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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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羊の逃走と巫女の受難

ここのところ短くて申し訳ありません。

 私は自分がことさら優れていると思ったことはありません。

 それどころか自分で言うのもなんですが、私ほど不器用で不完全な存在はいないのではないかと思っています。

 そもそも“私”として立脚すべき土台がひどく脆くて不安定なのですから。

 かつての私、ブタクサ姫と呼ばれた『シルティアーナ』としての記憶はおぼろにありますが、それに付随する感情はほぼありません。

 代わりにここでないどこか異界の記憶と感情を持ってしまいましたが、それもいつしか『ジル』という名前と実体験によって上書きされていったように思えます。

 それは本来あるべき形――シルティアーナの歩みべき道を奪った結果です。

 私はシルティアーナの境遇や見た目を評して『不幸』と決めつけ、『こうであらねばならない』という言葉を免罪符にして、彼女の喜びや幸せ……苦しみや悲しみを蔑ろにして好き勝手に生きてきました。

 結果、いまの“私”という存在がありますが、いまになって私は思うのです。たとえそれが苦しみや悲しみ、嘆きと憤怒であっても、それは本来シルティアーナの人生であり、どんな理由をつけても奪ってははいけなかったのではないのか。

 良かれと思ったそれは私の思い上がりであり、それまでのシルティアーナ(わたくし)に対する侮辱ではないのかと。

 ならば、私は罪人であり愚かな道化なのでしょう……。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「とっくにクララ様は人間辞めてますからねー! むしろ人間以上っ! 自然交配でどんどん劣化していった〈初源的人間(ドリーカドモン)〉や、無理にスペックばかり追求してバランスを崩した人造聖女とはわけが違います。ま、所詮は人間の浅知恵など大自然の神秘の前には無力だということです!」

 一点の曇りのない賞賛の目――澄み切った瞳孔が開ききってちょっと怖いです――で、私を見据えたまま傲然と胸を張るコッペリア。


「――くっ。天然自然の怪物だなんて、そんな馬鹿なことを信じられるわけが……」

 嫉妬と絶望、猜疑と殺意がよい塩梅に混じって濁りまくった目で、私を睨み付けるはっちゃん(仮名)。


 電流火花が体を走る人造人間(オートマトン)と、暗い音の無い世界で、ひとつの細胞が分かれて生まれ育ったホムンクルス。


 そうした自分たちの存在を棚に上げて、ふたりとも人を人外認定したまま話を続けます。


「いやいやいやいや、ちょっとお待ちなさい。その理屈はおかしいですわッ!」


 当人を差し置いてゴキゲンな勢いで坂道を転がっていく与太話に、慌てて私はふたりのあいだに割って入りました。


 というか……私もこれまでブタクサ姫だの、実母(クララ)の爪の垢だの、リビティウム皇国の恥部だのと、散々言いたい放題言われてきましたけれど、面と向かって化物(バケモノ)と言われたのはこれが初めてです。

 それも一年近く苦楽をともにして――あら? 思い返せば苦悩と鬱陶しさだけで、楽しいという思い出がないような……?――きた身内から出てきたのですから、怒りを通り越して一気に三段階くらい進んで(いえ、堕ちて)暗黒面に囚われそうです。


 つくづく敵に回すと厄介ですが、味方にしても役に立たない……どころか、背後からピンポイントで流れ弾を当ててくる駄メイドですわ。

 味方にしたメリットがゼロなら諦めもつきますが、マイナスというのはいかがなものでしょう?!


 外野の皆さんも似たよう感想を抱いているのでしょう、その場に微妙な……言葉にしにくいですが、いろいろと歯車が噛み合っていない演劇を見ているような、モニョった沈黙が落ちます。


「……常々言っていますけれど、別に私は特別な存在でもなんでもないわ。人と違う点があるのなら、せいぜい治癒術が使えて、他に幾つかの種類の魔術を使えたり、あとは武術や精霊術を齧った程度で、これといって目立つところもとり得もない、ごくごく平凡などこにでもいる十四歳ですわ」


『それは平凡とはいわないっ!!』


 途端、成り行きを見守っていた全員から一斉にダメだしされました。


「――え? では平凡以下?」


 思わずそう周囲に確認すると、全員が示し合わせていたように親指を下に向けブーイングします。


「どんだけ完璧超人のクロス・ボンバーを目指してるんですか、クララ様!?」

 戦慄するコッペリアと、

「普通の人間は、弱体化していたとしても独力(タイマン)で〈不死者の王(ノーライフキング)〉に勝てたりしない」

 嘆息混じりのセラヴィから、なにか私が人外なのを暗に認めるような釈然としない感想が放たれます。


 その不穏な会話の中身に、

「〈不死者の王(ノーライフキング)〉……まさか!?」

「いや、だがクララ様ならあるいは……」

「魔神くらい斃せそうだよなー」

「そういえばクララ様の出身地であるクラルスには封印された魔神の伝説があってだな」

「じゃあ、封印したのはクララ様か!?」

「ぱねぇ! さすがはクララ様だ!」

 と、勝手な憶測が周囲に広がります。


 もしかしてこの流言飛語が将来的に、『クララが魔神を封印した』という巫女姫伝説のひとつとして定着した遠因なのでは……? いや、まさか、ねえ……??

 と、内心ダラダラと冷や汗を流してテンパっていると、私の代わりにセラヴィが前に出てはっちゃんに警戒の目を向けました。


「……要するに、君は教団内秘密結社(インナー・クラン)『払暁の明星』によって作られた人造聖女、そのプロトタイプだと? ――まさか本当に存在して、あの(、、)ヴィクター博士と共同研究していたとはな」


秘密結社(インナー・クラン)』とか『払暁の明星』という単語に、素早く目配せをした神官戦士のおふたりが、この場に集った面子の顔をしっかり脳裏に刻み込むように見回します。

 私は聞いたこともない名前だったのですけれど、元の時代だと司祭で、結構教団の裏事情にも詳しいセラヴィや、実働部隊である神官戦士にとっては周知の事実……それか、知る人ぞ知るレベルの公然の秘密なのでしょう。


「相変わらず浅はかな理解ね、愚民。共同なんてオコガマシイわ。『払暁の明星』は基本的にヴィクター様の研究手法(ノウハウ)を奪うのが目的だったし、ヴィクター様も同様に研究資金(カネ)だけが目的だったわけだから、実験体をだけ何体か作って放置したままトンズラこいたわよ。なので、失敗した原因の八割方は『払暁の明星』の実力不足ってもので……ま、あれですよね、クララ様。馬鹿に技術を与えちゃいかんという教訓ですね」


「ええ、本当に心の底からそう思いますわ」


 訳知り顔で腕組みをして、うんうん自己満足に浸るコッペリアの姿に、私は大いに納得しました。

 確かに節操のない者に技術を与えると悲劇ですわ。


「とにかく、詳しい事情を聞きたいので、悪いが拘束させて貰う」


 言いつつ符術用のカードを取り出すセラヴィの動きにあわせて、カイサさんが長剣を抜き、ダニエラが両手の拳を握り締めて構えをとりました。


「それは――お断りね」


 ぐるりと周囲を見回したはっちゃんの瞳が、一瞬、妖しく輝いた気がして、くらりと眩暈のようなものを感じてよろけながらも、はっちゃんが傷を負っているとはおもえないような動きで、この場から退避しようとしているのに気がついて止めようとしました。


 立ち去る間際、ちらり、と気遣わしげな視線をいまだ意識を取り戻さず、シーツを敷いた床の上で横になっているコリン君に向けるはっちゃん。


(――不器用な娘ね)


 イロイロと納得と同情しながらも、取り押さえようとした私とはっちゃんの間に割ってはいる形で、猛烈な勢いの回し蹴りが真横から放たれ、咄嗟に私はこれを両手で持った魔法杖(スタッフ)の柄で受け止めました。が――

「くっ!?」

 無理な体勢で衝撃を受け止めきれずに、両手が痺れて体が軽く浮き上がります。


 見れば、私の護衛役としてついてきたはずの女性冒険者グループ『銀嶺の双牙』の気功拳士だというダニエラが、無表情に右足を軸に旋回しながら追撃の蹴りを放とうとしています。


 そこへ横合いから長剣が一閃され、ダニエラが素早く距離を置きました。


「――ダニー! ちィっ、いまの魔眼で取り込まれた(、、、、、)か!」


 やや青い顔をしながらも、『銀嶺の双牙』のリーダーであるカイサさんが、長剣を構えて私を守る位置へと進み出て、無表情なダニエラと対峙しました。


 見れば、一階ホールに集まった冒険者やギルド職員が入り乱れて、乱闘……いえ、殺し合いの騒ぎとなっています。

 セラヴィや神官戦士、ある程度年齢と経験を重ねたベテラン冒険者などは正気を保っているようですけれど、その他、大多数の人間が『魔眼』の餌食となって、即席の敵と化しているようです。


「これってもしかして、資料にあった『魔眼』の固有能力ですか?!」

「――って、ことはあの娘が怪盗“赤い羊(レッドラム)”!?」


 目を剥く私とカイサさんが、身を翻したはっちゃんを目で追いますが、ちょうどホールからギルド本部内へと続く通路へと、その姿が消えていくところでした。


「――くっ。みすみす懐へ入られたか!」


 カイサさんが歯噛みするところへ、再びダニエラの蹴りが飛び、これを今度は私が魔法杖(スタッフ)で捌きます。


「ここは私が引き受けますので、カイサさんはほかの方々を倒して、早く上階にいる皆さんに危険を知らせてください!」


「しかし、クララ様を危険に晒すわけには。まして、これは身内の不始末です」


「難しく考えないでください。これは効率と相性の問題です。カイサさんではダニエラを無効化するのに大怪我か、もしかすると殺してしまうかも知れないでしょう? ですが私なら相手を殺さずにどうにかできます」


「ですが、それは……」

 自分でも本気でダニエラを相手にした場合、どういう結果になるのかわかっているのでしょう。喘ぐようにカイサさんが言葉を搾り出そうとします。


「ほかの皆さんも、なるべく操られている彼らを殺さないようにお願いいたします! 多少の怪我や骨折なら、私がどうにかいたしますので!」


 そんな私の呼び掛けに、「やれやれ」しぶしぶながらセラヴィが肩をすくめ、神官戦士のふたりは苦笑しながら一度抜いた剣を収めて、鞘ごと構えました。

 

「しゃあねえな」

「ま、不可抗力でも仲間を殺したりしたら寝覚めが悪いからなぁ」

「え、邪魔する有象無象を殺しちゃ駄目なんですか? わかりました。では、峰打ちにします」


 何人かの冒険者の方々も、獲物を棒に代えたり、剣の腹を向けるなど構えを変えてくださいました。

 コッペリアはエプロンから取り出した、やたら巨大な大斧を逆向きにしました――けど、どう考えても鈍器で殴り殺す気満々です。


「ありがとうございます。――コッペリアは後方待機ね」


「気にしなさんな。あと礼はこれを乗り切った後にお願いしますよ、クララ様」

 ウインクをしながら、武器を構えてこちらに向かってくる若い冒険者へと向かうカイサさん。


 私は無言のままひとつ頷いて、こちらの様子を窺っているダニエラと向き合います。


「蹴りが主体の格闘技なのかしら? なかなかの速度だけどまだまだ技が一本調子で力も足りないわね」

 まあ、技が一本調子なのは『魔眼』の影響で正気を失っているからかも知れませんが。

「その年齢にしては上出来なのかも知れないけれど、昔、手合わせした『獣王(ゾーオンレークス)』はこんなものではなかったわよ」


 その言葉が終わらない内に、ダニエラが床を蹴って瞬時に私との距離を縮めました。

『獣王』との一件は、第一章と第二章の間にあった、クレス連合王国での巫女修行時代の思い出です。

本編にはあまり関わりがないのですが、読んでみたいという方がいらっしゃるかも知れませんので、機会があれば更新してみたいと思います。


→更新しました。

→『ブタクサ姫あんぷらぐど』

→http://ncode.syosetu.com/n2808cr/

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