ギュリーヌスたちとの和解と宴会の主菜
遅れました。言い訳の言葉もございません。。。
治癒術師と言えば聖女教団の巫女が代表格ですけれど、勿論その他にも野良…もとい、在野の巫女や男性の術者などもいます。ですがそうした治癒術師の数は、大陸全土でも数万人程度と言われています。
ちなみに切り傷を塞ぐ、二日酔いを治すといった初級の治癒術が使えるセラヴィもその数の中に加算しての数万人ですから、治癒術師の素養を持った者がいかに希少か良くわかるでしょう。
そのため聖女教団の巫女などは基本的に一見のお客はお断りで、貴族か大商人などの紹介がないと治療を行いませんし、治療費も法外どころか病状などによっては青天井。一般人なら人生を二~三回やり直さないと無理な金額が請求されます。
私としては別に減るものではないので無償の奉仕活動として、もっと頻繁に貧しい方々にも治癒を施してあげたいのですが……。
「いや普通は減る。ごりごり減る。俺みたいな初歩の使い手でも治癒術を使うとがっくりと魔力と体力が磨り減るのに、常時壊れた水門みたいに上級治癒術を垂れ流しにするとか阿呆か。少しは自重しろ。他の巫女がそのせいで『力を出し惜しみしている』とか『サボっている』とか、口さがない市民から叩かれて肩身の狭い思いをしているらしいし」
「つーか、クララ様はもっとご自分の価値を理解すべきです。不治の病とかでもポコポコ治してますけど、『命の代価だ。金貨で五万貰おうか』くらい吹っかけても問題ないと思いますよ。なんならワタシがマネージメントしますけど?」
そんな風に身内からもお叱りや、どこぞの無免許医を髣髴とさせる世知辛いアドバイスを受けているので、ある程度自粛せざるを得ない状況にありました。
で当然、治癒術師だけでは大陸中の病人や怪我人の治療は回らないので、市井には医術師や薬師、呪い師(大きな括りでは魔女もこのカテゴリーに入るでしょう)などがいて、庶民的な値段(それでも職人の生活費一月分ほどかかりますが)で治療に当たっています。
なお、この世界の医術は江戸時代の『本道医』(要するに内科医)のように、基本的に薬学や本草学を中心にした内科が主流であり、医療水準も江戸時代とどっこい程度でしょう。
簡単な病気や切り傷程度は薬で対処できますけれど、それ以上になると運を天に任せるか、大金を投じて霊薬や治癒術師に出馬を扇ぐしかありません。
そのようなわけで世間的には医術に比べて万能のように思われている治癒術ですが、当然それにも限界はあります。
まず死んだ人間を生き返らせることはできませんし――怪しげな反魂術や死体蘇生術などで死体が動くことはありますが、あれはもはや魔物です――肉体の大きな欠損や複雑な臓器や器官(例えば眼球や腎臓)は再生できません。
まあ……真偽不明の伝説では、聖女教団の象徴たる聖女スノウ様は死者の蘇生を行えたとされていますが、偉人や権力者の業績がデコレーションされるの世の常ですので、ある程度眉に唾をつけておいたほうがいいでしょう。
そもそも統計学的に伝聞というものは――「うちの親父に聞いた話だけど……」と間にひとり入っただけで――ほぼ百パーセント事実と異なる話に変質しているされているので、話半分以下に聞いておいた方が無難です。
実際のところ、聖女教団の暫定巫女姫(なお偽物)たる私が言うのもなんですけど、治癒術と蘇生術とはもともとの土壌が違う気がします。
少なくとも治癒術の行き着く先に蘇生術が存在するものではない、もっと別のナニカである……少なくとも地続きではないと、あくまで治癒術者としての私の手応えですがそう思えます。
であるならばそれを両立されていた聖女スノウ様の実体って特定個人ではなく複数が携わった架空の人物か、もしくは『聖女』とは名ばかりの一杯食わせ者だったのではないでしょうか? あるいは仄聞される伝承がすべて真実だとしたら、それはもはや人間ではないでしょう。まだしも宇宙人と言われたほうがしっくりくるのでした。
そんなわけで、
「――良かった。切断された切り口が綺麗だからこれなら治癒術で元通り繋げられるわ」
セラヴィとレグルスに手伝ってもらって、切断したマザー・ギュリーヌスの右手の断面を繋ぎ合わせて状態を確認しながら、私はほっと安堵の吐息を漏らしました。
「さすがに腕一本とか再生できませんものね。手加減した甲斐がありました」
「おおぅ、お見事な深慮遠謀。さすがはクララ様です!」
「「手加減とは一体!?」」
コッペリアはうんうん頷いて同意しているのですが、なぜかセラヴィとレグルスが衝撃を受けて自問自答の叫びをあげています。
こんな風に私の周囲が香ばしいのはいつものことなので、いちいち気にしないで治癒術を施術することにしました。
「しっかり押さえていてください。――“大いなる癒しの手により命の炎を燃やし給え”」
私の持つ魔法杖が淡い光を放ち始めます。
マザー・ギュリーヌスは怪訝な顔をしましたけれど、直感的に私の意図とこれから行う内容を理解したのでしょう。
「グギャ―ッ!」
「グゲーッ!」
「ゲッゲッゲッ!」
鍾乳石の背後に隠れて様子を窺っていた子ギュリーヌスたちが、一斉に気色ばんだのを「ゲゲゲーロ!」と、すかさず一言で押さえつけました。
「――“大快癒!!”」
気合を入れて最後の一押し。
多少は神経に違和感があるかも知れませんが、これでほとんど問題なく右手は繋がった筈です。
「ゲロ!? ゲロゲロロー!! ゲーコゲコ♪」
目を丸くして綺麗に治った右手を開いたり閉じたり曲げたり伸ばしたりするマザー・ギュリーヌス。もうちょっとリハビリが必要かと思ったのですが回復力が早いですわね。まるでプラナリア並みの生命力です。
「ゲロゲロゲーロ♪」
「ゲロゲロ♪」
「ゲーロゲロ♪」
「グワッ♪」
「ゲゲゲゲゲゲゲゲ♪」
すっかり元通りになったマザー・ギュリーヌスの様子に、子ギュリーヌスがゲロゲロ語で喜びの歌を唱和しながら、そのあたりをピョンピョン跳ね回ってはしゃぐのでした。
その輪の中心になってゴキゲンな踊りを踊っているマザー・ギュリーヌスに私は慌てて注意します。
「いきなり激しい運動は駄目ですよ! 見た目は元通りでも、流れた血は戻りませんから安静にして、血を増やすために栄養を摂らないと。――と言っても通じませんわね……」
どうしたものかと思案したところで、ちょいちょいと私の袖口の辺りを引っ張られてそちらを見てみれば、コッペリアがなぜかその場でふんぞり返りました。
「むふふ、クララ様。このワタシを誰だかお忘れですか?」と、意味ありげな含み笑い。
「え? クイズですか? えーと……一言で言うなら安全装置のない爆弾でしょうか?」
咄嗟のことなので忌憚のない感想を口に出していました。
「はっはっはっはっはっ、まーたまた御冗談を」
ムカつく笑顔で一笑に付すコッペリア。
「そう……オリハルコン製の骨格に、永久機関である竜玉の心臓を内蔵し、そして賢者石の頭脳は人間を遥かに超える完璧メイド――それがワタシ、最終決戦人造人間コッペリアです!」
「え? ハリボテの骨格に永久に毛の生えた心臓? で、腎臓結石が脳にできている人間離れしたメイド?」
「だいたい合ってる」
コッペリアのいつもの謳い文句ですが、生憎と狭い洞窟内でゲロゲロと歌声が反響して聞き取りにくかったらしく、レグルスが微妙に間違った……一周回って正解のような内容を反復して、セラヴィに聞き直していました。
的確な表現ねと内心で同意しましたけれど、幸か不幸か当人の耳には聞こえなかったみたいで、コッペリアは自信満々に胸を張って続けます。
「この連中と遭遇して九十五分。優秀なワタシの頭脳は、これまで収集したデータを元にゲロゲロ語の翻訳を可能としています」と、ドヤ顔。
「試しにそこにいるギュリーヌスに『ジャンプしろ』と言ってみましょう」
そう前置きをして、おもむろに手近で踊っていたギュリーヌスに向かって何やら話しかけるコッペリア。
大丈夫でしょうか? 自動翻訳って基本的にスパイシーでエキサイティングな翻訳になりそうで、そこはかとない不安がありますけれど……。
「げろげろげーろ(おらおら、その場でジャンプしろよ、ジャンプ)」
「ゲロ? ケロ、ケーロ!」
「げろげ――げほォーーーッ!!?」
途端、その場でジャンプしたギュリーヌスの渾身の蹴りが、コッペリアを数メルト吹き飛ばしました。
「「「…………」」」
もんどりうって転がるコッペリアと、げろげろ言いながら、やり遂げた表情でその場から立ち去るギュリーヌス。
「……ほら、この通りです」
悪びれた様子もなく、乱れた服装を直しながら意気揚々とコッペリアが戻ってきました。
「「「いやいやいやいや!」」」
「ゲロ?」
先行きに大いなる不安を抱いているところへ、マザー・ギュリーヌスが、どうした? とばかりに戻ってきて首を傾げます。
「げーこげこげこ、げーこげこ」
止める間もなくゲロゲロ語で話しかけるコッペリア。
はらはらしながら見ていました(主にマザー・ギュリーヌスが激高しないかと)けれど、意外と通じているのか、ふんふん頷きながらおとなしく話を聞いて、時折、相槌を打っています。
そんな感じでしばらくゲロゲロ話をしていたのですが、一区切りついたらしいコッペリアが、こちらに顔を向けました。
「クララ様。マザー・ギュリーヌスが『貴女の強さに感服した。ぜひ俺の子供を生んでくれ。強い子が生まれるだろう』と言っています。――俺っ子だったんですね、こいつ」
「何の話をしているんですか!? 着目するところはそこですの?! そもそもおレズには興味ありません!」
ツッコミどころが多すぎて追いつけません。
「いや、両性類なので両方いけるらしいですよ。通常は無性生殖で湿った場所に卵を産むらしいですけど」
「「「冗談じゃありません(じゃないぞ)!!」」」
期せずして私とセラヴィとレグルス、あとついでにゼクスの「ナオーッ!」という威嚇の叫びが揃いました。
「そっすか、どんな子供が生まれるのか学術的に興味が尽きませんけど……こっそり卵子だけでも分けて貰えませんかね?」
さすがは狂気の錬金術師謹製の助手。倫理観が成層圏の彼方までぶっ飛んでいます。
「お断りします! そもそも命を弄ぶなんて最低ですよ!」
「なるほど。自然交配派ですか。では今後に期待ということで――ぐあーがが、がーご!」
「グア? グーグム、ゲコゲコ」
「ふむふむ。『頑張ってクララ様に卵を産んでもらうように努力する』そうです」
間違った情報を配信しているコッペリアと、無茶振りをするマザー・ギュリーヌス。人類は産卵しません!
「申し訳ございませんが、あなたとのお付き合いは友情まででストップさせていただきます! そもそもなぜ人生初の告白が人外なのでしょう!! 私の魅力って人間以外に通じる人外限定ってことですか!? イロイロとショック過ぎます!」
「へ? そんなことはないですよ。聖都でもモテモテじゃないですか? ファンクラブはそろそろ万の大台に乗る勢いですし」
「宗教絡みで信者から偶像扱いでモテるのなんてノーカンですっ!!」
断固として違いを力説すると、蓬髪をガシガシ掻いていたセラヴィが明後日の方向を向いたまま、
「いや、確かに大部分は高嶺の花だと諦めている連中も多いけど、実際、お前の事を本気で惚れてる気骨のある連中も結構いるぞ」
「マイ・プリンセス。この身と魂は貴女に捧げたもの。これは恋といっても過言ではありません」
そう取り成して、続いてレグルスが妙に潤んだ瞳でここぞとばかりにカミングアウトしました。
「はいはい、そんな急に降って湧いたような根拠のない告白はかえって惨めになるので結構です。それよりもコッペリア、言葉が通じるのなら彼…彼女? にイライザさんの姿をここで見ていないか聞いてくれませんか」
「了解です。――げろげろ、げっげっげっ、ぐおーぐおーっ?」
コッペリアが身振り手振り、ついでに濡れた鍾乳洞の苔を指先で削りながらイライザさんの似顔絵(意外と特徴を捉えた達者な絵です)を描きながら質問をすると、しばし考え込んだり周囲の子ギュリーヌスに尋ねたりしていたマザー・ギュリーヌスが、難しい顔で答えます。
「ゲッゲッゲ、ゲゲゲノゲー、ゲーコゲコ、ゲロゲロゲーログワッグワッグワッ、ケロケロケロケロケロケロケロケロケーロ、ケロ、ゲゲッゲー、ゲーロゲロ、ケロケーロ、ケロケロケローケーロ、グワッグワッグワッグワッ、ケロ、ケーロ、ケロケロケロケロケロケロケロケロケロケーロ、ゲッゲッゲッゲッゲッゲ、ゲホンゲホン」
「『知らない』と言っています」
「情報量少なっ! 絶対に意訳してますわよね!?」
そんなツッコミをしているところへ、洞窟内に散らばっていた子ギュリーヌスたちが、おのおの集めてきた食材を持ち寄って、マザー・ギュリーヌスの前へ並べました。
目が退化して真っ白でなおかつ手足のないイモリ。
見るからに毒のありそうな巨大なキノコ。
極彩色の胞子を飛ばすシダ類。
小型犬ほどの大きさのカマドウマ。
「……私、巫女なのでお肉や魚などの生ものを食べられない菜食主義者なものですから、申し訳ありませんけれど生き物の方は辞退する、と伝えてください」
特に便所コオロギは死んでも無理。
「クララ様、ちょっと前に大蛞蝓の焼肉とか、豚鬼のカツ丼とか食べてませんでしたっけ?」
そうコッペリアに翻訳をお願いしたのですけれど、小首を傾げていらないツッコミを入れてきます。
「カツ丼は調理をしただけですわ。……そもそも私はあまり豆類の発酵食品が好きではないのですよね」
これは本当。
ありがちな前世の知識を持った日本人の場合、お醤油や味噌の味に感動するのが定石ですけれど、私の場合は、あの独特の風味や匂いが私の舌と鼻には合わない……というのが最近わかってきました。
普通にバターやオリーブオイルを使った方が好みですから、やはり現在の肉体的な部分のほうが強く影響されるのでしょう。
「そうなんですかー。あ、でも、『今日は珍しく地上の生き物が獲物として捕まえられた。大物だ』と言っているので、もしかするとクララ様のお口にも合うかも知れませんよ」
こんな場所でも地上の生物が迷い込むことがあるのね。つまりは他にも出入り口があるってことか、と思案していたところへ、子ギュリーヌスが数人がかりで、狸汁用の狸を縛った感じで長い棒に手足をひとまとめに拘束してぶら下げた獲物を担いで運んできました。
前世の豚程度の大きさで全身が肌色をした生き物ですが、栄養状態が悪いのか肋骨が浮いています。頭部には毛が生えていて眼鏡をかけて……。
「――って人間じゃないですか!?」
素っ裸に剥かれて気絶しているので咄嗟に気が付きませんでしたけれど、よくよく見れば見覚えがある顔です。
「確か〈日刊北部〉のコリン君……だったかしら?」
混乱する私に頓着することなく、マザー・ギュリーヌスが上機嫌で縛られたままのコリン君を勧めてきました。
「『お口汚しですが、よろしかったらどうぞ』と言っています」
「通訳するよりも先に躊躇いなくコリン君の頚動脈に石器のナイフを当てているマザー・ギュリーヌスを止めてください!」
慌てて、新鮮なうちに獲物を掻っ捌こうとするマザー・ギュリーヌスとコリン君との間に割って入って、私たちはメインディッシュになりかけたコリン君を確保するのでした。
ちなみに今回あげた洞窟内の生き物及び植物は、色や大きさを別にすればすべて地球上にも実在します。
治癒術は自動で魔力を変換する仕様です。
通常、必要な魔力が足りない場合は術自体が不発になりますが、聖女教団の修行方法では抜け道を使い、不足分の魔力を体力・生命力で補うやり方をしています。そのため限界を超えると巫女は生命の危機に瀕しますし、平均寿命もせいぜい四十~五十歳しかありません。
ジルの場合は我流プラス獣人族の聖巫女の指導を受けているため、限界を超えるような無茶な術は使いません。もともとの魔力量が桁外れなので通常の初級~中級の治癒術なら連続して半日くらいは余裕ですが。




