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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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過去の傷痕と現在の勲章

毎回言っていますが、お待たせしました。

「――はい、楽にしていいわよ。どうかしら? 血流と体液操作、それと無属性魔術で太ももの血管を心臓の細い部分へ移植して強化したから、いままでより楽になったと思うのだけれど?」


 病気のせいで肉付きの薄い胸の上から手を放すと、ベッドに横になったまま全身を緊張させていたアンジェちゃんと、部屋の隅で様子を窺っていた父親のダンが、ほっと安堵の息を吐いて肩の力を抜きました。

 初めて会ったアンジェちゃんですが、病弱なせいか、もともとの性格なのか、五~六歳という年齢にしてはとても分別があって、大人しい印象です。


 いまもこうして見知らぬ他人(私)が、勝手に部屋に入ってきて、寝ているところを肌着を脱がせて二時間かけて治療をしていたというのに文句ひとつ、泣き言ひとつ言わないのですから、偉いものです。


「はいはい。お疲れおつかれ~。いつまでも上半身剥き出しだと寒いから上着を着ましょうね」


 触診と魔術治療のために、枕元に脱いで畳んでおいた寝巻き代わりの木綿のシャツをコッペリアが手に取って、甲斐甲斐しくも慣れた手つきで弛緩しているアンジェちゃんの背中に手を当てながら、無理をさせない姿勢で着せてあげています。


 先ほどの無切開手術の際にも、生命工学の権威であるヴィクター博士の錬金術知識をもとに的確な助言と補助をしてくれましたし、コッペリアってこういう実務的な部分が絡むと完璧な助手として行動ができるのですよね。


 なんと申しましょうか……締めるべきポイントはきっちり締めるのですから、性格はさておきコッペリアのと機能は本当に優秀だと思います。


 ええ、本当に感心するしかないのですけど、反面、締めなくてもいい部分は本気でどうでもいい放置しまくりですので、そのあたりのポンコツ具合が本当に残念でなりませんわ。


 実際、無事に手術が終わりそうなところで、調子に乗って「クララ様。ただ治すだけじゃつまらないですし、ついでに体内に補助頭脳を付けるとか、角とか翼とか手の数を六本に増やすとかしませんか? 新たな人類の夜明けですよ」と、いらない助言をしてきました。


 こんな出先だったよかったようなものの、クワルツ湖の湖底秘密研究所並みの設備があれば、知らないうちに指示通りに動いて、改造人間第一号を生み出していたかも知れません。


 と、着替えを終えたアンジェちゃんが、足元に畳んでいたシーツを延ばして自分の上にかけるコッペリアに向かって、おずおずと頭を下げました。


「あ……ありがとうございます」

「なんのなんの。お礼ならワタシではなくてアルプスの山……じゃなかったクララ様にお願いします」


 ごく自然な態度でにこやかに謙遜するコッペリア。なぜこういう細やかな気配りや態度が出来るのに、普段は他人の神経を逆なでする言動しかできないのでしょう? もしかして故意に煽っているのでしょうか? 謎ですわね。


 とは言え、たとえ地球の最新医療を用いたとしても、おそらくは数人で数時間がかりになったでしょう心臓手術を、魔術を使ったとはいえ手探り施術で二時間程度で成功したのも、隣で手伝ってくれたコッペリアのお陰なのは確かです。

 私からもねぎらいの言葉をかけることにしました。


「お手伝いありがとう、コッペリア。手際が良くて吃驚しましたわ。アンジェちゃんに対するフォローも親身ですし、誰にでもそうしていればセラヴィとか周囲との軋轢も少ないのではないかしら?」


 思わず後半そうこぼすと、手伝いを終えてアンジェちゃんをベッドに戻したコッペリアが、振り返って爽やかな笑顔で言い切りました。


「あ、これビジネスモードです。ワタシ、ガチでどうでもいい相手には表面上の対応しかしませんから。下僕に対する場合は、クララ様に対する身の程を教える教育ですね。いわば愛のない鞭です」


 実は心根はいい人とか、本当は素直になれない天邪鬼(ツンデレ)だとか、そういう甘酸っぱくも心温まる伏線を期待したのですが、コッペリアはそうしたフラグを全部根元からべきべきへし折ってしまいました。ある意味清々しいほどのブレなさです。


 と、着替え終わったアンジェちゃんは、コッペリアに促されたこともあり、はにかんだ仕草と表情で私に無言で頭を下げました。


 で、そこで本格的に緊張がほぐれて人心地付いたのか、ほっと深呼吸をしたところでアンジェちゃんは驚いたように瞬きを繰り返し、軽くベッドの上で上半身を起こしたまま、右へ左へと体を動かしたり、両手を胸の高さに上げて掌を開いたり閉じたりし始めました。


「お、おい。アンジェ、無理はするな!」

 突然の愛娘の奇行に、ダンが慌てて部屋の隅から飛んできて、無骨な手つきで肩に手をやって押し止めます。


 その声に部屋の外――コッペリア曰く「娼館(ここ)の壁と同じで、蹴り一発で破れる程度の安普請」ですが――に待機していたマーサさんとセラヴィ、そして魔族の男の子が、扉を開けて顔を覗かせて様子を窺いました。


 ちなみにここは娼館に併設された踊り子さんたちの寮みたいなところで、病身のアンジェちゃんの面倒とか女性の手を借りるために、ダンが興行主さんに頼み込んで(実際には『セルバンテス商会』の名を使って黙らせたというのが真相のようですが)、アンジェちゃんだけ住まわせてもらっているそうです。


 当然、この建物の中にいるのは用心棒を別にすれば女性ばかりであり、それを証明するように、セラヴィと男の子に張り付くような姿勢で、五~六人の若い女性がついでのように顔を出しました。


 彼女たち、いずれも年齢は十六~二十二歳ほどと人種もなにもバラバラでお化粧は最低限、なおかつ飾り気のない普段着姿ですけど、素でも独特の雰囲気はマーサさんに共通するものがあります。きっとこの『夜光蝶(このお店)』に所属しているマーサさんの同僚の踊り子さんなのでしょう。


 妙に親しげな雰囲気でセラヴィたちに身を寄せて、しなれかかっている彼女たち。

 つまり……私とコッペリアが必死に治療に当たっていた壁の向こう側で、女の子をナンパしていたわけですか。うちの男子ときたら。いいご身分ですこと。


 一方アンジェちゃんは興奮した面持ちで、ダンを見上げて息せき切って言い募ります。


「お父さんっ。苦しくないよ! すごいよ。すごく気持ちいいの。このまま走って表に出られるみたい!」


 はしゃぐ娘の姿と血色の戻った頬を確認して、ダンが半信半疑という面持ちで、ベッドの側から一歩離れた位置へ場所を譲った私の方へと視線を巡らせました。

 しばし、アンジェちゃんの元気な姿と私とを交互に眺めていたダンですが、本当に調子の良さそうなその様子に、長い長い……きっと何年も耐えてきたのでしょう、心の底からの吐息を漏らすと、両手でしっかりとアンジェちゃんを抱き締めるのでした。


「お、お父さん、苦しいよ~。それに煙草臭~い」

 無邪気に頬を膨らませるアンジェちゃんを無言で抱き締め、頬擦りするダンの背中が小刻みに震えています。


「アンジェちゃん、元気になったんだっ」

「よかったわねえ!」

「巫女姫様が直々に治してくださったのよ」

「他の教団の連中とは大違いね」

「ダンもどれだけ嬉しいことか……なんか、こっちまでもらい泣きしちゃうわ」

「おーっ、なんかこんな殊勝なダンも珍しいわね。こりゃ今晩、久々に一戦しないと収まらないわ」


 その光景に喜色満面、口々に喜びの言葉を放つ野次馬の彼女たち。万歳代わりにお互いに手を取り合って廊下で踊っているのは、さすがは踊り子さんだけのことはあります。なお約一名、コッペリア並に不謹慎な発言をしているのはマーサさんです。


「――!?!」

 彼女たちの祝福のおこぼれで魔族の美少年がもみくちゃにされ、顔一杯にキスの雨を降らされて、声にならない悲鳴をあげて困惑している様子も微笑ましいものです。ついでのように、二、三人から頬に口付けされたセラヴィが、モテモテの少年を羨ましそうに見ているのは、ちょっとだけ溜飲が下がりましたけれど。


 やがて、気持ちに区切りをつけたのか、壊れ物を扱うようにアンジェちゃんから身を離し、

「これは奇蹟ですか? こんな元気なアンジェを見るなんて……申し訳ありません。そして感謝いたします、巫女姫様」

 振り返ると、その場に両膝を突いて深々と頭を下げるダン。


 憑き物が落ちたようなその表情からは、さきほどまでの抜き身の凶器や手負いの獣のようなギラギラとして敵意は感じ取れません。

 そういえば手負いで思い出しましたけれど、ゼクスがつけた頬の傷は、本人の希望で簡単にタオルを巻いただけでろくな治療をしていないのですよね。このまま時間が経つと痕が残ってしまいます。


「いいえ、気になさらないでください。なにか理由がおありだと思っていましたし、実際にこうして事情を知ってしまえば、やむにやまれぬ理由だと納得できるものでしたので」


 私の返答に「甘い」と言いたげに顔をしかめるセラヴィ。

 コッペリアはそんな父親(ダン)の姿を(アンジェ)に見せまいと、それとなく間に立って仕切りの役目をしながら、

「さあ。元気になったのはいいですけど、まだ経過を見なければなりませんし、失った体力を取り戻すにもまずは寝ることですね。しっかり寝て、しっかり食べることです。そうすれば、ゆくゆくはクララ様やワタシみたいな魅惑のダイナマイトボディになれますから!」

 アンジェちゃんに言い含めています。


 なお、コッペリアの造形は少女らしいバランスの取れたものであり、ダイナマイトボディとは微妙にズレていますが、この場合はナイスフォローと言えるでしょう。


「俺を……貴女に刃を向けた俺を許してくれるのですか……?」


 途端、ダンの瞳が零れ落ちんばかりに大きく見開かれました。


「許すもなにも、誰にでも間違いはあります。仮に唯一絶対に取り返しの付かない罪があるのでしたら、人の命を奪うことですが、それ以外なら十分にやり直しはできます。ならば、反省をして謝罪してくださったことで、貴方の罪は清算できましたし、私の中にもわだかまりはございません」


「なるほど、それが教団が常々吹聴している、『徳』とか『慈愛』の精神ってわけですね。……その割には、神官も他の巫女様も、体を売るような商売女は不浄だって言って、よほど金を積まないと治療ひとつしてくれませんけどねえ」

「ちょっ、ちょっと、マーサ!」

「巫女姫様になんてことを!」

「言い過ぎよ、姐さん」


 シニカルな笑みを浮かべるマーサさんを、慌てて同僚の踊り子たちが窘めます。


「クララ様、あのビッチを撲殺しても罪にはなりませんよね?」

 振り返ったコッペリアが物騒な殺人予告をします――どうでもいい相手はともかく、敵と見定めた相手に対しては本気で容赦ありませんわね――を、

「やめなさい。こちらは私が対処いたしますので、アンジェちゃんのお相手をお願いします」

 押し止めて、改めてマーサさんに向き直りました。


「ちょっと違いますわね。そもそも私は教団の教えや『徳』『慈愛』の精神で行動しているわけではありませんから。そもそも教団の教えというのは神様とか聖女様を規範にしていることですが、私は神様でも聖女様でもありませんから、自分の眼で見える範囲で判断したことしか対処することはできません。非才の身である私は、その場その場で起きたことに対して自分で納得できると思ったことを実行するしかない……善行でもなんでもない、単なる自己満足の結果にしか過ぎません」


 忌憚のない心中を吐露した私の言葉に、毒気を抜かれたような顔で、ぽりぽりとこめかみの辺りを掻くマーサさん。


「……いや、その考え方そのものが聖女そのものだと思うけどさ」


 それはさすがに過大評価が過ぎるというものですわ。

 思わず苦笑する私ですが、マーサさんが妙に殊勝な態度で頭を下げ他の踊り子さんたちも、まるで目の前で神の奇蹟に出会った敬虔な信徒のような顔で、その場にうずくまって祈りを捧げています。


 どうにもいたたまれない気持ちで背後を振り返ってみると、いつものコッペリアが「ええい、クララ様に対してまだまだ頭が高い!」と、無意味に胸を張っていました。

 だからやめてくださいな。無駄に私の評価のハードルを上げるのは。


「ごめん。いろいろとあたしが間違っていたわ」

「あ、いえ、お気になさらずに」

「――で、いまさら厚かましいお願いだけど、巫女姫様に『娼館・夜光蝶(うち)』にいる同僚たちの病気の治療……せめて、様子だけでも見てもらいたい、いや、いただけないでしょうか?」

「あら? 他に病人とかいらっしゃるのですか?」


 さっと『魔力探知(サーチ)』で探った時には気が付きませんでしたが。


 私の素朴な疑問に対して、マーサさんは決まり悪げに、

「……あー、まあ、なんというか……ほら、うちって娼館だし。どうしたって職業柄そっちの病気が、ねえ?」

「???」

 なぜかいままでの快活な物言いから、奥歯に物が挟まったような調子になり、あわせて同僚の踊り子さんたちも、居心地悪そうにもじもじと身をよじりはじめました。


 あら? なぜセラヴィが顔色を変えて、彼女たちから距離を置くのでしょう?


「よくわかりませんけれど、ダンの頬の傷を治して、一区切りつきましたら治癒いたしますわ」


「やった! じゃあここにいる連中に声をかけてくるわ!」

 喝采を叫んで、ことによるとさきほどのアンジェちゃんの回復のときよりも弾む足取りで、マーサさんを筆頭とする踊り子さんたちが、めいめい仲間たちを呼びに散らばって行きます。


 と、その場にひれ伏してひとしきりむせび泣いていたダンですが、気持ちの整理がついたらしく顔を上げて、ひたむきな表情で何度も謝罪の言葉を口に出します。


「ありがとう。ありがとうございます、巫女姫様っ。ですが俺は罪人です。ですからこの傷痕(きずあと)は生涯の戒めのために残すつもりです」


 タオル越しに傷ついた頬に手を当てるダンの態度は不動で、どう言葉を並べても翻意させることは無理なようでした。


「わかりました。それでは先に踊り子さんたちの治療をしてしまいましょう」


 頷いて立ち上がったダンが、大人同士の会話に退屈して横になっているアンジェちゃんのところへ行って、「お父さんは仕事にいくけど、いつも通り皆の言うことを聞くんだぞ」と言い含めてから、率先して私たちを案内する形で先に廊下に出ました。


 と、通り過ぎざま私にだけ聞こえる声で、

「それと、マリアルウの件ですが、俺に心当たりがあります」

 そう囁いたのでした。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 ジルの体感で三十年後の現在、央都シレントにある奴隷商館『お菓子の家(ヘクセンハウス)』にて。


 この館の主であり央都でも屈指の奴隷商でもあるダニエル・オリヴァーは、一年かけて調査したとある姉妹の追跡調査の報告書に目を通していた。

 ありとあらゆるコネと費用を湯水の如く使って調べた内容は、国の暗部に関わる彼をして、怖気を奮うものであった。


「……なんということだ、あの娘がよりによってオーランシュ、そして替え玉だと……」


 できれば即座に報告書を暖炉に投げ入れて、誰もいない場所へ高飛びしたいところである。

 だが、そんなことは彼の矜持と、なによりもあのお方に受けた恩を思えばできるわけはない。


「……警告しなければ」


 執務机に両肘を付けた姿勢で、決然たる面持ちでそう呟くダニエル。


 と、執務室のドアがノックされ、入室の許可を出すと、見慣れた黒スーツの三十台半ばから後半の秘書風の女性が入ってきた。


「失礼します。ダニエル様、お呼びとの事ですが?」

「ああ、少々古巣のことでな」

「古巣? と言うと……」

「聖都テラメエリタのことだ。アンジェ、お前は覚えているかな?」


 仕事上の立場ではなく、プライベートの砕けた口調で話すダニエルの言葉に、一瞬虚を突かれたアンジェだが、こちらも堅いビジネススマイルを崩して、柔らかな娘の顔になって答える。


「ええ、お父さん。あそこではいつもベッドで横になっていて苦しかった思いでしかないけど、それでも窓から見える光景や、良くしてくれたマーサさんをはじめとするお姉さん方、それになにより私を救けてくださった、女神様みたいにお綺麗で優しかった巫女姫様のことは忘れないわ」


「ふむ……」

 夢見るような口調に、一年前にここを訪れた少女――若干、年齢は幼かったが、ほとんど巫女姫様と寸分違わぬ彼女――には気付いていないらしい。と、ダニエルは判断してそれ以上言及するのは止めることにした。


 彼にしても確たる証拠があるわけではない。だが、直感的に彼女は巫女姫様その人だと思っただけである。


「それで、テラメエリタがどうかしたの、お父さん?」


「ん? いや、実はあそこにうちの支店を出さないかという話があってね。そろそろマークスも独り立ちしてもいい頃だろう? そこで勝手知ったるなんとやらで、お前も一緒についていってサポートをしてもらおうかと思ってね。内々に打診してみたがマークスは乗り気のようだ」


 腹心とも言うべき部下にして、目の前の一人娘の婿でもある男の名を出して、ごく自然な口調でそう説明をするダニエル。


「テラメエリタですか。あそこは聖女教団のお膝元ですから、いろいろと面倒なのですが……」


 渋い顔をする娘に対して、ダニエルは軽く肩をすくめて、

「ま、すぐにというわけではないが、早いに越したことはないので、じっくりマークスやルチアとも話し合うことだ」

 そう言い添える。


 そうしながら無意識のうちに左頬の古傷に指先を這わせる父親の様子に、アンジェは軽く眉をひそめた。

 本人が気付いているかどうかは知らないがダニエルがこの仕草をするのは、なにか重い決断をする時の癖である。また、先ほどの台詞から察するに、テラメエリタに行くのは夫と自分だけではなく、一人娘のルチアも一緒ということだろう。子煩悩な彼が、目の中に入れても痛くないほど可愛がっている孫娘と離れ離れになることを平然と勧めている。これは異常事態であった。


 とは言え、当人が喋る気にならない以上、こちらから尋ねても無駄だろう。

 そう判断をして、アンジェは一礼をしてその場を後にすることにした。


「ああ、それともしもテラメエリタで巫女姫様に会うことがあれば、よろしく言っておいてくれ」


 退室する際に、何気ない口調でそう言われた伝言に、アンジェは大いに頭を捻った。巫女姫様はもう何年も前にお亡くなりになっているはずである。

 墓前に伝言しろということか、それとも何かの符丁か?


 振り返ってみても、ダニエル――かつてダンと呼ばれていた男は、もう用は済んだとばかり、書面の続きに視線を落としているだけであった。

ダン=ダニエル。ジルの一言と行いで心を入れ替えて、まっとうな奴隷商になりました。結局、奴隷商かい!? というツッコミがありそうですが、現行の枠組みの中で精一杯に孤児を人道的に扱おうとした結果です。

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