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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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朝霧の夜明けと騒乱の後始末

まちがって一度、あんぷらぐどの方へ投稿してしまいました(´・ω・`)

 もうすぐ春だとはいえまだまだ朝晩はめっきり寒いこの季節――ですが、自分の得意技を考慮してでしょう。上は半袖の短衣に革製の胸当てを着て、下はショートパンツという動きやすい格好をしたダニエラ。


 それに対して私のほうは、飾りの多い巫女服に膝上のスカートという若干問題のある服装です。


(というか、蹴りに蹴りでカウンターとか合わせたら下着がみえちゃうわよね)


 普通、一般の巫女は膝下から足首までのスカートを着用しているのが常なのですが、なぜか私に支給される服は毎回毎回微妙に露出度が高いのが謎です。

 そもそも神聖にして侵さざるべき巫女が、常時生足をさらしているのはさすがに不謹慎ではないでしょうか? そこのところの疑問を一度、テレーザ明巫女様にお尋ねしたのですが――。


 テレーザ明巫女様は深い深いため息の後に、

「私としましても内心忸怩たる思いはありますが……。実際問題、貴女がその服装で教会に詰めていると、参拝者の数や寄進の額が倍は違うのですよ」

 お茶の代わりに白湯を飲んで、欠けた執務室の硝子に襤褸切れを詰めながらそう言われてしまえば、私から反論することはこれ以上はありませんでした。


 それにしてもいまさらですが、はたして私は教団に聖職者として迎えられたのでしょうか? それとも、体のいいコンパニオンとして売り飛ばされてきたのでしょうか? 疑問は増すばかりです。

 

 そんなやるせない感慨に浸る私の内心を(当然ながら)斟酌することなく、一瞬の間に、はっ、と掛け声とともに床を蹴ったダニエラの蹴りが飛んできました。

 これを魔法杖(スタッフ)で捌いて、内懐に入ろうとしますが、それよりも早くダニエラは体を回転させるようにして、変化をつけた左右の蹴りを連続で繰り出してきます。


「――気功で強化しているみたいね。なかなかの強度だと認めるわ。あと、これ以上は魔法杖(スタッフ)が持ちそうにないわね」


 本来は叩いたり殴ったりを想定していない魔法杖(スタッフ)です。邪魔にならないように後方に放り投げ、私は自由になった両手を軽く握って自然体に構えました。


「それでは、ここからは(けん)と魔法で相手をいたしますわ」


 私の構えを見てなにか通じるものがあったのでしょう。ダニエラの目つきが鋭くなり、無言のまま警戒を強めて少しだけ距離を置きます。


「どうしました? さきほどまでの果断な攻撃が嘘のようですわね」


 私の軽い挑発を受けて、

「はぁぁぁぁっ!」

 ダニエラの回し蹴りが私の首を狙って襲い掛かりました。


 それを躱さずに右手で受けて軽くいなします。


「――チッ!」


 舌打ちしたダニエラが即座にその反動を利用して勢いよく後ろ蹴りにつなげ、咄嗟にこれを交差させた両手で受けた――刹那、ダニエラの右足と私の両手のぶつかり合ったところから、丸太と丸太が衝突したような音と衝撃波がほとばしります。


「なっ――!?」


 その音と手応えに驚愕するダニエラに向かって、私はなるべく不敵な笑顔を作って見せました。


「気功で私を吹き飛ばすつもりだったようだけれど、お生憎様、この程度の気なら私だって使えるのよ。それと貴女の気功はまだまだ未熟ね。獣王(ゾーオンレークス)なら、十メルト以上離れた距離から二十メルトはある魔物の頭を気功術で粉々に吹き飛ばせるわよ」


 さすがに大陸でも五本の指に入る最強拳士と比較するのは酷ですが、操られながらもその言葉に矜持を傷つけられたダニエラが、憤怒の表情とともにこれまでにない密度で全身に“気”を行き渡らせます。


 噴火する間際の火山のようにエネルギーを限界まで蓄えたダニエラが、その力とバネを解放しようとした瞬間――


「あ、後ろ危ないですわ」


 私の警告の言葉を鼻で笑って、ダニエラはだんっ、と床を蹴って空中へと跳びあがり、


 ガゴンンンンンンンンッッ!!


 という、途方もない痛みが想像される音とともに、潰れたカエルのように白目を剥いてその場に崩れ落ちたのでした。


「よっしゃーっ! 殺りました、クララ様!! 指示通り後方待機していた甲斐がありました。さすがはご慧眼おそれいります!」


 その背後では大斧の側面を振り下ろした姿勢で、コッペリアが喝采をあげています。


「ちょっと意味合いが違うんだけれど」

 形の上では助けられたことになるので文句も言えません。

 それから、私は頭の上に大きなタンコブを乗せてノビているダニエラに視線を戻して、吐息と一緒に呟きました。

「だから危ないって言ったのに……」


 普通なら死んでいるところですが、気功で守られていたので死んではいないでしょう……多分。


 ため息をつきながら、私は治癒(ヒール)をするためにその場に膝を突きました。

 これで目が覚めたら正気に戻っていてくれればいいのですけれど。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 聖都テラメエリタに夜明けの鐘が鳴り響き、立ち込める朝靄の中、市場に繰り出す荷馬車の音や朝一番で声を張り上げる新聞の売り子などで、少しずつ街に活気が戻ってきました。


「――今朝の朝刊は大ニュースだ! なんとあのクララ様が大蛞蝓をぺろりとたいらげたっ」

「一部くれぃ!!」

「おっ、肖像画付きか! なら観賞用と展示用と保存用と布教用とで四部買うぞ!」

「財布ごとくれてやる! ありったけ寄越せーっ!!」


 ……なにか、空耳が聞こえたような気がしますけど、徹夜明けで気持ちがハイになっているせいでしょう。そうに違いありませんわ。うん。疲れているのね、私は。


 まんじりともせずに一夜を明かしたせいで痛む頭を押さえながら、私は室内を見回しました。

 思いがけない襲撃……というか、トロイの木馬のように、昨夜は自ら犯人を懐へ招き入れてしまった冒険者ギルド本部には、いまだ重苦しい雰囲気が立ち込め、混乱が終結した今でも、誰もが言葉少なに椅子にもたれかかったり、珍しく気を利かせたコッペリアがワゴンに乗せて配るお茶を飲んでは、ため息をついたりしています。


 幸い、魔眼の効果はさほど強いものではなく、頭に強い衝撃を与えることで解くことができましたが、それでも一時的な混乱の余波は甚大で、人死こそありませんでしたけれど、その爪痕は多くの人々の心に傷を残しました。


 雰囲気が暗くなるのもやむを得ないでしょう。


「――ある女(たら)しに、もてない男が尋ねました。

『どうすればあなたみたいに女性にもてるんでしょうね。コツを教えてくださいよ』。

 女(たら)しは答えます。

『女性に対して正直であること、利口であることですね』。

『正直であるとはどういうことでしょうか?』

 と、重ねてもてない男が尋ねると、

『約束したことを必ず守ることです』

 そう言われてもてない男はなるほどと納得しました。

『あと、利口であること、とはどういうことでしょうか?』

 再三の問い掛けに女(たら)しはにやりと笑って答えました。

『はっきりと約束しないことですよ』……HAHAHAHAHA!」


「はいそこっ。行き過ぎたサービス精神発揮して、笑える小噺とかしなくてもいいですわ。ただでさえ微妙な雰囲気なのに、なおさら気詰まりになるだけですから!」


 ひときわ重苦しい痛恨の念と哀愁を背負っている一団――神官戦士と『銀嶺の双牙』のメンバー――の前で、ハイテンションに笑いをとろうとするコッペリアの襟首を掴んで、ティーワゴンごと無理やり引き摺って離しました。


「……クララ様、これはあまりにもご無体ではないでしょうか? ワタシはただ皆さんの緊張を和らげようとしただけですが」

「小噺でどうにかなるわけないでしょう! 結果的に賊を取り逃がして、イライザさんも消息不明なのですから。責任を感じて落ち込んでいる警護の皆さんに掛ける言葉なんてないわ」

「そうですかァ? 終わったことを気にしてもしかたがないのではないでしょうか? 前向きに考えましょう」


 部屋の隅――一階の受付ロビーだと、そろそろ業務の準備が始まりますし、昨晩、ここで異常があったと訪れる冒険者に悟られるわけにはいかないので、現在、関係者一同は三階にある大会議室に集められています――まで移動したところで、コッペリアを解放した私は、ワゴンから自分の分の紅茶を淹れて、口を湿らせてから、嘆息交じりに答えます。


「それは道理だけれど、人間の機微としてそんな風に割り切れないものよ。まして、一階で取り逃がしたはっちゃん……じゃなくて、マリアルウが私に化けて貴賓室に入り込んだ結果、イライザさんが拐われ、更に警備の間隙を突いて逃亡を許したのですから、自責の念もひとしおでしょう」


 まさか行きがけの駄賃に、あの後、イライザさんが狙われるとは思いもしませんでした。

 現在、教団と衛士とで非常線を張っていますが、はかばかしい報告は上げっていません。


「……せめて前向きに考えるなら、その場で危害を加えられずに拐われたということは、すぐに生命の危機ということではない、と信じたいところですわね」


「そーですよ。前向きに考えましょう! 余計な奴が勝手にコケたお陰で、クララ様は誰はばかることなく教団一の巫女となったわけですから。スキップして喜ぶべきですっ!」


「そういう不穏かつ不謹慎な発言を大声で話さないでください! それに、私はそもそも教団とか巫女の立場とかは便宜的なものとしか思っていませんから、イライザさんのようにやる気のある方が率先して務めるべきだと、常々思っているのですから」


 そもそも私が『クララ』と呼ばれて、ここで正巫女やっているのは、根本的に間違っていますから。


 思い起こせば八月ほど前――

 どうにか傷も癒えた私たちは、なんとか元の時代に帰る手がかりを求め様々な試行錯誤をしたり、こっそりとヴィクター博士の錬金術工房へ忍び込んだりした(勝手知ったるコッペリアに、直通の非常口を兼ねた転移魔法陣(シフトポーター)を教えてもらってのですけれど、いちおう私がいないと勝手に稼動しないように調整しておきました)結果、空間魔術ではなくもう一段上の時間魔術が必要という結論に達したのでした。


「そんなもの神話レベルの魔術じゃない!? できるわけないわよ!!」

 その結果に、思わず頭を抱える私に対して、

ジル(お前)ならあっさりできそうだけどなぁ」

 理不尽な期待を寄せるセラヴィと、

「クララ様なら余裕ですよ。三十年くらい修行をすれば!」

 あっけらかんと言い放つコッペリア。


「意味ありませんわよね、それ!?」

 三十年後に戻るために三十年修行するとか、青の洞門よりも理不尽で過酷な試練ですわ!


「そーすると別なアプローチが必要になりますね。そーいえば、昔、ヴィクター様が偶発的に時間の精霊を召喚したことがあったんですけど、あの時の精霊を上手く使えば現代へ戻れるかも知れません」

 とのコッペリアの言に従って、藁にもすがる思いで(くだん)の時間の精霊が召喚後、放置されたという聖女教団の本拠地へ、なぜか状況に流されるまま巫女へと祀り上げられて辿り着いたわけですが、いまだに有力な手がかりは得られていません。


 ちなみに時間の精霊は、本来、異空間の隙間に生息しているそうで、これを召喚できた魔術師や魔女は、歴史上でも数えるほどだとか。

「なぜそんな激レアなものを放置ですの!? 言いたくはありませんけれど、毎回毎回いい加減な管理のせいで周りが多大な迷惑を被っているという自覚をもってくださいまし!」


 半分八つ当たりだとは自覚していますが、当時、思わずそうコッペリアを叱責してしまいました。

 それに対するコッペリアの反論は、いまひとつ要領を得ないもので、

「いや~、あれは確かにレアですけど、持っていれば自慢できる類いの精霊で、実用性は皆無なんですよねェ」

「???」


 その問題が片付いていないところへ、またしても頭の痛い問題が絡んでくるのですからやり切れません。


「そういえば、いまさらだけれど、マリアルウは私そっくりに……貴賓室の中にいた皆さんやイライザさんも騙されたほどの精度で化けていたのよね」

「みたいですね。ま、ワタシなら一発で判別できますけど」


 胸を張るコッペリア。確かに一目でマリアルウの正体を見破ったことといい、無駄に高性能なのですけど、その性能が有効に活用されたためしがないのは、ハードではなくてソフトのほうに問題があるのではないでしょうか?


「ローレンス修道司祭曰く、『幻術の類いではなかった』そうですから、実際に顔かたちを変えていたということ。つまり彼女には『能力簒奪者(タレント・イーター)』の他に、『変身』の固有能力を持っているということなのかしら?」


 普通、固有能力はひとりにひとつというのがセオリーですけれど、教団の秘密結社が練成したという『人造聖女』である彼女は、そうした縛りには含まれないのかも知れまわね、と思ったのですが。


「いえ、多分ですけどどちらも同じひとつの能力から派生したものだと思います」


 あっさりとコッペリアに否定されました。

 ですが、同じ能力といっても『能力簒奪者(タレント・イーター)』と『変身』では、まったくどちらも方向性が違うように感じられます。


「そんな能力ってあるのかしら……?」


「ありますよ。つーか、もともと人造聖女は全部に同じ能力が付加されているわけですけど。――ずばり、“転生”の能力です」


 思いがけない……そして身に覚えのある単語に、私は首を捻りました。

※5/25 本文に修正追加を行いました。

※5/29 誤字修正


「クララ様、そーいえば本文中ではルビをふってませんけど「転生」のことを「てんせい」って呼ぶのはどーかと思いますよ、正確には「てんしょう」です」

「……そうかしら、普通は「てんせい」でないかしら?」

「もともとの専門用語では「輪廻転生(りんねてんしょう)」ですから「てんしょう」です」

ドヤ顔。

「えええ? えーと、グー○ル先生によれば・・・読みはどちらでもいいみたいよ?」

「ふっ、そういう大多数がそうだからOKという横断歩道皆で渡ればの姿勢はどーかと思います。つーか、山田○太郎先生が聞いたら鼻で笑われますよ!」


さらにこの後、危険なネタもありましたけれど、あとが怖いので割愛します。

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