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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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夜光蝶の踊り子と用心棒の家族

ちょっと今回は短めです。

 聖都テラメエリタには基本的に歓楽街はありません。


 もちろん職業に貴賎はありませんし、仄聞(そくぶん)するところによれば娼婦というのは人類最古の仕事と言われるほど長い歴史を誇るものです(あれ? これって前世の記憶でしょうか?)……ですが、聖女教団に限らず宗教と娼婦は相容れない関係なのもまた事実です。


 それはさしずめドリアンとアルコール飲料(死ぬ危険性があります)、メントスとコーラ(お腹の中で破裂します)、ラーメンと白米(カロリーがストップ高で無茶苦茶太ります)のように不倶戴天の敵と言えるでしょう。


 当然、この聖都テラメエリタは教団のお膝元ですので、男性の三大欲望に直結するそうした施設――いわゆる『飲む・打つ・買う』の三拍子――酒場(この場合は麻薬なども併せて取り扱う専門店を指します)、賭場(カジノ)、娼館の類いは看板を出すことを禁止されています。

 ……その割りに人身売買とか普通に行われているのは、微妙に納得できませんが、そうした線引きはおいおい戒めていくよう働きかけることにして、とりあえず現在のところ表向きは存在しないことになっています。


 とはいえ何事にも抜け道はあるもので、お酒に関しては一般の飲食店やそれらを兼務する宿屋などに行けば、『麦から作った飲み物(ジュース)』『穀物を蒸留した命の水(アクア・ウイータ)』などという、あからさまに正体がわかる(仏教で言うところの『般若湯(はんにゃとう)』のようなものですわね)隠語が堂々とまかり通っていたり、商人ギルド主催で騎鳥(エミュー)レースやルーレット大会などが開催され、お金ではなく商人ギルドポイントが賭けられ、このポイントは当然ギルド窓口でお金に交換することができるのですから、禁止などといっても有名無実もいいところです。


 そして娼館ですが、まあ現役法王が(暫定)巫女姫のお尻や胸を触ってセクハラしようとするお国柄ですので、当たり前のように抜け道があり、『劇団』『踊り子』という名目で、さすがに表通りにはありませんが裏通りに行けば、それらしい看板のお店が軒を連ねています。


 ただし、その名の通り基本的には歌ったり踊ったり会話を楽しむのが主眼ですから、売色のイメージで見るのは間違っています。色を売るのは付加価値のようなものですから、ホステスかアイドルのような感じなのでしょう。


 で、そんな劇団が多く集まるのが、聖都南部になります。場所的には私が所属する第三管区『聖ラビエル教会』――現在はそうですが、“巫女姫”が正式に決められたあかつきには、当然本山の《聖天使城(サンタンジェロ)》所属になるでしょう。というのがテレーザ明巫女様の見解です――からわりと近くて、聖都名物の踏み固められただけのデコボコ道を歩いて一時間もしないでたどり着くことができる場所です。


 そのようなわけで、伝言だけ置いていった奴隷商『セルバンテス商会』の用心棒(ボディーガード)ダンの伝言に従って、辻馬車に乗って教会に戻った私たちは、戻っていたセラヴィと合流してその場所へと向かいました。


 で、現在、セラヴィを先頭に頭からフード付きローブを羽織った私(別に素顔でも問題ないと思うのですが、セラヴィが強固に反対したため顔を隠しています)、足元にゼクス、一番最後にいつものミニスカメイド服のコッペリアが続いています。


 さすがに日中だということで、堂々と街角に立つ街娼の類いや客引きの声はありませんが、

「よう。ねーちゃん、すげー格好だな。どこの店の――ぐはっ!!」

 柄の悪い人種はうろうろしていて、いまもコッペリアに絡もうとした通りすがりの酔客が、有無を言わせずロケットパンチで沈められました。


 気絶した酔っ払いにたちまち路地裏から飛び出してきた浮浪児が寄ってたかって、金目のものや着ているものなど綺麗さっぱり略奪していきます。

 このまま放置しておくと命の危険も懸念されるのですが、セラヴィ曰くさすがにそれをすると官憲の手が入って面倒になるので、適当に(ムシロ)とかに包んで表通りに放置する程度の分別はあるとか。


 それを聞いたコッペリアが、やれやれと頭を振って、

「物騒なところですねー。このあたりは」

「「ソーダネ」」

「こんな場所に巫女姫たるクララ様を呼び出すなんて、非常識で何様なんだってとこですよねー。あのヒョウロクダマが」

 憤慨するのを背中で聞き流します。


 肩をそびやかして周囲を睨め付けるコッペリアの視線を避けて、私たちをそれとなく窺っていた通行人や街の関係者が、即座に目を逸らせて通りから退避しました。

 すっかり閑散とした裏通りを慣れた足取りで歩くセラヴィと、その後を歩く私たち。


「つーか、場所を聞いただけでよくスイスイと道案内できるわね、愚民。DTかと思ってたけど、もしかして常連? ヤダーフケツ! クララ様触らないほうがいいですよ。皮膚感染で妊娠させられるかも知れません」


「そんな器用な真似ができるか! このあたりの地理を知っているのは、冒険者の仕事でこういうところの夜間警備とかお大尽の案内の仕事があるから頭に入っているだけで。――変な誤解しないように」


 不信感もあらわなコッペリアの問い掛けに、セラヴィがげんなりした顔で振り返って反論しました。最後、なぜか私の眼を見て念を押します。


「大丈夫、理解し(わかっ)ていますわ。男の子ですものね。しかたありませんわ」


 十四歳といったら人生で一番盛っている年頃ですもの。ほとばしるバトスの行き場を求めて、こうしたお店のお世話になることもあるでしょう。取り繕わなくてもわかっています。

 そういう思いを込めた生暖かい目でセラヴィの目を見返すと、思いっきり半眼でさらに返されました。


「絶対勘違いしてるだろう、お前!?」


 隠していたエッチな本を見つけられた男子のように必死に誤魔化そうとしているセラヴィですが、別にムキになる必要はありません。前世のこともあって、そういうことには理解のある女なのですよ、私は。


「うふふふふふ」

「その訳しり顔の含み笑いはやめろ!」


「むむむっ。クララ様はさすがに懐が広いですね! つまり付き合っている男いたとして、夜な夜なこういう店に通っても男の生理として許せると?」


「あらあら面白いことを言うのねコッペリアは、そんなわけないじゃないの。うふふふふ」

 いつもの調子で混ぜっ返すコッペリアに思わず苦笑する私。

「そもそもそんな不誠実な男性と付き合うわけないし、仮に浮気をしたらねじ切るわよ」


 ねえ? と、にっこり満面の笑みを浮かべると、コッペリア、セラヴィ、なぜかゼクスまで血の気の失せた顔で、何度も何度も頷き返しました。


「こ、こわっ。笑っているのに無茶苦茶怖っ。てか、ナニがねじ切られるんだ?!」

「しっ! 余計な口を叩くな愚民っ。クララ様は本気で怒ると超笑顔になるのよ!!」

「にゃおおおおン」


 その後、なぜか会話の途切れた黙々と歩くしかなかった私たちですが、程なく指定されたお店――『歌劇場・夜光蝶』と書かれたそこそこ小奇麗な館にたどり着き、私以外の全員が大きく安堵の吐息を漏らしたのでした。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「どうぞ~、巫女姫様…と、お付きの皆様。西部産の紅茶でーす」


 軽いノックの音とともに案内された客室へ、二十歳くらいの女性がティーカップとポットを持って入ってきました。


 自己紹介によれば、自称この店の“売れっ子踊り手”であるマーサさんですが、まだ営業時間より早いせいか顔はスッピンで、着ているものも地味なコットンのシャツにスエード風のパンツという飾り気のないものです。


 この世界の倫理観としてはスカートを履かずに、お尻の方がわかるパンツを履くなど言語道断で、ぶっちゃけ商売女以外はいませんが、あっけらかんとした彼女の性格には非常に似合っていると思えます。


「すみません」

「いえいえ、こちらこそ。巫女姫様をお待たせして申し訳ありません。ダンの奴が顔を見せたらとっちめてやりますよ」


 慣れた手つきで紅茶を淹れながら憤慨されるマーサさん。

 その口調からダンとは親密な間柄だと窺い知れます。


「失礼ですけど、マーサさんとダンさんとは?」


 思わず好奇心からそう尋ねると、マーサさんは照れたように頬を掻きました。


「いやいや、巫女姫様もそういうことに興味を持つお年頃だったんですね~」

「す、すみません。不躾なことを――」


 先刻のコッペリアとの軽口があったせいでしょうか。どうにも思考が下世話な方面へと流れています。


「あ、いやいや。怒っているわけじゃなくて、ほっとしてるんですよ。あたしとか職業柄結構モテるし、ファンも多いんでそれなりの自信があったんですけど、それでも誰も彼も口を揃えて『クララ様は別格』『比べ物にならない』『泥と宝石』って言われていて、密かにコン畜生って思ってたんですけど」

「うむ。妥当な評価ですね」


 したり顔で頷くコッペリアをたしなめるよりも早く、マーサさん本人が苦笑しながら頷きました。


「そうですね。その通りです。こうして実際にお会いしてみてよくわかりました。本当にこの世のものとも思えないほど綺麗で浮世離れしていて。で、こーいう天上人はあたしなんかとは考えることも違うんだろうな~、とか思ったんですけど、さっきみたいな冷やかしが出るあたり意外と俗っぽくて安心したんですよ」


 褒められているのかどうか微妙なところで、私は面映い思いで視線を泳がせてしまいました。


「で、あたしとダンの関係ですけど、まあなんというか……六年前に、初めて踊った相手がダンなんですよ」

「あら、そうなんですの」


 初めて踊りを見せた最初のお客さんで、その後、馴染みになったというパターンでしょうか。


「……意味わかってないよな」

「……それがクララ様クオリティなんだから余計なこと吹き込まないように」


 なにかセラヴィとコッペリアが小声で囁き合っています。最近思うのですが、実はこのふたり仲がいいのではないでしょうか。


「当時はなにしろあたしも十三歳で、踊りの最中は無我夢中で、踊り終わった後も背中が痛くて痛くて」

「ずいぶんと激しい踊りを踊られたのですわね~」


 ブレイクダンスかリンボーダンスでしょうか?

 首を捻る私の傍らで、コッペリアとセラヴィがお互いにゴホゴホと盛んに咳をします。いけません、ハウスダストで喉をやられたのでしょう。


「――ああ、はいはい。で、まあ、いろいろあって。以来、ダンはなにくれとなく差し入れしてくれたり、顔を出したりで世話になってるんですよ」


 慌てて治癒をしようとしましたが、なぜか話を切り上げたマーサさんに合わせたかのように、ふたり揃って自力で持ち直しました。


「ま、五年前に奥さん――といっても奴隷として買ったらしんで、正式な夫婦じゃないですけど――を亡くして以来、無愛想になりましたけど、もともと悪い奴じゃないんですよ巫女姫様。残された娘のアンジュちゃんを男やもめで必死に育ててますし……っと、喋り過ぎました。今喋ったことはここだけの話しにしてください」


 口元を押さえて後ろめたそうに頭を下げるマーサさんに、「大丈夫です。絶対に他言しません」と頷いて、同じくセラヴィたちにも念を押しました。


「わかっている」

「大丈夫ですよ。ワタシは口の硬さには定評のある自動人形(オートマトン)です! 金剛石並みの強度のある歯はドラゴンの骨でも噛み切ってみせますっ!」


 セラヴィはともかく、ドンと胸を叩くコッペリアに一抹……どころではない不安を抱く私です。

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