洞窟の苦難とゴーレムとの戦い
なかなか予定通り進みません……。
『ヒヒヒィーーーーーーーーーン!!』
『ブフィ、ブヒ、ブヒブヒッ!!』
『ンメエェェェェェェッ!!』
『キュキュッキュイ!!』
横穴や洞窟の天井から這い下りてくる、見た目は蛸のような……よく見ると馬の生首や、豚の生首、羊の生首、禿頭の男性(?)の生首じみた一抱えほどある本体に、にょろにょろと古典的火星人のような触手が生えている廃獣の咆哮が響き渡ります。
それに対抗するかのように、複数の男女が放つ裂帛の気合が応じ、同時に絹を引き裂くような甲高い悲鳴が狭苦しい洞窟内に木霊していました。
「オラオラッ、責任者出て来い! 女将を呼べっ!!」
「疾、疾、疾ッ! ええい、鬱陶しい!」
「おい、そこの殺戮メイドと狂犬魔族、攻撃が大雑把過ぎて取りこぼしが多いぞ! あと、余波で天井が崩れそうなんだぞ、手加減しろ!! この――地槍っ!」
「ひぃやあああああああっ!!」
「きゅいーーーーッ!?!」
ちなみに最初の絹どころか杵をも引き裂きかねない雄々しい雄叫びは、モーニングスターを風車のように振り回しているコッペリアのもので(なので一応、雌叫びになるのかしら?)、続いてレグルスが莫大な魔力にモノを言わせて放つ衝撃波の掛け声とともに、不可視の魔力の波動がランダムに目標を四散させ、そして洞窟という場所柄に配慮してか、気合を込めたセラヴィの〈地〉属性魔術による土壁や地槍が、廃獣を磨り潰したり、串刺しにしたりと容赦なくトドメを刺しています。
間断なく飛び散る血飛沫。砕ける頭蓋骨。無数に亀裂が走ってそこはかとなく鳴っちゃいけない音を奏でる鍾乳洞の壁や天井……。
通路一杯を照らす『光芒』のお陰で、否が応でも鮮明に見えるこの凄惨な光景を前にして、世間知らずの乙女のような悲鳴をあげている主は、もちろん私……ではなくて、たいてい予想していたかと思いますが、コリン君と相棒のアルジャーノンのものです。
見通しの悪い洞窟内で素人のコリン君が転倒しないように、気を利かせて『光芒』の光量を昼間並みにして、「ほうら、明るくなったろう」としたのですけれど、それがどうも仇となってしまったようです。
あちこちから生首タコがニョロニョロと這いずりだしてきて通路にひしめき出し、そして目の前で展開される成人指定の凄惨な光景を前に、耐性のない一般人であるコリン君とアルジャーノンのSAN値が、ゴリゴリともの凄い勢いで削られているが、傍で見ていても一目瞭然です。
「あはははは……俺、この洞窟から出たらマリアルウと結婚するんだ……。『極限のメニュー』も完成させるし、絶縁した陶芸家の親父とも和解する……」
何か現実逃避してぶつぶつ呟くコリン君。独白から垣間見える彼の半生が、なにげに興味を惹かれますけれど、できれば隣で死亡フラグをバンバン立てないで欲しいところです。
なお、私もコリン君同様に一般的で良識のある人間のカテゴリーに入っていると自負していますので、見敵必殺で襲ってくる廃獣を躊躇なく潰す三人と違って、まずは会話を試みようと努力しました。
ちなみにタコというのはあれで相当に頭の良い生き物で、能力的には犬に匹敵するとか。
ですが生憎とこの気持ち悪いハゲ……もとい廃獣相手にはまったく対話の余地はなく、ウネウネ蠢いて噛み付いてくるだけでので、分かり合う努力は断念して、襲い掛かってくる分には思い知らせる形で対処しています。
……別に見た目で差別しているわけではないですよ? ウネウネが気持ち悪いとか、デザインが生理的に無理とかの理不尽な理由ではありませんので悪しからず。
そんなわけで、棒立ちになっているコリン君たちの隣で、廃獣が潰れた瞬間、飛んでくる変な汁や臓物の欠片で巫女服が汚れないようにヒョイヒョイ避けながら、同時に精霊術と魔術を併用して、先行する三人に土精霊が教えてくれる、洞窟内に設置された罠の位置や、『魔力探知』で掴んだ情報を伝える後方支援に専念していました。
「セラヴィ、そこ足元の位置に落とし穴があります。あとレグルスの右斜め上に微かな魔力反応があるので注意してください」
「わかった。〈地〉魔術で埋めておく」
「刻印魔術によるトラップのようですね。了解しました」
「あとコッペリア、罠と廃獣の位置は、上上下下左右左右BA、上上下下LRLRBAですわ!!」
「おおおっ、なんか無敵っぽい指示ですね!」
私の簡潔な指示に従って奮起する一同。とは言え分岐路からここまでざっと二百メルトあまり。その間鎧袖一触で、罠も廃獣まとめて粉砕してきた結果、休む暇もなかったのでそろそろ小休止を入れたほうがいいかも知れません。
「皆さん頑張ってください。反応では残り十メルトほどで例のゴーレムのいる広間につく筈ですから。その手前で準備を整えましょう。――あら、コリン君。肩のところにゴミが付いて……ああ、砕けた廃獣の目玉でしたわ。馬かしら?」
「ほげええええぇぇぇぇぇッ!!」
ふと気がついてコリン君の肩のゴミを摘んで見せたところ、コリン君は仰け反って卒倒しかけ……足元に散乱する、足の踏み場もないほど散らかった廃獣の臓物に気付いて、どうにか持ち堪えました。
「大丈夫ですか? 怖いようでしたら、やはりここからでも引き返したほうがよろしいのでは?」
「い、いや、こ、こわ、怖いのは罠や廃獣じゃなくて、どちらかというと情け無用のあの連中とか、こんな臓物だらけの只中で、生き馬の目を刳り貫いて手にぶら下げる、それでもなお神々しいほどの美少女という、ほとんど超常現象な巫女姫様なんですけど……!」
「?」
なにげに失礼なことをブツブツ呟きながら、そこはかとなく私から距離を置くコリン君。
きっと極限状態で心神喪失状態なのでしょう。
とりあえず聞こえなかったフリをして、私は狂戦士化している仲間たちの方へ視線を戻しました。
この調子ならあと一分くらいで殲滅しそうな勢いです。
ここまでのところはまずまず順調と言ってもいいでしょう。それと、もしかして罠……? と疑っていたコリン君の裏切りとかもないみたいですし――と。
「あら? コッペリアが崩した天井の亀裂が凄い勢いで広がって……ああ、ここにいると確実に生き埋めになると土精霊が警告していますわ」
「ぎゃあああああああああああああああッ!!!」
通路と一緒にゲシュタルト崩壊を起こしているコリン君の襟首を咄嗟に掴んで、私は土精霊が教えてくれる安全地帯――進行方向へある小部屋の方向――へと走り出しました。
こういう修羅場には慣れているコッペリアとセラヴィ、そして野性の本能で走り出したゼクスとレグルスも遅れずに付いてくるのを、ちらりと横目で確認した私はさらに足と手に力を込め、
「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!」
コリン君の悲鳴が奏でるドップラー効果を後に、崩壊する通路から遁走するのでした。
◆◇◆
「いやぁ、ヤワな通路でしたねー。たかがメイドや愚民が撫でたくらいで崩落するなんて」
逃げてきた先――通路の突き当たりにある重厚な扉の前――で一息つきながら、コッペリアがやれやれとばかりマイペースに肩をすくめて慨嘆しました。
「はあはあ……あ、あれのどこが“撫でた”レベルなんだよ!? 化物相手の戦闘よりも、どう考えても破壊活動の方がメインだったろう!! なあ、あんた馬鹿なの!? 馬鹿しかいないだろう?! もういっそ落ちてきた岩に押し潰されてりゃ良かったのに!!」
安全地帯に着いた途端、ぐったりと床に伏してしまったコリン君が、上体を起こして八つ当たり気味に抗議します。
「はっはっはっ。たかが石ころのひとつやふたつ、ワタシの本気モードなら大気圏外まで押し返してみせますわ」
そんなコリン君の逆切れを、文字通り鋼の精神でもって軽く受け流すコッペリア。冗談抜きでその手のオカルトパワーを発揮する機能がありそうで油断がなりません。
「とは言え“災い転じて福と成す”“臭いものには蓋をしろ”と言うとおり、余計な罠とか廃獣とかも、一緒くたに全滅したわけですから、ケセラセラ。お陰で後顧の憂いはなくなりました!」
確かに後顧の憂いは綺麗さっぱりなくなったわけですけれど――。
「――その代わり退路も断たれたわけだ」
丸ごと埋まった元通路を振り返りながら、セラヴィがため息をつくと。それにタイミングを合わせたかのように、パラパラと天井のあたりから小石が落ちてきて、みしりと岩がきしむような音が聞こえてきました。
「も、もしかして、この辺りもやばいんじゃ――?!」
安全地帯だと思ったのもつかの間で、連鎖的な崩壊はこの辺りまで及んできているみたいです。
見上げたコリン君が恐慌状態に陥りかけたのを手で制ししながら、セラヴィは懐から取り出した数枚の護符を無造作に空中へと投げました。
途端、まるで風にさらわれたかのように護符は飛んで天井や壁へと張り付きます。
「〈土〉強化の護符だ。とりあえずこれでしばらくは持つだろう」
証明するかのようにセラヴィが手近な壁を叩くと、コンクリートを叩くようなゴツゴツした鈍い音が返ってきました。
「おおっ、意外と役に立つわね、愚民の宴会芸も。ついでに崩壊したトンネルも掘り返せない?」
ガシガシと近くの壁に蹴りを入れて強度を確認したコッペリアが、調子のいい事を尋ねていますが、魔術というものは万能ではなく、単なる技術や道具にしか過ぎませんから、できることとできないことが案外明確です。崩れ落ちた鍾乳洞を数百メルトも掘り進めるとか、どう考えても一個人の手には余ります。案の定セラヴィは首を横に振りました。
「無理だな。『掘削』『土砂移動』『強化』その他もろもろ……。俺ひとりで掘ろうと思ったら下手したら年単位の仕事になるぞ」
「ちっ、相変わらず使えない愚民ね。使えない罪を償うために、年単位でもいいから洞窟掘ったら?」
案の定、電光石火で掌を返すコッペリア。
「“青の洞門”ではないのですから、無茶言わないでくださいコッペリア。あと私の魔術や精霊術の場合は加減が難しいので、下手な手出しをしないほうが賢明だと思うわ。なら先に進むしか道はないと割り切りましょう」
舌打ちするコッペリアに続いて付け足しながら、私は目の前に立ち塞がる扉を改めて検分しました。
ここまでは自然洞窟を模した通路が続いていましたけれど、こればかりはいかにも人工物らしい石壁と扉が控えています。
扉の大きさはざっと大人がふたり並んで通れるくらいの堂々たるもので、青銅製らしいドアノブが付いています。当然ながら鍵が掛かっていて、押しても引いても(コッペリアが)蹴りを入れてもビクともしませんでした。
「つーか、この状況だと鼠一匹通れないんだけど、どうやってその鼠は中に入ってゴーレムがいるってのを確認してきたわけ?」
扉とコリン君の胸ポケットにいるアルジャーノンを交互に指差しながら、ふと私も気になっていた事柄を訊ねるコッペリア。
「…………。えーと……『外側からノックをしたら開けてもらえた』……って?」
「はん! んなバカなことあるわきゃないでしょう。どこの世界にノックされたからって不用意にダンジョンの扉を開けるアンポンタンがいるっていうのよ!」
答えるアルジャーノンの鳴き声を通訳するコリン君。さすがに自分でも説得力がないと思っているのか、説明が自信無げ……というか疑問形です。
で、当然ながらその言葉を一笑に付すコッペリアですが、私にはなにかこう……崩れたダンジョンとか、ノック四回で顔を出したダンジョンの住人とか、心当たりのあるシチュエーションに心なしか既視感をヒシヒシと感じずにはいられないのですけれど……。
「まさか、ここにいるゴーレムって、実はコッペリアと同系統の人造人間でした。なーんてオチではないでしょうね?」
「まさか。こんなゴミ溜めのような場所にワタシのような優秀かつ希少価値の高い人造人間が捨てられるわけありませんよ~」
笑って言下に否定する当人。
「なにしろ骨格はオリハルコン、頭脳は賢者石、心臓は竜玉から作られた永久機関、ブラックボックスは輝く黒い多面体という、世界最高にして唯一無二の人造人間ですからね」
確かに。個々のパーツを取り上げてみれば、オリハルコンとか、賢者の石や竜珠、あと黒い多面体などという想像するだにおぞましい謎装置など、魔術師や錬金術師が見れば垂涎の素材でできた、歩く宝物庫とも兵器廠とも言える存在なのですよね、コッペリアって。
「なにしろワタシ一体を完成させるために、前のご主人様はこの国の国家予算を使い込んで、転覆させかけたくらいですから。まあ大事になる前に逃げ出しましたけど、噂では税金が倍に跳ね上がったとか、餓死者が一万人から出たとか……まあ、ワタシと、たかだか一万人ぽっちの命とでは、どちらが大切か考えるまでもありませんが」
「「「――おい、こらっっっ!!!」」」
コッペリアの国の浮沈に関わる裏話――話のノリは卵焼きをひっくり返すのを失敗したレベルの軽さですけれど――に、もともとこの国の出身であるセラヴィ、レグルス、コリン君が反射的にコッペリアに詰め寄っています。
この場合は別に当人に罪があるわけではありませんけれど、国が潰れかねないほどの予算と最高の素材を使い潰した結果がコレだと言うのはある意味悲劇。泣くに泣けない現実でしょう。
「まあまあ、国家予算を使い込んだのは別にコッペリアではありませんし、肝心の製作者はすでにお亡くなりになっているのですから、責任の所在をコッペリアに求めるのはお門違いではありませんか?」
そう宥めると、三人とも不承不承納得……は感情的に出来ないかもしれませんが、とりあえず矛を収めました。
「そーいうことです。あと、さっきのクララ様のお話ですけど、ワタシのような完璧な完成品はないにしても、もしかすると試作品とか失敗作とかは廃棄されているかも知れませんね。なんか聞いた話では、自我を付与された人造人間は、どーいうわけか軒並み発狂して、原因不明の暴走をした挙句自滅したらしいですからねぇ」
「あー…………」
「あー…………」
「あー…………」
「あー…………」
いろいろと合点のいった私たちは同時に深く納得しました。
本当はコッペリアも捨てたかったんしょうね、ヴィクター博士。でも、これまで掛かった費用やプライドから捨てるに捨てられなかったのでしょう。可哀想に、誰も幸福になれなかった象徴のようなものです。
「……? なんで全員でワタシを哀れむような目で見るんですか?」
「それはそれとして、中にゴーレムかそれに類する守護者がいるとして、これだけ扉の外で大騒ぎしても出てこないものなのかしら?」
「まあ所詮はゴーレム。自分で判断できるだけの能もない木偶人形ですよ」
本気でゴーレムには容赦のないコッペリア。
「あいつらは『この部屋を死守せよ』って命令を受けたら核の魔力がなくなるまで、ずっと同じ姿勢で待つだけの置物ですよ。仮にこんな風にノックをしたとしても、自発的に出てくるわけが――」
「――はい?」
喋りながら、借金取りのような勢いで扉を連打するコッペリアの拳が何度目かで空を切り、代わって扉が内側から開いて顔を出した石とも金属ともつかない光沢でできたゴーレム――思ったほど大きくなくて、だいたい身長は二メルトくらいでしょうか?――の顔のど真ん中に裏拳を叩き込みました。
さすがに予想外だったのか、その姿勢のまま動きを止めるコッペリアと、扉を開けた姿勢のままその場に無言で立ち尽くすゴーレム。
周囲に気まずい沈黙が落ちます。
と言うか、なんでしょうこのゴーレム?
一言で言うなら“岩で作った二メルトの雪だるま”でしょうか。
全体的に手抜きっぽいずんぐりした体型で、顔の太さと胸の太さが同じな某未来から来た青狸を髣髴とさせるデザインです。つぶらな瞳に大きな口。あとわけがわからないのは頭にオレンジ色の髪の毛っぽいものが生えていて、さらに薄汚れたメイド服を着ていることです。
色彩とメイド服がカブってますけど、もしかしてコレってコッペリアのベータ版かなにかではないでしょうか!?
「――ふむ」
絶句している私たちを尻目に、ゆっくりと手を下ろしたコッペリアは少しだけ後退して、謎のゴーレムと正面からお互いに手を延ばせば届く距離で対峙しました。
私たちが固唾を呑んで見守る中、コッペリアはエプロンのポケットから赤い旗と白い旗を取り出します。
すると示し合わせたかのようにゴーレムも同じ旗を取り出して両手に持ちました。
そうして、誰が合図をしたわけでもないのに、二体のメイド達の間で熾烈な戦いが始りました!
「赤あげて!」
「白下げて!」
「赤白さげて、赤あげない!」
「赤白あげて、白さげない」
「赤さげて、白さげて、くるっと回っちゃいけません」
「………。では、一息ついて休憩にしましょう」
お互いが妥協しないで延々と戦を続けている間、早々に面倒臭くなった私は『収納』してあるお茶とカップを取り出して、全員にその場に座って一休みするよう促すのでした。
夏休み? お盆休み? そんな風習のある地域もあるんですねー(棒)
と言うことで、関係なく忙しい毎日です。
それと――
『吸血姫は薔薇色の夢をみる』(全四巻)
『リビティウム皇国のブタクサ姫』(既刊二巻)
新紀元社の新レーベル『モーニングスターブックス』創刊にあわせて、新カバーとなって店頭に飾られています(見てないけど)。
あとブタクサ姫の三巻は10月発売予定!……らしいです。モーニングスターブックスのHPに書いてあるのですから、多分今度こそ本当でしょう。




