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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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辺境伯の執事と真実の行方

舞台は、再び現代へ戻っています。

前後関係的に、『貧者の金と辺境伯の執事』からの続きになりますので、忘れている方はそちらから先に読み直したほうがいいかも知れません。

 しっかりと施錠されたオーランシェ辺境伯、或いはリビディウム皇国に所属する諸侯王筆頭であるオーランシェ王の屋敷の一角で、グラウィオール帝国の帝族にして美貌の貴公子(文字通り公子)ルーカス・レオンハルト・アベルと、オーランシェ家に長年仕えているという年齢不詳の、見た目は二十代にしか見えない執事(バトラー)エミール氏との怪しげな時間が始まろうとしていた。


「“恋”。素晴らしいものですな。おそらく公子様も私と同じ情熱を抱いておられるのでしょう。だからこそあえて当家まで足を運ばれた……」

「いやいやいやいや!!」


 潤んだ瞳と熱を帯びた吐息を間近に感じて、ルークは背筋を這う悪寒と戦いながら、力いっぱい否定した。ついでにお尻のあたりがキュッとする。


「ぼ、僕が恋しているのも愛しているのもただひとりだけです!」

「私もそうです。そして、それは同じ相手でしょう」


 ひたりとルークを見据えて、不動の意思でもって断言するエミール氏。

 その間にも燕尾服(テール・コート)を脱ぎ捨て、ホワイトシャツのボタンを淀みない動きで順に外していく。シャツの下は当然素肌であった。


「いやいやいやいやいやっ!! なんでそう思うんですか!?」


 色々な意味で混乱するルークの問い掛けに、

「それをいまからお教えいたしましょう。私のすべてをさらけ出して……」

 はらりとシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になるエミール氏。


「た、助けて~~っ、ジルっっっ……!!!……って、えええええええ!?!?」


 全身を仰け反らせたルーク。と、その視線がエミール氏の胸元――心臓の辺りで止まった。


「――それは……?」


 一瞬、ペンダントでもしているのかと思ったのだが、鎖や留め金の類いは一切見当たらない。赤ん坊の握り拳ほどの大きさの魔石が埋もれて……いや、完全に体の一部器官として機能している。

 そして、こんな特徴を持った種族を、ルークは以前に家庭教師であったクリスティ女史から教わっていた。


「まさか、魔族!? 魔族なのですか、亜人を見下す皇国の、その中でも屈指の大貴族であるオーランシェ辺境伯の執事が?!」


 息を呑むルークに向かって、エミール氏は琥珀色の瞳を細め、屈託のない笑みを向ける。

「ご名答でございます。もっともそれを知るのは旦那様と、先代執事エミール・トレファン。そして、私に『レグルス』の名とすべてを与えてくださったクララ……いえ、マイ・プリンセスのみでございます」


 陶然とした表情で己の秘密を話すエミール・レグルス・トレファン。


「なぜ。それを僕に……?」

 魔族が皇国の重鎮であるオーランシェ家で執事をしているなど、一大スキャンダルなどというものではない。下手をすればオーランシェ家そのものの屋台骨が揺らぐ騒動になるだろう。


「それがマイ・プリンセスの願い。そして――」

 困惑するルークの様子に微笑を浮かべ、エミール氏は己の心情を吐露した。

「私の名前『レグルス』の由来になった方、マイ・プリンセスが最も信頼を寄せていた貴方に逢ってみたかったからです」


 “レグルス””レオンハルト”いずれも『獅子』を意味する名前である。


「――では、お話しましょう。私の知るすべてを。いまも生きるマイ・プリンセスの物語と、教団が秘匿する巫女姫クララの真実を」


     ◆ ◇ ◆ ◇


 霊山として名高いクロリンダ山。その奥地に隠れるようにして住む白髪白髭の老人は、地面に片膝を突くルークを面倒臭そうに一瞥し、それからルークの背後に付き従う旅の仲間たちを順に見据えた。


 冒険者としてはDランクながら、旅の経験が豊富な魔剣使いのジェシー・アランド。

 その仲間で同じDランクで猫の獣人族(ゾアン)であるエレノア・グリゼリダ・バッソ。

 同じくCランクのこちらは兎の獣人族(ゾアン)、ライカ・フェドーラ・アドルナート。

 妖精族(エルフ)にして、友人であるプリュイ・シエル。

 プリュイの自称保護者である妖精族(エルフ)の青年アシミ・アステリ。

 どこにでもいる平凡な商人の下働きを自称する白猫の獣人族(ゾアン)シャトン。

 こんな山奥には不釣合いなメイド服をしたおかっぱ(ボブカット)の少女エレン・バレージ。

 エレンの幼馴染にして、この一年間でいっぱしの冒険者となったブルーノ。


 いずれも若いがかけがえのないルークの仲間たちである。


「……ふむ。よくぞこの場所を突き止められたものじゃのォ。儂が聖都を離れて己を鍛え直すために霊山での万日回峰行に入って三十年あまり……。若い者の間ではもはや忘却の彼方か、あるいは死んだものと思われておる、と思うておったが」


 粗末な掘っ立て小屋の前で述懐する、小屋に負けず劣らず粗末で貧相な身なりをした老人。だが、ルークが確認し、当人も肯定したように、この老人こそが聖女教団の最高指導者・法王テオドロスその人なのであった。


「“己を鍛え直すための万日回峰行”って、あれ? 巫女だかお姫様だかにセクハラして追放されたんじゃなかったっけか?」

「――しっ! 思い出を美化しているだけだから、いくら事実と違っていても、お爺ちゃんの中では真実なの。だから、アンタは余計なこと言って水を差さないの!」


 がっつり聞こえる声で疑問を口にしたブルーノのわき腹を、素早い肘打ちで打ち抜いたエレンが無意識に追い討ちをかける。


「……どうやら儂の話なんぞ聞く気はないようじゃな」

 即座にへそを曲げたテオドロス法王が踵を返して、小屋の扉を閉めようとするのを、慌ててルークとジェシー、アシミとが止める。


「お待ちください、法王様!」

「まあまあ、爺さん。大人気ないぜ」

「この程度でヘソを曲げるなど、所詮は人間族(ビーン)の長だな」


「えええい、放さんかい! むさ苦しいわい! どうせならそっちのおねえちゃんたちが来んかい!! あ、そこの無礼千万な小娘とエルフはいらんぞ。胸も(ケツ)もないのは儂の守備範囲外じゃからの」


 ご指名の入った女性陣――エレノア、ライカ、シャトン――は苦笑い(シャトンはとろんと半分寝ぼけたような顔のまま)をして、勘定に入れられたかったエレンとプリュイは憤慨した。


 どうにか引き摺るようにして、テオドロス法王を元の位置へ連れ戻したルークたち、

「申し訳ございません。ご無礼の段は平にご容赦ください」

「にしても、院長先生に聞いていた通りの爺様だな」

 頭を下げるルークと、げんなりした顔でぼやくジェシー。


「誰に何を聞いたんじゃい?!」

「コンスルにある孤児院の院長先生だよ。昔、聖都でシスターをしていたとかで、あんたがここにいるってことも教えてくれたんだ。まったく、あっちこちさんざん捜し歩いてみたら、地元に手がかりがあったなんて、まるでお伽噺か寓話だな。――ああ、これ紹介状というか、爺さん宛に院長先生から預かってきた手紙だ。確かに渡したぞ」


 喧嘩腰で噛み付いてくるテオドロス法王に辟易した調子で返しながら、懐から取り出した手紙を渡すジェシー。

 渡された封筒の名前と筆跡を、胡乱な目つきで確認したテオドロス法王だが、その途端、なぜか酢を飲んだような顔になって押し黙った。

 それからもどかしげに封を切って中の手紙を黙読する。


 無言のまま何度も読み直してから、

「……テレーザ…そうか、まだ……」

 と、小さく呟いたかと思うと、先ほどまでの勢いはどこへやら、悄然と肩を落として手紙を丁寧に畳んでしまいこむと、

「……立ち話もなんじゃ。狭いところじゃが雨露はしのげる。来るがよい」

 そう言って再び背を向けて小屋の扉を開いた。


「じゃがテーブルと椅子は限られておるからの。主賓(ルーカス公子)以外は床の上じゃぞ。ああ、そっちのオッパイのでかい兎の娘さんと、安産型の尻をした猫の娘さんは儂の隣に座るが良い」

「ぶれねえな、おい!」


 小屋に入りしな付け加えるテオドロス法王に向かって、ブルーノが驚愕と感心とがない交ぜになった声を張り上げた。


 そんな一同のやり取りを眺めながら、ルークはふと、ここに来るまでのこの一年あまりの苦難の旅を思い出していた。

ちなみにレグルスをルークと同じ意味の名前にしたのは、

「どちらも美少年だからです!」(ジル談)

だからです。

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