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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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脱出の計画と意思の確認

 ちょっと気を抜けば倒れそうになる、生まれたての小鹿よりも頼りない両足。いったん中腰になって平手で膝を叩いて喝を入れ、改めてその場に立ち上がった私は、いまだ呆然と横になったままこちらを見上げているマリアルウに視線を巡らせました。


「――このくらいどうったことありませんわ。そもそも、やりもしないで勝手に無理だとか限界だとか決め付けないでください。諦めるのは、本当にやるだけやって、それでも届かなかったその一瞬にだけ思うものです。やりもしない人間の言葉ではありませんわ! それに――」

 私は頭上、マリアルウとコリン君を(かば)う姿勢で息絶えている巨大な鯨のような廃獣(マガモノ)の親にして、マリアルウの母体であるエキドナを見上げます。

「このエキドナがなぜ最後に貴女を庇ったのか、その意味を理解していないのですか? 自分が死んでも自分の娘であり分身である貴女には生き延びてもらいたい。そう願ったからこそ自分を犠牲にしたのではないですか?」


「――っっっ!!」

 瞠目して息を呑んだマリアルウは、エキドナを再度見上げ、それから瞼を閉じて「……さん……」何か小さく呟いてから、両手に力を込めてのろのろと身を起こし始めました。


「――お願い、コリン。手伝って」

「う、うん。うんっ、マリアルウ!」


 先ほどまであった絶望と虚無感に代わって、ひたむきな熱を湛えた眼差しと言葉に促され、満面の笑みを浮かべたコリン君が肩を貸してマリアルウが起き上がるのを手伝います。


 フラフラしながらもどうにかマリアルウも立ち上がったのを確認して、私はできる限り平然とした表情で――当然、やせ我慢です――他の面子の顔を見回して、「それでは脱出の算段をつけましょう」と、提案しました。


「いや、どうやって? 穴を掘るにしても最低でも数百メルトは必要だろう」

「愚民の『地』系統の魔術でトンネル掘れば済むことじゃないの? この中で一応『地』系統の術が使えるのは愚民だけなわけだから、クララ様がおっしゃるように死ぬ気でがんばりんしゃい」


 難しい表情で口をへの字に曲げるセラヴィに、コッペリアが完璧に他人事の口調で発破をかけます。


「魔術か……。俺は中級(ミドル・レベル)までの術しか使えないから、そんな便利に穴を開けることはできないぞ。つーか、さっきの魔力波動(バイブレーション)の大爆発みたいなのは、明らかに『地』系統の広域破壊型儀式魔術だった。どこのどいつかは知らないけれど、あの手の術は『地』の上級(ハイ・クラス)魔術が使える術者が最低でも三人以上は必要だから、ここで俺が下手に『地』系統の魔術を使ったら、こっちが無事なことがバレて、今度こそピンポイントで攻撃される危険性が高い」


 セラヴィの分析にテレーザ明巫女様が、眉間に皺を寄せて考え込みました。

「儀式魔術。それも《聖天使城(サンタンジェロ)》のど真ん中で使用したとなると、どう考えても下手人は教団関係者、それも尋常ではない高位聖職者が関わっている可能性が高いですね。目的はテオドロス法王聖下の暗殺か、もしくは巫女姫を快く思わない既存権力者の暴走か、あるいはそのすべて……」

「ま、この場で考えても仕方ないさね。無事に出られたあかつきには、きっちりお返ししてやるさぁね」

 軽い口調で復讐を匂わせるカリスト枢機卿の言葉に、

「そうですね。聖女様も『やられたらやり返せ。でなけりゃナメられる』と聖典三十六章の中でおっしゃっておられますものね」

 と、剣呑な返しをするテレーザ明巫女様。


 ちなみに聖典三十六章で聖女スノウが語った台詞は、もっと柔らかで婉曲的な表現が使われています。いまのはテレーザ明巫女様の意訳……というか超訳ですけれど、なぜか私にはこちらのほうがより原文に近いようなそんな気がしました。


「話を戻しますけれど、そうしますとセラヴィが『地』の魔術で穴を掘るのは避けたほうが無難ということですわね」

「そうだな。ま、コッペリア(こいつ)の挑発に乗るみたいで正直釈然としないけど、いざとなれば死ぬ気で術を使ってみるけど」


 護符を取り出して、両手の指の間に挟みながら、気負いのない口調でセラヴィがそう明言しました。

 その潔い態度にさすがのコッペリアも感動しているようで、

「見直したわ、愚民。ここで死んだら墓穴掘る手間も省けるし、幸い神官(ぼうず)や巫女の面子も揃っているから、きっちり墓石立てて弔ってあげようじゃないの。墓石には『名もない愚民。よくわかんない失敗作のバケモノと一緒に埋まる』と書いてあげるんで、安心して最期は術をぶちかますんで問題なし」

 晴れやかな表情でそう優しくセラヴィの肩に手をやるのでした。


「――やめた。ぜってー生き延びてやる!!」

 その手を振り払って、断固とした口調で宣言するセラヴィでした。


 こんな状況にあっても、いつもと変わらないそんな光景に微笑を浮かべかけた私ですけれど、不意に眩暈がして目の前が真っ暗になり、私は無我夢中で手にした『光翼の神杖(アリ・ディ・ルーチェ)』にしがみ付くようにして、どうにか転倒を避けました。


「ジルっ!? くっ、魔力欠乏――限界だ。もう『念動』を使うのはよせ!」


 咄嗟に肩を掴んで支えてくれたセラヴィの切羽詰った叫び声に、ああ、これって魔力欠乏なんだー……もしかして本気で魔力が空っぽになったのって初めてかしら? と漠然と考えて……慌てて頭を振って、朦朧とする意識をクリアにします。


「……そうはいきません。私がいま『念動』を止めれば、一気にこの空間が崩落するのは火を見るよりも明らかです。可能な限り維持しないと」

「だからって……くそっ! 俺にもっと力があれば……。――そうだ、レグルス! お前ならジル並の魔力があるだろう? 代わりに支えられないのか?!」


 心底悔しそうなセラヴィが、同じように表情を歪めて苦悩しているレグルスに、半ば懇願するかのように問いかけましたけれど……。


「……無理ですわ。レグルスは魔力のコントロールが散漫過ぎて、こうして一定の場を恒久的に維持するような繊細な運用はできません」


 これくらいのことはセラヴィもわかっていることでしょう。

 確かに魔族であるレグルスの魔力量は私に匹敵するほど高く、さらには一度に放出できる威力も人間の術者とは桁違いですが、奴隷になって以来、封印具でことさらに魔術を使えないように制限されていたため、本能に近い純粋な『魔力』を放出することはできても、繊細な『術』としての魔術を使うことはできないのは、ここまでの様子で明確です。


「――くっ! だったら一か八か俺が」

「まっ――」


 珍しく取り乱したセラヴィが、さきほどコッペリアが提案した策を実行しようと、全力の魔力を振り絞ろうとしている気配を感じて、咄嗟に止めようとした刹那、私の『念動』にそっくり被せる形で、少し離れた場所から強力な『無』属性魔術の『念動』が行使されたのを感じました。


「――イライザさん!?」

「ふん。ちょっと手伝ってあげるから、あなたは『念動』を切って休んでなさい」


 行ったのはいままで我関せずで、明後日の方向を向いて沈黙を保っていたイライザさんでした。

 てっきり自分ひとりが逃げる算段でもしているのかと思っていただけに、この意外な助力に私だけでなくこの場にいた全員が呆然とイライザさんを見詰めるばかりです。


「別にあなたを助けたわけじゃないわ。少しでも生存率を高めるために最適だと判断したからこうしているだけよ。馴れ合っているわけじゃないわ」


 こちらが何も言わないうちに、そう弁解するイライザさん。


「おおっ、これがツンデレがデレた瞬間ですね!」

「……いいから、お前は黙っていろ」

 空気を読まないコッペリアの発言に、一瞬、イライザさんの表情がイラついて『念動』のコントロールが甘くなり、パラパラと瓦礫がこぼれ落ちてきたところで、セラヴィが素早く護符を投げてその口を塞ぎました。


 それでどうにか気を持ち直したらしいイライザさんは、いまだ呆然としている私に一瞥をくれて、

「こういう場合はお礼の一言くらいあってもいいんじゃないの? まったく、どういう教育をされたのかしら。親の顔が見たいわね」

 そう嫌味を言われましたけれど、

「……はあ。申し訳ございません」

 なにか釈然としないなぁ、と思いながら私はイライザさんに頭を下げました。

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