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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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約束の言葉と乙女の底力

今年最後の更新となります。

今年一年お付き合いいただきましてまことにありがとうございます。

 鞭のようにしなる腕から繰り出される石剣の一撃。

 その場から一歩も踏み出さず、腰も体重も乗っていない肩から先だけで放たれた見え見えの動き――だというのに、受け止めた私の右手が痺れて、危うくその場から体ごと弾き飛ばされそうになりました。


「――っっっ!?!」


 見た目の体格や体重は拮抗している――あ、いえ、体重は私のほうが幾分か軽いでしょう。相手は見るからにマッチョだし――と思われるのですが、真正面から力負けするということは、相手の方が魔力を筋力に変換させるのが上手いのでしょう。

 魔力や気功で強化する、人間の武術で言うところの“気闘法”とか“魔闘術”とかいうものを、本能的に使いこなしているのだと思われます。


「野獣の反射神経に魔人並みの強化か。これは侮れませんわね――くっ!」


 不規則な石灰石の床に根が生えたような安定性で下半身を固定したまま、上半身と石剣とをめまぐるしく躍らせるマザー・ギュリーヌス。胸元や腰を飾る何かの動物の骨と牙とを、糸で結んだ装飾品が勢い良く揺れるのでした。


 剣術のセオリーを無視した独特の動きに対して、私は剣捌きと足運びとで対抗していますが、油断をすると足元の起伏で足がもつれそうになるために、どうしても普段よりもワンテンポ遅れて、なかなか攻勢に回ることができません。

 思いがけなく濡れた床で姿勢を崩しかけたその瞬間――


「ギョゲッ!!」


 ここが勝負どころと判断したのでしょう、裂帛の気合とともに横一文字にマザー・ギュリーヌスの石剣が薙ぎ払われました。


 咄嗟に真正面から斬撃を受け止められないと悟った私は、右手首を中心に全身のバネを総動員して『桜守』で相手の石剣を受け流します。

 私の受け流しに抗し切れず、逆に姿勢を崩されてたたらを踏んだマザー・ギュリーヌスの無防備な上半身目掛け、カウンターで左手に持った『桜花』を繰り出しました。


「はぁ――っ!!」


 スピード、タイミングともに避けられない……仮に躱せたとしても確実に傷を負うか、完全に無防備な体勢にならざるを得ないと自負できる渾身の突きです。ですが――。


「――ゲアッ!」

「なっ……?!」


 ほとんど密着した間合いから放たれた最短距離の突きを、マザー・ギュリーヌスは大きくスウェイバック――下半身は石灰石の床に根が張ったように動かさず、上半身だけほぼ九十度の角度に曲げる、ほとんど軽業じみた動きで躱され、私はその身体能力と思い切りの良さに舌を巻きました。


 すぱっと勢い余って『桜花』が何本かの髪を切断し、宙をワカメ色の髪が乱れ飛びましたが、戦果といえばそれだけです。


「どんな関節とバネよ!?」


 逆にこちらが体勢を崩しかけたところで、ふと、『見てくださいクララ様。こいつ股間の可動域が人間よりずいぶんと広くて――』と、つい先ほど、コッペリアが口にした他愛のない言葉が脳裏に過ぎりました。


 ――っ!!


 一瞬、閃いたのはあるいは天啓だったのかも知れません。咄嗟に足捌きで半歩移動した私の耳元を、唸りをあげて緑の肌色をした右足が真上――私の首めがけて、引き絞られた弓から放たれた矢のような勢いで跳ね上げられます。


「昇竜脚ゥ!?」


 こんな冗談みたいな技でやられてたまるもんですか!! と、認識すると同時にその場から横っ跳びに跳び退く私。耳元の髪が何本か、スレスレに通り過ぎた爪先に引っ掛けられて千切れ飛びます。

 さらに倒立した姿勢から追撃の左足が放たれました――!


「このォ――ッ!!」

 着地と同時に私は全身のバネを使ってバック転をしながら、空中で相手の蹴り足に合わせてこちらも蹴りを放つ――いわゆるサマーソルトキックとマザー・ギュリーヌスの脛と脛が交差して、ガツンっ!! と肉と骨とがぶつかる鈍い音が洞内に響き渡り、見物していたセラヴィたちや子供のギュリーヌスたちが息を呑むのが、視線の端で捉えられました。


「グゴッ――!?」


 同様に目を丸くして驚愕の表情を浮かべるマザー・ギュリーヌス。それを見て、私は密かに溜飲を下げるのでした。


「……って。いちいち張り合わんと気が済まないのか、あの巫女姫様は?」

 と、即座に呆れたようなセラヴィの呟き。


「あんな儚げで、風に当たっても折れてしまいそうな可憐なマイ・プリンセスが……」

 目の前で見たものが信じられないような、レグルスの気の抜けた独白。


「ふふん、名にし負う“クララの五倍返し”って言ったら、後世まで語り継がれる逸話ですからねえ」

 コッペリアが傲然と胸を張って、私の知らない私の逸話を開陳しました。


「もしかして、普段は猫を被っておられる……のか?」

「いや、一部が天然なだけだ」

「それもメーターが振り切れてますけどね」


 そんな、外野で交わされた無責任なコメントはこの際無視します。――が、まあ、“五倍返し”らしいので後で、その場に整列させてきっちり〆ることを心のメモ帳に記しました。

 途端、ぶるりと背中を震わせる三人。


「「「……なんか寒気が」」」

 いけませんわ。どうやら鍾乳洞の寒さが身にしみたようですわね。


 さて、互いに交差した一点から弾かれたように離れた私とマザー・ギュリーヌスは、再度武器を構えて油断なく距離を取り直しました。


 ここまでは、まずは挨拶代わりの小手調べ。そして仕切り直しといったところでしょう。


「ゲッゲッ!」


 おめー、強えな。オラ、ワクワクすんぞ! とばかり愉しげに笑うマザー・ギュリーヌス。その背後では、眷属に当たるギュリーヌスの子供たちがてんでに手を挙げたり、鍾乳石を叩いたりして母親(父でもあるみたいですが)を囃し立てていました。

 ドヤ顔うざっ! 対照的に私のほうは渋面です。


「ほんとナチュラルな戦闘狂って、やりにくい相手ね……」


 思わず愚痴をこぼしてしまいました。勿論、最初から舐めていたつもりはないのですけれど、セオリーが不明で手の内が読めない相手と戦うことが、これほど神経をすり減らすとは思いもしませんでした。


『格上の相手と戦う場合は常に(あばら)三寸を狙え』


 要するに強い相手と戦う際には『肉を切って骨を絶つ』のつもりで相打ち狙いで戦え。そうすれば運がよければ勝てるかもしれない。かつて修行を兼ねて横断した大陸最大の砂漠【愚者(ストゥルティ・)の砂海(ワースティタース)】。そこで同行をしてくださった大陸屈指の格闘者である〈獣王(ゾーオンレークス)〉の教えがふと蘇りました。


 口幅ったい言い方ですが、無論、本当の本気、『なんでもあり』で闘えばこの程度の相手、瞬殺できる自信はあります。ですが、それをやってしまっては残るのは母親を殺された子たちの怨みと憎悪だけ。

 私の勝利で仮にこの場が形だけ収まったとしても、ギュリーヌスたちの怨みつらみは消えないでしょう。それだけはいけません。憎しみは憎しみを呼び、血は血を呼ぶでしょう。そんな際限のない泥沼を生み出してはいけない。


「私はイライザさんを救け、できるならばマリアルウと話し合うために来たのですから。誰かを殺すためではないわ」

 当初の方針を失念しないように、自分に言い聞かせます。


 と、なると、やはりここは相手の流儀に従って、チャンバラで決着をつけるしかないということになります。それも誰が見ても文句の言えない勝ち方で。


「……と、簡単に口に出来るほど容易ではないわね」


 なおかつマザー・ギュリーヌスは殺さずに、無力化できる程度に止めておく。けれど、相手は殺す気かつ相打ち上等で向かってくるので、手加減しようにも匙加減が計れない状態。一歩間違えれば勢い余って一刀両断するか、逆に返す刀で返り討ちになりそうです。


「でも、そこをなんとかするのが、乙女としての腕の見せ所ってものよね」


 花も恥らう乙女が経産婦に負けてなるものですか。と、自分に喝を容れて闘志を燃やしたところ、それに呼応して、マザー・ギュリーヌスが真正面から踊りかかってきました。


「グギャアアッ!!」


 強力なバネにモノを言わせて、全身で一気に上段から石剣を振り下ろす。

 これを私も全身の関節と筋力を総動員して力のベクトルを横向きの回転モーメントへと転化。右手の『桜守』で薙ぎ払うと、弾き飛ばされたマザー・ギュリーヌスがほぼその場で一回転をし、無防備な背中を向けました。


「――ギャス!!」


 通常なら決定的な隙ですが、なんとその勢いを利用してマザー・ギュリーヌスは後ろ蹴り――技もなにもない、まるで馬の蹴りです――を放ってきました。


 咄嗟に交差させた『桜守』と『桜花』の刀身で十字受け気味にこれを受け、体全体を使うことでなんとかしのぎ、同時にがら空きになったマザー・ギュリーヌスの鳩尾目掛けて蹴りを放ちます。

 人間と構造的に準ずるのならば、鍛えようのない急所に渾身の蹴りを受けたマザー・ギュリーヌスですが、わずかに顔を顰めただけで平然と体勢を戻しました。


「――普通なら悶絶ものなのに、そこも魔闘術で強化しているのね。内臓まで丈夫だとか、ほんと生物として反則ですわね」


 続いて、お返しとばかり暴風……いえ、雪崩のようにガムシャラな剣がぶつけられます。


 ギュリーヌス独特の関節とバネを使った斬撃を受けることもいなすこともできず、私は上下左右突きを加えた連撃を、瞬間的な反応だけで捌き続けるしかありません。


 鉄をも越える強度と重厚さを持った黒曜石の石剣を、鍛え上げられた鋼鉄の刃――右手の『桜守』で受け、時折、左手の『桜花』で反撃を加える。


 しばし重低音の衝撃波が洞窟内を反響し、私たちふたりの周囲では眩い火花が舞い散り、命中しないまでも時折、互いの剣先が肌を掠めて宙に血煙が散る。超高速で応酬が繰り返されました。


 もっとも技量と肌の露出からいっても、圧倒的にマザー・ギュリーヌスの傷は多くて深いです。対照的に私は常時、軽微な怪我なら治癒する“自動治癒(バイタルガード)”を施術しているので、水仕事をしてもいつも手はすべすべ、夏の日差しの下でも日焼け知らず、いつも見た目は怪我ひとつない状態です。


 だというのに、全身を朱色に染まったマザー・ギュリーヌスの勢いは衰えるどころか、天井知らずに上がっていきます。その表情は生き生きとして水を得た魚のようでした。


 ちらりと手元を見ると、私の『桜守』もボロボロに欠け、細かなヒビが刀身全部に入っているのがわかります。この『桜守』は素材の違う鉄をサンドイッチ状に加工して、普通の剣の何倍もの強度と粘りを追求した、刀の形を模してはいるものの実のところは“盾”であるのですが、さしもの複合鋼もマザー・ギュリーヌスの猛攻を前に、はたしてあと何合受け止められるか……。


 綱渡りに等しいマザー・ギュリーヌスの攻撃をしのぐ剣が折れるのが先か、私の心が折れるのが先か。


 刹那、弱気の虫に覆いかぶさるようにして、元の時代に残してきた懐かしい人たち――レジーナ、クリスティ女史、フィーア、エレン、ラナ、モニカ、ブルーノ、リーゼロッテ、ヴィオラその他たくさんの懐かしい顔ぶれ……そして、ルーク――の面影が去来しました。


『大丈夫、ちょっと行って帰ってくるだけですから』

 イゴーロナクとの最終決戦。その最後にルークに送った自分自身の言葉が去来します。


「――ッッッ!? そうよ。約束を破って、こんなところで負けるわけにはいかないわっっ!!」


 たぎるような熱いものが込み上げ、叫びとともに一気に体内の気力と魔力を活性化させた私は、全身全霊、思いの丈を乗せた力でマザー・ギュリーヌスの石剣を右手の『桜守』で弾くと、空いた隙間目掛けて『桜花』を滑り込ませます。


「グガッ!!」

 すさまじい瞬発力と反射神経で石剣を胸元に引き戻したマザー・ギュリーヌスは、剣の峰に手を添えて両手でこれを盾にしました。


 黒曜石のモース硬度は五。場合によっては鉄をも凌駕する硬さです。ですが私の『桜花』は強度を犠牲にした代わりに極限まで鋭利さを追求した刀です。


 石壁を叩きつけたかのような手応えに構わず、阻む石剣の刀身ごと私はそのまま一気に『桜花』打ち抜く。


 カシャーン! とガラスが割れるような音とともに左腕の『桜花』が粉々に砕け散り、同時にマザー・ギュリーヌスが握っていた黒曜石の石剣を半ばからへし折って、さらに勢い余って僅かに手元に残った『桜花』の鍔元の刃が、マザー・ギュリーヌスの右腕を斬り飛ばしたのでした。

※『リビティウム皇国のブタクサ姫 2巻』新紀元社様より2016年02月08日発売予定です。


【裏設定】

基本的に『気』と『魔力』とは似て非なるものです。魔力が外界に干渉できるのに対して、基本的に気は体内で発生し消費されるもので、これを使って肉体を強化することを『気闘法』といいます。

対してレグルスの例を見てもわかる通り、魔物や魔力の強い人間は体内を循環させた魔力を気のように筋力や骨、皮膚にまといつかせて威力や強度を増すことができます。これが『魔闘術』です。

『気』と『魔力』とは相克の関係(気≧魔力ですが、気は元来微量なので実際には圧倒的に魔法使いの方が有利です)にあるので、一部の例外(聖騎士とか勇者とか聖女)を除けば同時にこれを扱うことはできません。ジルは使えます。

またEランク以上の冒険者は大抵意識的・無意識に『気闘法』や『魔闘術』を使えます。というか使えないとやってられません。魔物を倒せばレベルアップするとかいうシステムはないので、実力で強くならなければならない世界ですから。

戦闘職の場合こういう『気闘法』や『魔闘術』を使える割合は結構高いので、一般的な認識では『普通よりちょっと強い人間』という区分で特技扱いになります。


自動治癒(バイタルガード)”は、ジルだと自分自身に十二時間は連続で使えますが、平均的な巫女だと三十分で魔力がガス欠になります。セラヴィは稼動すらできません。

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