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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
151/337

陋巷の天使とお菓子の家

 ――ジルの体感時間で一年前。留学先の央都シレントにて――



 並んだ露天店先には、雑多な……畑から盗んできたばかりの土のついた野菜。追剥か死人からでも剥ぎ取ったかのような血のついた衣類。壷に入った食用らしい粘生物(スライム)。その他、蝋燭売りに理髪外科医、抜歯屋、肉屋ならぬ臓物商、露天の飲み屋(タヴアーン)などがひしめいて、その間を行き来する人々は『貧者(ザ・プーア)』と呼ばれる浮浪者と区別が付かないような日雇い労働者か、脛に傷のある裏家業の人間と一目でわかる身なりの人種ばかりでした。


 表通りではあまり見かけない亜人や獣人、流民なども結構な割合で見受けられるのも特徴的です。


「この先にある商館で扱っている“商品”は、主に十三歳までの子供ですにゃあ。普通は奴隷は技術があるとか、働き盛りの男のほうが高く売れるので珍しいですにゃあ。少なくとも央都ではここだけなので、ここでなければ非合法な組織の関与が考えられるにゃあよ」


 生き馬の目を抜く……という表現がぴったりな、スラムよりも更に危険度が高い『泥棒市場』。

 慣れた足取りで先導する白猫の獣人シャトンのにゃあにゃあ五月蝿い説明を、揃って眉の間に皺を寄せて聞いていた私たちですが、人身売買を指してあっさりと『商品』と言い切るその言葉はさすがに看過できませんでした。


「非合法も何も、そもそも奴隷制度は大陸全土で禁止されているのですから、これから向かうその商館も白か黒かで言えば真っ黒なのではないのかしら?」


「まあ、白か黒かで言われれば、限りなく黒に近いグレーというか、もしかすると白かも知れないな~よーく見てみようというレベルというか、その日の気分によって黒と白を行ったり来たりしているというか、ほぼ黒に居座っているけど尻尾の先だけは白っぽいような、微妙な位置関係ですにゃあ」


 それはほとんど百%黒だと言っているのでは?


「尻尾が生えてるんですか、その奴隷商は?」


 隣のルークが変なところに食いついて、目前を歩くシャトンのショートパンツから覗く白い尻尾のひょこひょこ動く先端を凝視しながら首を傾げました。 


「子供を集めて奴隷として売り捌いているんですから、大方その尻尾の先はスペード型で尖っているのに違いありませんよ」


 交渉ごとになった際に助言をしていただくよう――私とルークでは裏社会の事情が一切不明ですので――一緒についてきてくださった元掏摸(スリ)で現在は『ルタンドゥテ』三号店のメイドであるエミリアさんが、険しい目つきで周囲を警戒しながらそう吐き捨てるように口に出しました。

 孤児院育ちの彼女にしてみれば、子供の人身売買をする奴隷商など唾棄すべき人種なのでしょう。


「奴隷商か、下手をすれば私もそうしたところに売られていた可能性があるな」

 エルフの友人であるプリュイが、以前に私と会った時の事を思い出してか、憎々しげな口調で吐き捨てました。


「………」

 仲間たちの刺々しい雰囲気と、周囲の余所者を警戒する視線におびえて、私の隣を歩くワンピースを着た小柄な狐の獣人の少女ラナ――さすがに目立つので今日はメイド服ではなく私服です――が、私の腕をかき抱くようにしがみついてきました。


「……大丈夫よ、ラナ。それよりもこのあたりって記憶に残っていないかしら? お姉さんと一緒に連れてこられた時に通ったかと思うんだけど」


 私の問い掛けに恐る恐る周りを見回したラナですが、自信無げな顔で小さく首を横に振ります。


「まあ、年端も行かない子供が見知らぬ街に連れて来られた状況で冷静に周囲の状況を把握するとか難しいと思うですにゃあ。とはいってもこれから向かう先――通称『お菓子の家(ヘクセンハウス)』は、世間的な倫理から言ったらアウトですけど、筋を通して誠意を見せれば応えてくれる割と真っ当な商人ですにゃあよ」


「誠意?」

 裏家業の人間相手の誠意ってどのようなことでしょうか? と首を傾げる私に向かって、エミリアさんがすかさず助言してくれました。


「この場合の“誠意”というのはお金のことです」


「「あー……」」

 所謂、『金をよこせ』という場合の婉曲な表現ですわね。


 納得した私とルークをちらり振り返って、シャトンは「正解ですにゃ。話が早くて助かりますにゃあ」と肯定しました。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 その室内は下品にならないぎりぎりの華美さと、無骨にならないすれすれの重厚さで満ち溢れていた。


 北部地帯に冠たる霊峰として名を馳せるオッタヴィア山脈。その天空迷宮内部にしかない香木の樹齢五百年を越える巨木から削りだされた一枚板のテーブルが部屋の中央部に安置され、足元には熟練の織り手が数年かけて織るという南部諸国の絨毯が敷かれ、動く宝飾品とも謳われるグラウィオール帝国製の重錘式柱時計(ホールクロック)が時を刻み、それにあわせて鳥籠に入れられた珍しい鳥がさえずり、部屋のところどこに配置された鉢植えが満開の花を咲かせている。これらは、いずれも遠く諸島連合から取り寄せた希少な動植物である。


 さらに壁際に配置された彫像や風景画は、いずれもデア=アミティア連合王国の著名な芸術家の手になる逸品であり、また同じ調度品でもそれらと一線を画す、幾何学模様を描く流体状の金属や虹色の輝きを放つ継ぎ目に鋲ひとつない銀色の鎧などは、現代の錬金術・魔法技術では解明できない謎の古代遺物(オーパーツ)級であろう。


 そのあたりに無造作に転がっている象牙の灰皿ひとつとっても、上流階級市民の年収の数年分。置いてある家具・調度品によっては、身代を棒に振っても届かないほど贅を凝らしたものばかりであった。


 とはいえこの部屋を訪れる者の財力や社会的地位を考えれば、この程度は当然……とまでは言わないまでも、さしてもの珍しい部類には入らないのもまた確かである。

 生まれながらに奢靡(しゃび)を極めた彼らにとっては、せいぜい上の下か、中の上程度の感慨しか抱かせない日常風景の一コマにしか過ぎない。


 イライザ風に言うなら、貧者の金ではなく、銀のスプーンを咥えて生まれてきて、錦衣玉食(きんいぎょくしょく)で育ち、まがい物のない金銀財宝に囲まれた正真正銘の“持てるもの”だけが、この場所に足を踏み入れることができるのだ。


 とはいえ贅を凝らしたつくりの部屋はどこも似たようなものになるようで、天鵞絨(ビロード)のような手触りの幻獣である大雪豹の毛皮で作られた椅子に、ゆったりと座っているオーランシュ王国の第一王位継承者コルラード・シモン・オーランシュの感想もまた、

「ホテルの貴賓室というのは、どこもたいして代わり映えしないものだなぁ」

 という無味乾燥なものだった。


 元は高位貴族の屋敷だったという館を、そっくりそのままホテルに改装した聖都テラメエリタでも最高ランクのホテルであるが、より洗練された帝国風の文化を礎にして、営々と四百年にもわたって歴史と伝統を積み上げてきたオーランシュ王家の第一王位継承者に対しては、明らかに見劣りするといわざるを得ないだろう。


 かつて目にして感嘆の念を抱いた景観――グラウィオール帝国の帝都コンワルリスにある『鈴蘭離宮』、デア=アミティア連合王国の主要国であるサフィラス王家の湖上都市ロクスソルス、幼い日に一度だけ見たカーディナルローゼ超帝国の空中庭園……。

 それらに比べれば掘っ立て小屋もいいところである。


 まだしも、この地で新鮮さを感じた場所といえば、教団の総本山たる《聖天使城(サンタンジェロ)》でもなければ、大聖堂でもなく、猥雑な下町の光景とそこにあったドワーフが腕を振るう、珍味を供する食事処のほうがよほど刺激的で目新しいと思えたものである。


(……おまけに思いがけない出会いもあった)


 その面影を思うだけで自分でも説明できない、痒いような……浮き立つような感情のままに、コルラード・シモン・オーランシュは窓の外へと視線を投げて、思わず愚痴をこぼした。

 

「やれやれ、今頃はエミールの奴はクララ殿と一緒に下町での調査か。できれば私も同伴したかったもだが……」


「「とんでもございません、ご自愛くださいませっ!!」」


 同時に傍らに控えていた侍従と近衛騎士が、慇懃ながら叩き付けるような口調で言下に切って捨てる。


「報告によれば、昨晩はなにやら事件に巻き込まれていたとか。殿下、多少の道楽であれば目をつぶる所存でございますが、次代の王としての鼎の軽重が問われるような……それにも増して、口に出すのも畏れ多いことながら、義兄(エルネスト)様に付け入られるような軽挙は厳にお慎みください」


 ちなみに義兄(エルネスト)は九歳年上の庶子であり、母親は単なる城勤めの侍女であったことから、名目上は兄ではなく家臣のひとりとして扱われているが、年長であることとオーランシュ王家を至上と看做す原理主義的思想に染まっていることから、一部で「混乱の多い北部では、文官であるコルラード様より、武官であるエルネストこそ王に相応しいのでは」と、いまだ根強い賛同者がいるのも確かであった。


 今回、コルラードがユニス法国を訪問した狙いも、この数年後、鳴り物入りで同盟を結んで形作られる予定の『北部連合国家(仮称リビティウム国)』において、オーランシュがどれほど影響力を行使できるのか――実際のところは、北部三大国家であるシレント、ユニス、オーランシュで、すでに青写真は出来上がってはいるのだが――ここに『リビティウム』と書かれたピザかパイがあったとして、どれだけ自分の分を切り分けられるのか、その手腕をもって次代の王として国内外での立場を磐石なものにするための出来レース(プロレス)への参加にある。


 口やかましい家臣の進言に、「わかっている。だから今日は私の代わりにエミールを行かせて、後から経過を聞くだけで済ませているだろう」と、肩をすくめてそう答えるコルラード。

 普段通りの飄々とした態度は変わらないものの、口調にはどこかウンザリした響きが混じっていた。


 その視線が瀟洒な鳥籠に入れられた南国の鳥に向けられ、自嘲するように口の端を歪め……その後、この空の下でいまも自由に羽ばたいているであろう儚くも清廉な少女を思って、憧憬とも愉悦ともとれる形へと笑みが形作られたのだった。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 ――ジルの体感時間で現在。三十年前の聖都テラメエリタにて――



「奴隷商館がある場所というのは、どこもたいして代わり映えしないものですわね」


 ゴミゴミとした掃き溜めの路地を縫うようにつながる獣道のような通路と、人一人がどうにか通れる幅を残して両端に軒を連ねる雑多な露天――地面の上に直接置かれた商品は、大半がゴミ捨て場から拾ってきたような欠けた食器や破れた衣類、折れた足を適当に補強してある椅子、怪しげな紫色の生肉に真っ黒な“貧者のパン(ホースブレッド)”(その名の通り、本来は馬に長距離や重労働をさせたあとに食べさせる、ふすまとライ麦を混ぜ合わせたパンで、一番安い人間用の黒パンの三分の一の値段しかしない上に、腹持ちがいいことから貧しい人々が口にすることがあるそうです)などでした。


「前にも来たことがあるのですか、クララ様?」


 私の前後左右を挟む形で、しっかりと物乞いや物取りからガードしてくれている女性冒険者グループ『銀嶺の双牙』。そのリーダーで、私から見て右手側を歩いているカイサさんが、周囲に目を光らせながら怪訝そうにそう尋ねてきます。


「ここではありませんが、友人……というか、知人の伝手をたどって人探しをするために、足を運んだことがあるのですけれど、やはりそこも同じような陋巷(ろうこう)にあって、猥雑で怪しげな露天で溢れ返っていました」

「へえー、昨夜の立ち回りを見ても思ったけど、箱入りじゃなくてそれなりの場数は踏んでるってわけなんだ」

「ぐっ……!」


 先頭を歩いていたダニエラが、昨夜の失態を思い出してか一瞬歩みを止めました。


「そうですわね。実際、あそこで気持ち悪いウネウネ動く人形とか、当たりがなさそうなインチキ籤を売っている商人とか――」


「いらはいいらはいっ。超帝国の超技術で作られた魔導人形(マジック・パペット)はいかがですかー! こっちは迷宮のお宝が当たる豪華景品ばかりの籤。ハズレなしで最低でも、今回暖簾分けしたばかりの豚骨ラーメン屋『チャージ軒』の替え玉無料券と交換で、一枚たったの銅貨五枚! これはお買い得ですわ」


「見れば見るほど私の……というか、師匠(レジーナ)の知り合いのインチキ商人にそっくりです。――ま、どこにでもある平凡な顔ですので単なる他人の空似でしょう」


 そもそも時代が違うので本人のはずがありません。

 まあ、どんな時代。場所にでもああいった胡散臭い商人はいるのでしょう。


 そう結論付けてさっさと行き過ぎた私の背後から、大きなクシャミと「おやァ? またどこかで自分のことを美少女が噂してるようですなァ、つくづく罪な男ですわ」という寝言が聞こえたような気がしました。


 そんな私の足元を行き来する翼の生えた白猫――同じくこの時代に飛ばされてきたルークの飼い猫(?)であるゼクス――が、『つまんないことに気を取られてないで、さっさと先に行かないか』と言わんばかりの態度で、私を振り返って一声鳴きました。


 よく『借りてきた猫』と言いますけれど、この子は徹頭徹尾マイペースを崩しません。

 今朝もいつの間にか、どこからか私のところへやってきて最初から騒ぎを見ていたかのような泰然たる顔で、堂々と同行していますし。


「――おや? あれではないですか、クララ様。(くだん)の奴隷商の屋敷というのは?」


 なぜか今回同行しているシモン卿の侍従エミール氏が、周囲の建物から頭二つくらい抜きん出ている建物を指差しました。


「そのようですわね。あそこでマリアルウの手がかりが掴めればいいのですけれど」

「ふむ……確か三年前に現在の養父があそこから引き取ったという話でしたね」

「ええ、それ以前の過去は不明ですし……教団の上のほうでは当然把握しているのでしょうけれど、いまだ沈黙を保っていますし、現在の状況を理解しているとも思えませんから、そちらは当てにしないでこちらはこちらで足で情報を集めるしかないでしょうね」

「なるほどなるほど」


 頷きながら懐から取り出したノートとペンで、なにやら書き込み始めるエミール氏。


「なにをされていらっしゃるのでしょう?」

「仕事ですので、お気になさらず」


 この方もこの方でいろいろと謎ですわね。


 首を捻りながら私は、冒険者ギルドの長だというホビットの男性が書いてくれた紹介状を手に、人相の悪い半人半馬(ケンタウロス)の門番がふたり、槍と弓を構える屋敷の入り口へと足を向けました。

※陋巷=狭くむさくるしい町。


シャトンの萌え語尾は今後の書籍化を見据えた仕様変更です(`・ω・´)シャキーン

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