物語の終焉と聖都の後始末
「とにかく、即刻、この馬鹿騒ぎをやめなさい!」
テレーザ明巫女様が有無を言わせず命じました。
顔は笑っていますけど、目が本気……というか、真剣と書いてマジな感じです。
さらに、困惑する私たちへ向かって、ダメ押しとばかり、
「――全員この場に正座っ!!」
空気も震えるほどの大喝に、コリン君は目を丸く棒立ちになり、憔悴して体を横たえているマリアルウは、
「……やめなさい」
一度だけ目を伏せた後、複雑な表情を浮かべて、ため息混じりに小さく指示を飛ばします。
それを聞いた廃獣とゴーレムたちは、即座におとなしくなり、動きを止めてその場に棒立ちになったり、座り込んだりしました。
で、一応は足並みをそろえたあちら側と違って、こちら側は案の定――というか、
「ふんっ。なぜこの私がこんな汚らしい場所で、そんなみじめな格好をしなければならないのかしら?」
「おおおっ。この高慢なノリのクララ様はなんか懐かしい感じですねぇ! シモン卿とうちの研究室に来ていた当時を彷彿とさせますね。ま、時期的にはいまからちょっと後の未来のことですけど」
イライザさんはソッポを向いて反抗の姿勢を鮮明にして、そんなイライザさんの反応に、コッペリアはなぜか大いに盛り上がっています。
なお、このふたり以外の面々は、
「お前らは躊躇なく正座するなぁ……」
元司祭(?)として教団の偉い人の命令にはなんとなく抗しがたいのか、セラヴィも不承不承腰を屈めています。
そして、微妙に冷めた視線を隣――速攻でその場に座り込んで、いわゆる土下座の姿勢になった私、レグルス、テオドロス法王に向けて、非常に冷淡な口調でぼやきました。
「……そう言われましても。私の場合はテレーザ明巫女様が直属の上司ですし、それに私の場合は師匠の元で怒られ過ぎて、年上の女性に高圧的に命じられると、土下座するのが習い性になっているのですよね」
「――奴隷は命令され、鞭で叩かれるのが日常だからなぁ。逆らい難い」
「だって、テレーザ怖いもん……」
唇を尖らせて各々が言い放つ言い訳に、セラヴィが偏頭痛にでも罹ったような顔で頭を押さえました。
「お前らな……。レグルスは同情の余地があるけど、隣のお前とハゲは、仮にも法王と巫女姫の聖女教団ツートップだろう!? 堂々と情けないことをぬかすなよ」
「誰がハゲじゃ! だいたい法王つーても、賢人会議のほうが実権があるお飾りで、おまけに近日中に山の中に一万日も放逐される立場じゃぞ、儂」
「私はもともと巫女姫なんかじゃありませんわ。それにイライザさんがその立場に代わってくださるみたいですので、もはやただの一般人ですわ」
「……お前らなぁ」
もう一度頭を押さえるセラヴィ。その向こうでは、駄々をこねるイライザさんと、はしゃぐコッペリアさんの前にテレーザ明巫女様が無言で仁王立ちすると、
「が――――っ!?!」
「ほげえぇぇぇぇぇぇっ!?」
予備動作もなしに制裁を加えました。
拳の一撃を鳩尾に受けて悶絶するイライザさんと、前蹴りを受けて空っぽの空き缶のように吹き飛ばされるコッペリア。
どれほどの威力があったのか、私が殴りつけても割りと平気だったイライザさんが、床に這いつくばって声も出ない状態で身悶えし、普通の人間の倍ほどの重量があるはずのコッペリアが軽々と宙を飛んで、プールに落ちました。……まあ、あれは大丈夫でしょう。
外面如菩薩内心如夜叉。
「「「「「怖っ……!」」」」
微笑みながら容赦のない鉄拳を下すテレーザ明巫女様の姿に、私たち一同は総身を震わせて戦慄するのでした。
人間だけでなく動物組も同じようで、アルジャーノンちゃんとゼクスは、すでにお腹を見せて絶対服従の姿勢になっています。
ひとりだけ動じていないのはカリスト枢機卿くらいで、豪胆なのか慣れているのか軽く肩をすくめただけでした。
うずくまって言葉にならないイライザさんへ、テレーザ明巫女様から続いて叱責が飛びます。
「シスター・イライザ。賢人会議の一員として命じます。今後軽率な行動は厳に慎むように。そして巫女としての本分をまっとうし、誠心誠意己の役割を勤め上げなさい」
「……?」
その意味を測り兼ねてのことでしょう。イライザさんは嘔吐きながら、当惑した表情でテレーザ明巫女様を上目遣いに窺うばかりです。
え?! どーいうこと!?!
尋ねたいですけれど、下手に口出しできない迫力に萎縮する私の背中へ、『聞け。聞くんだ!』と、他の面子からほとんどテレパシーのような無言の圧力が圧し掛かってきます。
あなた方、仮にもか弱い乙女を矢面に立たせて何とも思わないのですか!?
「……あの、結局、イライザさんはどうなるのでしょうか?」
結局、重圧に負けた私は、意を決して尋ねました。
「決まっています。もとのシスター・イライザに戻せるものなら。戻して修行のやり直しですが――」
視線で問いかけられたマリアルウは、さきほど私に答えたのと同様に、この変貌が不可逆的なものであると、無言で首を横に振って返事をしました。
「無理……となると、この状態で押し通すしかないでしょうね」
「と、おっしゃると?」
ありのままに起こったことを話しても信用されるものでしょうか?
「決まっています。巫女姫がふたりになったのです。つまり、これからは二倍こき使え……お勤めに励めるというわけです」
「「「いやいやいやいや!」」」
私、セラヴィ、コリン君の良識のある組がすかさず非難の声を発しましたけれど、テレーザ明巫女様はまったく頓着することなく続けます。
なんで私の周囲の女性というのは、こう剛毅というか大雑把なのでしょう? あと、何気に不穏な本音が漏れていたような……。
「幸いいまの時期は北部諸国会議直前で聖都もゴタついていますし、ドサクサ紛れに処理をしましょう。そうですね。対外的にはイライザさんは行方不明のままで、今後はアーデルハイドさんとともに二人三脚で〝巫女姫クララ”をやるということで、問題はないでしょう」
「「問題ばかりですわ!!」」
私とイライザさんの抗議が一致しましたけれど、「なにか問題が?」両手の指をボキボキ鳴らしながら、微笑むテレーザ明巫女様に念を押され、ふたり揃って沈黙で答えざるを得ませんでした。
「さすがはお前の上役だけのことはあるな。つーか、なんで俺の周りの女は、どいつもこいつもいい加減なんだ」
セラヴィが私を注目しながら聞こえよがしにコメントしていますけれど、え? もしかして私もそこの枠内に収まっている認識なのですか!?
「ふははははっ、やはりこうなりましたね!」
と、そこへプールの中からドヤ顔のコッペリアが、足取りも軽く戻ってきました。
「ワタシにはわかっていましたよ。この展開を! そして、イライザが化けたクララと本家のクララ様の関係も! ずばり、イライザとクララ様はおや――おや?」
名探偵が頓馬な助手や依頼人相手に推理を開陳するかのように、コッペリアは意気揚々とその事を口に出しかけたその時――。
突如、猛烈な魔力波動が地下空間全体に走ったかと思うと、
「きゃあああああああああああああああっ!?!?」
突如、地響きとともに、立っていられないほどの地震のような揺れが襲い掛かり、ほぼ同時に天井部分にあたる岩盤に亀裂が走り、程なく轟音とともに天井そのものが崩落してきたのでした。
◆ ◇ ◆ ◇
椅子に座ったまま軽い揺れを感じて、ジョルジオ総大司教は灰色の瞳を足元へ巡らせる。
執務室そのものの大きさは、《聖天使城》にある他のものと大差がないが、巨躯を誇るジョルジオ総大司教と、その体躯に見合った机と椅子に占有された室内は、かなり手狭に感じられた。
「終わったか……」
何の感慨も含まない錆のある太い声でそう呟く。
思いがけず巫女姫クララとテオドロス法王、テレーザ明巫女、カリスト枢機卿といった自身の派閥と対立する目の上のタンコブたちが、コソコソといまは廃棄された地下道へ入り込んだとの報告を受けたのは、ほんの2時間ほど前であった。
『我が《聖天使城》の地下に魔物の集団が住み着いているのを発見した。これは由々しき事態である。聖地の沽券にかかわることゆえ、秘密裏にこれを殲滅する』
懐刀と言えるローレンス修道司祭の指示に従い、火急の寄せ集めであったが大規模な儀式魔術を行使できる人員を集め、ぶっつけ本番で『地破轟』の魔術――法術を成功させることができたのは僥倖であった。
ローレンス修道司祭は、次の賢人会で位階を上げねばならんな。いや、いっそ空位になるカリストの後釜に据えるのもいいかも知れぬ。そう冷徹に思考を巡らすジョルジオ総大司教であった。
「結果的に邪魔者たちは一掃できた――まあ、仮に失敗したとしても特に問題はない。成功すれば儲けもの程度の泥縄の計画であったからな」
誰にともなくそう独白していたところへ、
「――ジョルジオ総大司教猊下っ。大変です。いまの地揺れで聖都で混乱が! テオドロス法王聖下のお姿も消えておりまして」
執務室の扉が慌てた様子で叩かれる。
もともと地震のない地方だけに、たいした揺れではなかったとはいえ、この揺れであちこちで騒ぎが起きたらしい。
「――ふむ。後始末は大変だな」
どうでもいい口調でひとりごちながら、ジョルジオ総大司教は傍らに置いてある愛用の巨大ハンマーを軽々と片手に立ち上がった。
GW中に何回か更新できるようにがんばります。




