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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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巫女姫の価値と用心棒からの呼び出し

どうにか今日も更新できました。

「どういうことですか、“巫女姫”だなんて!?」


 別室に案内された私は、先にそこで待っていたテレーザ明巫女様に猛然と抗議を開始しました。なぜか彼女の隣にカリスト枢機卿がだらけた姿勢で座って、真昼間から火酒をたしなんでいらしたようですが、ほとんど目に入りません。


「特別称号として現役の巫女の最高位とか、教団の象徴的存在(アイドル)とか、次期聖女の最有力候補とか、どう考えてもおかしいですわ! そもそも単なる一正巫女に過ぎない私が、なぜすべての手順と位階をすっ飛ばして昇進するのです!? おかしいではありませんか! 地位や責任ってそういうものではないでしょう。きちんと手順を踏んで、周りの許可を得て、不正のないよう公明正大に定められるものではありませんか?!」


 ちなみにですが、よく誤解されますけれど君主が臣下を叙爵(じょしゃく)する場合でも、普通は君主の一存で決めることはできません。事前に根回しをして、議会に諮って、書類を通した上で、さらに最終的にその国の国教から許可を得て初めて爵位を授けることができるのです。


 これは南方の獣人族の国や魔族の国以外では大陸共通で、例えその君主がいかに暴君で圧倒的な権力があろうと、名目上は教会や教団の許可が必要になります(許可を得ない叙爵は空手形を同じ)。ですから、教団は法と良心と教えに従って、厳正に決めなければいけないはずです。


 実際、ユニス法国では教団の力が圧倒的ですので、元老院が貴族の陞爵(しょうしゃく)(功績などで爵位がランクアップすること)はもとより、襲爵(しゅうしゃく)(親から爵位や名前を引き継ぐこと)を決定する場合でも(ユニスには国王が存在しないので貴族の最高機関である元老院が国政を取り仕切ることになります。名目の上では)、先に教団の意向を確認しないと絶対に爵位を貰うことはできません。


 なお、大陸最強国家のグラウィオール帝国と、国教である大陸最大宗教天上紅華教との関係はもうちょっと緩やかでWin-Winなものだそうで、地方貴族などはわりと大雑把に叙爵(じょしゃく)を決め、それを追認する形でその地にある教会責任者が認め、領主からは教会への寄進もしくは減税を、教会からは宗教的な後ろ盾を与える形で上手に廻っています。


 ただし中央貴族に関しては別で、こちらはよほどの功績か能力がないとたとえ皇帝陛下が決められたこととはいえ、絶対に叙爵(じょしゃく)を認めないそうです。ここ最近では、私の姉弟子で養母でもあるクリスティ女史が陞爵(しょうしゃく)いたしましたが、これも異例中の異例ということで、周囲のやっかみと奇異の目が凄まじかったであろうことは想像に難くありません。


 ですので、みだりに教団が特例を認めたり、特定個人を優遇するなどなってはならないのは子供でもわかる理屈でしょう。


「とにかくこんな決定など無効です! お断りしますっ!!」


「――いや、まったくその通り……。もっともな意見だと思いますよ、私も」


 私の主張が一区切りついたところで、紅茶のカップ片手にテレーザ明巫女様はしみじみと同意されました。


「つっても普通、文句を言うのはオチコボレた方で、勝ち組が抗議して白紙撤回求める例は珍しいと思うがな。くくくくくっ……やっぱ面白れーわ。つーか、ここでジタバタあがいても手遅れだぜぇ。賢人会議の場で納得させなきゃ無意味ってもんだ」


 面白そうにニヤニヤ笑いを浮かべ、オンザロックのグラスを手にしたまま、カリスト枢機卿が他人事のように嘯きます。


「抗議するどころの騒ぎではありませんでしたもの!」


 テオドロス法王に対する評定と『巫女姫』の決定が下された瞬間、あの部屋に詰めていた警備の神官戦士たちが一斉に右手を高々と差し上げ、

「巫女姫クララ様万歳ーっ!!」

「教団よ永遠なれ!」

「くたばれ糞爺(テオドロス)ッ!!」

「クララ様クララ様っ!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」」

 意気軒昂なんてものではありません。まるで戦の鬨の声みたいな掛け声を上げ(一部、不穏な台詞も含まれていましたけれど)、猛り狂うものですから、否応なく中心に立たされた私は身動きも取れなくなってしましました。


 で、その瞬間。

「ぐおおおおおっ。もはやこれまでか、かくなる上は――」

 被告人席で項垂れていた法王は、やおら立ち上がって往生際の悪い悪代官みたいな台詞とともに、

「せめてその胸とケツを思う存分揉んでから謹慎するわい!」

 バッタかカエルみたいに私に向かって跳びかかってきたのです。


「きゃああああああああああああッ!?!」


 この凶行はさすがに予想していなかったため、警備陣も唖然としている間に張り付かれそうになりましたが、どうにか必死にガード。

 それでもめげずに胸とかお尻とかに伸びてくる手を、チョップでコッペリアが叩き落そうとしますが、意外な敏捷さと身のこなしで躱されます。


「くぬくぬくぬ……って、ワタシの攻撃的防御を掻い潜るとは!?」

「ふはははははははっ、伊達に年はとっておらんぞ! 逃げ足と見極めの速さで法王に就いた儂に勝てると思うてかっ!」

「ふえええええ~~ん」


 コッペリアのガードを紙一重でいなし、合間合間にさわさわと卑猥な手つきで触れてくる法王の反撃に、思わず私が半泣きになったところで、誰よりも早く壇上にいたジョルジオ総大司教が行動を起こし、傍らにあった両手槌(ウォーハンマー)をむんずと掴むと、無造作な足取りでやってきて、「天誅っ」と一言放って、高々と振り上げたソレをピンポイントで法王の頭に叩き込んだのでした。


「ぬわああああああっ、死ぬ死ぬ! お前、本気で撲殺するつもりだったじゃろう!?」


 轟音とともに一撃で分厚い床材が、その下の基礎もろとも破壊されます。

 もうもうと舞い上がる瓦礫と土煙を遮って、間一髪飛び退いて躱した法王が、ほうほうのていで床に這いつくばりながら、ジョルジオ総大司教を見上げて抗議しますが、言われて方は心外そうに片眉を上げて床にめり込んだ両手槌(ウォーハンマー)を軽々と引き抜いて、肩に掛けました。


「仕損じたか。確かに逃げるのと仕事をサボるのは天下一品ですな。――ふむ、これだけ元気ならば千日回峰行など生温い。万日回峰行に変更ということでよろしいですな?」


「だからなんでそう極端にハードルを上げるわけじゃ!? なんか儂に恨みでもあるんか?!」


「……ご自覚がなかったのですか?」


 再び両手槌(ウォーハンマー)を構えるジョルジオ総大司教。


「ぎゃあああああああっ! こいつ本気じゃ! そしていま儂、アウェー感が半端ないわ。法王なのに本当にここ総本山の中か!?」


 なにか、こう……密室の中、目の前で下克上(物理)というか弑逆(しぎゃく)がいままさに行われようとしています。


「あの……さすがにこれはやり過ぎではないでしょうか? 暴力はいけませんわ」


 さすがに公開殺人は看過できないので止めに入ります。


「そうっすよ。物事を暴力で解決しようっていうのは最低ですよ」

 隣でコッペリアが尻馬に乗っていますが、これはこれでツッコミどころ満載の台詞です。


「ふむ。私としては暴力も抑止力として必要であるとの見解なのだが――」


 そんな事態の異様な推移に付いていけず、ゴキゲンな勢いで取り残されていた神官戦士たちもこのあたりでどうにか追いついてきたみたいで、妙に感動に打ち震える目でこちらを見る……というか崇めはじめました。


「あんな痴漢を許すとは」

「天使?」

「天使だ」

「天使を見た」


「つーか、仕事しろおまいら」


 珍しくコッペリアがまともなことを言って、はっと我に返った彼らは、バラバラと集まってきてこっそり逃げようとしたテオドロス法王を寄ってたかって拘束しました。


「ぐおおおおっ、覚えているがいい。たとえ儂がいなくなっても、第二第三の法王が――!」


 部屋から連れ出されるテオドロス法王の捨て台詞がどこまでもどこまでも響いていました。カオスですわ。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「……結局、会議も有耶無耶になってしまいましたし、そもそもあの状況で、どうやって裁定を蒸し返せたでしょう?」


 ついさっきのことを思い出して頭を抱える私の眼前では、テレーザ明巫女様が無言で頷き、カリスト枢機卿は「ぎゃははははははっ!」と思い出し笑いしています。


「まあ実際、法王聖下はあれで優秀なのですよ。既に断絶したとはいえ古ユニス王家の血筋ですし、普段は隠していますが法力に関してもジョルジオ総大司教と双璧で、なおかつ男性には珍しい治癒術を中級までなら使えますからね。それに若い時にはそれはもうローレンス修道司祭など比較にならないほどの美男子で、聖都中の娘たちが憧れていたものです……」

 ため息。


 あ、これはもしかしてテレーザ様も憧れていた日があったのでは? そう思いましたけれど、さすがに尋ねるのは憚られました。ですがその沈黙が雄弁に物語っています。


 かつて憧憬の成れの果てがアレですから、いまとなっては黒歴史でしょう。わかります。


「だが、その血筋ってのがちと厄介で、もともと神魔聖戦(フィーニス・ジハード)の際に邪神側について滅んだ家系ともなれば、もともと古ユニスゆかりの国内ならともかく、国外ではどーしたって警戒されるわ。だもんだから、今後北部諸国が連合して誕生する『リビティウム』――ま、仮名だけど――の主流派足り得ない、せいぜい後見人の立場に甘んじなきゃならないところが痛し痒し……ってところだな」


 世間話のような口調で補足するカリスト枢機卿。

 ――と。そこまで仄めかされれば、私にも思いつくことがあります。


「もしや、法王聖下のあの破廉恥な振る舞いや軽薄な態度は周囲を警戒させないための擬態ですか!?」


「「いや、あれは地 (です)(だ)」」


 大石内蔵助を気取っているのかと思ったのですが、あっさりと否定され肩透かしを食いました。


「とは言え、いったん聖下を表舞台から下げて、新たに『巫女姫』という象徴を掲げようとする。――聖下と総大司教猊下の思惑は薄々察せられますね」


 推し量るようなテレーザ様の視線に対して、空になったグラスに手酌で火酒を注ぎながら、

「さて、俺のような下っ端には全容は見えんわな。ただギリギリまでクララちゃんとイライザの嬢ちゃん、どっちを旗印にするのか揉めてはいたけど。主流派押しのイライザの嬢ちゃんが使い物にならなくなったんで、クララちゃんを満場一致で推すことに決めたのは確かだぜ」

 おめでとう、とでも言うようにグラスを掲げるカリスト枢機卿。


「なんですか、それは!? 使い物にならないとか! イライザさんのこれまでの努力に対してあまりにも薄情なのではありませんか!!」


「クララ様、死んだ人間のことはすっぱり諦めて、今後のことを考えましょうよ」


 激高する私を宥めようとしているらしいコッペリアですが、逆効果です。


「縁起でもない! まだ死んでませんわ!」


「死んだも同じなんだよ」

 火酒をかぱかぱ口に運びながら、皮肉げに続けるカリスト枢機卿。

「うら若い巫女が拐われて一晩以上経過した。たとえ命が助かったとしても、巫女生命は終わったも同然さ」


「なっ――!? 待ってください! 誘拐した相手も女性ですよ? そういった懸念は」


「邪推する輩は邪推します。事実よりも風評の方が勝つことは……残念ながらままあります」


 嘆息しながらテレーザ様がそう締めくくり、感情的に反論しかけた私は、実際のところイライザさんを探す糸口すら掴めていない事に思い至って、俯いて唇を噛み締めました。


「………」


 しばし無言の時が経過したところで、控え目に部屋の扉がノックされ、見習いらしい若い神官がおずおずと入ってきました。


「失礼します。あの……聖ラビエル教会から使いの者が来まして、なんでもクララ様に面会を求めて、“ダン”と名乗る人物が顔を出したそうです。それで伝言として『重要な手がかりが見つかった』と伝えて欲しいとのことです」


「!!」


 まさに天佑です。ナイスタイミングでの手がかりに、私は即座に踵を返していました。


「巫女姫とかのお話はまた後ほどうかがいます! それとイライザさんは私がなんとしてでも助けますから、その暁には公正に彼女にもチャンスをくださるよう、伏してお願い申し上げます!」


「わわわっ、待ってくださいクララ様!」


 返事も聞かずに、そのまま私は部屋を飛び出し……二~三歩、勢いで走り出してから、いまいる場所から外に出るための道順を尋ねるために、再度部屋に戻りました。

9/1 誤字と一部表現を修正しました。


夏休みも終わって新学期ですね~。

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