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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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ふたりの激闘とそれぞれの戦い

ちょっと短いです。

“『クララ』は黒歴史ですわ”


 そう私が明言した途端、なぜか視界の隅でセラヴィが気まずそうな顔でため息をつき、傍若無人なコッペリアでさえばつが悪そうにそっと視線を逸らし、レグルスが非常にもどかしげな表情でモニョりました。


「…………」

 そして肝心のイライザさんといえば、いわく言いがたい……あえて表現するなら、FXで有り金のすべてを溶かしたような顔――から一転、

「この、メス糞豚があああああああああああああああああああッ!!!!」

 間違っても巫女姫が口に出しちゃいけない言葉と形相とともに、私の顔面目がけて拳を繰り出してきたのです。


 (ごう)っ――――!!!


 唸りをあげて迫りくる剛腕――見た目はたおやかな細腕なのですけど、イライザさんの気迫のせいで百倍くらい大きく見えるそれを、

「きゃ――わっ!?」

 反射的に回し受けで捌きましたが、至近距離で放たれたライフル弾のようなその威力を完全にいなし(、、、)切れずに、私の身体は反動だけでその場から五、六メルト弾き飛ばされてしまいました。


「――つ、つ……っ!?!」

 即座に追撃がくるのを予想して必死に姿勢を正そうとする私ですが、幸いにもイライザさんもいまの身体能力に慣れていないせいか、拳を振り抜いた姿勢から態勢を崩して、三、四メルトほどたたらを踏んで、どうにか踏みとどまったみたいです。


「ジルッ! ――っと、なんだこの海坊主みたいなのは!?」

「――くっ、邪魔だ!」


 咄嗟に私の援護に入ろうとしたセラヴィとレグルスですが、そうはさせじと廃液のプールから這い上がってきた二足歩行のオオサンショウウオ(キモいことに手足のバランスは人間に近いです)のような廃獣(マガモノ)たちが、意外な素早さで私との間に割って入って立ち塞がります。


 歯噛みしながら、

「ちっ、食らえ。“雷神矛(ヴァジュラ)”」

()ッ!」

 セラヴィは得意の護符を使っての雷撃を、レグルスは魔力波の攻撃を同時に放ちました。


「ぐぎっーーーーーーーーっ!!」

「ぎゃぅぅぅーーーーーーっ!!」


 雷撃を受けた廃獣(マガモノ)は感電してわずかによろけ、無数の無形の刃のような魔力波で体の表面に切り傷を作られた廃獣(マガモノ)たちは、全身から紫色の体液を滴らせ……続いて、怒りの咆哮を放って、元気一杯にセラヴィとレグルスに襲い掛かります。


「「な、なんだと!?」」


 目に見えて動揺するセラヴィとレグルスのふたり。


 それは確かに、ふたりが使用したのは一転集中型ではなく、広範囲に効果を及ぼす系統の術でしたけれど、それにしてもこの程度のダメージしか与えられなかったのは意外です。気配と内包する魔力量から逆算しても、この廃獣(マガモノ)の実力はギュリーヌスと同程度――外の魔物で言えば、せいぜい豚鬼(オーク)程度の実力のはずです。


 それがセラヴィとレグルス、ふたり揃ってせいぜいかすり傷程度のダメージしか与えられないなど、本来であればあり得ない事態です。

 

「――おい、レグルス。いま結構な魔力を込めてたよな? 少なくとも豚鬼(オーク)程度ならまとめて挽肉(ミンチ)にできるくらいに」

「ああ。だが、せいぜい表面の皮と肉を少しばかり切り裂いた程度の威力に減衰した」

「俺の雷撃も気のせいか表面で弾かれたみたいに見えたんだが?」

「気のせいではない。確かに奴らの表面で雷――いや、魔力が拡散された」


 四方から迫り来る廃獣(マガモノ)を相手取るため、自然と背中合わせに近い態勢をとりながら、男子ふたりが現状の把握に努めるのでした。


「つまり魔術は問題なく発動された。それなのに威力が減衰しているのは、何らかの魔術に対する耐性がある相手ってことか、となると物理的な攻撃が有効ってことだけど、俺たちには鬼門だな……」


 セラヴィはどちらかと言えば魔術特化型で紙装甲ですし、レグルスは種族特性で肉体的な強度は人間族よりも上ではありますけれど、こと肉弾戦に関しては素人に過ぎません。


 と、こういう場合に思い切りがいいのはコッペリアです。

「こういう時には真っ先にトップを潰すのがセオリーです! つーことで、うらああ、死にくされイライザーッ!!」


 ロケットパンチ発射っ!


「――ちょ、ちょっとっ。私はイライザさんじゃありませんわ!」


 イライザさん目掛けて放たれたロケットパンチ――ですが、なぜか空中で戸惑うように軌道が逸れて、蛇行しながら最終的に私目掛けて飛んできました。


「……あンれェ? おかしいですね、狙って撃てば百発百中のはずなんですけど」


 ぎりぎりのところで『光翼の神杖(アリ・ディ・ルーチェ)』でパンチを弾き返す私。


「『あれ?』ではありませんわ。危うくフレンドリーファイアで沈められる――」

 と、続けて抗議する間もなく、体勢を立て直したイライザさんが一気に差を詰めて、両手足を使った連打を放ってきました。


「――くっ。早い!」


 適当な素人パンチとキックかと思えばあにはからんや、とにかく反射神経と速度が並でなく、私ですら半分は山勘で躱すのが精いっぱいです。


 さらにスピードだけではなく、踏み込みだけで頑丈な石の床が踏み破られ、拳が掠っただけで近くにいたストーンゴーレムがバラバラに吹き飛ぶのですから、腕力と耐久力も途方もないということでしょう。

 相手にする方としては堪ったものではありません。


 見た目はともかく中身はゴリラ……というか、もはや等身大の怪獣を相手にして気分ですわね。


「クララ様ー、それ言葉のブーメランですよー。ソレと互角に渡り合っている時点で、客観的に見れば二匹の怪獣が戦ってるのも同然ですから」


 ロケットパンチを戻してニギニギと具合を確かめたコッペリアは、エプロンのポケットから再び極大でトゲ付きのモーニングスターを取り出し、群がるストーンゴーレム相手にしながら、私の小さな呟きに反応して、素早く――かつ、いらないツッコミを入れてきました。


 ちなみにコリン君とマリアルウは先ほどから動いていませんが、そこだけぽっかりと台風の目のように空白地帯となって、誰も近づきません。


 どこが互角なのよ! 圧倒的に私の方が不利だわ! 特に精神的に!!


 と、余裕があれば反論していたところですが、私もイライザさんの相手でいっぱいいっぱいですので、代わりに目前の相手に抗議しました。


「ウソつきーっ。怒らないって言ったのに!」

「怒らないと言ったけれど、殴らないとは一言も言っていないわ!!」


 即座に拳とともに叩き付けるような詭弁が返ってきました。


「十分に怒っているじゃないですか!? なぜですの? 私は『クララ』の名前も『巫女姫』の称号も『蘭花(カトレア)』の異名も、まったく全然これっぽっちも必要ないですから、すべて熨斗(のし)をつけてお譲りしますと言っているのに! あ、コッペリアは本人の意思を尊重してますのでお譲りできるかどうかわかりませんけれど」


「ふん。ワタシのご主人様はこのクララ様以外にはいませんね。いくらクララ様の皮を被ったところで、大事なのは中身ですよ、中身!」

 ロケットパンチと鈍器(モーニングスター)でストーンゴーレム相手に無双しながら、コッペリアがそう啖呵を切りました。


 嬉しい言葉ですが、

「つーか、クララ様だけですよ、このワタシの演算能力を上回る発想をできるのは。実は異世界から来たと言っても納得できますね、ワタシは!」

 もしかしてコッペリアって私の正体を看破しているのではないかしら……?

 と、小首を傾げたところで、

「どこまで私の人生を弄び、侮辱すれば気が済むの、貴女という女は!!」

 なぜか、怒髪天を突く勢いで激高したイライザさんが、さらにギアを上げて嵐のような猛攻を放ちます。

 防御魔術と併用して“自動治癒(バイタルガード)”も常時施術しているので、見た目にはダメージはありませんけれど、これ一撃一撃が生身の身体で受けたら即死レベルですわ。


 私の肉体のポテンシャルが私本人の予想以上だったのか、あるいはイライザさんの能力が加味された結果なのかはわかりませんけれど、非常にマズい状況です。


「……何より問題なのは、私のモチベーションが一向に上がらないことね」


 さすがにイライザさんが私を嫌っていることは理解しました――が、私はやはりイライザさんを嫌いにはなれそうにありません。

 手段と方向性はともかく、強靭な精神を持ち、感情のメリハリが激しく自分の望むままに生きる臆面のなさ。安寧と平穏をよしとする私とは正反対ですが、正反対だからこそ惹かれる部分があるのも確かな事実なのです。


「――はあ……。侮辱どころか親愛の念を抱いていますのに」


 執拗に顔を狙って殴りかかってくる拳を躱しながら嘆息をする私。


「嘘をおっしゃい!!」

 一メルトほどの距離を置いて対峙するイライザさんが、金切り声を張り上げました。


「嘘ではありませんわ。貴女の鮮烈な生き方はある意味羨やましいと思っています。ですが、目的のために他者を排斥するしの狭量さは度し難いとも思いますけれど、その部分さえ直せばよい『巫女姫』になれると思いますわ……――っ」

「――誰が貴女のお情けで『巫女姫』の座を譲って欲しいと言ったのよ! 馬鹿にするんじゃないわ!!」


 皆まで言う前に強烈な平手打ちを食らっていました。ここへきてビンタとは予想していなかったので、綺麗に打たれた形になりましたけれど……。


「いつまでも駄々をこねているんですか?」

 自分でも思いがけずに出た冷淡な声とともに、右手が閃いた刹那、イライザさんの左頬が鳴っていました。

 

「必要であれば、私ならお情けでも、地面に落ちているものでも必要であれば這い(つくば)って拾いますわよ。たかがプライド如きでムキになれるほど満ち足りた人生は送っていませんから」


 なにを不幸がっているのでしょう、この人は? 『巫女姫』が最終目標。ならそれでいいでしょう。私には必要ないものですから、すべて差し上げます。それで何も問題はないでしょう。目的と手段が入れ替わっていることに気付いていないのでしょうか、この人は?


「その上から目線が気に食わないと言っているのよ、私は!」


 お互いに頬にピンクの手形をつけたまま、睨み合いの姿勢から再びイライザさんが拳を繰り出してきました。

 予想していた私は、接近戦においては邪魔な『光翼の神杖(アリ・ディ・ルーチェ)』を離し、身を沈めて躱しながら、逆にカウンターの一撃を彼女の顎に当てます。


 その場から吹き飛びかけたイライザさんですが、その姿勢から私の長い髪の端を掴んで、一緒に引きずり倒しにかかりました。

 思わず体勢を崩した私の鳩尾めがけて、イライザさんの膝蹴りが飛び、

「くっ――」

 咄嗟に両手でガードしたところ、無防備な横っ面に鉄拳の一撃を受けてしまいました。


 お互いに不安定な態勢だったこともあり、お互いにもつれ合うように地面へ倒れ込む私たち。

 そうしながらも有利な態勢になろうと、上下目まぐるしく入れ替わりながら、さらには合間合間に拳を振るいます。


「……えらく泥臭い戦いになってきたな」

 廃獣(マガモノ)を相手にしながら、こちらの様子を横目に窺っていたセラヴィが、非常にげんなりした口調で呟きました。


 レグルスは、ヤキモキした口調で、

「ああ……あっ。マイ・プリンセスの絶世の美貌が……」

「あー、あれは凄いわ。俺ならたとえイライザが化けている相手だったとしても、ああまで顔をボコボコに殴れないわ。お互いに遠慮ないなんてもんじゃないな。同じ顔だから手加減する必要ないのか……?」


 なにやら外野が勝手なことを言っているようでした。

話があまり進んでいません。申し訳ありません。

「リビティウム皇国のブタクサ姫 4」(著:佐崎一路 イラスト:まりも)モーニングスターブックスより3月29日発売予定です。

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