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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
177/337

真打の登場と巫女姫のキス

やっと時間が出来たので、今後は週一くらい更新予定です。

「ジル様って、本当にお綺麗ですよね~。怖いくらいの美しさですね……」


 私の髪を()きながら、そうしみじみ言ったのは誰だったでしょう。


 エレンだったと思いますけれど、冷静に考えれば普段から私の髪を梳いていたのは侍女頭のモニカだったので、モニカだった可能性のほうが高いですけれど、モニカのキャラ的に合っていないので、もしかすると記憶の齟齬があり、この時代で専任の侍女をしているコッペリアか、或いは聖ラビエル教会で修行中の見習い巫女――いちおう持ち回りで正巫女の身の回りの世話をすることになっています――に、「クララ様」と呼ばれたのを「ジル様」と混同して覚えているのかも知れません。


 或いは、そんな事実など端からなく、単に私の錯覚なのかも知れませんが(それが一番ありそうです)、そんな出来事があったような気がします……。


 このあたり曖昧なのは、私こと『シルティアーナ・エディス・アグネーゼ・ジュリア・フォルトゥーナ・アーデルハイド・クララ・ブラントミュラー・オーランシュ・グラウィス』という、落語の『寿限無(じゅげむ)』めいた、長くて節操のない、切り貼りしたパッチワークのような名前と過去を持つ乙女――いちおう乙女のつもりです――の記憶が、いろいろと波乱万丈で、なおかつ時を超え時代を超越していたりするせいなのですが、とにかく自分でも把握しきれない部分が多々あるのでした。


 まあ、それはそれとして、その時の私は、「そうですか?」と軽く流したと思います。


「そうですよ! ああ、私もジル様の半分でも美人に生まれたかったなぁ。そうすれば人生、勝ち組だったのに……」

 悩ましげに煩悶する彼女の様子を姿見の鏡越しに眺めながら、私は「なんで半分なのかなぁ」と漠然と思いながら、髪がセットされるのを待っていた……ような気がします。


「あ、いまなぜ半分で満足なんだろうと思われましたね?」

「……ええ、まあ」

 顔に出ていたかなと思いながら、素直に頷いて肯定しました。


「いや、ほら、何事も“過ぎたるは及ばざるが如し”って言いますから、ド外れた美人は傍目に鑑賞する分には気楽ですけど、自分ではなりたいとは思いませんね。それにあまり綺麗過ぎると近寄りがたいと言うか……あ、ジル様は違いますよ! こう……内側から染み出す安心感というか、ほわほわした雰囲気というか、ああ、そうだ“包容力”って言うんでしょうか。黙ったいても『いい人だ』ってのが一目でわかりますから、ぜんぜん問題ないですけど」

「そう……かしら? 師匠(レジーナ)にはよく『間抜け面』って怒鳴られたものですけれど」

「え~~っ。そんなことないですよ! ま、そんなわけで半分、せめて爪の先程度でもジル様にあやかりたいってところですね」

「そういうものかしら?」

「そーいうものですよ。ジル様と同じになりたいとか考える女がいたら、そりゃよほどの自信家か馬鹿ですね~」


 しみじみ言われましたけれど、これってなにげに私当人がディスられているのではないでしょうか……?


「――くぬ~~~~~っ……ごほっ!」


 そんなことを思い出しながら、私は私と同じ顔をしたイライザさんに裸絞め……いわゆるひっくり返ってのチョークスリーパーを先ほどからかけています。

 回復魔法があるために、お互いに殴り合いでは勝負がつかず、下手をすれば延々と千日手になりそうでしたので、ここで私は発想を変えて、絞め落してイライザさんの意識を刈り取る方法に切り替えたわけです。


 単純に腕力と反射神経がモノを言う打撃戦と違って、こうした技に関してはやはり私のほうに一日の長があり、比較的楽に背後を取って絞め技に移行できたのですけれど……。


「~~~~~っ! こんなものおおおおおおおおッ!!」


 絞め技の中でも最もシンプルかつ強力な技と言われる裸絞めを、こうして十分以上かけているというのに、なんでこの方こんなに元気一杯なのでしょう? 普通なら酸素の供給が断たれて、下手をすれば脳死状態になる時間ですけれど、鬼気迫る表情で無理やり戒めから抜け出そうとするコレ(、、)――それほど美人かなぁ? 『怖いくらい』というのは当たってる気がしますけど――無呼吸状態で十分以上全力で動いているとか、本当に人間なのでしょうか?


 さらには、

「これみよがしにでかい乳を押し付けてるんじゃないわよ! こんなものこんなものォ!!」

「い、痛い痛い! 痛いですわ!」

 無理な体勢からイライザさんが、私の胸を鷲掴みにして、そのまま引き千切らんばかりに力を込めます。


 痛いっ、痛い~~っ! これ、本気で洒落になりませんわ!!


 イライザさんが落ちるのが早いか、私の胸が限界を迎えるのが早いか――。


「何やってるんだ、あいつら……?」

「クララ様の胸、また大きくなったんじゃないですか?」


 セラヴィとコッペリアがこちらの様子を横目に見ながら、呑気にコメントしていますけれど、傍観する余裕があるなら助けに来てほしいところですわ。

 いたいいたい、イライザさんがワニが獲物と咥えてデスロールするみたいに、ひねりを加えて暴れてはじめて途轍もなく痛いですわ~~っ!!


「――やめんかいっ! お前らっ!!」

 と、その時、突如地下の大空洞に突如響き渡る第三者の声。


 敵味方――廃獣やストーンゴーレムも含めて――その怒鳴り声の発生源へ視線をやれば、私たちがやってきた通路の奥から、やたら貧相な老人がひとりやってきました。


「「「「「「…………」」」」」

「トランザーム!」

 注目したのも一瞬、相手のインパクトのなさに再び全員が戦いに没頭して、コッペリアが元気に謎の機能を発揮して、ストーンゴーレムや続いて現れたアイアンゴーレムを素手で粉砕しています。


「……いや、あの、(わし)、法王なんじゃけど? 帝国皇帝と同格じゃぞ。偉いんじゃぞ。もうちょい敬って注目してもいいと思うんじゃが……」

 突然現れた老人が何かおっしゃってますけれど、はいはいお爺ちゃん晩御飯はまだですよー、という雰囲気で全員がスルーしています。


「いいかげんにしなっ、あんたら!!」

 と、先ほどの老人のものとは声量も迫力も段違いの、体の芯まで響くような女性の一喝が地下大空洞に響き渡りました。


「「「「「!?!?!」」」」」

 今度こそ全員が雷に撃たれた表情で、その場に固まりました。

「トランザム!!」――コッペリア以外は。


「話はあらかた聞かせてもらいました。……まったく、巫女姫と正巫女が揃いも揃って《聖天使城(サンタンジェロ)》の真下で、なにを愚かなことをしているのですか。立場を考えなさい!」


 所在なげに佇む老人を押し退けるようにして現れたのは、私の後見人でもある『男爵婦人(バロネス)』テレーザ明巫女様です。

 さすがは音に聞こえた元軍人貴族。その迫力は名ばかりの法王様とは桁が違います。


「やーれやれ、堅物のローレンス修道司祭とかにバレないようにし、三人で行動して賢明だったさぁね。なーんか見るからに面倒な状況になってるっさー」

 その傍らには、確か三叉剣(ジャマダハル)とかいう珍しい武器を両手に装着した、アフロヘア―に針金のように細い男性がついてきています。

 着ているものは高位聖職者用の法衣(ローブ)で、確か『賢人会』で見た顔ですので、間違いなく教団の偉い人なのでしょうけれど、雰囲気は完全に町のチンピラです。


「テレーザ様……?」

「カリスト枢機卿……」


 意外な成り行きに、思わず腕の拘束を緩めてしまいましたけれど、イライザさんにとっても意外な人物の登場だったのか、困惑した表情で、テレーザ明巫女様と細身の男性――カリスト枢機卿――を交互に見比べています。


「「どうしてここに?!」」


 思わずイライザさんと声をハモらせて尋ねると、

「どわっ、なんでクララがふたりおるんじゃ!?」

 とりあえず無駄に大騒ぎしている、どこかで見たことがあるご老人は存在しないものとして、代わって悠然と前へ進み出たテレーザ明巫女様が私たちの疑問に答えられました。


「案内されたのですよ、この子に」

 促されて応える形で、ちょこちょこと真っ白い鼠――いつの間にか姿を消していたアルジャーノンちゃん――が、テレーザ明巫女様の肩へとよじ登って、どうだと言わんばかりに胸を張ります。


「……アルジャーノン……?」

 マリアルウの側へ膝を折った姿勢でうずくまっていたコリン君も、茫然と親友の姿を凝視しています。


「驚きましたよ。私たちは昨日から《聖天使城(サンタンジェロ)》へ泊り込んでいたのですが、そこへこの子が大慌てで飛び込んできたのです」

「いや、飛び込んできたのは儂の執務室にある隠し通路からなんじゃが……」

「あー、法王しか合言葉を知らない隠し通路に、いかがわしい本の山を隠しておくのは聖職者としてどうかと思いますねぇ。つーか、なんすかあの『ガンバリニュウドウホトトギス』っていう阿呆みたいな合言葉は?」


 テレーザ明巫女様の説明をどこかの老人が訂正をして、さらに知りたくもなかった裏事情をカリスト枢機卿が暴露されました。


「で、なにやら身振り手振りで知らせようとしている。これはおかしいっていうので注目してみたら、この子がこんなものを――」

 そう言ってテレーザ明巫女様が取り出したのは、一枚のクッキーでした。あれは確か、ここに来る途中で振る舞ったお茶菓子の一部だったと思います。

「取り出したのですが、以前に同じ焼き菓子をクララさんが作っていたのを思い出して、貴女を探したのですがどこにも見当たらず、胸騒ぎがしたためカリスト枢機卿にお願いして、この子の案内で隠し通路へ足を踏み入れたのです」


「大したネズミさー。途中でカエルみたいな人みたな変な化物と遭遇したけど、連中の親玉に交渉して、黙って通させたもんさ」


 三叉剣(ジャマダハル)の剣先でアルジャーノンちゃんを指して、愉しげに肩をすくめるカリスト枢機卿。

 カエルみたいな化物というのは、まず間違いなくギュリーヌスのことでしょう。


 つまり――。

「……私たちが地下で右往左往している間に、アルジャーノンちゃんは危険を顧みずに地上まで戻って、救援を呼んでくれたというわけですのね」

「ネズミでさえこれだけ男前の行動力を発揮しているっていうのに、ウチの類人猿どもときたら……」

 コッペリアに蔑みの目で見られた男子一同――セラヴィ、レグルス、ゼクス、コリン君――が、きまり悪げに一斉に目を逸らせました。 


 立ち上がった私がテレーザ明巫女様のほうへ近づくと、アルジャーノンちゃんは自発的に私の元へ走り寄ってきて、差し伸べた私の掌へちょこんと腰を下ろしました。

「――ありがとう。アルジャーノンちゃん?」

 感謝の気持ちを込めて、私はこの場での殊勲賞で勇者であるアルジャーノンちゃんへ軽く口づけ(キス)を。


「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああ」」」」

 コッペリア、セラヴィ、レグルス、テオドロス法王が一斉に、この世の終わりのような悲鳴をあげて、とても五月蠅かったです。


「――いまさらなにをしにいらしたのですか、テレーザ様? カリスト枢機卿もご一緒ということは、秘密裏に私を始末に来られたのでしょうか?」


 イライザさんが剣呑な目つきでテレーザ明巫女様とカリスト枢機卿のふたりを睨み据えます。


 カリスト枢機卿は無言で肩をすくめ、テレーザ明巫女様は痛ましげな視線をイライザさんへ向けます。

「イライザさん……」


 続く言葉が出てこないテレーザ明巫女様に代わって、ほとんど空気だったこの場で一番偉い人のはずのテオドロス法王が、

「イライザじゃと!?」

 素っ頓狂な声を張り上げました。


「どーいうこっちゃい。なんでクララそっくりになっておるんじゃ?!」

「貴方に説明する義理はありませんわ」


 木で鼻をくくったような対応をするイライザさんへ、テオドロス法王が意外と真摯な表情で食い下がります。


「義理はあるぞ。儂はイライザ、お前の父親なんじゃからな!」

「えっ、そうなんですの!?」


 衝撃の告白に、思わず振り返ってイライザさんへ確認すると、

「父親なんかじゃないわ。単なる精子提供者のひとりよ」

 吐き捨てるようなイライザさんの返事に、

「あぁ、〈初源的人間(ドリーカドモン)〉って優秀な精子と卵子を人工授精させたもんですからね」

 コッペリアが解説を加えてくれました。


「……つまり、遺伝的には父子ということですか?」

 私の問いかけに、

「違うって言ってるでしょう!! こんなハゲが父親なわけないわよ!」

 イライザさんは断固として親子関係を認めようとしません。


 いや、でも、あの、イライザさんとテオドロス法王とに血縁関係があるってことは、必然的に……。

 なんとなく視線をテレーザ明巫女様に向けると、深々とため息をつかれました。


「信じられないでしょうけれど、法王様の若い頃は以前のイライザさんによく似た美男子でしたよ」


 自分の目で見ても信じられない……と言いたげなテレーザ明巫女様。


「あの、もしかして、テレーザ様がイライザさんの母親とかいうオチは?」

「そこまでドラマがあってたまりますか。私の亭主は死んだダーリンただひとりだけです」

「ですよね~」


 即座に返ってきた否定の言葉に、私はほっと安堵のため息をつきました。

「お姫様のキスで魔法が解けたネズミは、実は悪い魔女に魔法をかけられていた古王国の王子様で、その後ふたりは結婚してつつがなく暮らしましたとさ」

「うそだーーーーーっ!!」

「ルーカス様、本気にしないでください。この駄メイドの言うことは大抵嘘なんですから」

「ワタシは嘘なんてついたことないですよ。冗談はいいますけど」

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