リビティウムの新時代と未来への帰還
地面に円を中央に五芒星を描いた最もベーシックな魔法陣。
下手に余計な術式を組み込むのは危険でしたので、とりあえず精霊と交信するのに必要な最低条件は満たすはず……という期待の元、描いたその内側に、私、イライザさん、マリアルウの三人で輪になって手を繋いだ格好で立って、呪力を高めていました。
なんとなく、「ベントラ・ベントラ・スペースピープル」と唱えたくなる陣形ですけれど、今回呼び出すのはUFOではなくて、マリアルウの中に移植された〈時の精霊〉です。
「……こんなので、本当に成功するのかしら?」
特に仲が良いわけでもない女三人でお手手繋いでいる状況が不満なのか、イライザさんが思いっきり気乗りしない表情で、口をへの字に曲げています。
私もそこはかとなく不安は感じますが、他に方法はありませんし、実行する時間もありませんからこれに賭けるしかないのも事実です。
「これが最良だと思いますよ。イライザさんとマリアルウさんとの間の経路。私とイライザさんとの経路を通して、私がマリアルウさんとの間に経路を繋げて、どうにかして〈時の精霊〉に時間停止の施術をお願いするしかありません」
精霊使いとしての能力のないマリアルウとイライザさんは、恣意的に〈時の精霊〉と意思の疎通を図ることはできませんし、またイライザさんは『念動』でこの場を維持するという大事な役割があります。そうなるとやはり私がなんとかして〈時の精霊〉に働きかけるしかないわけです。
「――で、合図があればレグルスが全力で魔力を暴走させる。それを俺が符術でサポートをして方向性を持たせる……でいいんだな?」
セラヴィの確認に、「ええ、お願いします」と私は返しました。
実際には〈時の精霊〉と意思の疎通が可能になり、時間停止ができると確認した瞬間、合図を送って、人のいない《聖天使城》北門付近目掛けて、レグルスには最大出力で魔力を放出して穴を開けていただくことになります。
唯一懸念があるとすれば、あの方向にいたギュリーヌスたちですけれど、最初の地下の爆発と崩壊でさっさと逃げ出していることを祈るしかありません。幸い、彼らは出口に比較的近い場所を住処としていたので、脱出のチャンスはあったかと思うのですが……。
なお、結局、私が彼らの無事を知ることになったのは随分と後のことでした。
「だいたい私と貴女の間に魔術的経路が通るかどうかも不明じゃない。それは確かに、この姿は貴女の血から複製したものだし、似たようなものは呪的効果があるのは承知しているけど、逆に言えばそれだけのこと。親、姉妹のような血縁関係があるのならともかく……」
ちなみにイライザさんの実の父親であるらしいテオドロス法王は、再三に渡るイライザからの拒絶の言葉に慟哭しています。この方、法王としての威厳以前に一個人の親としても、色々と駄目駄目人間な気がしまわね。
とりあえず私はあえて気楽な口調で返しました。
「……えーと、多分、なんとかなるのではないでしょうか? 理由は特にありませんけれど」
理由は言っても信じてもらえるとも思えませんし、仮に信じたとしても、それはイライザさんの今後の行動を縛る鎖になりそうなので言えませんけれど。
「どうしてそう楽観的になれるのかしら、貴女は!? それに、もしも万が一、何かの偶然で貴女と私との間に経路が通ったとして、本当に〈時の精霊〉とコンタクトを取ることができるの? 聞いた話では随分と珍しい精霊で、ほとんど性質もわかっていないそうじゃないの!」
さきほどコッペリアが補足してくれましたけれど、〈時の精霊〉は精霊の中でもかなりレアで、
「ワタシの知っている限り、召喚に成功したのはこれまでせいぜい二~三匹ってところですね。なので持っているとメチャ自慢できます。――ま、実用性は皆無ですけど」
とのことです。
「まあ、いまさら土壇場で慌てても仕方ありませんよ。魔法や魔術の基本は、できると信じる力ですから」
コケの一念とか、鰯の頭も信心……はちょっと違うと思いますけれど、基本、魔術や魔法はイメージが大事なので、あまり始める前から『できないできない』と繰り返してほしくはないのですけれど。
「本当に能天気ね、貴女って。つくづく私とは合わないわ」
「そうですか? 私はイライザさんのことは嫌いではないですよ?」
「何よ気持ち悪い。だいたい私はそういうベタベタした関係は好きじゃないの。情抜きの損得勘定のほうがよほどわかりやすくて好きだわ」
「そうですか? 私は損得勘定よりも情のほうが好きですけど」
「だから合わないって言っているのよ! 情なんて、要するに気分でコロコロ変わるってことじゃないの。例えば同じ裏切られるにしても、『あっちのほうが得だから』『勝てそうだから』ならわかるけど、『正義感から』『義理があるから』とか、理解しがたいし納得できないわよ。だから情を重要視する貴女も信用できないってことよ」
う~ん、まあ、そういう考えもあるかも知れませんね。ですが、例えとは言えまず裏切られることが前提なのが、いろいろとイライザさんの背景というか生い立ちというか、教団の闇が透かし見えるようで業の深さにため息が禁じ得ません。
「……それで子育て失敗したのかしら?」
将来、高き確率で生まれるであろう“ブタクサ姫”の基礎って、ここらへんから構築されたのかも知れないなぁと、忸怩たる思いに囚われる私なのでした。
「は? 子育て?」
「いえ、なんでもございません。できれば、イライザさんが将来、結婚をされて娘さんが生まれた場合は、なるべく愛情を注いでいただければと」
「なんでそんな仮定の話をしているわけよ!? しかも娘限定とか?!」
柳眉を逆立てるイライザさんに、「あくまでもしもの話ですわ」と、適当に答えていたところ、少し離れた場所で、小声で話し合っているテオドロス法王とテレーザ明巫女様の声が聞こえてきました。
本人たちは密談しているつもりでしょうけれど、生憎と私の聴覚は一般よりも鋭いのでほぼ筒抜けです。
「イライザはかなり緊張しておるようじゃの」
「ええ、もともと逆境には縁のない子ですからね。ほとんど一発勝負、なおかつ命の掛かった場という不安と焦りから、ああして攻撃的になっているのでしょう。突き詰めればアーデルハイドさんに対する競争心や敵愾心も同じ感傷から生まれたのでしょうね」
「――うむ。空気もかなり薄くなってきたようじゃ。おそらくはこの一撃で決めねば儂らの命もお終いじゃろう」
「ええ、それもまた重圧になっているのでしょう、繊細な子ですから」
「その点、クララ……アーデルハイドはさすがじゃのォ」
「まあ、あの子はアレですから」
「ああ、アレじゃからのォ」
『アレ』の一言で納得させられる私ってなんなのでしょう? 教団上層部での私に対する評価や査定の中身を一度聞いておきたいものです。少なくとも繊細な壊れ物扱いされていないのは確かなようですが。
「のう、カリストよ。もしも、もしもクララたちの試みが上手くゆかず、空気が足りんとなったら儂の命を絶ってくれんか?」
「――どういうことです、聖下?」
傍らにいたカリスト枢機卿が真面目な顔で問い返しました。
「簡単なことじゃ。そうすれば多少は空気に余裕ができるじゃろう? それでもう一遍くらい術を行うことができるかも知れん。ま、自己満足じゃがな。最後に親らしいことくらいはしておかんとな」
「…………」
「……まったく。聖下らしくもない殊勝さですね。しかたありあせん、その時には私もご一緒に殉教させていただきます。嫌な役目を押し付けますが、よしなにお願いしますね、カリスト枢機卿」
呆れたように表情で、それでも微笑みながら、テレーザ明巫女様もテオドロス法王の無茶なお願いに便乗します。
一瞬、思い悩んだカリスト枢機卿ですが、すぐにサバサバした表情になり、
「任せて欲しいさ。前から法王聖下の首をちょん切ってみたいと思っていたし、いい機会さ」
「おいっ、ちょっと待て!」
思いがけず盗み聞きすることになった、そんな悲壮感がありながらもあっけらかんとしたやり取りに胸が痛みます。
そして、私に聞こえたということは同じ性能を持ったイライザさんにも聞こえたということです。
「……なによ。いまさら、わたくしがどれだけこれまで貴方を見返そうと思っていたか……!」
唇を噛んだイライザさんに、何か一言慰めの言葉をかけようとしましたが、その前に眦を決した彼女が顔を上げると、私とマリアルウの顔を交互に見返して、決然と言い放ちました。
「さっさとやるわよ! 絶対に一発で成功させてみせるわ。わかっているわね!?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「勿論よ。コリンのためにも」
頷いた私たちは互いに繋いだ手に力を込め、すべての魔力、精霊力、気力を巡回させるのでした。
「「「………きた」」」
そして、すべての力と心がひとつになった瞬間、私は――私たちは〈時の精霊〉と触れ合うことができ、その意思と能力を理解したのです。
「「「――いまよ!!」」」
私たちの合図に合わせて、セラヴィの護符が舞い、レグルスがすべての魔力を振り絞りました。
そして――。
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]はこれで一応の終章です。
明日はエピローグを更新して、その後に第五章 15歳編がスタート予定です。
序章で聖都テラメエリタ。何話か央都シレントの話をしてから、物語りはオーランシュ王国(辺境伯領)へ移りますのでお楽しみください。
ただ書籍の改稿作業があるので、新章スタートは2~3週間後になる予定ですm(。≧Д≦。)m




