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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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復活のメイドと秘密の計画

GWですので、短くても数を更新予定です。

 もとは使わない古着かシーツだったと思われる包帯代わりのボロ切れを解くと、意識のないコリン君の左脇から右肩にかけて、ざっくりと鋭利な刃物で斬られたような傷があらわになりました。


「……ぐっ……」


 軽く傷口に手を当てると、苦しげにコリン君が眉を寄せて苦悶の呻きを漏らします。

 ですが、目を覚ます様子もありません。


 荒い息に額をぐっしょりと濡らすほどの汗――。

 この状態が斬られた衝撃によるものか、あるいは倒れた時に頭でも打ったのか、はたまた出血多量による昏睡なのか、確認する為に、まずは『水』魔術を応用した術で体液を操作し出血を抑え、同時に見えない部分に大きな傷や腫れなどがないか循環させ、併せて魔力波動(バイブレーション)で入念に走査(サーチ)をかけます。


 このやり方は市井の魔術医や治療師(ヒーラー)でも一般的で、使える術の系統によってやや変わりますが、やることの基本は同じです。ま、要するに超音波検査とかMRIのようなものですわね。


 大きな機材を用いずに現代医学と同様の検査ができるのですから、そう考えると、意外とこの世界の医療技術は発達していると言えるでしょう。

 ですが、それはあくまで個人の能力や経験則に左右されるもので、その上、さらに目の玉が飛び出るほどの報酬を支払わなければならないというのですから、手放しで褒め称えるわけには参りません。


 そもそも便利すぎて、もっと汎用で確実な効果のある医療器具を開発するという発想に至れないのですから、便利なのも良し悪しです。


 とはいえ、現状、有効なモノを使わないのもおかしな話ですので、私は丹念に走査(サーチ)をして、とりあえず、コリン君の背中の傷以外は内出血や重要な臓器の破損がないのを確認しました。


 普通の医療行為としては、この後は傷口にポーションを塗って、包帯を巻いて安静にする。あと助かるかどうかは患者の体力と運次第……くらいが関の山です。医療技術の発達したグラウィオール帝国本国ならば、傷口を縫うやり方なども一部で行われているそうですので、多少は生存率が上がるそうですが、どちらにしても五十歩百歩といったところでしょう。


 ですがここは治癒術の本場、聖女教団のお膝元です。ここからが私の腕の見せ所でしょう。


「“大いなる癒しの手により命の炎を燃やし給え”」


 私の詠唱にあわせて手にした愛用の魔法杖(スタッフ)の先端に眩い光の玉が燈りました。

 この魔法杖(スタッフ)、もとは師匠(レジーナ)からいただいた業物(ワザモノ)ですが、イゴーロナクのゴタゴタの際に、ヴィクター博士の手によってさらに改修されたもので、当初は白銀色だったものが現在は黄金色に変わっています。

 見た目もそうですが、中身もいろいろと変わっていて、特に治癒術と浄化術に関しては『伝説級』装備にも引けをとらない、とヴィクター博士が太鼓判を押していました。


「……なにしろ儂もよくわからん古代遺跡の謎技術(オーパーツ)を使っておるからのぉ」


 と、付け加えられた一言がそこはことない不安を煽りますが、あれから十カ月以上、特に不都合も起こっていないので多分大丈夫でしょう。

 なにより手に握っていたおかげで、この時代まで持ち込めた数少ない私物のひとつですから、愛着もあります。


「“大快癒(リジェネレート)”」


 ともかく、この魔法杖(スタッフ)のお陰か、あるいは私の魔力がさらに上昇しているのかは不明ですけれど、以前は一日に一度か二度が限界だったこの術も、いまでは軽く息切れする程度で済ませられるようになりました。


 光が弾けると同時に、まるで魔法のように――実際その通りですけど――一瞬にして無残な傷口が癒え、赤ん坊の皮膚のように綺麗になったコリン君の背中を見て、固唾を呑んで見守っていた周りの人たちが、

「おおおおおおおおおおっ!!」

 一斉に感嘆のため息を漏らしました。


「これは凄い。仮に当家で教団に依頼してこの治癒を受けた場合、どれだけの代価が必要になることか……」


 妙に現実的な感想を口にする、シモン卿の従僕であるエミール氏の言葉を受けて、

「ま、最低でも大金貨五枚か、もしくは法貨からスタートってところか」

 セラヴィがやたら現実的な金額を提示しました。


 世知辛い話ですわね……。


「私は仮にも巫女ですので報酬なんて要求いたしませんわ。あくまで慈善活動の一環ですのでご安心ください」


 私が治癒術を使ったあたりからやたら鋭い――まるで親の仇でも見るような目で睨み付けてくるコリン君の彼女さんに向かって、前もってそう明言しておきます。

 大金が絡むと人間は豹変しますから、多分そのあたりが怒りのポイントなのでしょう。


『――え、タダ!?』


 途端、その場にいた一同が、驚愕の呻きを発しました。

 呆れた事に神官戦士の皆さんも同様でしたけれど、本気で大金貨五枚とか巻き上げるつもりだったのでしょうか? 見るからに生活が大変そうなコリン君ですから、そんな大金を請求したら経済的に死亡してしまいますわ。


「――ね?」

 とにかく無体な要求はしませんので、という含みを持たせて私は彼女さんへ微笑みかけました。


「……ありがとうございます」

 と、礼儀正しく一礼をする彼女さん。


 それから時間が気になるのか、懐から取り出した金色の懐中時計を確認して、軽く舌打ちした音が聞こえました。

 夜も遅いのですから家の方も心配している処でしょう。どなたかにお願いして言付けをした方がいいでしょう。


 そう思った矢先――


「ふむ、貫通こそしていないけれど、それって結構な怪我だろう? よく平然としていられるものだねえ、たいしたもんだ。――クララ様、このお嬢さんも早めに治療された方がよろしいかと思いますよ」


 私の方からは陰になっていてよく見えなかったのですが、値踏みするようにその怪我の状態を窺っていたカイサさんが、軽く眉をひそめながらそう言って私に治癒を促します。


「そうですわね。とりあえずコリン君の方は大丈夫と思いますけど、失った血と体力はそうそう戻りませんから、栄養のあるものを食べて休養をすることで回復させるようにしてください。――それでは、貴女の方の治療もしてしまいましょう」

 

「えっ!? いえ、私の傷はそれほどたいしてものでは――」

「そんなわけありませんわ。ちょっと見ただけですけど、ほとんど鋭利な刃物による刺し傷と変わらないでしょう?」

 

 背中側からの傷ですので、あまり痛みを感じないのかも知れませんが、もうちょっとで致命傷になるような危うい位置の傷でした。

 それにしても、コリン君も背中側から逆袈裟という、やたらマニアックでまるで手練れの暗殺者によって負わされた太刀傷のようでしたけど、どれだけ凶暴なんでしょう、このあたりのスライムは?


 というか、スライムって体当たりとか、溶かすとかはアリですけど、こんなスッパリと斬るような傷を負わせる魔物だったのでしょうか? 個人の印象としては、半透明でぶよぶよしたワラビ餅みたいなのが這って歩くものだと思っていたのですけど、ばっさり人間を叩き斬るとか、どうやら私の中のスライム像はイロイロと間違っていたようです。


「このあたりに棲むスライムには、時折金属質の希少種が発見されることがあるのですが、多分それでしょう」

 私の疑問を読んだらしいカイサさんが丁寧な説明を加えてくださいます。

「そいつはスライムとは思えない桁外れの強さでして、目にも止まらない速度で動き回る上に、鋼のような外皮を自由に変形させて攻撃してくるので厄介なんですよ。……まあ、スライムとしては規格外というだけで、攻撃さえ当たればDランク冒険者でも倒せますけれど」


 ああ、なるほど……つまり、はぐれたスライムですわね。

 怖いですわね、突然変異のバケモノとか。

 と、その説明で件のスライムについて想像と納得ができた私は大きく頷きました。


「なにはともあれ、まずは傷の具合を確認しないと……ええと、申し訳ありませんが女性の治療ですので、殿方は席を外していただけますか?」


「しかし、我々はクララ様の護衛の任務が……」


 渋い顔をする神官戦士の三名とセラヴィですが、きちんと道理と因果を含めて、また護衛役の女性冒険者のふたりが胸を叩いて、

「クララ様はあたしらが命に代えてもお守りしますので、大船に乗ったつもりでいてください」

 と断言したことで(私としては、私の代わりに誰かが犠牲になるとか看過し得ないのですが)しぶしぶ引き下がってくれました。


「いいですね。クララ様は皆に愛されて……」


 その際に、コリン君の彼女さんがポツリと呟いたのがなぜか耳に残りました。

 愛とか言うならリア充の彼女の方が百万倍も羨ましいですけど。

 なにはともあれ。


「それでは、女性陣以外は廊下で待機ということで、傷の治癒は時間との勝負ですから、早くしてくださいね」


 そうお願いして、寝かされたまま意識のないコリン君と、甲斐甲斐しくハンカチでその額の汗を拭っている彼女さん、そして私の護衛役であるカイサさんとダニエラを残して、その場にいた全員がゾロゾロと連れ立って廊下へと出て行きました。


「本当に大丈夫か? なにかあった時に手が足りなくなるんじゃないのか?」


 最後まで残っていたセラヴィが渋い顔でグダグダ言っていますけれど、女の子の治療現場に男が立ち会うとか倫理上あり得ませんので、半ば無理やり部屋の外へ押し出します。


「大丈夫ですわ。それにいざという時に備えて、ここに来る途中で助っ人を呼ぶようにお願いしてありますし」

「助っ人……って誰だ?」


 その疑問に答える形で、大きな音とともに冒険者ギルドの地下危険物保管庫の分厚い扉が内側から押し開けられ、

「お待たせしました、クララ様! 超有能メイド、コッペリア。お呼びとあらば即参上っ!! いやー、やっぱりワタシのことを忘れてなかったんですね。イザというときの為の隠し玉として、わざとワタシを温存されるとか、さすがはクララ様ですね!」

 いつものフレンチメイド風ミニスカートを穿いたメイドにして、稀代の錬金術師ヴィクター博士謹製の人造人間(オートマトン)コッペリアが、分かれた時と変わらぬテンションで地下から上がってきました。


 その背後には、なぜかぜっそりとやつれた顔で、身長百四十セルメルトほどの小人(ホビット)族の男性がついて歩いています。


「「「「「………」」」」」

「――おやぁ?」


 と、そのペースについていけなくて呆然としている私たちを一瞥したコッペリアですが、若干、腰が引けた様子で顔をこわばらせているコリン君の彼女さんに視線を定めると、怪訝な表情で首を傾げました。


「そこにいるのはもしかして、ワタシの前のご主人様が協力して作ろうとした、教団内秘密結社(インナー・クラン)〈払暁の明星〉の人造聖女……の失敗作じゃないですか?」


「――ッ!!」

 途端、息を呑む彼女さん。


「あれって全部廃棄されたかと思ったんですけど、まだ研究してたんですねえ。いや、びっくり! ――まあ、ヴィクター様も研究資金だけ貰って、途中で放棄したままトンズラこいたわけですが」


 怪我のせいだけではないでしょう。血の気を失って蒼白になる彼女さんを横目に眺めながら、とりあえず私は断片的な情報を頭の整理して結論を出しました。


 要するに、またしてもヴィクター博士とコッペリアが元凶だということですわね。

続きは5/4に更新いたします。

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