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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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看破の魔術と聖都とのお別れ

章タイトルをシルティアーナ王女からクレールヒェン王女へ変更しました。

「聖女スノウ様の名のもとに、これより真聖暦百三十八年緊急賢人会議を開催するっ」


 厳かに議長役の高位聖職者が開会の宣言を行い、起立していた賢人会のメンバーたちが聖印を切って着席しました。

 賢人会議。男性聖職者であれば枢機卿以上。巫女であれば明巫女以上でなければメンバーになれない聖女教団の最高指導者たちによる、聖女教団の意思決定機関。


 かつて一度だけ被告人側として参加したことのある私は、その場に雁首を揃えているメンバーのほとんどが世代交代を果たしているのを確認して、安堵と物寂しいさを感じ密かにため息をつくのでした。

 ちなみに今回は賢人会のメンバーだけでなく、ある程度高位の聖職者や巫女であれば傍聴できる形となり、それなりに大きな会場が立錐の余地もないほどの人数で埋まっています。


(あれから三十年か……)


 しみじみと感慨に耽る私の袖が、ふと軽く引っ張られる感覚に後ろを見れば、参考人として私の斜め後ろの席に着席していたセラヴィが軽く焦った様子で、

「お、おい。マズイぞ。お前まで立って聖印切らなくてもいいんだよ!」

「――あ」

 半ば反射的に立ち上がって聖印を切った私――主観的に昨日まで毎朝晩やっていたので、無意識に行っていたみたいです。慣れって怖いですわね――は、慌てて自分の席に腰を下ろしました。


 ですが一瞬遅かったみたいで、

「「「おおおおおぉぉぉ……!」」」

 私の一挙一動を注視していたらしい、一部年配の聖職者たちの列からどよめきが沸き起こるや、

「クララ様じゃ」

「あの“やっちまった”感あふれる麗しいお顔は、間違いなくクララ様だ」

「天然ボケ全開だった頃のクララ様そのものじゃ。お懐かしや……」

 口々に「クララ様」を連呼し始め、それがまた周囲に伝播して会議室全体が蜂の巣を突いたような騒ぎになってしまいました。


「――ほらみろ。クララじゃないって否定しに来たのに。これじゃ逆効果だろう」

「あううううう……」


 言い訳のしようもない失態に、思わず私は悄然と肩をすぼめます。


「――この程度、別に問題はないだろう。敬虔な信徒なら反射的に聖印を切るのは普通じゃないか。というか現職の司祭なのに、適当に済ませた君が変だと思うけどね」


 私の右隣に座っているルークがすかさず弁護してくださいましたけれど、この場合は全面的に私が悪いので、弁護されればされるほどなおさら罪悪感に苛まれます。


「甘やかすな! こいつは“ウッカリ”で国の一つ二つ滅ぼす女だぞ!」

「――極端だね、君も。このおおらかさこそジルの良いところじゃないか。それを容認できないとか、男の器量が問われるよ?」

「おおらかって……天然ボケも物は言いようだな、おい?!」


 渦中の私を無視して何やら騒ぎがどんどんと加速しています。


「……まあなんじゃな。儂としてはさっさと茶番を終わらせたいのじゃが」

 いちおうは本人と認められ小奇麗な法衣(ローブ)に着替えたテオドロス法王が、私の左隣で欠伸(あくび)を噛み殺しながら、ぶつぶつ不満を呟いています。


 認められたとはいえ、いまのところそれは非公式なもので、なおかつ私同様に真偽を判別するためにこの賢人会議が開催されたのですが、代替わりした弊害か「あの爺様だれ?」と、私に比べてやたら周囲の温度差が低いことに、かなりご不満の様子です。


 と――。

「静まれっ!! 法王聖下の御前であるぞ!」

 いつまでたっても沈静化しない場内の様子に、議長が一喝を放ったところで、やっとその存在に思い至り、全員の視線が暇つぶしに私の胸とお尻を触ろうと手を伸ばしているテオドロス法王へと集中しました。

 周囲の白い視線の集中砲火に、咄嗟に背筋を延ばして威儀を正すテオドロス法王。


「――あ、聖下だ」

「……生きてたんだな」

「エロ爺ィ、しぶとい……」


 ですが、お陰で私とは別な意味で一瞬で認知されるテオドロス法王。


 議長が軽く咳払いをして、

「――こほん、テオドロス法王聖下。聖下が間違いなくご本人であることを……まあ、間違いなく聖下ですが……証明するために、聖女の名のもとに真偽官により真偽することを承認していただけますか?」

「ああ、かまわんよ」

 この色ボケ老人が億の教団教徒の頂点なのか、やるせないなあ……という悲哀を(にじ)ませながら問いかける議長へ、鷹揚に答えるテオドロス法王。


 議長が合図をすると、賢人会議の中でも一段高い壇上にいた枢機卿の証しである紫色の肩かけをかけた四十代後半から五十代前半だと思われる、いかにも怜悧そうなナイスミドルが立ち上がり、一礼をしてこちらへと降りてきました。


「……ローレンス枢機卿」

 セラヴィが喉の奥で呻くようにそう一言呟きました。


「ローレンス……? もしかして、ローレンス修道司祭ですか?」


 聞き覚えのある名前に、お隣のテオドロス法王に確認してみれば、案の定、あの時に会った若い聖職者の三十年後の姿とのことです。

 う~~ん……。顔だちは確かに面影がありますけれど、何というか雰囲気があの時の上司であったジョルジオ総大司教に似てきたような気がします。


「テオドロス法王聖下、ルーカス帝孫殿下、巫女姫クララ――」「違います!」「――ふっ。皆様におかれましてはご機嫌麗ししく恐悦至極に存じます。私は聖女教団《聖天使城(サンタンジェロ)》所属、真偽官長ローレンスでございます」


「クララ」のところで間髪入れずに否定しましたけれど、鼻で笑ったローレンス枢機卿はそのまま挨拶を続けました。


 ちなみに「私はクララではありません、ただの一般人ですわ(棒)」の保証人として、ルークも堂々と身分を明かしてこの場に同席しています。


 なにしろグラウィオール帝国の直系帝孫にして帝位継承権第五位の超重要人物が、お忍びとはいえ自国の首都を訪問していたのですから、それを明かした時の教団側の慌てぶりはそれはもう凄まじいものでした。


 そして、

「この女性は巫女姫クララ様ではありません。僕の婚約者にしてグラウィオール帝国の帝族ジュリア・フォルトゥーナ・グラウィスです!」

 私を背に庇ってそう啖呵を切ったところは、格好いいなんてものではありませんでした。


 教団関係者や神官戦士たちは恐慌状態になっていましたけれど、きっとあまりにも威風堂々としたルークの風格に打たれたのでしょう。その背後で火を吹いていた真龍(ゼクス)も一役買っていたかも知れませんが。


 とはいえ――。

「いいのでしょうか。方便とはいえ私なんかを帝族扱いするなんて?」

 あとで不敬罪で処罰されませんわよね? と、こっそり伺ったところ、

「嘘ではありませんけど? 『グラウィス』の姓を認められている以上、帝族の一員で間違いないです」

 という驚愕の事実が判明しました。


「――え……!?!」

「帝位継承権こそありませんけれど、帝族ですから身分的には他国の王、いえ女王に匹敵します。まあ、未婚の女性ですから『プリンセス』と呼ばれるのが一般的ですので、通称としてはジュリア王女(プリンセス・ジュリア)というところでしょうか」

 唖然とする私へ、ルークが畳みかけました。


 そのようなわけで、私とルークは貴賓として遇せられることになり、前回(三十年前)のほぼ魔女裁判の様相を呈した賢人会議と違って、対等な立場で賢人会と向き合うことになったのです。


「では、僭越ながらこれより議題となっています、テオドロス法王聖下と巫女姫クララ様……いえ、ジュリア王女様への質疑へ移らせていただきます」


 わざとらしく間違ったフリをするローレンス枢機卿。

 以前、お会いした際には爽やかな好青年のようでしたけれど、年月は人を変えたのかしら? と思いながら、すぐ目の前まで近寄ってきた彼を観察します。


 一見すると柔和な笑みを浮かべながら、ローレンス枢機卿が聖典を差し出しました。


「聖女の名のもとにこれから口に出す言葉に虚偽がないことを誓えますか? 偽りがないのでしたら、この聖典に右手を乗せ誓いの言葉を口に出してください」

「誓います」

「誓おう」


 聖印の上に手をのせて、宣誓を行う私とテオドロス法王。

 途端、右手を中心に静電気のような不快な衝撃が全身に走りました。


 この感覚、覚えがありますわね……。


「“無罪(ノット・ギルティ)”。――その言葉に偽りのなきこと聖女の名においてここに承認しました」


「――ふん。嘘を見抜く『看破(ファゾム)』の法術か。相変わらず嫌な術じゃのォ」


 鼻を鳴らすテオドロス法王の言葉に、ああなるほどと合点がいきました。

 まあ、要するに嘘をつかなければいいわけですわね。特に問題はありませんわ。


「――では、聖女の名において尋ねます。あなたはテオドロス法王聖下であり、一万日回峰行のお勤めを終えられたのですね?」

「その通りじゃ」

「“無罪(ノット・ギルティ)”。――その言葉に偽りのなきこと聖女の名においてここに承認しました。では、ジュリア王女様、あなたは巫女姫クララですね?」

「いいえ。クララは他界いたしました。私はジル、ジュリア・フォルトゥーナですわ」


 そう自信をもって答えると、ローレンス枢機卿は大きく目を見開き、続いて眉の間に皺を寄せて黙り込みました。

 場内も水を打ったように静まり返っています。


「…………」

 たっぷり時計の秒針が一回りするほどの時間が経過したところで、

「……“無罪(ノット・ギルティ)”。――その言葉に偽りのなきこと、聖女の名において……ここに承認しました」

 ローレンス枢機卿は苦痛を堪えるかのような表情で、私が嘘をついていないことを宣言したのです。


「「「「「「「「「「!!!!!!!????」」」」」」」」」」


 ちょっとしたコンサートホールほどもある部屋が、集まった聖職者たちのどよめきで振るえました。


「馬鹿な……」

 愕然とするローレンス枢機卿の一言が、おそらくはこの場に集まった聖職者の皆さんの総意でしょう。


 ですがこれが現実です。『クララ』はもう私ではありません。今の私はただの『ジル』ですから。


「ならば、なぜそれほどまでにクララ様と生き写しなのですか?! 理由がある筈です! それを説明していただきたい!!」


 必死に食い下がるローレンス枢機卿の問いかけに、さて、どう答えたものかしら……と思案する私の代わりに、テオドロス法王がすっくと立ち上がると、朗々たる声で答えられました。


「理由か。それは簡単じゃ。先代のクララも、そしてここにいるジュリア――ジルも、ともに儂の血を引いているからじゃ!」


 一瞬、唖然としましたけれど、

「“無罪(ノット・ギルティ)”。――そ、その言葉に偽りのなきこ……と聖女の名においてここに承認……」

 ローレンス枢機卿のいまにも卒倒しそうな様子での宣言に、場内がさらに先ほどに倍するほどの衝撃に見舞われました。


テオドロス法王聖下(お爺様)……」


 血の繋がりがある。嘘ではありません。イライザさんはテオドロス法王の娘であり、私はクララの娘であるのですから。

 ですが私と実母との関係については、テオドロス法王に話したことはなかったはず。

 それでもなお、私との関係に気付いておられたのですね。そして、いま助け船を出してくださったのですね。


「……でも、気づいていて胸やお尻を触っていたわけですわね?」 

「な、なんのことかのォ!?」


 途端、しどろもどろに明後日の方角へ視線を逸らせるテオドロス法王。

 そんなテオドロス法王の元へ何人もの聖職者が詰め寄ってきて、一斉に質問を浴びせかけ出しました。


 側で聞いている限り、どうやら私は法王の隠し子だと勘違いされたみたいで――まあ、そう思うように曖昧な言い方をしたのでしょうけれど――不貞を追及するのではなく、もともとダビ○タかポケモンやっている感覚で子作りして高位聖職者たち。いまさら隠し子が現れたことについても問題にはせずに、それよりもどういう配合で『クララ』を量産できたのか、そちらのほうに関心が集まっているみたいです。


「まあ、儂の血統は優秀じゃからな」


 ふんぞり返って周囲を煙に巻くテオドロス法王。


 ということで、公式に私はテオドロス法王の血縁者で、なおかつ先代のクララとは別人と認定されたのでした。


「このジルは先代のクララよりもさらに優秀で、法術、治癒術、浄化術はもとより精霊術も使える大天才じゃぞ!」

 無駄に気炎を上げるテオドロス法王とお祭り集団たち。

「おおおおおっ! さすがでございます。これはぜひとも『二代目巫女姫クララ様』として、教団として公認せねばなりませんな!」

「教団の巫女姫と帝国の帝孫殿下が婚約者とは、これはすばらしいことですぞ!」

「まさにっ!!」

「然り然り!」

「うむ。その通りじゃ! 法王の名において認めるぞ」


「「「――は……?」」」


 そんな大盛り上がりしている集団から聞こえてきた、洒落にならない胡乱な言葉に、思わず私とルーク、セラヴィは素っ頓狂な声を出してしまいました。


「……あのー、もしもーし」

「目出度い目出度い!」

「ユニス法国万歳っ!」

「聖女教団よ永遠なれ!!」

「一声千両!」

「よっ、成田屋!」

「音羽屋!!」


 暴走した集団はもはや止まりそうもありません。


「……ま、まあ、時間が経てば一時の狂想も覚めるでしょう」

「そーかな」

「どうでしょう……」


 私の楽観的な見通しに、セラヴィとルークは揃って懸念を示しましたけれど、そうそう馬鹿な話があるわけはありませんわ。そう思ってたのですが……。


 翌日、なぜか私は二代目の『巫女姫』の称号と、同じく『クレールヒェン(クララ)』の洗礼名を、半ば無理やり押し付けられ、

「……なんで……?」

 呆然としながら、名残を惜しむ聖都の方々にお別れをして、一巡週後に懐かしの央都シレントへの帰路についたのでした。

予定よりも早く書籍の校正が終わりましたので、軽く更新いたしました。

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