暗闇の中と未来への光
短いです。
濁流のように落ちてくる土砂と、ドミノ倒しのように連鎖的に圧し掛かってくる一片が十メルト以上もある灰色の岩の塊り。
圧倒的な死の予感を前にして、
「きゃあああああああああああああああっ!!!」
「ひやあああああああああああああああっ!?!」
という絹を引き裂くような少年と老人の悲鳴が、いやに鮮明に聞こえています。
「コリン――!」
それに応えるマリアルウの切迫した掛け声。
「聖下、なんですかその情けない態度は! 億を超える信徒の頂点として、最期くらい堂々となさってください」
と、この期に及んでテオドロス法王にダメ出しをするテレーザ様のお小言。
「こなくそーっ! 死んでたまるもんですかーっ!!」
というイライザさんの気合の入った声。
「あいた――ぴっ! ボク、ドシャエモ~ン。未来から来たメイド型人造人間です」
さらには落ちてきた瓦礫で頭を強打したらしいコッペリアが、何やらノリの良い歌を歌いながら無意味な自己紹介をしています。
絶体絶命のピンチを前に、パニックになって悲鳴を上げるか、もはや声も出ない男性陣に比べて、女性陣はなんて度胸と根性が据わっているのでしょう。
きっと、ここにいる男性は全員A型で、女性はO型なのでしょう。――あっ! いけない。切迫した状況で混乱しているようですわ。とにかくマズイ状況です。これでは最近、『俺のまわりにいる女は全員変人』と、公言してはばからないセラヴィの偏見が、まるっきり事実であるかのように補強するようではないですか!?
「――違いますわよ、セラヴィ!!」
「マイ・プリンセス!?」
「なにが言いたいんだ、お前は?! こんな時くらい真面目にやれ!」
咄嗟に弁明しましたけれど、セラヴィの醒めた声が返ってきただけでした。
「あたた……お? そーいや、愚民。真面目な質問なんだけどさ。恋敵のいないこの時代で、なんで抜け駆けしてクララ様を口説かないわけ?」
「そういうマジに答え難い質問はよせ!!」
続けざまに瓦礫が頭に当たって、正気に戻ったらしいコッペリアの質問に、狼狽――というか単に馬鹿な質問過ぎて逆上しているのでしょう――したセラヴィの叫びが、崩落してきた地下空洞の土砂に埋め尽くされました。
どうでもいいですけど、私、土砂に生き埋めになるのこれで三回目ですわね。今後も記録は延びるのかしら……?
◆ ◇ ◆ ◇
どれほどの時間が経過したでしょうか。土砂に押し潰されて『光芒』の明かりが消えた暗闇の中、どこか呆然としたテオドロス法王の声がしました。
「い、生きておる。夢ではない……のか?」
「……あの法王聖下。正気を確認するのならご自分の頬でも抓られたらいかがですか? いちいち私のお尻を触らないでください」
「おおおっ。すまんのぉ、クララ。ついそばにあったものでのぉ」
「せ・い・か! なんですか、破廉恥な!」
悪びれることなく引き続き私のお尻を触っていたテオドロス法王が、テレーザ明巫女様に張り倒される音が響きます。
この音の反響からして、意外と大きな空間が維持されているみたいですわね。
「……暗いな。誰か明かりを点けられないのか?」
「暗いと不平を言うよりも、進んで明かりをつけようという気概はないの、愚民?」
セラヴィのボヤきにどこかの標語のようなコッペリアの反論が返りました。
「「“光よ我が腕を照らせ”」」
と、テレーザ明巫女様とイライザさんの凛とした呪文が即座に聞こえ、
「「“光芒”」」
ほのかな明かりが灯りました。
イライザさんのほうは適当な瓦礫を光らせ、テレーザ明巫女様のほうは、
「……悪意を感じるのぉ」
テオドロス法王の頭を媒介にして光らせています。
「――っ!! マリアルウ!」
コリン君の悲鳴のような叫び。
「ジルっ、お前!……」
「マイ・プリンセス……くっ、そういうことですか」
唇を噛むセラヴィとレグルス。
明るくなったことで、この場の状況が一目瞭然となりました。
まずは、あの場にいた全員――廃獣とゴーレムの大部分は駄目だったみたいですけれど――が、どうやら無事に生き延びてこの場にいること。
そして、思った通りこの場はかなりの空間があること……勿論、偶然ではありません。
「……ああ、“私”が死んでしまった……」
横たわったままのマリアルウが、私たちの上に覆いかぶさるようにして息絶えている『エキドナ』を見上げ、消え入りそうな声で呟きました。
「これでもうお終い……なにもかも終わってしまった。もう私が生きている意味もない……」
「マリアルウ! 馬鹿なこと言わないでよ。一緒に帰ろう! 編集長も……君のお義父さんも心配しているよ!」
透徹した表情と声に不穏なものを感じたのでしょう、コリン君が必死に呼びかけていますが、彼女は横になったまま、もうすべてを諦めた表情で目を閉じます。
「……無理よ。それに、ここからはもう出られないわ。クララ様が、さっきから頑張っているけれど、それも限界……」
続くマリアルウの台詞に、魔力を感じることができないコリン君が、不思議そうにその場に横座りしている私の様子を窺いました。
正直、声を出すのも億劫な私に代わって、セラヴィが答えてくれました。
「無属性魔術の“念動”だ。さっきからジルがひとりで土砂や岩盤を押し止めている……けど、これだけの規模を持続させるなんて無茶苦茶だ。遠からず限界が来る」
「そういうこと……。私同様にクララ様も立ち上がる力も残っていないはず。もう、お終いよ……」
「そんな――」
「そんなわけないですわ!!」
諦めきったマリアルウの態度は到底看過できるものではありません。
こんなもの――――っ!!
魔力の放出に併せて体力や生命力もゴリゴリと削られて、もはや空っぽに近いですけれど、ここまできたらもはや意地です。
自分でもどうやって立ち上がったのか不明ですけれど、『光翼の神杖』を文字通り杖にして、私はその場に立ち上がりました。
目を剥くマリアルウと、
「立った!」「立った!?」「クララ様が立った!!」
同じく驚愕の表情を浮かべるレグルス、セラヴィ、コッペリア。




