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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
156/337

賢人会議の面々と処罰の結果

つづきが非常に遅くなりました。

誠に申し訳ございませんm(。≧Д≦。)m

 その部屋は薄闇と静謐に包まれていました。


 窓というものが存在しない、ほぼ完全に密閉された空間を支えるアーチ状の柱には、煌々と燃える角燈(ランタン)がおのおの配置されていますが、なにしろ部屋が大きいのでその程度の光源では全体を照らすほどの効果はありません。

 ざっと見た感じ、横三十メルトほど、奥行き四十メルトほど、高さは……光が届かないので勘ですが、おおよそ二十メルトほどもあるでしょう。部屋というよりも集会場か、礼拝堂か。


(裁判所って感じよね……)


 部屋に通されてすぐ、最も目に付きやすい真正面の断崖絶壁のような木製の壁には、向かって右側に聖女教団のシンボルが描かれたタピストリーが大きく張られ、反対側にはユニス法国の国章が描かれた旗が飾られています。そして、これらを従える形でその中央部分には堂々と、他を圧倒して存在感を放つ縦横五×三メルトほどもある銀色に輝く(もしかして本物の純銀?)聖女スノウ様の全身レリーフがどーんと備え付けられていました。


「……ねえ、コッペリア。似てないけど、あれって聖女スノウ様なのかしら?」

「多分そのつもりなんじゃないですかねえ。よくよく見ればこの国の金貨と銀貨に彫られている顔と共通点もありますし……つーか、これが元型で鋳型にしてるんじゃないですか?」


 否応なしに目に入るレリーフを眺めながら、ひそひそと隣に並ぶコッペリアと内緒話をする私。

 指摘されて初めて気が付きましたけれど、そういえばこの国の硬貨には女性の顔が刻印されていました。普段は小さすぎて軽くスルーしていましたが、ポケットから銀貨を取り出して確認してみると、確かに刻印されているのはこれの顔部分を縮小した感じです。銀貨のほうは使い込んで表面が磨耗しているので即座にピンときませんでしたけれど。


「ああ……言われてみればそうね」そこで小首を傾げます。「でも、クワルツ湖の地下研究所(ラボ)にあった彫像とは顔もスタイルも年齢も全然違わない?」


 ちなみにここに飾られている聖女は慈愛に満ちた表情の十八~二十歳ほどのスタイルの良い女性です。

 コッペリアの――いえ、ヴィクター博士の研究所(ラボ)にあった封印の彫像とは、『女性である』というだけで、他にはあまり共通点はありません。


 あちらは十二~十三歳ほどのあどけなさを残した美少女で、雰囲気的にはもっと攻撃的……こほん、躍動的でしたし。それに第一、胸はフラットの上げ底っぽかったです。もしかして、あれから成長したんでしょうか? 成長図? でも、なんというか……狼の仔犬が成長したら、なぜかマナティになった。というくらい劇的なビフォー・アフターです。


「実際に聖女に会ったことがあるコッペリアから見て、どちらが正解なのかしら?」

「なんすかそれ? ワタシが聖女なんぞという胡散臭いキワモノと知り合いなわきゃないですよ、クララ様」


 ナイナイとばかりに顔の前で掌を振るコッペリア。


「……私の思い違いかしら。地下迷宮(ダンジョン)で出会ったあの時、さんざん『あれはとんでもない化物』とか『聖女の名を借りた悪魔』だとか、それはも徹頭徹尾、(けな)していたような気がしますけど」


「ちょっと記憶にないですねー。つーか、イゴーロナクのアホんだらのせいで、一部メモリに不具合があるのでそのあたりエラーが多いんですよ。優秀なワタシに備わった曖昧(ファジィ)記憶機能のお陰でリカバーできてますけど」


 それってファジィじゃなくいてテキトーなんじゃないでしょうか?


「大丈夫なの、それ?」


「大丈夫です。判断もファジィにできるので問題ありません。普段から困ったことがあっても『そうだったかな~? どうかな~? そんな気もするかな~? そんなことより焼豚焼こうぜ!』と瞬時に妥協できる、他の追随を許さないこの判断能力! 凄いでしょう。ワタシは褒められればどこまでも伸びるタイプなので、遠慮せずに褒めてくださいクララ様」


 この子の頭脳って、絶対に0と1ではできていないわね。むしろ乱数で構成されていると言われた方が納得できます。


「……確かに“エライもの”遺したわね、ヴィクター博士も」

「そうでしょうそうでしょう」


 微妙に噛み合わない内緒話を切り上げてレリーフから視線を転ずると、その下に数人が座れる2~3段高い法壇がしつらえられ、その前にもう一段低い書記官等の事務方の席があり、さらにその左右にも弧を描くように数人分の一段高くなったオブザーバー席が設けられているのが目に入ります。


 それと背後には傍聴人席がありますが、今回は第三者が介在しない極秘会議となっているので、ちょっとした小ホールほどもある楕円形の部屋にいまいるのは十数人ほどの教団関係者のみとなっていました。


 そしてその正面部屋のど真ん中で、罪人がスポットライトを浴びる形になっています。

 角燈(ランタン)の淡い光と違って、他を圧倒する輝きはあきらかに自然のものではありません。


 ちなみのこの世界の明かりは基本的に蝋燭か、獣油(魚油も含む)や植物油を使った角燈(ランタン)ですので、光の強さとしてはせいぜいが60ワットの白熱電球の50分の1から、最高でも10分の1程度です。

 なので基本的に暗くなると寝るだけですが、一部特権階級や『光』系統の魔術・魔法の使い手は現代の白熱電球かLED並みの明かりを灯す恩恵に与れます。と言っても現代と違って夜間営業の商店などありませんので(冒険者ギルドでさえ暗くなれば門を閉じます)、一種のステータスですわね。


 で、おそらくこれもなにかの魔道具(マジックアイテム)か魔術なのでしょうが(魔力波動(バイブレーション)が安定しているので、多分、魔道具(マジックアイテム))、こちらは単なるこけおどし以上に実用的な効果を上げています。

 ピンポイントで白々と光る光の筋が四方から照射されると、薄暗い周囲とのギャップもあって中心に立つ人間には、周囲の光景がまったく見えず反対に周囲の人間は相手の一挙一動、表情の変化や汗の量まで丸わかりです。

 開放された空間内で、ここだけが隔離された一種の光の牢獄と言えるでしょう。


 私はその光の眩しさに眼を細めながら、ごくりと唾を飲み込みました。


「なんかあれですね。“私刑執行”というか、吊るし上げ喰らってるっぽいですねー」

 状況をわかっているんだか、わかっていないんだか、いつもどうりの平常運転でコッペリアがそう評します。


 いえ、誰がどうみても裁判所――それも民主的で公正なそれではなくて、理不尽な宗教裁判、魔女裁判そのものです。本当にありがとうございました。


 重苦しい沈黙と緊張が漂うその場所で、私は改めて周囲を見回します。


 警備のための神官戦士を別にすれば、居並ぶ裁判官であり断罪者である教団のお偉方は、いずれも苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ています。

 中にはちらほらと見知った顔――直属の上司のテレーザ明巫女様や、先日のマリアルウの件でご一緒したローレンス修道司祭(ただポジション的にはパシりに近いらしく、ジョルジオ総大司教と呼ばれる身長二メルトを越える巌のような見かけの偉い人に付きしたがっている感じです)――や、やたらダルそうな態度で前の席に足を乗せてぶらぶらさせているアフロヘヤーに針金のように細い体躯の枢機卿などもいたりします――が、ほとんどが始めてみる顔で、なおかつ全員が教団の各部門の重鎮ばかりという構成です。


 『賢人会』そう呼ばれる教団内でも力と影響力のある一握りの聖職者がいると仄聞していましたが、おそらくは彼ら彼女らがそうなのでしょう。


 表立って権力を行使することはありませんが、真の意味でユニス法国はもとより、北部諸国を支配する集団。ですがその大多数は現在、苦虫を噛み潰したような表情で眉根を寄せていました。


 ややあって一同を代表する形で、一番中心に立つ(座っていますけれど、あまりにも堂々たる体躯と存在感が仁王立ちしているような錯覚を覚えさせます)ジョルジオ総大司教が、見た目どおりの錆を含んだ低い声で口火をきりました。


「報告は聞いておる。よりにもよって《聖天使城(サンタンジェロ)》の中心部、それも部外者がみだりに立ち入り出来ない機密区画で騒ぎを起こすなど言語道断である」


「然り」

「それも教団の手本ともなるべき人間が」

畢竟(ひっきょう)、堕落の謗りは免れんな」


 次々に迎合する面々。いまのところ非難の言葉を発していないのはふたりだけ。

 うちひとり、私の直接の上司であるテレーザ明巫女様は、迂闊な発言を控えて厳しい目でこちらを見据えていますし、もうひとりのアフロの……法衣の帯から判断して枢機卿である男性は、面白そうにニヤニヤ笑っているだけです。


「うむ。厳正な処分を下すべきである。……が、数日後に控えた北部諸国会談を前に、諸国に対して醜態をさらすわけにはいかん。それでなくとも教団の正巫女が狂賊に拐わかされ安否が不明だというのに、同じ巫女がらみでまた問題が起きるとはな」


 じろりとジョルジオ総大司教の灰色の瞳で射すくめられ、私は背中に氷柱を押し付けられたような気持ちで背筋を延ばしました。

 さすがは教団の上層部に位置する賢人会議の面々だけあって、全員が冒険者ギルド基準でAランク以上の魔力(教団で言うところの『法力』)を持っていますが、その中にあってもこの方は確実に頭ひとつ、いえ2~3段階飛び抜けています。


 魔力探知(サーチ)で感じられるトータルの魔力総量は現在の私とほぼ同程度……ですが、私同様に他に隠し玉か引き出しを幾つも持っている気配が濃厚です。はっきり言って底が知れません。


 それになによりも、圧倒的な肉体とその手元にある護身用の法具が物騒極まりないです。大鬼(オーガ)でさえ一発でペチャンコになりそうなサイズの使い込まれた両手槌(ウォーハンマー)とか、聖職者の武器としては確実にオーバーキルですわよね? なにと戦ってなにから身を守るつもりなんでしょう、この方?!


軽佻浮薄(けいちょうふはく)この上ない。まさかこのようなくだらぬ理由で賢人会議が開催されようとは、慙愧の念に耐えん」


 すっと冷たい怒りを宿した瞳が私……のいる証人席から、目前の被告人席へと流れます。


「――そうは思いませんかな、聖下(、、)


 この聖女教団において「聖下」の尊称で呼ばれるただひとりの人物。微妙に法衣のあちこちがほつれた――まるで殴られ蹴られてどつかれた後のような格好の――テオドロス法王が、床の上に正座させられたまま、

「いや、儂、法王なんじゃけど? この待遇は変でないかのォ? なんか理不尽で納得いかないんじゃが……」

 いじけた顔で待遇の改善を求めて周囲を見回しました。


 それに対するのは、全員の白い目です。アフロの枢機卿など親指を下にしてブーイングしています。あとから伺った話では、あの方はカリスト枢機卿とおっしゃってテオドロス法王の腹心だとか。その割には相手に見えないと思って好き勝手やって溜飲を下げていますけれど、あまり職場の上下関係が上手くいっていないのでしょうか?


 と、これまでずっと黙っていたテレーザ明巫女様が手振りで少し照明を落とすように指示して、お互いの顔が見えるようにした後、感情を押し殺した低い声で法王聖下を糾弾します。


「……どうやらいまだにご自覚がないようですので改めて言わせていただきます。報告によれば本日、見学に訪れた正巫女のクララ=アーデルハイド及びその侍女に対して、こともあろうに教団の最高位に位置する御身が、破廉恥な行為を行ったとのこと。立場の弱い巫女であり女性であるクララに聖下が卑猥な行いを行うなどと言語道断。鼎の軽重どころか権力と立場を利用した暴力とも言えるでしょうっ」


 後ろで聞いていた私は、いわゆる『パワー・ハラスメント(パワハラ)』という概念がこの世界にもあったことに驚きました。


「暴力って……そんなら儂はスポーンと飛んできた拳で殴り飛ばされたわけじゃが、どー考えてもこっちのほうが重傷なんじゃ……」

「多数の巫女を抱える我が教団において、巫女と上層部との信頼関係に支障や軋轢を生むような行為を、よりにもよって聖下が行うなどとあってはならないことです!」


 なにか反論しかけた法王を無視して、畳み込むテレーザ明巫女様。


「然り!」

「左様」

「その通り」

「異議なしっ」


 さらに他の面々も一斉に同調してテオドロス法王の反論を頭ごなしに封じ込めます。

 途方にくれたような目で賢人会議の面々を見渡した法王の視線が、ダルそうな腹心のカリスト枢機卿のところで止まると、『――へっ』とばかり鼻で嗤って肩をすくめられました。


 味方の援護が期待できないと悟った法王。しばし瞑目してから神色自若(しんしょくじじゃく)と答えます。


「お主ら、儂が色欲でここにおるクララの尻に触れたと思っておるのじゃろうが、それは大間違いじゃ。市井で『巫女姫』と謳われるこの娘が果たしてその名に相応しい心根であるかどうか、それを試すためにあえて儂はヒヒ爺を装って触ってみたんじゃぞ」


 その姿はなるほど法王聖下に相応しいもの……と見えなくもありませんが。


 賢人会議の面々が一斉にばっと振り返って、ジョルジオ総大司教の背後に控えるローレンス修道司祭に視線を送ります。


「――“有罪(ギルティ)”。いまの発言はすべて偽りです」


 再び振り返った面々が、だらだらと脂汗を流すテオドロス法王をムシケラのような目で見下しました。


「清廉潔白であるべき聖職者、その頂点たる聖下がかような虚言を口に出されるとは、なんと不埒な……」

 台詞こそ悲壮ですが、どことなくわかってました的な棒読みで嘆息をするテレーザ明巫女様。


「うむ。報告によればクララ正巫女は不幸な出会いにもかかわらず、怪我をした法王聖下の治癒をその場で率先して行ったとか、これぞまさしく教団の体現すべき聖職者の姿である」


 重々しく頷きながらおっしゃるジョルジオ総大司教ですが、謹厳そうなその見かけと口調からあまり褒められている気がしません。


「いや、儂の怪我はそもそもこっちの娘が鉄拳で……」


 ごちゃごちゃ言っているテオドロス法王を完全に無視して、会議はどんどんと進行していきます。


「本来であれば破門が相当であるのだが、法王聖下を破門に出来る者など聖女様以外にはいらっしゃらない。実に不本意ながら来週の諸国会議までは謹慎とし、会議終了後に体ひとつで霊山クロリンダでの千日回峰行を行っていただくということで、各々方依存はないかな?」


「「「「「「「「「「異議なし!」」」」」」」」」」


 議論の果てにそう結論付けるジョルジオ総大司教の判決に、「意義ありっ!! つーか、死ぬから! 本気で儂、死ぬから! これってていのいい死刑執行だよね!?」喚くテオドロス法王を当然のようにスルーして、満場一致で意見の統一をみました。


 霊山クロリンダというのは活火山で、火口にはS級ダンジョンの『クロリンダ火炎迷宮』があるので有名です。そこを単独で千日走破とか、さすがにこれはお気の毒すぎる話です。

 せめて一言くらい意見しようと思ったところで、その機先を制する形で、ジョルジオ総大司教の鋼鉄のような視線が私に向けられ、気のせいでしょうか、わずかにその口元が緩んだような気がして呆気にとられたところで。


「それと法王聖下がクララ正巫女の呼び名である『巫女姫』を認めるという発言をしたことについて、私としてはこれを正式に承認したいと思うのだが、いかがかな?」


「「「「「「「「「「異議なしっ!!」」」」」」」」」」


 途端、示し合わせていたかのように、先ほどよりも大きな声が部屋一杯に唱和しました。


「……へ?」


 唖然とする私の隣で、コッペリアだけが不満そうに「巫女姫じゃなくて、クララ様こそ真聖女とか認めればいいものを」と、ぼやいたのでした。

緋雪「このレリーフって、どーみても命都だよねぇ?」

命都「情報が錯綜しているみたいですね。修正させますか?」

緋雪「ん~~。面が割れると動きづらいので、このままでいーかな。にしても、この法王は個人的には嫌いじゃないから罷免とか必要ないかな~」


8/31 誤字修正しました。

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