廃棄生物の女王とジルの刃
活劇の話へなかなか進みません……。
ちょっと脱線しますが、一般的に『サラマンダー』というと火蜥蜴の別名とか、炎の精霊の名前だと思いがちですし、実際に通称としてそれを使っています。セラヴィなど元の時代では同名の騎獣に乗っていたりしましたけれど(どこで手に入れたのでしょう?)、本当の本来の意味では『サンショウウオ』のことを指したりします。
そして似ているのでイモリのことをサラマンダーと呼ぶようになり、さらにヤモリもサラマンダーと呼ぶようになり、ヤモリが暖炉などの側にいることから「これって火に強い蜥蜴じゃね?」という誤解から、雪だるま式にサラマンダー=火蜥蜴=火の精霊と呼ばれるようになりました。
で、なにが言いたいのかと申しますと。
「あいつら陸生生物なんだか水棲生物なんだか不明ですねー。見た目は人間と両生類を足して割ったみたいですけど、魔物だか亜人なんだか釈然としないので、二~三匹捕まえて解剖してもいいですかね?」
「マッドがつくような学者じみた行き過ぎた好奇心は押さえてくださいっ」
「ん~~。じゃあ名前をつけましょう。サンショウウオみたいな半魚人なので『深く潜行する者』という意味で、ディープワ」
「思いつきましたわ! 両生類でしたら“サラマンダー”……は前例があるので、“ギュリーヌス”にしましょう! いいですわねっ!!」
いろいろな意味で危険な名称を口走りかけたコッペリアを遮って、適当に思いついた名前を強く言い含めます。ふう、危ない危ない。
こうして仮称『ギュリーヌス』と名付けた廃棄された実験動物たち。
おおよその特徴としては、一・三メルト程度の身長で、腕力は一般人以上小鬼未満。特筆すべき点としては、
「……おかしいですわね。“眠りの雲”の効き目がありませんわ」
「鰓呼吸してるからじゃないですか、クララ様」
「ああ、なるほど」
といったところで、知能はおおよそチンパンジー程度。石器を使っているのでもうちょっと上でしょうか?
基本的に二足歩行ですが、洞窟内という環境に適応したのでしょう場合によっては四足歩行でカエルのようにピョンピョン跳んで移動します。
脚力はけっこう強く一息で四~五メルトの距離を詰めてきますが、あまり広い場所や明るい光の下に出るのは好きではないようで、物陰から物陰へと移動して、予想外の角度や場所から飛びかかってくるので、非常に動きが読み辛く厄介です。
「このあたりの生態は、なんと申しましょうか……台所の黒い悪魔を彷彿とさせますわね」
「くそっ、動きが変則的で捌き難い」
奇声を発しながらギュリーヌスが手にした石のナイフや槍で襲い掛かってくるのをセラヴィが中剣で捌き、その合間に符術で雷撃を放ったりしているようですが、イマイチ雷撃に関しては効き目が弱いようでした。
効果がないことはないのですが、ちょっと痺れて一瞬だけ動きが止まる程度です。
「グエッーッ!」
「グエグエッーッ!」
逆にそれで怒りを買ったのか、喉を大きく膨らませたギュリーヌスたちが、悪酔いした呑兵衛が突如見せる危険な予備動作と呻き声とともに、一斉に口から黄色い液体を発しました。
「危ないっ! 毒液ですわ!!」
「――おっと」
私の警告が届く前に、バックステップで躱したセラヴィが一瞬前までいた場所を、どうみても拳大の痰としか思えない液体が通り過ぎ、背後にあった石筍に当たって一瞬で石灰石をボロボロに腐敗させるのでした。
「ッ!? 毒にだけは気を付けてくださいっ。神経毒ではないようですが、ここまで糜爛性が強いとなると、直撃を受けたら治癒不能の傷害を受ける可能性が高いですわ!」
前世の知識にあるマスタードガス等の化学兵器が頭をよぎります。幸い即座に気化して眼や喉にもダメージを与える類いの毒ではないようですが、それでも時間が経過すれば狭い洞窟内に充満してどのような弊害が出てくるのか予想もつきません。
「斬、波、舞っ!」
一方、ギュリーヌスの群れの中でも特に密度が濃い場所に躍り込んだレグルスは、まさに八面六臂の戦いぶりでした。
魔力をまとわせた手刀で敵を切り刻み、遠距離から浴びせられる毒や飛び道具は、強化した魔力波動で弾き飛ばし、無属性魔術でへし折り浮かした石筍を槍投げの槍のように投げて蹴散らしています。
その傍ら羽猫のゼクスを傍らで愛でながら黙々と治癒を行う私。
「……ジル。お前、敵を救けてどうするんだ?」
「ですが、特に遺恨や恩讐のある相手でもありませんから、救けられる命は救けます。――偽善と気休めに過ぎないとしても」
セラヴィには呆れられましたけれど、目の前で苦しんで血を流している相手がいれば、敵味方を問わずに救けたいと思うのが人情ではないでしょうか? 命は儚く、どんなに頑張っても時には砂のように指の間からこぼれていくのですから……。
そんな私の横顔を眺めていたセラヴィですが、無言のまま肩をすくめて、この話題を打ち切ってくれました。人の機微に聡い彼のことですから、何も言わずとも私の心情を推し量ってくれたのでしょう。
とは言え治癒するといっても、さすがにピンシャンに治療をして、無限ループでセルフゾンビアタックを受けるわけには参りませんので、ある程度大きな傷を癒したギュリーヌスはロープで手足と口を縛って、身動きをとれなくしてその場に転がす形にしてます。
「クララ様、こいつら生殖器官がないですね。個体差もほとんどないですし、多分、同一個体から量産されたものじゃないでしょうか。ちなみにゴリラの雄は平均して三セルメルトでハーレムを維持しているそうです」
転がしているギュリーヌスをひっくり返したり、逆さにしたり、はしたないポーズをとらせたりして、様々な角度から検証していたコッペリアが、大きく頷いてそう結論付けました。
「つまりクローン……あ、いえ、人工的に作られたホムンクルスのようなものなのかしら?」
「原型はそうかも知れませんけど、そこから自然発生的に増殖したものですね」
破天荒な行動や言動は普段道理のコッペリアですけれど、未確認生物を前に分析に専念する横顔は、往年の天才錬金術師であったヴィクター博士の弟子を勤めた怜悧さが宿っている気がします。
「見てくださいクララ様。こいつ股間の可動域が人間よりずいぶんと広くて、ほら、おっぴろげ~~~っ」
……気のせいでした。
「つまり蜂などと同じ単為生殖、いえこの場合は無性生殖ね。雌雄の生殖を必要とせずに生まれた生物ってことなのかしら?」
「さすがはクララ様ですね。理解が早い」
「……ということは、つまり、母体になった女王蜂にあたるモノがいるってことよね?」
非常に嫌な予感を覚えた矢先、陣を乱して逃げるギュリーヌスを追って洞窟の奥へと深追いしたレグルスが、「ぐあっ!?」という呻き声とともに、まるでボールのように弾き飛ばされて洞窟の床をゴロゴロと転がりながら、私たちのところまで戻ってきました。
「だ、大丈夫ですか、レグルス!?」
「ぐっ……油断しました。お気を付けください。こいつは他の連中とは毛色が違います」
魔力で肉体を強化していたおかげで、大きな怪我こそしていませんが、内臓や脳への衝撃までは殺しきれなかったレグルスが、口惜しげに唸りながら身を起して洞窟の奥の暗がりを睨みつけます。
「グゲグゲ、ゲゲゲーッ!!」
そうして、洞窟の奥の暗がりの中から、他のギュリーヌスより頭ひとつ高い、顔立ちも人……それも女性に酷似したギュリーヌスが、武器を手に険しい顔で姿を見せたのでした。
◆◇◆
明らかに他のギュリーヌスとは異彩を放つ、美女と言ってもいい顔立ちと、緑色の皮膚の色ですがバランスのよい四肢を具え、腰まで届く青黒いざんばら髪をしたギュリーヌスが、まるで黒曜石を削りだして作ったかのような、一メルトほどの分厚く無骨な剣を片手で誇示するかのように構え、大きな岩の上でなにやらいきり立っています。
そうしながら剣呑な視線を私とその足元に縛られて転がるギュリーヌスへと向け、時折、なにか捲し立てている様子。
「『やぁやぁ、我こそは、聖天使城の地下迷宮が主、マザー・ギュリーヌスである。遠からん者は音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我が眷属の敵、そして虜囚となった眷属の身柄を賭けて、腕に覚えの者よ、手合わせいたせっ!』――ってところか」
茶化すようにアフレコをするセラヴィですけれど、いまの台詞はおそらくはさほど的外れな翻訳でもないでしょう。
「そんなところでしょうね。どうやらあれが問題の女王種で、さらに大将同士の一騎打ちをご所望のようですわ」
しっかりと私を捉えて離すことがない磁力を感じる視線を真っ正面から受け止めて、私は『収納』の魔術で手にした魔法杖をしまい込み、代わりにこの時代にきてから冒険者のお手伝いで貯めたお金でもって、聖都の鍛冶師の方に試行錯誤で特別に鍛造していただいた愛刀を引っ張り出しました。
ごつん。ごつん。と重い音を立てて、空中から現れた抜き身の太刀と小太刀が、私を挟んだ左右の洞窟の床に切っ先を下にして突き刺さりました。作ってくださった鍛冶職人の方は別な銘を考えていたようですが、私の独断で太刀を『桜守』、小太刀を『桜花』と命名しています。
「変わった剣だなぁ。新月刀の一種か?」
物珍しげなセラヴィにも初お披露目です。
「そうですわね。一般的な基準だとそれに近いでしょうね」
日本刀について一から説明するのも面倒ですので適当に答えつつ、右手で桜守、左手で桜花の柄を握って地面から引き抜き、おのおの一振りしてみます。
特に魔術的な強化もしていない見た目通りの金属の塊ですが、何度も調整をしてバランスを整えただけあって満足できる仕上がりになっています。最近は剣を振るよりもフライパンを握っていることの方が多い私ですが、これならなんとかなるでしょう。
「グエグエーッ!」
こちらの様子を窺っていた仮称〈マザー・ギュリーヌス〉が、私が挑発に応えたのを見て、喜色満面の吠え声を発しました。
「すっかりあっちもその気ですよ。時代錯誤ですねえ」
「でも、個人的には嫌いではありませんね。ああいう体育会系頭もこのシュチエーションも」
呆れたようにも感心したようにも取れる口調でため息混じりに感想を漏らしたコッペリアにそう返しながら、舞台の前面へ出ようとした私の前へ、滑り込むようにしてレグルスが割って入って、その場に片膝を突きました。
「お待ちくださいマイ・プリンセス。あのような下郎相手に御身が手を下す必要などございません。私めにお任せください。先ほどは油断しましたが、あの程度の相手に後れを取ったままなど臣下として名折れにございます。どうぞ私めに挽回の機会を。何卒っ!」
必死に頭を下げるレグルスですが、セラヴィとコッペリアは微妙に白けた顔で、美少年のつむじのあたりを眺めます。
「こういう自分のことしか考えない奴は好きじゃないですねえ。つーか、クララ様があんな青侍に負けるわきゃないでしょう。音声魔具片手に歌って踊って、一輪車で綱渡りしながら火の輪くぐって、ついでにバク転と皿回しもしながら秒殺、いや、瞬殺できるに決まっているっていうのに」
コッペリアの私(クララ?)に対する根拠のない信頼度は底なしですわね。ガチ○ピン並になんでもできると思ってやしませんか? さすがに全部いっぺんにはできませんわよ。二~三個に分けてならできますけど。
続いてセラヴィが、優しく……聞き分けのない駄々っ子に言い含めるようにレグルスに語り掛けました。
「そうは言っても、アレはかなり手ごわいぞ。それにどうやら剣での尋常な勝負を挑んでるみたいだしな。お前じゃ無理だ」
「無理とはどういうことだ!?」
「お前、そっちは素人だろう? 足運びとか体捌きを見りゃわかる。馬鹿みたいな身体能力で無双してるけど、初動も見え見え、呼吸も読みやすい、はっきり言ってジルはもとより俺だってお前に勝てる」
反射神経や動体視力などの基礎能力が高く、さらに魔力で筋力や耐久力を数倍に増加させているため、素人や野獣相手には一方的な戦い方ができるレグルスですが、はっきりいってそれはただの動物の戦い方と一緒です。
動きが単調でなおかつ直線的なので、武術の心得があったり場数を踏んだ相手には、まったく通用しないでしょう。額面どおりおそらくは本気で戦えば、現時点ではセラヴィのほうが圧倒できるはずです。
そんなセラヴィの冷静な指摘に真っ赤な顔で、レグルスが反論をしました。
「あの程度の相手に技など必要ない。だいたいわざわざ相手に合わせて剣で戦う必要などないだろう!」
「それを言い出したら、俺やコッペリアが戦っても同じだ。だけど、相手が剣での勝負を挑んできたんだ。これを受けなかったら相手の怒りを買って総力戦になるだろうし、また剣じゃなくてお前が魔術でアレを倒したら、卑怯な手を使ったってことで、残った連中が報復で最後の一匹まで襲い掛かってくるだろうさ」
「なら一匹残らず殲滅させればいい。この程度の相手何百匹こようと」
ムキになって反駁するレグルスを前に、やれやれ……肩をすくめながら、セラヴィが面倒臭そうに付け加えます。
「お前な。手段と目的を履き違えていないか? 俺たちは拐われた巫女を探してこの秘密通路に忍び込んだ。ギュリーヌスと戦って余計な騒ぎを起こすのが目的じゃないんだぞ。それがわかっているからジルは一騎打ちに応じているんだ」
「「「あ……っ!」」」
すっかり本来の目的を失念していたレグルスが、目から鱗という口調で間の抜けた声を出しました。あと、コッペリアと私も。
「……ちょっと待て。コッペリアはともかく、まさかお前まで忘れていたのか……?」
半眼のセラヴィに冷ややかな口調でとがめられ、私は思わず視線を逸らせました。
「すみません……」
三国志気分で浮ついていた気持ちが一瞬で覚めて、平常の精神状態に戻りました。
自分では意識していないつもりだったのですけれど、どうやら場の雰囲気に呑まれて冷静な判断力を失っていたみたいです。あるいは無意識に相手を侮っていたのかも知れません。恥ずべき考えです。
「前から思ってたんだけど、お前は自分の命に無頓着なところがあるなァ。少しは周りの迷惑を考えろ」
「そうですわね。ここで私が負ければ相手を勢いづかせることになりますし、イライザさんの救出も不可能になる公算が強いですものね」
「――はあ……。いや、そうじゃなくて」
じれったそうに蓬髪を掻き毟るセラヴィ。
「? よくわかりませんが、この雌雄を決する勝負。しかと勝ってきますわ」
ポケットから取り出した手作りのシュシュで髪をまとめながらそう宣言して、私は改めて気合を入れ直してマザー・ギュリーヌスの元へと迷いのない足取りで向かいます。
背後からコッペリアが、
「大丈夫です。胸の大きさではクララ様の圧勝です!」
大声で声援を送ってくれました。
ちなみにマザー・ギュリーヌスは顔立ちこそ女性的ですが、体つきは中性的で、特に肩幅と胸は完全に男性のそれと同じです。
「ワタシが見たところ、そいつは男でも女でもない雌雄同体のようです。本当の両性類ですね。雌雄を決するって言うんなら、そーーーんな、男だか女だかわからない半端な存在にクララ様が負けるわけがありませんっ!」
ついでにいらない情報を添えて、背後から私のメンタルをボコボコに狙い撃ちしてくれました。
「ああ、うん、そうなの……。じゃあやっぱり私が相手をするのが順当だったのね」
妙に納得するのでした。
◆◇◆
「クララ様たちはもうここに入っていったのか。――まだ、マリアルウとは出会っていないみたいだけど……」
指に逆さまに止まったピンク色の蝙蝠モドキ。その喉を空いているほうの手で撫でながら、擦り切れた古着にハンチング帽をかぶった少年が、目くらましのかかった南門の前で小さく呟いた。
「桜守」は実のところは盾に使う刀です。先端以外は刃はついていなくて、その代わり強度だけは高くなるように工夫してあります。
「桜花」は逆に切れ味のみを追求した刀で、その代わり強度はガラス並みに弱い使いきりの刀です。
なお、西洋刀は鉄を溶かして型に入れて……というのは、原初の鉄器時代(当然、強度は柔です)か反射炉ができるようになった近世の製法で、中世は日本刀同様にトンテンカン叩く鍛造で作っていました。




