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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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エレンの誓いと少年の名前

「――お願い、お星様。ジルにこのことを伝えてっ。今日あったとても大切なことを!」


 シレント央国市街にある軽食喫茶『ルタンドゥテ』3号店。

 狭いながらも個室をあてがわれている小柄なボブカットの少女――エレンが、窓枠から身を乗り出すようにして夜空を見上げ、ひたむきな表情で両手を組み合わせて祈りの姿勢(ポーズ)を取っていた。


 ちなみにエレン――というか、西の開拓村では特に特定の宗教にこだわってはいない。

 いちおうはグラウィオール帝国の国教である天上紅華教の勢力下であり、なにかあれば(子供が生まれた時の祝福や、転職する際の儀式とか、治癒術による治療を必要とするとか、罪の懺悔など)紅華教の教会に行くこともあるが、そもそも教会は大きな町にしかないので、エレンの父である村長のアロルド・バレージであっても、教会に行くなど数年に一度、それも村人数人と支度を整えて遠征するか、あるいは行商人などと同行させてもらうかして訪れるのがせいぜいである。


 エレンにしたところで教会に行ったのは幼い頃に一度だけで、あとはたまに巡回説教者が足を延ばして村にやってくる程度なので、印象にあるのは配られるお菓子の甘さと奏でられる手風琴(アコーディオン)の音色、そして語られる紅華教の聖典に関与したお話(勇壮な戦いや恋愛絡みの子供にも大人にもウケるエピソードが多かった)――この程度の係わり合いしかない状況であり、どちらかといえば素朴な精霊信仰や土着の守護神(言うまでもなく対象は【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の黄金龍王(ナーガ・ラージャ))に対する畏怖のほうが、より生活に根ざして強かったと思う。


 そんなわけで、祈りの形や手の組み方も地域限定のローカルなものであった。


 瞬く星々に向けて、エレンの悲痛な心情が紡がれる。


「ルーカス様は頑張っていたと思うの。ジルがいなくなって一年近く、ずっと思い詰めて、寝る間も惜しんで必死に手がかりを求めて。正直、この人ならジルと『お姫様×王子様』の関係になっても認められるかも……って思っていたんだけど――」


 そこで一旦言葉を切ったエレンが下を向いて、唇を噛み締めてから、再び決然と顔を上げて夜空に向かって絶叫した。


「――だけど、まさか、追い詰められた気持ちと寂しさから、男に転ぶなんてっ!!」


『えええええええええええええええええええええええっっっ!!!!』


 途端、エレンが開け放した窓に面する『ルタンドゥテ』の別館及び本館から、一斉に驚愕の叫びが木霊した。


 ほとんどが妙齢の男女(比率では男3:女7)のものだが、女性の場合は驚愕よりも悲痛の割合が高い。あと、なぜか中には喜んでいる女性や黄色い声を上げている男性もちらほら(恐ろしいことに)いて、それらが渾然一体となって『ルタンドゥテ』の建物全体が震えた。さしずめ小波が集まって大波になった感である。


 気のせいかその中に、「根も葉もない濡れ衣だーーっ!!」というルークの悲鳴や、倒れる椅子の音やら、割れた皿の音、犬の鳴き声、扉が力任せに開けられて、ドタバタと複数の足音が出入りする音、「本当ですか、公子様!?」「違ーう!」マッハで詰め寄る従者との切羽詰った押し問答……などが聞こえた気がしたけれど、腹に据えかねていたエレンは聞こえないフリをしてお星様に語りかける。


「そう……今日、オーランシュ辺境伯のお屋敷に行ったルーカス公子が、とうとう大人の階段を思いっきり、斜め上の方向へ上ってしまったのッ!」


 帰りの馬車の中、話しかけてもどこか心ここにあらずという反応と、行く前には付いていなかった筈のルークから漂うムスクの香り。

 ピンときた。

 あれは確か辺境伯家の執事だという年齢不詳の美男が付けていた香水と同じものだった。


 つまりその残り香が付くほど密着した瞬間があったということで、いつの間にか目を放した隙にふたりの間に何かが――耳年増のエミリアに聞いたり、薄い本を貸してもらったりしたので目星はついているけど――あったという証拠ではないのだろうか?


 そうして抱いた不信感と、まさかこの人に限って……と否定する心の狭間で悶々としながら、向かい合わせに座るルークを眺めていたエレン。


 放心状態――確か『賢者の時間』というんですね。わかります――のルークと、疑心暗鬼のエレン。自然と車内の空気が重くなっていた。


 半信半疑ながらも、それでも同じお姫様(ジル)を好きになった同士であり、精神的な恋敵(ライバル)でもある。その相手の勝手な凋落……陥落? を信じられずに、エレンは小さく首を横に振った。 


 いやいや、それにしてもあれほど一途にジルを想っていた、この生真面目そうな公子がよりにもよって男に転ぶなんてあるんだろうか……? いや、でも真面目な人間ほど(たが)が外れると自制が働かなくなるともいうし、それに、

「ふふふふふっ、公子様。女性を相手にされるなら浮気ですが、同性ならそれはただの友情の延長ですよ」

 とか、丸め込まれたら「そーなのですか?」と、あのボケボケ……もとい、素直な公子様のこと。あっさり鵜呑みにして、結果、快楽に身をゆだねて本末転倒! ジルのことは忘れて耽美な逢瀬を過ごすことに――!?


「――なったんですか、ルーカス様ッ!?」


「うわっ、びっくりした! な、なんですか、エレンさん? 急に大きな声を出して」


 不意の大声に馬車の座席の上で軽く跳びあがるルーク。


「……失礼しました。少々疲れているみたいです。ですが、ルーカス様も先ほどからずっと黙ってらっしゃいましたけど、お疲れなのでしょうか?」


「………」


 途端、どうこか狼狽した様子で視線を逸らすルーク。いかにも後ろめたいことを隠しています的態度にエレンの不信感が更に高まった。


「いえ、その……なんでもないんです。スミマセン」


 話したくても話せない。言外に口止めされてます、と匂わせるルークの態度に隔靴掻痒(かっかそうよう)の感を抱きながらも、さすがに立場上それ以上踏み込むわけにも行かず、エレンは値踏みするようにルークをじっと見詰めた。


 居心地悪そうに視線を逸らせるルークが小さく呟く。


「……まさか執事が、あんな体……黒くて硬い……秘密を口外……」


 耳に届く途切れ途切れのルークの独り言を聞いて、エレンの疑惑は確信へと変わったのだった。


「だから決めたのよ、お星様。他人はあてにしないで、あたし一人でもジルを助けるって!」


 そうキッパリと言い切るエレン。

 その行動力、精神的タフさ、なによりジルに対する思いの強さにおいてルークやセラヴィを遥かに上回る少女が、背水の陣で挑もうと決意した瞬間であった。


「――ひとりじゃないぜっ!」


 と、エレンの背後の扉が開いて、部屋着のブルーノが意気揚々と顔を出した。


「俺も一緒にジルを助けに行くぜ! 前々からあんなお坊ちゃんじゃ頼りないって思ってたんだ! Fランク冒険者になった俺に任せておけって」


 ドヤ顔で決める腐れ縁の幼馴染を、振り返ったエレンが半眼で睨みつける。


「……なによ、あんた盗み聞きしてたの? サイテーっ! おまけに勝手に女の子の部屋に入ってくるなんて、常識知らずもいいところじゃない!!」


 そのままズカズカと出入り口のところまで行って、思いっきりその鼻先で扉を閉める。


 頭ごなしに怒鳴られたブルーノの「え……!?」という、間抜けな声を扉越しに聞きながら、エレンは鍵をかけた。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 どうしても外せない用があるということで、恐縮しながら仕事に戻ったセルバンテス氏に代わって、腹心の“スティールボール”ダンが案内してくれた別室は、これまた目がちかちかする金色と原色の空間でした。


 ここにきた用件は、怪盗“赤い羊(レッドラム)”とか名乗っている、特異な能力を持った少女マリアルウの行方を捜す手がかりを求めてです。


 購入……という身も蓋もない言い方は使いたくはないのですが、三年前にここで彼女を競り落とした相手――現在は養父となっている聖都のゴシップ紙〈日刊北部デイリー・セプテントリオ〉編集長のお宅へは、セラヴィとコッペリアが話を聞きに行っていますが、それ以前に取り調べをした教団の人間に対しては、一貫して『知らぬ存ぜぬ』を通したらしいので、あまり成果は期待できません。


 なので、こちらはこちらで別なアプローチから探るために、彼女の過去を追ってたどり着いたわけですが、

「三年前に取り扱った当時十一~十二歳の女の子ですか? 珍しい亜人や没落した騎士や郷紳(ジェントリ)出身などの付加価値もなく? ふむ……それだけでは雲を掴むような話ですなァ」

 あまり果々(はかばか)しい答えは返ってきませんでした。


 それでもわかる範囲で調べる……と言質をいただき、確認している間に昼食をどうぞ、ということになり私たちは別室へ案内されたのでした。


 それなりに贅を凝らされた昼食に舌鼓を打つ私と『銀嶺の双牙』の面々。あと、平皿に盛られた謎のお肉を頬張るルークの猫(ゼクス)。あとエミール氏は「仕事中ですので食事は結構です」と辞退して、飲み物だけを飲んでいます。

 

 その点、冒険者や兵士は食べられる時に食べるのも仕事ということで、カイサさんたちは遠慮なく高級食材をお代わりしまくりです。


 それを横目に、私は腹七分目を心がけようとしますが、久々のタンパク質に気分が浮き立って危うく――『危険・これ以上食べたらブタクサに戻っちゃうライン』――リミッターが外れそうになるのを自覚せずにはいられませんでした。


 そんな私たちの健啖振りを、壁際に控えているダンが無言のまま抜け目のない目つきで観察……普通、これだけの美人が揃って和気藹々と食事をしているのですから、もうちょっと愛想よくしてもいいいと思うのですが――私など、美人の食事風景とか目の保養だと思うのですが――観賞ではなく観察という言葉がぴったりの冷めた目つきでこちらを見ています。


 給仕役の美少年奴隷たちでさえ、多少は興味深げにこちらを見ているのに、木石を見るような視線が変わらないのはある意味見上げたプロ意識でしょうか?


 変わらないといえば、私の傍について専属の給仕役をしている魔族の少年も、相変わらず表情を変えずに機械的にお皿を下げたり、追加を持ってきたりしています。


 彼を進呈しようと言われたあの場では、特に返事をしないであいまいな笑いで誤魔化したのですが、なんとなくなし崩しに押し付けられそうな気配が濃厚です。


「もうお代わりは結構ですわ。そういえば、貴方のお名前を聞いていませんでしたけれど、なんとおっしゃるの?」


 そう尋ねてから、名前どころか声すら一度も聴いていないことに気がつきました。


 訊かれた少年の視線がなぜか壁際のダンへ、ちらりと流れます。


「……ソレに名はありません。あえて呼ぶなら魔族の魔を取って“マの六番”。ウチで扱った魔族はそいつで六匹目ですから」


 ぶっきら棒な口調でダンがそう代わりに口を開いて、それから鋭い目つきとジェスチャーで、少年の首にある凝った奴隷帯(ステイグマ)を指し示しました。


「その奴隷帯(ステイグマ)は特別製で、持ち主が指示をしないことには口を開くこともできなせん。理由は……説明するまでもないでしょう?」


 生まれつき莫大な魔力を保有する魔族であれば、呪文ひとつでマッチ程度の火が点く生活魔法程度であっても、十分に人一人を燃やし尽くす火力を得るでしょう。その為の安全装置というわけですわね。


 途端、美味しかった料理も砂を噛むような感触に変わりました。


「現在は俺が仮のマスター権限をボスから借り受けていますが。……まっ、正式にマスターになった際には巫女サマも気をつけることですな」


 一瞬だけ嘲るような感情がダンの顔面を走り抜けました。

 もしかして私って、この方に嫌われているのでは……? 遅ればせながらそのことに気が付いた私は、理由を探して内心首を捻るのでした。

一般の人間の魔法使いのMPが1,000くらい。

エルフが平均10,000として、魔族の場合は10,000~50,000といったところです。

なお、魔族は独自の国をもっていて(当然国王は魔王)、大陸の国々では自治と人権を認めています。表向きは。

魔人国ドルミートが絡む話は『魔王討伐隊の迷走日記』(絶賛放置中)で、ちょっと触れられています。


なお巡回説教者が手風琴(アコーディオン)を奏でるというのは、あまり例がないというか、そもそも手風琴(アコーディオン)自体が18世紀以降の楽器ですので、ちょっと微妙なところです。

ただし中世の宣教師と風琴(オルガン)のセットは有名で、「文字のない文化はあっても歌のない文化はない」というところで、歌に併せて教化するために用いられました。

徳川幕府のキリシタン禁教令下では、多数の風琴(オルガン)が破壊されていますが、中にはヨーロッパでもそうそうないような高価な品もあったそうですので、歴史的にも文化的にも非常に勿体ないと思ってしまいます。


@そろそろブタクサ姫2巻の準備があるので、今月は更新がさらに遅れる予定です。申し訳ありません。

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