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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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廃獣の母と人造の聖女

 ゴボゴボと泡立つ『万物溶解液(アルカエスト)もどき』のプールから浮き上がってきたのは、ぱっと見、頭部だけでも二十メルトほどもある、丸い頭にヌメヌメした肌の巨大な生き物でした。

 頭部に比較して、つぶらな一対の瞳と人間で言えば(パッと見、耳とか鼻は見当たりませんけれど)耳元まで裂けた巨大な口。それでいながらどこか人間臭いその見た目は――、


「海坊主!?」と、私。

「タコ坊主?!」これはセラヴィ。

「んじゃあ、ワタシは三日坊主っ!!」

 最後は言わずもがなのコッペリア。


「「いちいち対抗しなくていいですわ(するな)!」」


 とは言え、悠長にツッコミを入れている暇はありません。

 なにしろあまりにも巨大なそれが浮上してきた衝撃で、プールの湖面(?)が大きく盛り上がり、原色の液体が人の背丈ほどもある津波となって、こちらへ一気に押し寄せてきたのですから。


 木綿のタオルを瞬殺したあの液体を生身で浴びたらどうなるのか……。とても実験する気にはなれません。


「防壁を張ります! セラヴィー!」

「わかった!」


 打てば響く要領で、即座にセラヴィが硬い岩盤の地面へ護符を投じて、

「“母なる大地よ、その懐を開き我が願いに従いて姿を変えよ”――“城塞(ストーン・カスバ)”」

 私たちを中心にして半径二メルトほどの周囲が隆起して、人の背丈の倍ほどもある台地と化して、波を遮る堤防としました。


 ちょっと目には硬度も高さも十分にあるようですが、

「ちょっと足りないかも。確か津波って波の高さよりもその後に押し寄せる全体の水量が問題ですから、乗り越えられる可能性がありますわね。ならば、“水流よ凄烈なる流れもてすべてを阻め”――“水障壁(アクアシールド)”!」


 私は愛用の魔法杖(スタッフ)である『光翼の神杖(アリ・ディ・ルーチェ)』――対イゴーロナク戦の際にヴィクター博士からいただいたアレです――を構えて、“城塞(ストーン・カスバ)”の上から、さらに超高水圧の障壁を被せる形で、ぐるりと水の壁を張り巡らせて、この場を完全に周囲から隔離しました。


「それとコッペリアもお願いします、セラヴィ」

「面倒臭っ。防水加工らしいし、どうせ溺れやしないだろう……」


 ぶつくさ文句を言いながらも、さすがに捨て置けぬと判断したのでしょう。セラヴィは私たちからちょっと離れたプールの脇にいたコッペリアの周囲にも、同様の“城塞(ストーン・カスバ)”を張り巡らせるべく、護符を数枚投じました。

 無論、投擲した瞬間だけ、“水障壁(アクアシールド)”の一部を解除するのは忘れていません。


 ひょい――ぽいっ。


 と、放たれたセラヴィの護符が空中にあるうちに、コッペリアがそれを無造作に掴んで丸めて捨てました。


 流れるような自然な動作に、思わず言葉に詰まった私ですが、

「……。な、なにやってるのよ、コッペリア!?」


「――え? 愚民がドサクサ紛れにワタシの背中を撃とうとしたので、迎撃したんですけど?」

 それがなにか? と小首を傾げるコッペリア。


「そんなわけないでしょう! 防御の護符だったのに!」

「でもこれ、雷の護符が混じってますけど?」


 そう言って、コッペリアが指差す床の上では、丸められた護符が線香花火のようにバチバチと火花を散らしていました。


「………」

 思わずセラヴィの顔を見ると、

「――おー、そうだったのか。ついうっかり間違えた。(わり)(わり)い、コッペリア」

 と、誠意の欠片もない口調で謝罪の言葉を口にします。


 このふたりの以心伝心は、ある意味先ほどの私とセラヴィ以上かも知れません。ベクトルは真逆ですけれど。


「コッペリアではない! コッペリアさんと呼べ、愚民っ! そして『さん』と口にすると同時に、常に心の中に敬意を持たなければならない! なんならコッペリアさんだーぶれす……どわあーっ、溺れ……ガボガボ……!」

 

 と、そこへ押し寄せてきた津波に巻き込まれるコッペリア。

 こちらは幸いにして、二重の障壁お陰で一滴の液体も掛からなかったのですが、無防備にポーズを決めていたコッペリアは、もろに液体を被って転がるように流されて部屋の壁に叩きつけられ、

「ひょええええええええええええええええええ……!」

 さらに引き潮に飲まれてプールへ転落しました。


 で、ようやく波が収まったプールの水面ににょっきりと、

「「………」」

 下半身だけが水面から直立した、スケキヨ状態のオブジェと化したコッペリアが確認できました。


 黒のすけべパンツ。


「……なんで悔しげに床を叩いているんだ、お前は?」

「コッペリアを助けられなかった自分の不甲斐なさを嘆いているだけですわッ!」


 ええ、それ以外にありません。

 決してまったく眼中になかった相手が、自分より先を行っていたのを目の当たりにした敗北感や、危機感、その他もろもろの憤りのようなやり場のない感情が爆発したわけではありません。


 てゆーか、女としてアレ以下とか、どうなのよ、私!!!!

「そーか?」

「そーですわ!」


 なんとなくこの話題は避けたほうが良いと判断したのか、触らぬ神になんとやらで、セラヴィは隆起させていた石の壁をもとの床に戻しました。


 と、そこへ――。

「な、なんですか、いまの水音は? って、だ、大丈夫ですか、皆さん!?」

「問題ない。マイ・プリンセスは無事だ。他のふたりも……まあ、大丈夫だろう」


 部屋の外へ退避していたコリン君とレグルスが、様子見に現れて――あちらも濡れていないところを見ると、外までは液体は押し寄せなかったのでしょう――一変した、中の様子に目を丸くしています。


 できればコリン君たちには、すべての片がつくまで逼塞(ひっそく)していて欲しかったのですが、新聞記者である好奇心旺盛なコリン君と、ほとんど雛の刷り込み(インプリティング)レベルで私に懐いているレグルスですから、騒ぎを聞きつけていても立ってもいられなくなってやってきたのでしょう。


 私たちの無事(?)な様子に、ほっと安堵のため息を漏らしたところで、続いて否が応でも目に入る、プールに浮かんだそれに目にして、驚愕の叫びをあげました。


「な、なんですか、このバカでっかいナマズみたいなのは!?」

「俺には両生類の一種に見える」

「さて、私めには廃獣(マガモノ)の親玉にしか見えませんが、マイ・プリンセスの裁定はいかがですか?」


 いまだプールに浮かんだままの超巨大な廃獣(マガモノ)(?)。

 全長はざっと五十~六十メルトはあるでしょうか。

 口々にその正体を推測する男性陣。最後にレグルスに水を向けられたので、この大きくてヌメヌメしていて蠢いているモノについて、ぱっと見て頭に浮かんだ印象を言葉にしてみました。


「私にはクジラみたいに見えますけれど……?」


 山国育ちの男子三人は見たことはないでしょうけれど、大きさと見た目にはクジラによく似ています。

 ただし色がピンクで、鰓のような器官があり、全体的に細長く、さらに頭部から提灯アンコウのような触覚が生えているのを除けばですが。


「クジラってのは見たことないけど、でかいな。護符ぐらいじゃ、どこまで効果があることやら……」


 いつでも投擲できるように両手に護符を構えて、セラヴィが攻撃態勢になったのに合わせて、レグルスも魔力を練り始め、どこからか羽猫(ゼクス)もひらりと現れて、コリン君を庇う態勢で威嚇の唸りをあげ始めました。


「――う~~い。あー、びっくりした。モーニングスターが盾にならなければお陀仏でしたよ」


 と、そこでひっくり返っていたコッペリアが再起動をして、万物溶解液(アルカエスト)もどきから身を起しました。

 モーニングスターがどーのこーのいう問題ではなかったような気もしますけれど、それはともかく位置的に現れた超巨大な廃獣(マガモノ)のほとんど目と鼻の先です。

 ただし、背中を向けた格好なので、いまだに気が付いていませんけれど。


「おい、後だ。うしろー!」

「コッペリア、後よ、後ろ!」


 いまのところ水面に浮かんでいるだけの相手ですが、その気になれば位置的にコッペリアは一飲みでしょう。

 私とセラヴィは、なるべく廃獣(マガモノ)を刺激しないように、声を潜めてコッペリアに注意を喚起しました。


「???」

 対して、『のヮの』という顔で小首を傾げるコッペリア。


 もどかしいですわ~~っ!

 なんでこう察しが悪いと言うか、自動人形(オートマトン)なのに、『後ろ』と指示を受けて機械的に振り返るだけのレスポンスの良さがないのですか、この駄メイドは!?


「後ろがどうかしたんですか、クララ様。あと愚民?」


「いいから、ゆっくりと振り返って、こっちに背中を向ける姿勢になれ」

「なんだかわからないけど、愚民に指示される謂れは……あ、わかった☆」


 あ、絶対にわかってませんわね、これ。


「水も滴るワタシの透けた下着を見たいんでしょう? そうは問屋が卸さない」

「違うわーっ!!」


 セラヴィがこっそりと怒鳴るという器用な真似をした瞬間、水面に浮かんでいた巨大な廃獣(マガモノ)が、前(ひれ)? 前脚? を動かして、オットセイかムツゴロウさんのようにプールから這い出す動きを見せました。


「――お? おー? おおおぉ?」


 さすがに水音と気配で異常を察したのか、振り返ったコッペリアが、眼前に聳え立つピンク色の肉壁のような廃獣(マガモノ)の顔面を前にして、しばし首を小刻みに左右に振って思案していましたが、

「愚民その2っ!」

「………………え? もしかして僕ですか?!」

 私たちに注目されたところで、その不名誉な呼称が自分を指したものだと理解したコリン君が狼狽えます。


「喜びなさい。ミッションコンプリートですっ! 愚民2が会いたがっていた、八号(はっちゃん)がこうして目の前にいますよ」

「てめーの目は節穴か!! その化物のどこがマリアルウだーっ!」


 さすがに腹に据えかねたのか、コリン君が激高してコッペリアを怒鳴りつけました。


「……いいえ、確かにこの『エキドナ』は私の分身。いえ、いまでは私が分身で、廃獣(マガモノ)を生み出すこのエキドナが本体かしら? ふふ、もとは人造女神を生み出す母体だったのにね」


 と、巨大な廃獣(マガモノ)の口が開いて、そこから先ほどのメイド服を着たストーン・ゴーレムに抱きかかえられるようにして、八号(はっちゃん)ことマリアルウが姿を現しました。


「マリアルウっ!」


 再会に歓喜の声を上げるコリン君を、マリアルウが悲喜こもごも入り混じった表情で見据えます。


「まさかここまで来るなんて思わなかったわ、コリン」

年末~年始になるべく更新します。

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