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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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命の選択と裏切りの理由

 マーサさんにナイフを突き立てられたセラヴィと、ダンによって首根っこを掴まれ、この期に及んでも死んだ目をして無表情の魔族の少年。二重に取られた人質を前にして、

「「危ないっ!」」

 私とナイフを喉元に突き立てられたままのセラヴィの叫びが同時に響き渡りました。


 うん?――と、眉を顰めたマーサさんがダンに指示を仰ぐ視線を向け、ダンが口を開きかけるよりも早く、咄嗟に私の体が動いて背後からコッペリアを床に押さえ付け、右腕を捻りあげて――多少はしたない格好ですが――馬乗りになって完璧に取り押さえました。


「へぶっ――!」


 途端、しゃっくりを無理やり止められたような呻きとともに、臨界状態だったコッペリアの全身の武器が中途半端にキャンセルされて、その全身が壊れた電化製品のようにガガガガガと不規則な振動を起こし――この時点でダンとマーサさんはドン引きです――あちこちの隙間から熱風が噴射され、併せてその全身から蒸気と白煙が漏れ出ます。


 バタバタと翻るコッペリアの丈の短いメイド服と私の前髪。


 必要とあればどこからともなく鋏やハタキ、手鏡などを取り出す謎のメイドさんスキル。ブラントミュラーのお屋敷にいた家政婦長のベアトリスさん曰く、メイドのスカートの奥には秘密がいっぱいだそうですが、確かに色々と見えてはいけないものが一瞬、ちらりと見えてしまいました。つるかめつるかめ。


「なんの真似だ?!」

 我に返ったダンのもはや疑念を通り越して殺意を漲らせた問い掛けと、

「……クララ様。これは新手のプレイですか?」

 コッペリアの頓珍漢な質問――それを聞いて、マーサさんが「ああ…」と理解の色を示したのが、なにげに傷つきますが――は無視して、私は捕縛した手を緩めないままきっぱりと答えます。


「全員の安全のために、一番危険なモノを制圧しただけですわ!」


「なにを言っているんだ……?」

 コッペリアの凶悪さを知らないダンの目つきがさらに胡乱になります。


「??? 一番危険な者ってそこの魔族じゃないんですか?」


 床に組み敷かれた姿勢のまま怪訝な顔で視線を巡らせ、ダンが首を絞めている魔族の少年を指すコッペリア。


「なん……だと?」


 眉をひそめるダンですが、私もちょっと意外でした。てっきりコッペリアのことですから、人質の安全を無視して悪・即・斬でダンとマーサさんのふたりをロケットパンチとか、メイドさんビームとか、額から無限甘食砲とかで、問答無用で攻撃するのかと思って止めたのですけれど。


「コッペリア、確認するけどこの部屋の中にいる者の危険度について、優先順位の高い順に教えてもらえるかしら?」


「はい。一番はクララ様で危険度はまじインフィニティ(無限大)です。次がもうすぐ自爆しそうな魔族の子供で、危険度は十三万五千といったところっすね。次が大きく水をあけられた愚民が千六百で、キ○タマ男が五百五十、ビッチが百二十ってところですね。一桁以下は切り捨てにしています」


 私の唐突な質問にも困惑することなく、打てば響く感じで答えが返ってきました。この手の計測に関してはコッペリアの言葉は信用できます。ただ最初の一言は彼女の主観か冗談でグダグダでしたけれど。

 それよりも問題は、ダンに首を絞められても表情も変えない少年です。無反応のせいで人質に取っているダンのほうで力加減がわかっていないのか、或いはよほど切羽詰って周りが見えていないのかはわかりませんが、かなり強く首を絞めているようで危険な兆候です。


 刹那、『危険』『魔族』『自爆』――これらの単語(ピース)が私の中で組み合わさり、カチリと音を立ててひとつの形になり、猛烈な勢いで警鐘を鳴らしました。


「いけませんっ、ダン! すぐにその手を放してください。でないと“共鳴崩壊”で辺り一帯が吹き飛びます!」


「だからなにをわけのわからないことを……命乞いの猿芝居か?」


 くっ――! 昨日の話ではあの奴隷商会でも魔族を取り扱ったことは数えるほどだとか。であるなら、ダンがそのことを知らないのは無理はありません。私ですらコッペリアの『自爆』という単語を聞いて、以前にレジーナから学んだ魔族に関する知識を思い出して紐解かなければ、そのことに気付かなかったのですから。


 風前の灯である魔族の少年の命を前に、私は歯がゆい思いで私の知っている知識をダンに伝えます。


「“共鳴崩壊”というのは、生物の体内を含む周辺の魔力を超高速で震わせて内部と外側から破壊する魔族の奥の手です。その効果範囲はおよそ半径三十メルト。使った瞬間、自分も巻き込まれるので事実上の自爆技ですが、これの恐ろしいところは魔素(マナ)のある場所であればすべて効果を及ぼすところです。つまり、魔素(マナ)を利用した魔法や魔術で防ぐことは不可能ということですわ」


 要するに魔素を使った電子レンジみたいなものです。完全に密閉された空間なら別ですけど、空気中にも水中にも魔素は充満していますので、対策としては有効範囲から逃れる他ありません。

 ちなみにこれがあるから魔族が恐れられ、忌み嫌われているわけなのですけど、『神魔聖戦(フィーニス・ジハード)』から百年以上経過して、魔族が独立国を認められるようになった現在では、そのあたりの記憶や記録が一般大衆レベルでは残っていないのでしょう。


 そんなわけですので、専門知識を自分としてはわかりやすく、素人にもわかるように噛み砕いて喋ったつもりですが、

「くどい。素人には通じないぞ、その説明じゃ」

 セラヴィには苦々しい顔で駄目出しをだされてしまいました。


 実際、ダンとマーサさんふたりともピンと来ないようで、疑念と不信感丸出しの表情で、私と息も絶え絶えの魔族の少年を見比べています。


「――ふん。クララ様の懇切丁寧な説明でわからないようなボンクラは、いなくなったほうが世のため人のためってもんですよ」

 押さえ付けられながらも傲然と胸を張るコッペリア。


「……なにげに余裕あるわね、貴女?」

「あー、ワタシ完全に内部がシールドされてますので、共鳴崩壊には巻き込まれません。そういう仕様です、クララ様」


 しれっと答えるコッペリア。なにげに自分だけ安全地帯らしいです、この駄メイド。

 ま、もっとも、私は私で空間魔術を使えますので、自爆の瞬間に相手を亜空間に隔離するという対抗措置が取れるんですけどね。ですが、ここでそこまで手の内を明かすこともないでしょう。


 さて、そんな私の必死の説得に対して、半ば予想していたことですが

「こいつがそれを使うって言うのか? フン、墓穴を掘ったな。こいつの魔力はこの特製の奴隷帯(ステイグマ)で完全に封じられている。自爆なんぞできるわけがない」

 少しだけ動揺した気配はありましたけれど、再び余裕を取り戻したダンがふてぶてしく嘲笑いました。


「それだけではないのです! 意図的に自爆することも可能ですが、もうひとつ、魔族は苦しんで死ぬ瞬間に本能的に共鳴崩壊を起こすのです。奴隷帯(ステイグマ)で封じられるのは外部に影響を及ぼす魔術や、意識して行使する魔力の類いですから、これを防ぐことはできません。私の言葉を信用しなくても結構です、けれどせめてその手を緩めてください」


 私の懇願に近い必死の呼びかけに対する返答は、舌打ちと取り付く島もない頑なな無表情でした。


「駄目だ。貴様ら教団の人間は信用できない。だいたい魔族が死ぬ時にそんなことがあるなど、俺はセルバンテス商会に雇われて十年以上も経つが聞いたこともない」


「『無知は罪なり』って言いますけど、本当ですねー」


 私に組み伏せられているコッペリアが、普段の揶揄する口調にたっぷりと哀れみを込めてしみじみと慨嘆します。

 そういえばいつまでのこの体勢でいるわけにはいけませんから、コッペリアに暴れないように言い含めて放すことにしました。


「わかりました。どっちにしろその魔族のHP(ヒットポイント)は、もう一桁まで下がってますから間に合いませんしね」


 開放されたコッペリアは、立ち上がってスカートの裾を直しながら、淡々とした口調で言い添えます。


「――っ!?」

 それを聞いて一瞬だけ躊躇したダンですが、ハッタリだと判断して気を持ち直したのでしょう、少年の首を締め上げる手の力を緩めることはありませんでした。


 ――間に合いませんわね。


 “縮地”で一気に間合いを詰めてダンに当て身を食らわせ、即座にその手を捻って少年を解放させ……どう頭の中でシュミレーションしても、成功確率は五分五分ですし、その場合、もうひとりの人質のセラヴィが犠牲になる確率が高いです。


 こうなれば亜空間にダンごと少年を放り込むしかないでしょう。なお、亜空間は基本的に『収納(クローズ)』の魔法と同じものですから(ただし一方通行ですが)、本来は生き物を入れることはできません。正確には、あちら側(、、、、)には水も酸素も光もないので即死するということですが、それでも共鳴崩壊で半径三十メルトに被害を及ぼすことに比べれば、犠牲は少なく済むでしょう。


 そう、簡単な足し算と引き算です。より多くの命を救うために、少数の命を犠牲にする。犠牲になる者にとっては理不尽で不条理でしょうが、それが最善の道であり、この場で決断する立場の人間は私しかいないのです。


 ――ですが……それでも、すべての人を救いたいと思う私は傲慢なのでしょう…。


「……っっっ。――“久遠の門よ開き給え、幻想の(かいな)もて、彼の者を虚無へと(いざな)わん”」

「何の真似だ?! やめろっ!!」

「“禁門(アヒンサー)”」


 と、術が完成する直前、ほんの刹那の瞬間、一陣の白い影がダンの顔面目掛けて襲い掛かり、ぱっと赤い血の花が虚空に広がりました。

「――ぐわっ!?」

 反射的に左目のあたりを押さえて、仰け反るダン。その足元に素早く降り立って、全身の毛を逆立てているのはルークの愛猫である翼の生えた白猫ゼクスです。


 いつの間にか物陰に潜んでいたゼクスが、相手の油断を突いて襲い掛かったのでしょう。完全にノーマークの状態で、予想外の方向から行った、不意打ちとしては最高のタイミングと言えます。


 とは言え、スピードと爪はあっても体重のないゼクスでは目くらましがいいところ。

「――()ッ!」

 体勢の崩れたダンの鳩尾へ、一気に踏み込んだ私の体重を乗せた肘撃(肘打ち)が決まって、声にならない呻き声とともに崩れ落ちました。


 魔族の少年の首を握っていた手が離れ、呼吸困難で意識を無くした少年が床に崩れ落ちました。

 どうやらギリギリ息はあるようです。


 ほっと安堵の溜息をつく間もなく、慌ててもうひとりの人質であるセラヴィのほうを振り返って見れば、ナイフを床に放り投げたマーサさんが、両手を上げて『降参』のポーズをとっています。


「負け負け~。てゆーか、死んだら恋愛もできないし、これ以上は割に合わないわ」


 さばさば口調でそう言って両手をひらひらさせる彼女。


「なーにをぬけぬけと、このビッチが。愚民っ、お前もお前であっさり人質になるとは情けない。死ぬ気で反撃するか、クララ様の足手まといになるくらいなら自害するくらいの気概をみせるもんでしょうが!」


「……いちおう反撃の用意はしていた」

 左手で頬杖を突いて座ったまま、面倒臭そうに右手の人差し指と中指の間に符術用のカードを手品のように挟んで見せるセラヴィ。


 それに対して、遅いとかもったいぶるなとか文句を続けるコッペリア。そうしたいつもの遣り取りを背中で聞きながら、私は虫の息の魔族の少年に大急ぎで『治癒(ヒール)』をかけました。


「――?」

 息を吹き返した少年が不思議そうに私を見上げます。


「大丈夫ですか? 痛いところや苦しいところはありませんか?」


 背中を支えて体を起こしてあげると、軽く目を見張った少年が、私の顔をまるではじめて見る相手のように見返しました。


「それにしても、こいつ(ダン)の目的ってなんだったんだ? 最初はセルバンテス商会そのものが関わっているのかと思ってたけど、どうやら違うみたいだしな」


 立ち上がって床に落ちたマーサさんのナイフを拾い、もう片手に持った符をこれ見よがしにヒラヒラ振りながら、床にうずくまるダンの側へと近づくセラヴィ。


「金か? 怨恨か? それともマリア・ルウの仲間なのか?」


 鳩尾を押さえてぜいぜいと荒い息を吐きながら、ダンが憎憎しげにセラヴィを睨み付けます。その左目の下から頬にかけて、ゼクスにやられたらしい傷がざっくり開いて、いまもだらだらと血が流れ出ていました。


「アンジェちゃん――娘さんのためよ」


 答える気がないダンに代わって、マーサさんが口を開きました。


「マーサ!」

 鋭い口調で止めようとするダンですが、マーサさんは軽く肩をすくめて続けます。


「この人には六歳の娘さんがいるんだけど、その子が生まれつき心臓に病気があって、何度も発作を起こしては徐々に衰弱しているのよ。教団に高いお布施を払っても完治は無理で、その場限りの治療しか出来なくて、いつ死んでもおかしくないって言われているわ」


 なるほど、おそらくは先天的な心臓疾患なのでしょうね。

 得てして治癒術は万能のように思われていますが、生まれつきの障害や感染症、具体的な病巣が不明な病気などには有効な手立てがないものです。


「もうアンジェちゃんを救うには、伝説の超帝国に行くか、もしくはデア=アミティア連合王国のサフィラス王国で行われている最新医療――手術とかなんとか言ったかしら?――を受けるしかない。だけどその伝手もないし、とんでもなく高額な費用を捻出することもできない。だから――」


「巫女姫様を人質にとって教団上層部を相手に、どちらかを交換条件にしようとした……か」


 後の台詞を察したセラヴィの嘆息に続いて、コッペリアが思いっきり馬鹿にした口調で締めました。


「んなもん通じるわきゃないでしょう。穴だらけの計画でバっカじゃねー」


「くそっ……くそっ!」

 途端、がっくりと肩を落としたダンが、両手で床を叩いて涙を流して慟哭するのでした。

「わかってる! わかっちゃいるんだよ! だけど、何もしなきゃアンジェが死んじまうっ! 娘のためなら俺はなんだってするのに……!」


 そんな彼の魂の叫びが、私たちの耳に木霊しました。


「……巫女姫様、虫のいいお願いなのはわかってますが、なんとかならないもんですか?」

「まったく……。最初からそう言ってくだされば済む話でしたのに」


 気休めで尋ねたようなマーサさんのお願いに、私は溜息で返すしかありません。


 訊いておいて「え?」と目を瞬かせるマーサさんと、弾かれたように顔を上げるダン。やっぱりな、と言いたげなセラヴィと、別にどうでもよさげなコッペリア、そして私を妙なものを見るような目で見る魔族の少年。


 様々な思惑をはらんだ視線の中から、私はダンの目を見詰め返して、嘘偽りない心情を言葉にしました。


「まずは娘さんに会わせてください。それで私にできることがあれば、できるだけのことを致します」


 困惑、猜疑、不安、懸念……その瞳が揺れる心情を如実に映し出していましたが、最後にわずかばかりの希望がそれらを凌駕しました。


 ガックリと項垂れてたダンが、小さく首肯したのを確認して、私はようやく肩の力を抜いて、大きく溜息をついたのでした。

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