
そのようなわけで、同じ国内とはいえユニス法国からシレント央国まで戻るとなると、時期にも寄りますが普通であれば半年一年とかかるのが普通なのですが、私たちには幸いにして〈真龍騎士〉となったルークと、〈真龍〉であるゼクスがいましたので、余裕で全員を背中に乗せ、わずか丸一日ほどでシレントへ到着することができました。
「ああ、これで煩わしい生活とは縁切りですわ! これからはどこにでもいる平凡な女の子として、ありがちで慎ましい生活を送りますわよ!」
見えてきたシレントの町並みを前にして、ようやく戻ってきたという安堵と喜びとともにこれからの日常を思って、今後の抱負を放つ私。
「「「「「「「「「いやいやいやいや、無理!」」」」」」」」」
その途端、周囲から一斉に無慈悲なツッコミが入りました。
「……それはまあ、無理っぽいのは自覚していますけれど、いまぐらい夢を見てもいいじゃないですか」
ため息をつきながら、『ないない』と手を振る仲間たちの顔を見回す私。
思い起こせば、一年前に〈不死者の王〉との相撃ちボンバーで三十年前の過去にタイムスリップ。
なんだかんだあって巫女姫クララとなったのを、なんとか振り切って現代へ戻れば、生まれの不幸からまたもや巫女姫クレールヒェン(=クララ)という十字架を背負わされ、聖都では下にも置かないおもてなし。
「ぜひ今後も聖地に止まって教団をお導きください!」
と、口説く賢人会や貴族の方々に対しては、
「私はまだ学生ですので、央都で暮らします! 卒業後? 寿退職する予定ですので、ご期待には沿えませんわね」
そう適当に言いくるめて、半ば強引に引き止める手を振り切ってきましたけれど、央都に滞在しているということは言ってありますので、遠からず教団の追及の手は伸びてくるでしょう。
とりあえずは学園やルークが防波堤になってくださるとは思いますけれど、それ以上に私自身がしっかりしなければいけない。それはわかるのですが、懐かしの我が家を前にした時くらいは夢を見てもいいではないですか。
この一年の間の怒涛の出来事はすべて夢で、目覚めると穏やかで平穏な日常がが待っているのだと……。そう夢を見ても罰は当たらないと思いますわ。
◆ ◇ ◆ ◇
この日、シレント央国の央都シレントは沸騰せんばかりの熱狂に震えていました。
沿道を埋め尽くした人の波は途切れること知らず、老若男女身分種族を問わず歓声をあげ、手を振り足を踏み鳴らしています。
建物の二階やベランダから舞い散る色とりどりの花びらに、魔法で打ち上げられる花火。踊る踊り子に道化師。振る舞われるただ酒や食事。子供たちの歌声。
そうしたお祭り騒ぎの中を、見るからに豪奢な純白の車体に金の装飾が施された屋根のない馬車が、ゆっくりとメインストリートを進んでいきます。
人が歩くのと変わらない非常にゆっくりとした馬車の速度に合わせて、上空を鳩が舞い、見つめる人々は手にした花束や紙吹雪を、満遍なく主役たちへと振り撒くのでした。
人々の祝福を受け、馬車に座ってにこやかに笑顔で手を振る主役たち。
片や大陸史上初の〈真龍騎士〉であり帝国皇帝の継嗣ルーカス殿下。
片やその彼が一年をかけた冒険の末に再会を果たせた〈巫女姫〉クレールヒェン王女。
そして、後続の馬車には頼もしいその仲間たちが座っています。
まるで物語か神話にでてくる英雄とお姫様を髣髴とさせる――いえ、実際に町の人々にとってはまさに現在進行形で見えることができるソレであり、沿道に集まった人の波は、そんなふたりを一目見ようとする集まった人々の姿でした。
央都中の人が集まったかのような大群衆と大歓声。
そんな中を、ふたりずつ五台の馬車に分乗して練り歩く私たち。
……まあ、ぶっちゃけ晒し者です。
「――と。そんな夢をみたのでした」
そうして、一方の主役である巫女姫は、半ば口から魂が抜け出した幽体離脱状態で笑みを張り付けたまま、機械的に手を振って周囲の歓声に堪えて……いえ、応えています。……しくしく……。
「わはははははははっ、愚民どもよ。クララ様とワタシを讃えるがいい! 愉快痛快! わははははははははっ」
「よろず商会よろず商会をよろしくですにゃ。おはようからおやすみまで、皆様の暮らしを支えるよろず商会ですにゃ!」
「うむ。皆の者大儀である。すばらしき英雄と美しき巫女姫の凱旋を心から祝おうではないか!」
後続の馬車の上で仁王立ちになり、満面の笑みで手を振るコッペリアと、どこにしまっているのか大量のビラを配りまくるシャトン。そして王女としてのドレス姿で音頭を取るリーゼロッテ様。
あれくらいはっちゃけられれば、一周回って人生楽なんだろうなぁと思いつつ、
「……随分と鮮明な夢ね、これが噂に聞く明晰夢かしら」
本日何度目かになるかわからない独り言を口に出していました。
「あの、ジル……えーと。何度も言いますけれど、これは夢ではなくて現実です」
帝国の公子様として、こういった凱旋パレードにも慣っこなのか、他の面子が(一部弾けているのを別にして)ぎこちなく照れて小さく手を振っているのに対して、ごくごく自然体で対応しているルークが、何度も小声で私に言い聞かせるように説明を繰り返します。
「いいえ、夢ですわ。いきなり正門を抜けたら儀仗兵が大挙して待ち構えていて、先頭にリーゼロッテ様がいて、そのまま王宮までパレードとかあり得ませんもの」
だから夢よ。
本当の私はごく普通に通行料を払って町に入って、辻馬車とかを拾って真っ直ぐにルタンドゥテへ戻っているはず。
心配をかけたモニカやカーティスさんにお小言をいただいて、それでも再会を喜んでくれて、それから部屋に戻ってフィーアに会うのよ。
エレンに聞いた話では、一年前のアレ以来、フィーアはほとんど冬眠状態で私の寝台から起き上がらないとか。すぐに戻ってフィーアに「ただいま」って言わないといけないのに、こんなところに私がいるわけはないわ。
「もしくはドッキリね。どこからか『悪戯成功』の札を持ったスタッフが出てくるに決まっていますわ」
「……いや、まあ、僕もまさかここまで用意周到に準備していたとは思いませんでしたけれど、ジルが巫女姫になったのが八日前ですし、伝令だけなら四~五日もあれば大陸の端から端まで届きますから十分に可能と言えば可能なのですよね」
ちなみに伝令の件ですが、嘘か本当か知りませんけれど、各王家や一部のギルドには相互に会話するための超帝国謹製魔法水晶が秘匿されているそうです。
その気になればリアルタイムで相手の顔を見ながら会話ができるそうですが、唯一の欠点は事前に登録していた相手としか通話できないので、A地点からB地点程度なら問題ありませんが、途中でさらにC地点からD地点へ経由すると、途端に伝言ゲームと化してしまうことが多々あり、下手をすると友好のメッセージの筈が宣戦布告になる危険性があることから、どこの国でもなるべく使わないようにしているとか。
今回、それが使われたのかどうかは不明ですが、私たちの到着は事前に知られていて、こっそり自宅に戻るはずが、手ぐすね引いて待ち構えていたリーゼロッテ様たちによってあっという間に支度が整えられ、準備されていた馬車に二人一組で分乗させられ、こうしてわけのわからない状況へ追い込まれているわけです。
「だからといって実績のない巫女姫をこんなに歓迎するなんておかしいではありませんか!」
「ジルはご存じないかと思いますけれど、もともとこの一年で調査学習の最中に復活した〈不死者の王〉と〈巫女姫クララ〉の話題はリビティウム中に流布していましたから。その当事者が現れたとなればこれくらいの騒ぎは当然だと思いますよ」
「……おまけに史上初の〈真龍騎士〉様もご一緒ですものね。目立つはずですわ」
なるべく嫌味にならないように言ったつもりですが、それでもどこか恨みがましい口調になってしまったみたいで、即座にルークが土下座せんばかりに低頭平身で謝罪をします。
「――あ、う。も、申し訳ありません」
「あ、いえ、こちらこそ申し訳ございません。いまのは完全に八つ当たりですわ。ルークにはどれほど感謝しても感謝したりないというのに……」
口には出しませんけれど、フィーアのことが心配で感情的になっている自分を自覚します。
「いいえ。僕の配慮が足りませんでした。せめて別行動を取れば、ジルも心置きなくルタンドゥテの……フィーアの様子を確認に飛んでいけたのにっ」
悄然と肩を落すルーク。
口に出していないのに、即座に私の懸念を言い当てるなんて、あなたはどんだけイケメンなんですか!?
「大丈夫ですわ。今日明日にどうにかなる問題でもないと思いますし、それにまさか王宮でも三日三晩ぶっ通しで宴会なんてことにはならないでしょう。寄り道をして、少しだけ国王陛下やリビティウムの主だった貴族にご挨拶をすれば終わりでしょうからね。ですから、男子が軽々しく頭を下げないでくださいませ」
「――そ、そうですね。さすがに急なことなので他国からの要人などは招待されていないでしょうから、せいぜい皇国内の有力者への挨拶回りくらいでしょうね」
あえて楽観的な見通しを口に出すと、ルークもそれに合わせて気楽な口調で同調してくれました。
ですが国王主催のパーティとか、面倒臭そうですわね。まあ作法の方は大丈夫だと思いますし、ドレスは一年前に手に入れた、すべて聖銀とオリハルコンの繊維でできた対〈不死者の王〉装備の『聖女の羽衣』や、『星華の宝冠』があるので、押し出しは効くと思いますが、ああいうところは派閥や人間関係が面倒なのですよね。
そのあたりは国賓待遇で、この国の貴族とも何度か顔合わせをしているルークのご助力を期待することといたしましょう。
もともとリビティウムは幾つもの国家の集合体ですから、そのあたりがややこしいのですよね。実際、私の生家であるオーランシュは皇国三大貴族の一角に数えられ、なおかつ実父は諸侯王筆頭で……で……ってことは、どう考えてもこのパレードの行き着く先、王宮にいますわよねオーランシュ国王にして辺境伯――すなわち私の父が!
「どうしましたジル? 急に引き攣った笑みを浮かべて脂汗を流しだしましたけれど……?」
「あは、あははははは……」
心配そうに私の顔を覗き込むルークに対して、私は答えにならない乾いた笑みを放つしかありません。
5/17 いろいろと修正しました。




