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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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怪盗の目的と霧の聖都

「自称『怪盗』を名乗る窃盗犯“赤い羊(レッドラム)”――窃盗犯と一括りにするのは微妙なのですが、公式見解として窃盗犯として話を進めます」


「“REDRUM(レッドラム)”というのは、確か“MURDER(殺人)”の逆読みですよね? 猟奇的な名乗りの割に窃盗犯なのですか?」

「さすがはクララ様、博識ですね。――はい、現段階では人命が損なわれたという報告は受けておりません」

「異界文字ですか……ま、巫女なら当然押えておくべき教養ですわ」


 イライザさんのあてつけがましい言葉に、お付きとして残っていた一番年上の巫女見習いの女性が、当然という顔で頷いて追従します。

 私が指摘した時に、揃って「あ……!」と口走ったのは、見なかったことにいたしましょう……。


 説明役のマリナさんも華麗にスルーして、集まった一同の面々を見渡しながら、他に意見がないのを確認して続きを口にします。


「彼…もしくは彼女の活動が公式に確認されたのは、およそ半年ほど前。当時、下町でそれなりに当たると評判だった女性占い師の元に、『近日中に貴女の大切なものを頂戴しに参上します』との予告状が届けられたのが発端です」


 引き続き冒険者ギルド貴賓室に保護された形の私とイライザさん。

 その付き人として残されたセラヴィと、イライザさんの取り巻きの巫女見習いの女性が一人。

 そして、私たちの保護の為に《サンタンジェロ》から派遣されたというローレンス修道司祭以下、六名の聖女教団の誇る精鋭にして虎の子たる神官戦士の精悍な面々……の筈ですが、心なしかぬくぬくと満ち足りた表情でゲップをしています。

 あと、この期に及んでどうしてこの場にいるのか不明なシモン卿――しっかり、関係者の顔をして夜食のカツ丼もおかわりしてました――と、従者のエミールさん。


 最後に、もとからいたギルドの護衛に加えて、タルキ副ギルド長――と。


「そうそう、ご紹介が遅れましたな。お二人の護衛役として急遽招聘した冒険者パーティです」


 私の怪訝な視線に気が付いたのでしょう。タルキ副ギルド長は、部屋の隅に立っていた女性ばかり五人の冒険者パーティを紹介しました。


「今夜一晩、巫女様方の護衛を仰せつかりました、テラメエリタ冒険者ギルド所属『銀嶺の双牙』リーダーのカイサです」


 おそらくはパーティ名の由来になったものでしょう。双剣を腰に佩いた年齢二十代半ば頃だと思われる大柄な女性が、タルキ副ギルド長に促されて一歩前に出て一礼をしました。


「後ろにいるのは仲間で魔術……おっと、法術師のマルギット。気功術使いの拳士ダニエラ。遊撃手で双子のナタリーとノーラ。よろしくお見知りおきのほどを」


 マルギットはいかにもなローブを着た黒髪で目の細い二十二~二十三歳の女性で、ダニエラは栗色の髪をショートカットにした男の子のような十七~十八歳の女の子で、ナタリーとノーラは金髪をポニーテールとツインテールにした十五歳くらいの少女でした。

 いずれも人間族なのは、純血至上主義の教団の幹部や巫女が雁首揃えているからでしょう。ギルド側の苦労の跡が窺えます。


「今後、この部屋から一歩でも外に出る際には彼女たちが常に随行をして、護衛の任についてもらいますので、お二方ともご不便をおかけしますがよろしくお願いいたします」


 頭を下げるタルキ副ギルド長の言葉に、前もって打ち合わせをしてあったのでしょう。ローレンス修道司祭は鷹揚に頷き、イライザさんは値踏みするように彼女たちを眺めて、すぐに興味を失ったかのように目を逸らせます。

 文句を言わなかった以上、イライザさんは了承したということでしょう。

 確かに四六時中一緒にいるのにむさ苦しい男性よりも、うら若い女性の方が見目もよいですし安心はできますけれど……。


「一歩でも出た場合、ということはお花摘みに行く時にもご一緒するということでしょうか……?」

「そうなります」


 当然、という顔で頷くカイサさん。


「……お手洗いは部屋に隣接して備え付けられていますし、そこまで神経質にならなくてもよろしいのでは?」


 落ち着かないし、なんか仲良しをアピールしている女子高生みたいで嫌だなぁ、と思って抵抗してみました。


「万一の可能性を考え却下させていただきます。常に我々のメンバーが複数人で同行することをご理解お願いいたします」

 慇懃ながらも有無を言わさない態度で頭を下げるカイサさん。


「むぅ……なら、イライザさん、私が行く時に一緒に行きませんか?」


 この際、死なば諸共でイライザさんも誘ってみますが、

「なんでわたくしが貴女と一緒にト……花摘みに行かなければならないんですの!?」

 案の定、けんもほろろに断られました。


「お嫌ですか?」

「当然よ! そもそも貴女に合わせるなんて、絶対にお断りよっ!!」

「……では、私に合わせるのがお嫌なのでしたら、イライザさんに合わせて私が一緒に行くというのはどうでしょう?」

「なにが『どうでしょう』なのよ!? 意味がわかりませんわっ!」


 私の妥協案に、イライザさんがテーブルを叩いていきり立ちます。

 これはきっと他の皆さんと違って、この時間まで夜食を食べていないので、空腹で気が立っているのでしょう。たぶん。


「そもそも、どうしてわたくしなわけ!?」

「だって、知らない人ばかりだと気恥ずかしいですから」

「だったらわたくしではなくて、いつものあのガチャガチャ五月蠅いのと一緒に行けばいいでしょう! ……そういえば、今日は姿が見えないけど、拾い食いでもして具合を悪くしているの?」


 ガチャガチャ……って誰のことでしょう?

「???」

 はて……? 気のせいでしょうか、何かをど忘れしているような……?


「――それで、続きを話してもよろしいでしょうか?」


 いい加減、説明の途中で放置されていたマリナさんが、困ったような顔でお伺いを立ててきました。


 おっと、いけないいけない。話が横道に逸れていましたわ。


 何か形になりかけていた思考を放置して、私はマリナさんの話を聞くために姿勢を正しました。

 まあ、即座に思い出せない以上、大した事ではないのでしょう。

 ……気のせいかセラヴィがなにか言いたげな様子ですけれど、これ以上マリナさんの話の腰を折るのは申し訳ないので、さり気なく手で制して平和を保ちます。


「話を戻しますが、最初の被害者が出たのが半年前で、被害者は女性占い師でした」


「半年前って確かアーデルハイドさんがこの都に来た頃ね。――案外、関係者なんじゃないの? って冗談だから、本気で考え込まなくてもいいわよっ」


「いや、クララ正巫女とその関係者のアリバイは確認済みです。シロということで、御懸念には及びません」


 イライザさんの揶揄に対して、もしかしてそうかも……? と疑心暗鬼になった私ですが、即座にローレンス修道司祭が否定してくれました。けどこれって……。


「――疑われていたってことかしら?」

「しかも“関係者”って含みを持たせたところをみると、俺やポンコツもマークされてたな」


 セラヴィが苦々しげに吐き捨てます。


「ですけれど、わざわざ手の内を晒したということは、現段階では味方か……少なくとも中立であると示唆しているのではありませんか?」

「あからさま過ぎないか? ひょっとすると『いつでもお前を監視しているぞ。今日のパンツの色は白だ』という牽制かもな」

「……やだなぁ」


 そんな私たちの懸念を他所にマリアさんの解説は続きます。


「当初は悪戯かと思われた脅迫状ですが、実際にその日の夜に件の占い師は襲撃を受け、何点かの貴金属と占い師として非常に重要なモノを奪い去られました」


「占い師として非常に重要なモノってなんですの?」

 水晶玉とかカードでしょうか?


「……占い師としての能力、『直感』です」


「「「「はあ――?!」」」」


 思いがけない答えに、私とイライザさん、それと『銀嶺の双牙』のカエサとマルギットの当惑の声が重なります。

 ギルド関係者やローレンス修道司祭他神官戦士団も事前に知っていたのでしょう。特に反応はなく無言を貫き、第三者であるシモン卿は面白そうに「ほほう」と目を光らせ、その他の皆さんはイマイチ理解できないようで首を捻っていました。


「当初は襲撃の衝撃で能力に変調をきたしたのかと思われたのですが、その後の被害者もすべて何らかの能力を持った人物ばかりで、いずれも襲撃後にその能力を失っています。そして、それ以後、“赤い羊(レッドラム)”が同種の能力を発揮している形跡があるのです」


 例えば『開錠(アンロック)』の能力を持っていたレンジャーが襲われる前は、強引に破壊されていた魔法錠が簡単に開けられ。

 精神に働きかける系統の催眠術を使う医者が襲われ、その能力を喪失して以降、“赤い羊(レッドラム)”も催眠術を使うようになった。

 ……などなど。


「つまるところ、“赤い羊(レッドラム)”の言う『大事なモノ』とは能力者の能力――タレントとかスキルとか言われるものであり、奪われると元の持ち主は能力を消失してしまうのです」


 資料を参考に例を挙げられ、その被害のありさまに私は戦慄を禁じえませんでした。


「現在までほぼ月に一度の割合で盗みに成功して、何らかの能力が奪われている……のみならず、手当たり次第に金品も盗む――なんて、どれだけ悪辣な相手なのよ!?」


「はい。それともうひとつ。いまだに“赤い羊(レッドラム)”の素顔は勿論のこと、男女であるかすら不明な理由ですが、被害者や接触した者が口を揃えて証言しているのです。『気がついたら隣にいた』『見知った相手が“赤い羊(レッドラム)”だった』。つまり高度な変装術か変身能力を保持しているのではないか、というのが我々の見解です」


 しんと沈黙が下りて、私たちはなんとなくお互い探り合うように視線を投げ合いました。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 一メルト先も見えないような濃い霧の中、トボトボと帰宅の途についていた〈日刊北部デイリー・セプテントリオ〉の記者見習いコリン・トムスンは、足を止めると気だるげにため息をついた。


「大スクープだと思ったんだけどなあ……」


 冒険者ギルドから解放されたところで、即座に走って社に戻ったコリン。

 遅刻どころではない時間帯に、当然編集長の怒声を浴びながら、しどろもどろにこれまでの経緯(いきさつ)を説明し始めたところで、難しい顔になった編集長に無理やり空いている部屋に連れて行かれた。


 十年前の北部戦役では叩き上げで分隊長を務めたという筋金入りの武闘派である編集長は、冬眠前の熊のように部屋の中をウロウロしながら、おもむろにため息をついた。


「……とうてい記事にはできないな」

「な、なんでですか!? 教団の圧力が怖いんですか?!」


 失望した、と言わんばかりのコリンの叫びに、編集長は無精髭の生えた顎を撫でる。


「確かに社長のところに一本、教団上層部から太い釘を刺されたのは確かなようだ。だが、そんなもんは記者魂の前に障害にはならんさ」

「なら……」

「だが、相手は現在話題沸騰中のクララ嬢だ。下手に危機意識を煽ったら、聖都で暴動が起きるかも知れん……いや、間違いなく起きるだろう」


 断言されたコリンだが、納得できない様子で眉を寄せる。


「それはいくらなんでもオーバーなんじゃないですか?」

「お前な……記者たるものがアンテナ伸ばさないでどうする。いまじゃ『巫女姫クララ』とか『カトレアの花』とか謳われて、市井では知らない者なしだぞ……ま、あの器量に人柄だからな。祀り上げたくなるのもわかるが」

「はあ、そういうもんですか……?」


 あそこまで神々しく現実離れした美貌は、対等な恋愛感情の対象には思えないなぁ、と思うコリンであったが、そのあたりは現在片思いの相手がいるから、という理由もあるだろう。


 捗々しくないコリンの反応に、編集長はにやりと含み笑いを浮かべた。

「ふふん。うちのマリアの方が好みか?」


「なっ……!?! べ、別にマリアルウが、その――」


 真っ赤な顔で反論しようとするコリンを、「がははははっ!」という馬鹿笑いで一笑に付して、父親でもある編集長は軽く――と言っても、非力なコリンがタタラを踏むほどの力で――その肩を叩いた。


「とりあえずは、最初の話に出てきた『ドワーフの林檎亭』の話を記事にしてみろ。面白けりゃ、明日の朝刊に載せてやらぁ」

「わ、わかりました!」


 勢いに圧されるようにして、コリンは大慌てで殴り書きをしてあったメモ帳を取り出した。

「よう、俺の名はカリスト。かの名高き聖女教団の枢機卿だ。世界中の信徒が俺に血眼。と~ころが、これが捕まらないんだなぁ」

カリスト枢機卿の出番はもとより、マリアルウまでもたどり着けませんでした。申し訳ありません。


それと書籍化作業の為にしばらく(10~15日ほど)次回の更新が遅れます。

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