聖天使城の法王と偽りの巫女姫
聖女教団の総本山である《聖天使城》は、壮麗な大聖堂を中心として同心円状になるように建造物が配置された非常に合理的かつ広大な都市で、その敷地内部には宗教関係施設だけではなく、神学校や寄宿舎は当然として、専門の工房や専門の商店、厩舎や牧場、はては農場や魚の養殖池まで完備されています。
実際のところ、周囲を取り囲む二十メルトほどの壁で完全に外界と隔てられていますので、いざとなれば《聖天使城》だけで半永久的に自活することも可能である――と、案内してくれた神官の方々や神官戦士の皆さんが口を揃えて豪語していました。
なお、出入りできるのは馬車が三~四台並んで通れる北の正門と、それの半分以下の東西にある通用門だけで、それも時間になると跳ね橋が上がって出入りはできなくなってしまいます。
ちなみにこのあたりには『魔は南方より来る』という言い伝えがあるので(多分、迷宮の魔物や過去の侵略者が南方から多くやってきたからでしょう。北方は峻険な山脈が連なっているだけですので)、こちらには門はございません。ですが、構造的になにもないのはおかしいので、おそらくは非常時の隠し扉か地下通路などが通じているのだと思います。そのうち時間があれば確認してみたいものですが……。
とにかく、いうなれば《聖天使城》というのは、多少形骸化されてはいるものの古き時代の伝統の都市国家そのものというところでしょう。
つまるところ『聖都テラメエリタ』の中枢にして、なおかつ都市の中に完全に独立した治外法権の国家が別にあるようなものです。もともと他国の人間である私には、やや歪な二重構造に思えるのですが、住人や関係者が従容と受け入れて、この形で国家が廻っていますので声高に異議を唱えるつもりはございません。
そもそも貴族制こそ残っていますが、ユニス法国に関しては国王というものは存在せず、代わりに国の象徴としての“聖女”と、それを補佐する(という名目上の実質的な最高権力者である)教団のトップたる法王様が、仰ぐべく盟主として周知されているのですから、貴族と教団関係者どちらのヒエラルキー――というかカーストというべきかしら?――が上かは、押して知るべしといったところでしょう。
もちろん聖職者にもきちんと高徳の人物もいますし、目立った産業も特産もないこの国が北方諸国どころか大陸中でも一目おかれているのは、教団の尽力と有意性(主に巫女を筆頭にした治癒術師と、高度な技術の独占)にあるのですから、頭ごなしにこの国の形態を否定するものではありませんが、つくづく舞台裏など知らないほうが幸せだったと実感させられます。
さて、そんな《聖天使城》に数多くある研究機関の一つ。
案内された私と侍女として付いてきたコッペリアの前で、身長二メルトほどもある人間を模した人形? ゴーレム? よくわからない不恰好なヒトガタが、ギクシャクと歩いたり、床にあった箱を持ち上げたりしていました。
「おおおおおおおっ! 動いた! 見てください、クララ様。こいつ動きますよっ!」
その様子に目を輝かせるコッペリア。
「ふふふっ。こいつは我が教団研究所が三十年かけて作り上げた自立型ゴーレム甲型二十七号です。いままでのゴーレムはただ命令されたことを機械的に行うだけでしたが、こいつの場合は――」
エドワードと名乗った教団所属の魔道具職人――いちおうは助祭の位階を授かっているそうですが、聖職者という雰囲気は微塵も感じられません――三十代で眼鏡をかけた見るからに“研究者”という風貌の男性が、上機嫌でゴーレムの説明をしてくれます。
『ハジメマシテ、巫女サマ。ワタシハ自律型ゴーレム甲型二十七号、デス』
「喋ったっ! すごーいっ。教団の錬金術もこの域に達したんですね!!」
喝采を送るコッペリアに、満更でもなさそうなエドワード氏。
字面だけ見ると手放しで褒めているようですが、どう考えてもコッペリアの褒め殺しでしょうねえ。
と言うか、ここに来る前に念を押して、相手の機嫌を損ねないように言い含めておいたのですけれど……。
◆ ◇ ◆ ◇
「つまり生臭坊主相手に猫を被れ、と?」
昨夜の打ち合わせの際、ソファで丸くなっていた翼猫を掴んで頭に乗っけようとした手を、ぺちん! と猫パンチで牽制されたコッペリアが、ちっと舌打ちして首を捻りながら、身も蓋もない言い方で私の婉曲な願いをぶっちゃけました。
「そうなりますわね。結局、私たちが奴隷商の館で半日以上費やしてわかったのは、マリアルウが下町で拾われたこと。痩せぎすな浮浪児だと思われて格安でバーゲンセールにかけられたこと。それを件の新聞記者である編集長が購入したこと。――この三点だけですので、なにもわからないも同然ですわ」
指折り数えながら嘆息する私。
予想はしておりましたけれど、彼女の手がかりを掴む糸はぷっつりと途切れた形です。
「愚民と別行動していたワタシも似たようなものですね。例のゴシップ紙の編集長ですが、こっちが教団関係者だとわかると、途端に貝みたいに口を閉ざして黙秘でした。埒が明かなくて帰ってきましてけど、ありゃなんか絶対に隠してますね」
あらッ? 相手の不評を買ったことを察して素直にその場を後にするなんて、猪突猛進直情径行天上天下唯我独尊疑わしきは罰せよ――で、およそ空気が読めないことに関しては他の追随を許さないコッペリアにしては珍しいことです。
あるいは地下ダンジョンのヒキコモリ生活を脱却して一年余り、ようやく人間の機微や常識を理解してきたのかも知れません。
「いや、ワタシはその場で片耳や片目くらい潰して、『次は睾丸を潰す。楽に死にたいなら素直に吐け!』と、順序立てて問い詰める気だったんですけど、一緒に行った愚民の符術で動きを止められまして」
「……ええ、わかってますわ。常識なんて見果てぬ夢だと」
あと、セラヴィぐっじょぶです。
「なんでさめざめと泣いているんですか、クララ様? ――で、そのまま荷物みたいに抱えられて家の外に連れ出されて、どうにか術を解析して自由を取り戻したんですが、愚民曰く『この手のタイプは脅しや力押しでは屈しないだろう。搦め手でどうにかする』ということで、ワタシはいったんその場を離れて、愚民は近くにあった安宿に泊まって、符術で作った簡易使い魔――諸島列島では“式神”“職神”とか言うそうですが――を放って監視することにしました」
なるほど、それでセラヴィがまだ戻って来ていないわけですのね。
「ご苦労様でした。こうなれば多少のリスクを冒しても教団が秘匿している『人造聖女』計画とやらを探るしかありませんが、《聖天使城》の奥まで入れるのは、高位聖職者かその関係者だけですので、どちらにしても明日はセラヴィをはじめ他の皆さんとは別行動ですわね」
幸い随員として私の侍女として登録されているコッペリアは連れて行けますが、他は……たとえセラヴィが本来の身分である聖女教団の司祭であっても、入ることは不可能でしょう。いろいろと不安な人選ですが。
とりあえず協力してくださるカイサさんたちには、引き続き情報収集と新しい事実が判明していないか奴隷商と、監視中のセラヴィとの連絡役をお願いする形にして、再度、コッペリアに念を押します。
「いいですか。明日は絶対に関係者にため口で話したり、気に喰わないことがあってもロケットパンチで沈めたり、邪魔者を抹殺するためにビームで焼き払ったりしないでくださいね!」
……なんで改めてこんな非常識な注意をしなければならないのでしょう?
「わかってますって、クララ様。ワタシはできる女ですよ。言われなくてもTPOをわきまえて、適当に相手をヨイショする機能くらい付いてますよ。昔はよくこの太鼓持ちをフルに活用して、ヴィクター様を『よっ、天才!』『色男!』『完璧です!』と持ち上げまくっていたもんです」
「………」
自分の作った人造人間におだてられて満足していたヴィクター博士って……。
ほんっとうに世の中の舞台裏とか、知らずに過ごしていればどれほど幸せだったのでしょう?
「ちなみに男を褒めるポイントは『さ・し・す・せ・そ』です。ご存知ですか?」
「砂糖・塩・マヨネーズ・背脂・ソース」
「それは調味料の『さ・し・す・せ・そ』ですね。つーか、後半微妙に違います。背脂は調味料じゃないです、クララ様」
「えっ、違うの!?」
「えっ、ボケたわけじゃないんですか!?」
お互いに怪訝な顔を見合わせる私たち。ソファの上でゼクスが「ツッコミ役のいないボケ同士の会話は落としどころがないなぁ」と言わんばかりの退屈そうな顔で欠伸をしていました。
◆ ◇ ◆ ◇
台から伸びた棒の先に吊るされたバナナを取るために、手を伸ばしたり伸び上がったりを繰り返した甲型二十七号は、しばらく学習してから部屋の隅にあった箱に気が付いて、それを積み上げてバナナを取ることに成功しました。
「「おーっ、さすがです(わ)ねー」」
「いやはははははっ、本来なら人間サイズにして、もう少々融通を利かせて完璧に……まあ、人間と同等の知能を人工的に作るなど不可能でしょうが、それに近いところを目指しています。とはいえ、現時点ではこいつが大陸最高峰、もっとも人間に近い自立型ゴーレムであるのは確かです」
オトコゴコロをくすぐる女の話術その一の「さすが!」を前に、上機嫌で解説をするエドワード氏。
ま、もともと機密の研究成果ですので、こうして誰かに自慢する機会など滅多にない上、相手が女性ということで有頂天なのでしょうねえ。
「そうなんですの? 知りませんでしたわ! 凄い性能ですわね! ねえ、コッペリア、貴女だったらいまのバナナどうやって取りますの?」
続けて畳み掛けるようにオトコゴコロをくすぐる女の話術その二の「知らなかった!」を連発。
ついでに訊かれたコッペリアは、当然のような口調で、
「台に蹴りを入れて壊します!」
と断言して、エドワード氏を苦笑させていました。
なお、オトコゴコロをくすぐる女の話術は他に「す」の「すごいですね!」、「せ」の「センスがいいですね」、「そ」の「そうなんですか!」がありますが、このあたりは適当に織り交ぜることにします。
「そうでしょう。そう考えるとこの甲型二十七号がどれほど高性能かおわかりになるかと思います。まあ、古代遺跡からは稀に人間と遜色ない人造人形の類いが発見されたとか、数十年前にどこぞの錬金術師が開発したなどという都市伝説めいた噂もありますが、研究者の意見としては人間と同等の人口知能など、はっきり言って眉唾物ですね」
気を良くしたエドワード氏によって、あっさりと存在をないものにされるコッペリア。
気にせいか眉間の辺りに青筋が浮かんでいます。
う~~ん、それにしても自分の枠から類推して過去の偉業をないものと断定するなんて、この方、研究者としては真面目で実直ではあるのですけど、既成概念に囚われて大成はしないタイプですわね。
ま、ヴィクター博士は博士で、あまりにも先進的過ぎて足元を見ないでド壷に嵌った典型ですけれど。
ともあれ話題が転がった先で思いがけずに今回の訪問の目的に触れる話題が出ましたので、私はしらばっくれて尋ねました。
「あら? 聞いた話では以前はその錬金術師と協力して、なにやら生命の研究をしていたと聞き及んでおりますが?」
「はァ!? どこで聞いたんですか、そんなデマ? いや……確か以前は人造生命体の研究もしていたと、前任者から聞いたことがあるような……。ですが、ずいぶんと前に放棄された筈ですよ、それは。そもそも生命体では個体ごとの差が大きくて再現性や汎用性に欠けますし、耐久性にも問題がありますからね。長い目で見れば、機械式のほうが確実ですよ」
「ふむ。わかってますね、何の能もない凡人の分際で!」
気を良くしたコッペリアが馴れ馴れしい態度で、ポンポンとエドワード氏の肩を叩きます。
だからあれほどタメ口はやめろと……あ、自分より遥かに下に見ていたのを、多少なりと評価を上方修正した故の気さくさですか、もしかして?
「えーと、そうしますと、現在は人造生命体の研究は行っていなくて、関係する資料とか確認できないのでしょうか?」
「ええ、そうですね。資料くらいは確認できると思いますが」
コッペリアの馴れ馴れしい態度に戸惑っているエドワード氏に尋ねると、どこかほっとした様子で相槌を打たれました。
「ああ、それか医療棟でしたらもう少し詳しい事情を知っている者もいるかも知れませんね。当時の人造生命体関係の研究者がそちらに流れたとの噂もありますので」
なるほど、次の目的地は医療棟かしら? と目星をつけながら適当に話を合わせます。
「コレもゆくゆくは造形的にも人間に近いものを作りたいのですが、人間に近づけると逆に不気味に感じるという意見もありまして、現段階ではこのあたりが妥協点ですね」
暇つぶしに甲型二十七号相手にジャンケン勝負を挑んでいるコッペリア――後だししたり、「グーなし!」と直前で宣言したり、「次はワタシはチョキだから!」など宣言してからフェイントを入れたりと翻弄しまくって、確実に勝率と相手のヘイト値をガリガリ上げています――を横目に見ながら、にこやかに夢を語るエドワード氏ですが、いろいろと先行きは難しそうです。
「ふっ、片腹痛い。この程度で妥協するなど無能の証――あげふっ!!」
で、ふんぞり返って余計なことを言い出しかけたコッペリアを遮って、見えない角度からすかさず片腹にボディブローを入れ、素早く制した私が前に出ます。
「よくわかりましたわ。素晴らしい研究を私どものような門外漢に見せていただき、感謝の念に絶えません」
一礼をする私。
その瞬間、お尻のあたりを不快な感触が走り抜けました。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?!」
「うーーーむ、なんという揉み応えのあるケツじゃ! 見た目といい、形といい、感触といい、まさに魔性の尻じゃな。あやうく理性を忘れるところじゃった」
振り返って見れば、五十歳代でしょうか。
高位神官をあらわす法衣を着た男性が、右手の感触を反芻するかのようにワキワキと動かしています。
ひょろりとした体つきの上に撫で肩で、頭髪が側頭部を除いて見事に禿げ上がっているために、一見してマッチ棒か電球の玉のようにも見える男性神官は、聖職者というより学者風にも見える表情を緩めて、満面の笑みを私に向けました。
「話には聞いていたが、マジもんの極上品じゃな。市井で“巫女姫”と呼ばれるだけのことはあるわ。こりゃ、儂が異論を挟む余地もない……いや、もういっぺんケツとパイパイを触らせてくれたら、本腰を入れて“巫女姫”を認めるぞい。どうじ――ぐはっ!!」
両手を嫌らしく蠢かす禿げた高位神官がにじり寄ってくるよりも早く、コッペリアのロケットパンチがその広い額のど真ん中をぶち抜いて沈めました。
「なああああああッ!! テオドロス法王様ーっ!?」
途端、先ほどから置物のように硬直していたエドワード氏が、この世の終わりのような絶叫を張り上げました。
「「法王……?」」
妙にいい顔で鼻血を吹いて倒れている『テオドロス法王』を前に、私とコッペリアは唖然とした顔を見合わせるのでした。
書籍作業の合間に書く新作が進む進む。
ということで、予定を大幅に早めて更新です。
試験の合間にやるゲームや読書に熱中できるようなものですね!




