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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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魔族の少年と奴隷商の用心棒

今回でだいたい過去編の主要な登場人物は出ました。

 聖都テラメエリタの下町にある奴隷商の屋敷は、正確には個人の屋敷ではなくて(「一応は」と但し書きが必要ですけれど)合法的なドラッグとお酒、それに男女の奴隷を接待に使う風俗店のようなお店でした。


 私たちが入ってきたのは裏門だったみたいで(多分、巫女が堂々と正面から入るのは色々と憚りがあるので、カイサさんあたりが気を回してくれたのでしょう)、ぐるりと大回りをして正面玄関へ案内されると、堂々とお酒と奴隷の首輪を示すレリーフが目に入り、さらに店名をあらわす『セルバンテス』と書かれたプレートの脇には、堂々と『公序良俗(こうじょりょうぞく)に反しない優良店』であることを示す教団発行の公認証がこれ見よがしに飾られていました。


 ちなみにですが、この認証は①経営者が一級市民以上である。②過去に犯罪歴がない。③厳格な教団の信徒と認められる(具体的には多額の寄進とか)――をクリアすればもらえるものです。


 ①と②は絶対評価ですけれど、③に関しては相対評価でなおかつ高位聖職者の推薦があれば、ある程度①②の条件を緩和することもできますので、お金を持っていて公権力と繋がりのある人間にとってはさほどハードルが高いものではありません。


 ですから、業種に関わりなく聖都の表通りに面した大きなお店には、ほとんどといっていいほど飾られています(ユニス法国限定のモンド○レクションみたいなものですわね)。


 とはいえ、よりにもよって風俗店かつ人身売買をするお店に、ドーンと免罪符か錦の御旗代わりに飾られているのは、いたたまれない……いえ、いまの教団の腐敗と堕落の象徴をまざまざと陽の目にさらしているようで見識を疑ってしまいます。


(どこが『聖都』なのかしら……。確かに表面上は教団の法と秩序に守られた平和な街だけど、単に不合理や悪習を『ない』ことにしているだけのまやかしよね)


 そんな忸怩たる思いとともに、現在は時間帯が早いのか、ほとんど人気がなくて閑散とした店内を、私たちは寡黙な青年ダンの案内で黙々と奥へと向かうのでした。


 その際にちらりと見た限り、お店の一階は普通の酒場のような造りで、二階以上が個室になっている構造のようです。

 で、肝心の奴隷はどうやら地下にいるみたいで、床や壁越しに感じられる魔力波動(バイブレーション)から察するに、ここにいるのはだいたい五十人前後で年齢は十代から二十代といったところ。

 男女の比率はおよそ半々で、健康状態はそこそこ……栄養失調とまではいかないまでもやや栄養不足気味ですが、いまのところはまだ大きな怪我や病気もないようです。ただし、四畳半ほどの狭い部屋に四~五人ずつ分けて隔離されているせいで、誰も彼もどんよりと沈んでいて覇気や生気は感じられません。


「……ふう」


 危惧していたほど悪い扱いは受けてはいないようですけれど、それでも以前(というか三十年後ですが)央都でみた溌剌とした奴隷の子供たちとは雲泥の差です。


 咄嗟になりふり構わず力ずくでも彼らを解放してあげたい衝動に駆られましたが、どうにかぐっと堪えました。


 一歩先を行くルークの飼い猫(ゼクス)が、重い足取りの私を振り返って、「なにをしている? さっさと急がないか」とでも言いたげな顔つきで先を促しています。

 小さくため息をついた私は、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にするのでした。


 やがて案内された場所は、二階にある個室の一番奥まった場所にある一際大きな個室でした。

 おそらくは特定の上客か後ろ暗い取引などに使用されるVIPルームなのでしょうが――。


(うわ~~っ、悪趣味~っ)


 見るからに豪華な部屋です。

 お金がかかっていることでは冒険者ギルドの貴賓室や一流ホテルと同じかそれ以上でしょう。ただし方向性がまるで違います。


 ギルドやホテルの貴賓室が厳選された調度と吟味された素材を組み合わせて、必要以上に目立たず調和を第一に考え、一夜の止まり木として心身ともに寛げる空間を演出するよう心がけているのに対して、この部屋は壁といわず天井といわず、一面に黄金と派手なだけの装飾がこれでもかとコテコテにデコレーションされています。


 さらに部屋の奥のほうには奴隷なのでしょう。奴隷帯(ステイグマ)をした、種族はばらばらですが年齢は十二歳くらいから十七歳くらいまでの、いずれも劣らぬ美少年たちが腰に布を巻きつけただけの格好で六人ばかり、あられもない姿で静かに整列していました。


 成金趣味丸出しの部屋と悪趣味な演出を前にげんなりしていると、奴隷たちの間を割るような形で、これまた目がチカチカするような極彩色の衣装・装飾品を全身に纏った巨大な肉塊――もとい、恰幅のある中年男性が、やたら芝居がかった調子でこちらへ踊るような足取りでやってきました。


「ようこそ、クララ様! まさかこのような場末に巫女姫様が態々足を運ばれるとは、まことにもって慶賀の至りに存じます。この『セルバンテス商会』会頭シプリアノ・セルバンテス、心より歓迎いたしますぞ!」


 私たちの前で立ち止まると、突き出たお腹で億劫そうに身を屈め、たぷたぷの三重顎を震わせて満面の笑みとともに歓迎の意を表すセルバンテス氏。

 それからまるでバネが弾けたかのように、次の瞬間、今度は大仰に身を仰け反らせました。

 

「いやしかし……なんとまあ、噂に違わぬ美しさ! 沈魚落雁(ちんぎょらくがん)閉月羞花(へいげつしゅうか)っ、絶世の美貌とはまさに貴女様のことですな! まさに地上に降りた女神もかくや! いやはや……当商会の『商品』は厳選された粒揃いだと自負しておりましたが、その看板を下ろさねばなりますまい。いや参りました!」


 チンギョラクガンヘイゲツシュウカ……? ゼッセイのビボー……??


 私は即座に振り返って、魅力的な女性ばかりの冒険者グループ『銀嶺の双牙』の方々を見回しました。

 それぞれが個性的でキュートな彼女たちは、まさに百花繚乱。いずれ菖蒲(あやめ)杜若(かきつばた)という感じで、私のような雑草もどきとは比べ物になりません。


「――キョロキョロしないでください、クララ様」

 途端、ため息混じりのカイサさんに窘められ、

「アンタのことだよ、アンタの!」

 なぜか喧嘩腰のダニエラに指摘され、

「くっ……! このわたしが引き立て役に甘んじなければならないなんて……」

 割と大人しめの常識人風だと思っていた法術師のマルギットが歯噛みをし、

「嫉妬は見苦しいなぁ、ねえノーラ?」

「ダニエラもマルギットも普段はモテモテで逆ハーレム気取っているから、正直、いい気味だと思わないかなぁ、ねえナタリー?」

「うんうん。クララ様と並んだら、せいぜい“麗しい巫女姫様とその他大勢”だもんね」

 そんな仲間の様子に双子のナタリーとノーラは人の悪い笑みを浮かべてお互いに頷き合っています。


「「ぐぬぬぬぬ……!!」」


 嫉妬混じりのマルギットとダニエラの視線に、

「え……???」

 まったく心当たりがない私は首を捻りました。


「『え?』ではなくて……。失礼ですが、クララ様。普段、鏡でご自分をご覧になったことがございますか?」

「――? それはまあ、教会の私室には鏡台がありますから……」

「ご感想は?」

「いつもいつも思うのですが、面白みのない顔ですわね」


 これといった突出した個性のない、バランスが良いだけの地味な顔です。


「……その鏡は壊れていると思います」

 しみじみとした嘆息混じりのカイサさんの意味不明な忠告に、困惑したまま私は首を曲げる角度をさらに深くするのでした。


 と――。


「こほんっ。差し出がましいとは思いますが、いつまでも漫才を続けていては相手に失礼では?」


 黙って成り行きを眺めていた一同の中で唯一の男性で(ゼクスも雄ですが)、本来はシモン卿の従僕であるエミール氏が、小声で注意を促してくださいました。

 慌てて威儀を正す私。


「初めまして。『聖ラビエル教会』より伺いました正巫女のクララです。本日は急な訪問にもかかわらず、お時間を戴いたこと感謝いたします」


「いえいえ、本来であればこのようなむさ苦しい場所ではなく、壁の内側――中心市街にささやかながら本宅がございますので、そちらのほうへご招待するのが筋なのでしょうが、なにぶん数日中にこちらで“商品”のオークションが控えておりまして、立場上、小生としてはここを離れるわけにはいかないのですよ」


 申し訳なさそうに首をすくめ――三重顎が四重顎になりました――肉に覆われた細い目をさらに細めるセルバンテス氏。本心から申し訳なさそうなその態度は、奴隷商というバックボーンさえ知らなければ人畜無害そうな好人物にすら見えます。


 そのタイミングを待って、ここまで私たちを先導してくれたダン青年が、セルバンテス氏の背後――一歩は離れた位置について、いかにも慣れた仕草で後ろ手で気をつけの姿勢をとりました。

 どうやらこの彼は用心棒(ボディーガード)も兼務しているようです。


「いいえ、お忙しいところ急なお願いでお手数をおかけする立場ですので、こちらから足を運ぶのは当然のことですわ。どうぞお気になさらずに」


「そう言っていただけると助かります。いや、小生も聖都に住まう敬虔な教徒として、心ばかりですが毎年金貨五万枚以上の寄進をさせていただいているのですが」


 誇らしげに胸を張るセルバンテス氏の「金貨五万枚」発言に、私の背後に控える『銀嶺の双牙』の面々が一斉に息を呑み、目を見張り、軽く口笛を吹いて驚愕をあらわにしました。

 この国の金貨五万枚といえばだいたい十二~十三億円相当でしょう。寄進額が多ければ多いほど偉いし、当人の徳も高いという病んだ風潮のあるこの街のこと。奴隷商という明らかにブラックな職業に就いているのに、下町とはいえ堂々と店舗を構えて教団のお墨付きまでもらえるのも、なるほどと納得できる理由でした(納得は出来ても肯定はできませんが)。


「そうした形ばかりの功徳よりも、こうして巫女姫様のお役に立てることこそ聖女教団の信徒としては望外の喜びにございます。――無論、この素晴らしい出会いに感謝するために、『聖ラビエル教会』にも些少ですが今後は寄進をさせていただく所存でございます」


 些少というお話ですが、年間に金貨で五万枚もポンと気前良く寄付してくれる相手です。金貨千枚くらい貰えれば、おこぼれで私も日々の塩味だけの野菜スープとライ麦パンから解放されるかも……って! いけないいけない。そのお金は人買いの親分が、人を売ったお金です。


 いかにお金自体に罪はないとはいえ、そんなお金を受け取るなど私の良心と倫理観が許しません。断固として拒否しなければ!

 ……それにしても、粗食には慣れているはずの私が根を上げる『聖ラビエル教会』の食生活ってどうなんでしょう? 一番上のテレーザ明巫女様が完全な菜食で、粗食を由としているために、いちおうは立場的にそれに次ぐ私としても右に倣えしていますけれど、もうちょっと何とかならないものでしょうか。


 と、思いつつ私はせいぜい取り澄ました業務用の笑顔(ビジネススマイル)をセルバンテス氏に向けて、氏の申し出を即座にお断りいたしました。


「ありがたいお話ですが、私どもは清貧を旨とした教義に準じておりますので、そうした物質的な充足は心の自由を束縛する枷と考えておりますので、お気持ちだけで結構でございます」


「ふむ……なるほど、確かにあからさまな金銭の遣り取りは他の教会からのやっかみを招いて、ひいては痛くもないハラを探られる可能性もありますな」


 わかっています、という口調で全然わかっていない解釈をするセルバンテス氏。


「ならば金銭という形をとらねば良いわけで……おい、ダンっ!」

「――はっ!」


 振り返りざま呼びかけられたダン青年は、間髪入れずに返事を返しました。


「そういえば紹介がまだでしたな。この男は私の腹心でダンといいます。腕っ節も強いですが、それ以上に有能で冷静沈着でして、仲間内では“スティールボール”、鋼鉄のキンタ……こほんっ、鋼鉄の肝っ玉と呼ばれています」


((((((鋼鉄の……タマ))))))


 シモネタに反応して私たち(私と『銀嶺の双牙』のメンバー五人)は、思わず話題の当人――ダン青年へと生温い視線を注ぎます。なにげに下半身に注目が集まっていますが、


「――――」


 しかしさすがは鋼鉄のナントカ。一応はうら若き乙女たち六人の好奇の視線に晒されても、毛ほどの動揺も見せません。“スティールボール”の看板に偽りなし、と言ったところでしょう。


「例の目玉商品をつれて来い。特注の奴隷帯(ステイグマ)を忘れんようにな」


 指示されたダン青年が一礼をして、私たちの脇を通って再び部屋から出て行きました。


「さて、いつまでも立ち話もなんですな。こちらへどうぞ」


 促されて部屋の中央にある応接セットのソファへ座る私たち。

 それを合図にして、並んでいた奴隷の少年たちがめいめいに私たちの前にお茶やお菓子、果物などをトレイに乗せて運んできました。


 とりあえず代表をして私が口をつけないと、他の人たちも飲んだり食べたりできないでしょう。

 そう思ってカップに手を延ばそうとしたところで、席を立っていたダン青年が意外と早く戻ってきました。


 その背後には、彼より頭半分ほど背が低い少年が付いて歩いています。見た目は十四~十五歳ほどで、黒と見まごう濃い菫色の髪に琥珀色の瞳をした線の細い……部屋の中にいる他の奴隷の少年たちに比べても、一際目立つ美少年です。


 同じく奴隷なのでしょう。若干形が違って仰々しい奴隷帯(ステイグマ)を首に巻いている他は、腰布ひとつの半裸なのは変わりません。

 ――いえ、もうひとつ特徴的なのは、ちょうど胸の中央付近に大人の親指ほどの、どこかで見たような黒光りする輝石が付いていることでした。


 その石の色形に既視感を覚えたのですが、私が正解にたどり着くよりも先に、眉をしかめたカイサさんが、唸るような声で思わず……という口調で呟きました。


「生まれながらに付いた魔石。……ってことは“魔族”?!」


「お見事っ。良くご存知ですな。――左様、遥か大陸の反対側に住むという伝説の魔族の実物がコレです。生きた魔族を見るのは私も数えるほどでして、今度のオークションでは最初に金貨一千枚からの競りになるでしょう目玉です」


 自慢の商品を見せびらかす商人の顔で、テーブルを挟んだ対面のソファに座ったセルバンテス氏が、頬肉を震わせました。


「いかがですか、巫女姫様。よろしければコレを進呈いたしますぞ。なに、貴女様とよしみを結べるとなれば安いものでして、これならば金銭ではないので問題ないでしょう!」


 問題ありすぎてツッコミが追いつきませんわっ!!


 そんな私たちの遣り取りを前にして、自分のことが話題になっているというのに魔族の少年はじっとしたまま、まるで人形のようにその場に佇んでいるだけでした。

 そして、その隣に立つダン青年が、再びなにか含みがあるような暗い目で、じっと私の事を見ていたことに、この時の私には気付く余裕がありませんでした。

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