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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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奴隷商館の主人と手がかりの行方

『近付いてみますと、その小さな家はブロットで壁が出来ていて、それを覆う屋根はレープクーヘン、窓は透き通った砂糖で出来ているのです。

 ヘンゼルは背伸びをして、屋根をちょっとだけ割り取って味見をしてみました。

 グレーテルは窓ガラスにくっついてボリボリかじりました。

 そうすると、家の中から優しい声が聞こえました。

 (中略)

 お婆さんは子供たちの手をとって、自分の家の中に入らせました。

 中に入ると、ミルクだの、お砂糖のかかったケーキだの、林檎だの、胡桃だの、色んな美味しそうなものがテーブルの上に並びました。』


    ――『グリム童話集(15話)「ヘンゼルとグレーテル」』――




 ◆◇◆◇




 ――ジルの体感時間で一年前。央都シレントにある奴隷商館『お菓子の家(ヘクセンハウス)』にて――



 十歳前後の出身も種族もバラバラな子供たちが、瀟洒な白煉瓦造りの館にある中庭で、思い思いにボールを蹴ったり、追いかけっこをしたり、地面に絵を描いたりして遊んでいます。


 渡り廊下から見えるそんなどこにでもありふれた……けれどここで見るとは思えなかった光景に、思わず私とルーク、エミリアさん、プリュイが呆然と立ちすくんでしまいました。

 ラナは気後れした様子で、私のスカートの影に隠れて顔を上げようとしないのですが、そんな私たちを振り返って、シャトンが小鼻をヒクつかせました。


「うにゃうにゃ。揃って阿呆みたいに口を開けて惚けないで欲しいにゃあ。王子サマはそのままでも格好いいけど、他の全員は顔のデッサンが土砂崩れで笑えるにゃあよ」


 ナチュラルボーンで神経逆撫でするシャトンの言動に、むかつきながらも慌てて表情を改める私たち。

 とはいえ、なかなか驚きは冷めやらず、当惑しながら説明を求めて視線でシャトンに問いかけます。


「驚きましたかにゃあ? ここでは子供に読み書き、計算、基本的な知識を教えた上で、十歳からは子供の適正に応じて職業を選択できるように、専門的な技能も習得させるにゃあよ」


「それって、まるで市井の日曜学校と専門学校を足したようなものじゃないですか……! 本当だとしたら中流家庭並みの待遇ってことですし、本当にここは奴隷商の館で、あの子らは奴隷なんですか!?」


 信じられないという顔でシャトンに確認するルーク。


「勿論ですにゃ。その証拠に全員、首に奴隷帯(ステイグマ)をしているのがわかるかにゃあ? もっとも、アレは逃亡防止とか反抗を押さえるためではなく、住民登録されていない子供たちの身分証代わりに付けさせているんですにゃあ」


 言われてみれば、子供たち全員の首にラナが付けているのと同じ奴隷帯(ステイグマ)があります。

 あれを嵌めていると、名目上は『奴隷』ではなくて『自由労働者』ということになりますので、街へ入ることも出来ない流人やスラムの孤児と違って、ある程度身分を保証されて社会の一員と明示する有効な手段と言えるでしょう。


 そう考えると、もしかして、ここの館の主人って案外良い人なのかも……。と思った時期が私にもありました。


「ふん。確か人間(ビーン)の言葉では“豚は太らせて喰え”というそうだが、さしずめここは奴隷の養豚場というところか」


 我に返ったプリュイが、庭の隅で子供用の弓の練習をしているエルフのハーフかクォーターらしい耳の尖った子供たちを眺めながら、憤懣やるかたないという口調でそう吐き捨てました。


「そうね。商品価値を上げて高く売って儲けようってことなんでしょうね」


 エミリアさんも同意して、痛ましげな目で無邪気に遊ぶ子供たちから、小さくなっているラナへ――別に『豚』とか『養豚場』とかいう単語に反応して、無言のまま戦闘モードに移行している私に怯えてではないでしょう――と視線を巡らせます。


「ま、そういう面があるのも確かにゃあよ。きちんと儲けを出している商人だしにゃあ。あと、詳しいことは本人に聞いたほうが早いから、さっさと行くにゃあ」


 廊下の先を指差して、さっさと歩き始めるシャトンに促されて、私たちは後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしました。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 きちんと手入れがされているのか、音もなく開いたマホガニーの扉の向こう側は、落ち着いた造りの応接室となっていました。

 赤い絨毯が敷き詰められた部屋の中央には黒い革張りのソファと樫の木のテーブルを組み合わせた応接セットが据え置かれ、壁際にはワインや東方の精緻な壷などが飾られた飾り棚(キャビネット)と本棚が並んでいます。


「いらっしゃいませ」

 そして扉を開けた途端、ずらりと並んだエプロンドレス姿の女性が、声を揃えて一斉に頭を下げました。


 思わず扉の前でたじろぐ私たち。それはどう見てもきちんと行儀作法を身につけたメイドさんでした。


 メイドさんたちが左右に分かれると、品のいい身なりをした五十代半ばほどの男性が進み出てきました。髪はもともと黒だったのでしょうが、現在は見事なロマンスグレーになっています。中肉中背ですが若い頃はさぞ鍛えていたのでしょう。肩のあたりの筋肉が普通の人より一回り大きいのが目を引きます。


 柔和な表情を浮かべていますが、左目の下から頬にかけて引き攣ったような古傷が残っていて、黙っていても只者ではない凄みを発しています。間違いなくこの人がこの館の主人で、央都シレントで子供専門の奴隷商をしている親玉でしょう。


 とはいえ、正直なところ、その肩書きから想像していた成金(ネイポップ)趣味丸出しの悪趣味な部屋や、退廃的な生活――真っ昼間からお酒を浴びるように飲んで、骨付き肉を齧り、葉巻を吸い、薄暗い部屋でハーレムのように半裸の女性たちを侍らせ悦に耽る絵に描いたような悪党――とはまるで違う。貴族の執務室といっても通じるような趣味の良い部屋や調度、折り目正しい家人の態度などこの館に入ってきてから目にするものといえば、どれもこれも予想とはかけ離れた存在ばかりで困惑しています。


 そんな私たちの前で、三十代後半のいかにも仕事が出来そうな黒いスーツ姿の女性秘書を従えて現れた彼は、一瞬立ち止まりました。

 ふと、視線を感じて見るとその目が私に注がれて、一瞬、その表情が懐かしいような……泣き笑いのような形に崩れかけ、すぐに消え去ると元の表情へ戻りました。


 それから、いささか大仰な仕草で両手を広げて歓迎の意を示します。


「ようこそ『お菓子の家(ヘクセンハウス)』へ。ボスから聞いてお待ち申し上げておりました。私は当館の主で商人のダニエル・オリヴァーと申します。こうして出会えたことを神に感謝いたします」


「ちわーっ! 久しぶりにゃ!」


 気勢をそがれた私たちの中で、ただひとり最初からこの展開を読んでいたシャトンが、親戚の家に上がり込むような気楽さで、ずかずかと部屋の中へ入っていきます。


「これはこれは……お久しぶりです、シャトン様。ボスはご壮健でしょうか?」

「勿論にゃ。いまは実家に里帰りしているとかで、しばらくは帰ってこないけど、もともといるかいないのかわからにゃいから変わらないにゃあ」

「相変わらず神出鬼没ですなぁ」


 からからと肩を振るわせるダニエル氏。ひとしきり笑った後で、その視線が私の手にしがみついて背後に隠れるラナへと向けられました。


「おお、可愛らしい子だ。この子とその姉が訪問の理由でしたね。三年も前のことでしたので少々難渋しましたが、調べたところそれらしい記録が残っておりました。確かに組織の下っ端が関与していたようですな」


「「「「――ッッッッ!!」」」」


 あっさりとそう言われ、なんとなく雰囲気に呑まれて気を緩めかけていた私たちですが、ここが奴隷商館であり、目前にいる人物が年端も行かない子供を商品として取り扱う奴隷商なのを思い出し、表情を改めます。


「……そう身構えないでいただきたい。その子の場合は小銭欲しさに下部組織の人間が独断で裏取引をしていたものでして、直接の関与はしていませんでしたが……ま、管理責任は私どもにありますので、そのことに憤りを感じるのは当然ですが、本来であれば取引の相手は吟味しているつもりです」

 ダニエル氏の視線が大きな硝子窓の外、子供たちの歓声が聞こえる方へと向けられました。

「実際、ここにいる子供たちは親に売られ、貧困で捨てられ、虐げられて逃げてきた者が大半です。こういう言い方はおこがましいですが、私どもが保護しなければそのまま路傍で朽ち果てるか犯罪者になっていたか、あるいはもっと悲惨な目にあていたでしょう。無論、私どもは慈善事業をしているわけではありませんが、少なからず子供たちの未来に貢献している自負はあります。――正直申し上げれば、どうかしているのはこの世界の方だと思いますね」


 淡々とそう言葉を紡ぎながら目の下の傷を撫で、肩をすくめるダニエル氏の独白に、私たちは次に言うべき言葉を持ちませんでした。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 ――ジルの体感時間で現在。三十年前の聖都テラメエリタの貧民街にて――



 門番の半人半馬(ケンタウロス)にギルド長からの紹介状を渡して待つこと一時間あまり。

 沸点が液体窒素よりも低いコッペリアがこの場にいたのなら、

「クララ様を待たせるとは何事! あと四十秒で支度できなかったら、この掘っ立て小屋を破壊して、この都を炎に沈めてやりますっ!」

 と爆発して、実際に実力行使に出たかも知れません。


(連れてこなくてよかった……)

 

 今回は別方面から調査をするために、セラヴィともども別行動を(嫌々)していることに安堵を覚えながら、さすがに待ちくたびれた頃、いかにもチンピラという身支度をした黒髪で二十代半ばの青年が屋敷のほうからやってきました。


 見た感じごく平凡な容姿ですが、目の鋭さと服の上からもわかるそれなりに鍛えられた体が、暴力を生業としている人物だとその素性を如実に物語っています。


「どうだダン、旦那の返事は?」


 私たちの前に立ち塞がっていた半人半馬(ケンタウロス)のひとりが尋ねると、『ダン』と呼ばれた青年は私たち――私とエミール氏と『銀嶺の双牙』の面々(+羽猫のゼクス)――をぐるりと見回し、面倒臭そうに頬の辺りを掻きながら答えました。


「オッケーだ。巫女様を蔑ろにするわけにはいかんとさ。丁重にお迎えしろとの仰せだ」


 その返事に半人半馬(ケンタウロス)の門番ふたりも、どことなくほっとした様子で構えていた武器を下ろしました。

『銀嶺の双牙』の面々も肩の力を抜いて、軽く胸に溜まっていた息を吐き出します。


「それでは巫女様、ご案内しますのでどうぞこちらへ――」


 一応はへりくだった態度で頭を下げた(ダン)ですが、顔を上げた時にふと私を見て何か言いたげな表情を浮かべた気がしました。


「どうかされましたか?」

「――いえ。なんでもありません」

「?」

 

 どことなく奥歯にものが挟まったような雰囲気に首を傾げる私に背を向ける彼。


「それでは行きますか、クララ様」

「みんな、気を抜くんじゃないよ」

「「「「はいっ!」」」」


 そんな疑問は置いておいて、一同は門を抜けて屋敷の玄関へと向かうのでした。

久々の連日更新ですが、次回はまた週末になる予定です。

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