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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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水妖の襲撃と深夜の出会い

 慌しい足音とともに血相を変えたギルド職員が貴賓室の隣にある待合所――武装した警備員が詰める小部屋へと飛び込んできて、しばらく押し問答があった後、警備責任者が恭しい態度で貴賓室へと入ってきました。


「ご報告します、タルキ副ギルド長。霧に乗じてユースス川に棲む水妖や魍魎の一部が聖都内に侵入した模様です。先ほどギルド本部のすぐ傍で通行人が襲われたとの連絡が入りました」


「なんだとっ! それで、被害状況は?! 撃退したのか!?」


「はい、悲鳴に気づいた警備の者が駆けつけ、危ういところで被害者達を保護しつつ、周辺にいた魔物どもを駆逐しました。一部はユースス川に逃げた可能性もありますが、こちらは現在動ける冒険者達に報奨金を出して対処する手筈です」


「うむむ……まさか、今夜、それもギルド本部の目と鼻の先で、魔物の襲撃があるとは……」


 果たして偶然でしょうか? それとも何者かの作為が働いているのでしょうか? まさか運命の悪戯というわけではないでしょうに。


「――――」

 と、難しい顔で考え込むタルキ副ギルド長から一瞬ちらりと視線を外して、何か言いたげに私とイライザさんを見詰める警備責任者の方――。

「「……?」」

 疑問を挟む間もなく、続いて彼の口から衝撃的な言葉が飛び出しました。


「それでその……被害者は男女ふたりで、とりあえず応急手当をして運び込んだのですが、そのうちひとり、特に傷の深い意識不明の者が、夕方までギルド本部(ここ)で拘束していた、例の例のゴシップ紙の記者でした。――ちなみに襲った魔物はスライムだそうです」


「――ごほっ!」

 血生臭い話の合間にも優雅にティーカップを口に運んで、オペラ(緑茶をフルーツやスパイスで香り付けしたお茶)を楽しんでいたイライザさんですが、ツッコミどころ満載のお話にいきなり()せりました。

「けほッ――けほけほッ!!」

 変なところにお茶が入ったみたいで、お付きの巫女見習いの女性に介抱されながら苦しげに身悶えするイライザさん。


 私はお茶本来の味わいと香りを楽しむ派なので、香り付けをしたお茶はあまり好みではないのですが、イライザさんはいま聖都の上流階級で流行っているというスパイスたっぷりのこちらが好みということでしたが、そのスパイスが逆に仇になったみたいです。


「な……っ、なによ、このお茶! 蒸らしも不十分だし、温度は熱いし!」


 若干鼻水を流しならそう憎まれ口を叩いて誤魔化すイライザさん。

 そんな美少女の醜態を全員が見なかったことにして、さり気なく視線を逸らせました。


 私もさり気なく目を泳がせながら、高価そうな茶器に淹れられた自分用の白茶を味わいます。

 白茶というのは新芽とそれを包む茶葉に銀白色の産毛がびっしりと生えていることからそう呼ばれるようになったもので、大変希少かつ繊細な味わいのお茶です……が、この繊細さが今回はちょっと仇になってしまったようです。確かにイライザさんの言うとおり、イマイチな淹れ方のせいで、せっかくの清涼な香りが半分吹き飛んでいました。


 おそらくはお茶の専門家ではない、手の空いた職員が淹れてくれたのでしょうけれど、せっかくの貴重なお茶が台無しです。


「申し訳ございません。ご不快をお掛けしたこと、おわび申しあげます」


 即座にマリナさんが空気を察して、私たちへと深々と頭を下げました。


「仕方がありませんわ。この時間、このような状況ですので、メイドを居残らせておくわけにもいかないでしょうから――あっ!」


『メイド』で思い出しました。そういえばひとりいましたわね。うちのメイドが。


 そのことを口に出しかけた矢先に、

「その……メイドではありませんが、この時間ですと医者の手配もままなりませんので、できれば巫女様方に治癒をお願いできないかと」

 恐縮しながらそう申し出る警備責任者の方の言葉が終わらない内に、私は急ぎ手にした白茶の入ったカップの中身を飲み干して、即座にソファから立ち上がりました。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「三代将……いえ、とある国の王様につかえた剣術指南役、ヤギュー・タジマという人物はペットとしてお猿さんを飼っていたそうです。そして、弟子入りを希望する剣士が来ると、そのお猿さんに木剣を持たせて立ち会わせ、勝てた者だけに入門を許可したとか」


 うろ覚えの私の薀蓄に、歩きながら首を捻るカイサさん。

「猿っていうと魔物の〈岩猩々(ロックエイプ)〉みたいなもんかい?」


 想像してみました。

 入門試験でいきなり身長二メルト近い(いわお)のような筋肉を纏い、血走った目とナイフのような牙、流れる涎、ぶっとい棍棒を持った巨猿が出てきた瞬間を。――最初からクライマックス状態ですわね。


「いえ、普通の……体長五十セルメルト前後、体重十キルグーラ程度のお猿さんです」


「「え、そんな小さいの!?」」

 驚きと呆れで声をハモらせるカイサさんとダニエラ。周囲でそれとなく聞き耳を立てている他の皆さんも同様の反応です。


 なにしろこの世界、猿といえば小さくてもチンパンジー程度(体重三十キルグーラ、親指と人差し指で林檎を潰せる握力)、大きなものなら身長が三メルトとか十五メルトもある大怪獣が普通に闊歩しているのですから。

 私の言うニホンザル程度であれば、Fランクの冒険者見習いでも、鼠を潰すよりも呆気なく始末できて当然という認識なのでしょう。


「ところがですね、腕に自信のある兵法者の半数以上が負けたそうです。つまり真剣勝負ならともかく、純粋な身体能力であれば、つまるところ野生動物には及ばないということですわね」


『え~~~っ!?』と、釈然としない顔で全員が眉をひそめました。


 まあ、この世界だと個々人のスペックにバラつきがある上に、鍛え方次第で天井知らずに能力が上昇しますから、冒険者や訓練をうけた神官戦士の皆さんでは、いまひとつピンとこないのかも知れませんけれど、一般人の平均値では武器を持ったお猿さんと五分がいいところなのが現実なのです。


 ましてこれがお猿さんではなくて、人間並みの大きさの小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)で、なおかつ武器を持っていたならどうなるか……言わずもがなというところでしょう。


「……ああ、でも、確かに始めて魔物を倒したのは十一歳の時、何てこともない一メルトくらいの犬精鬼(コボルト)だったけど、滅茶苦茶怖かったのを覚えているな~」

 遠い目をしてそうしみじみ語ったのは拳士であるダニエラです。

「拳で肋骨を四~五本折ったんだけど、それでも噛み付いてきて……すっかりテンパって、後は無我夢中で手足を振り回して、普段の訓練も何もなかったわ」


「そうでしょう。専門の訓練を受けた拳士でさえそうなのですから、何の訓練も受けていない一般人にとっては、スライムであろうと難敵です。まして、不意を突かれ、か弱い女性を庇いながらとなれば猶更です」


「か弱い……?」

 私とカイサさんとダニエラを交互に見比べながら、釈然としない表情で首を捻るセラヴィ。


「「「私たちがか弱くないとでも?」」」


 無詠唱で周囲に『火球(ファイアーボール)』を十数個浮遊させる私。

 目の前を飛んでいた蝿を居合い抜きの要領で、空中で一刀両断するカイサさん。

 無造作に抜き手で手近な強化煉瓦の壁に穴を空けるダニエラ。


「す、すまん。俺が間違っていた」

 私たちの女子力を前にして、慌ててセラヴィが前言を撤回します。


 妙な雰囲気になりかけたところで、先頭を歩く武装したギルド職員が、専用エレベーターを待つ間、現状を手短に説明してくれます。


「申し訳ございません、クララ様。いちおう止血と手持ちのポーションは使用したのですが、思いの外傷が深く、記者の小僧もその連れの娘も、ともに重傷でして……」


「連れ? こんな夜中に恋人と逢引かしら?」


 霧も濃い夜半に逢引していた羨まし――ではなくて、危機感がありませんわね、と思いながら私は感心とやっかみ半分でそう独りごちます。


 それといまさらですが、この世界には二十四時間営業はおろか深夜営業という概念もありません。


 なんとなくイメージとして、酒場とか色街とかなら時間制限なしで営業している例外もあるのでは? と甘く見ていましたけれど、そんな勤勉な酒場のマスターとか遊女とかいないそうです(そもそも聖地のお膝元ということで、遊女屋と言われる娼館の類いはご法度になっています。ま、どこにでも例外はあるようですけれど)。


 そもそも、いまでこそ聖都のような大きな町には、獣油を使ったガス灯が燈るようになりましたが、それでも設置されている数は少なく、それも時間が来れば消えてしまいますから、容易に夜間外出することなどできません。

 何よりも魔物や亡霊が跳梁し、不可思議と魔法が実在するこの世界の闇はどこまでも深遠で、夜に出歩くということは危険と常に背中合わせにならねばならないからなのです。


 なので、女性や子供はもとより労働者や冒険者も、どこぞの南の島の大王のように、太陽が昇ってから起きて働きに出て、沈む前に家路に着いて、風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みで……を実践しています。


 当然、冒険者ギルドも例外ではなく、こうして廊下を歩いていても、時折警備の冒険者とすれ違う他は閑散としていて、まるで深夜の学校のような薄気味悪さです。


 そのようなわけで、煌々と明かりがともり野戦病院のように慌しい一階、正面エントランスへと到着した時には、ほっと安堵の吐息を漏らしてしまいました。


「怪我人はどちらですか? 傷の深い方から治療を行います!」


 それからすぐに気を取り直して、私は貴賓室を出る時に返していただいた愛用の魔法杖(スタッフ)を手に、人々を掻き分けるようにして中へ入って行きました。


「――クララ様!?」

「おおう、クララ様だ!」

「こちらですクララ様。小僧の方が重体で、娘の方も重傷ではありますが、とりあえず止血とポーションで落ち着いています」


 すぐに気がついた職員や冒険者の方々が道を開けてくれました。

 その先では、ぐったりとしたコリン君が床に敷かれたシーツの上に横向きに寝せられ、その隣には私と同じか幾らか年上と思える少女が、心配そうに寄り添っています。


「……イライザさん?」


 ふと、なぜか彼女を見て既視感を覚えた私は、反射的にそう口に出していました。

 見た目はさほど似てはいませんが、全体的な雰囲気というか……魔力波動(バイブレーション)が非常に似ているように感じたのです。

 勿論、イライザさんに比べれば魔力の大きさは吹けば飛ぶようなもので、周囲の人々の間に埋もれそうですけれど。


(というか、大きな術を使った後の魔力欠乏状態に近いような……?)


「――クララ様、それでは治癒をお願いできますか?」


 関係ないことに気をとられかけていた私ですが、例の職員の方に促されて慌ててコリン君の怪我の状態を確認すべく、その場に膝を突きました。


「………」


 一瞬、傍らに座り込む彼女から親の仇でも見るような鋭い視線を感じましたが、ちらりと確認すると憂いを帯びた瞳でコリン君を見詰めています。


 気のせいだったのかしら? と、思いながら私は手にした魔法杖(スタッフ)を掲げて、治癒を開始したのでした。

4/27 誤字及び本文を一部修正しました。

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