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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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教団の思惑とジルの恋愛相談

 聖都テラメエリタ第三管区長にして聖堂大司教テレーザ明巫女は、急遽本山である《聖天使城(サンタンジェロ)》から早馬を飛ばしてやってきた賓客を迎えていた。


「……つまり、《サンタンジェロ》ではクララ正巫女とバーバラ正巫女の保護に二の足を踏んでいる、との理解でよろしいのでしょうか、カリスト枢機卿?」

「んー、まあぶっちゃければ。要するに枢機卿団のジジイどもは、現場になった冒険者ギルドの不手際にして、責任をおっ被せる腹だね」


 口調と物腰こそ慇懃ながら、たっぷりと皮肉を込められた問いかけに、高位聖職者の証である法衣をまとった四十歳前後の男性が、ニヤニヤ笑いを浮かべながら応じる。

 普通に法衣を着ている筈なのに、どこか着崩れした感があるのは本人の軽薄な雰囲気のせいだろう。

 針金のように細い身体に――ただし不健康な印象は一切ない――サル顔と、けっして美男子ではないが不思議な愛嬌のある男であった。


「法の番人が聞いて呆れますわね。率先して身内の巫女ふたりも守れないとは」

「ま、いちおうは本山の神官戦士が六人に、ローレンスの坊やが支援に向かった……ってことで、面目を立てているつもりなんさ、本山のボケどもは」


 椅子に座って足を投げ出し、頭の後ろで両手を組んで、身体を揺すりながら他人事のようにそう付け加えるカリスト枢機卿。


「ローレンス修道司祭? 総大司教が手塩にかけてきた懐刀と呼ばれるあの?」


 不審げに眉をひそめるテレーザ明巫女。ちなみに総大司教は教団内の位階では教皇に次ぐナンバー2である。

 

 責任逃れに汲々としている本山の杜撰な対応と、反面、即座に子飼い中の子飼いを投入してきた総大司教。

 その矛盾する行動にしばし考え込む彼女だったが、やにわに血相変えて座っていた椅子から立ち上がった。


「――っっっ! もしや内部査察官!? 警備なんて口実で、この機会にクララを審判にかけるつもりね! いまだに本山はあの子のことを疑っているの?!」


 顔色を変えるテレーザ明巫女とは対照的に、カリスト枢機卿はニヤニヤ笑いを絶やさずに肩をすくめる。


「なにしろ『記憶喪失』とやらで、ご自慢の調査機関がなにひとつ、その背景を確認できなかったからなぁ。疑心暗鬼でしかたねえだろう」


「『疑うことなかれ。まずは信じて協力せよ』……聖女様の教えを守る教団員にあるまじき背徳ですわね」


 なお、この聖女の言葉の後半は『だが、裏切られたら確実に報復せよ』という、なにげに武闘派なものであった。


「クララ…いえ、アーデルハイドさんを教団に迎え入れる際に、十分な審査や聞き取り調査も行い、本人の嗜好や能力に問題がないのを確認して巫女と認めたのでしょう? 事実、彼女の実績と人格に問題は見当たりません。なら、いまさら騙し討ちのような調査をする必要はないでしょう」


「審査、ねえ……」


 意味ありげに首を捻ったカリスト枢機卿だったが、そこでこらえ切れずに吹き出した。


「いやーっ、あれは傑作だったわ! 議事録やら審査内容やら……大箱五箱分、公文書用の上質紙を使いまくって、美味しいカレーのレシピとか、効果的なダイエットのやり方とか、ハナモゲラ語の翻訳文とか……!」


 そう言って椅子から転げ落ちそうな勢いで、ゲラゲラと馬鹿笑いをするカリスト枢機卿。


「それよりもなによりも、クララちゃんとその侍女の会話! 最高だね。延々コントの台本読んでるのかと思ったわ、俺は」


 ひとしきり爆笑してから、ひーひーと荒い息のまま続ける。


「俺は好きだな。ああいう突き抜けた馬鹿は。世の中、つまんねー馬鹿ばっかりだからなあ」


 聖職者とも思えない発言であるが、この傍若無人な態度を教皇相手にも貫いているのだから、ある意味大人物と言えるだろう。

 勿論、主流派からは蛇蝎の如く嫌われ、煙たがられているが……。


「――貴方がここにいらしたのは、その“つまらない馬鹿”の走狗となって、私が軽挙を起こさないよう監視のためだと思っていたのですけど?」


 もはや疑念と不信感を隠そうともしないテレーザ明巫女の問い掛けに、カリスト枢機卿は心外だとでもいうような表情で首を横に振った。

「あんな信仰を手段と履き違えている馬鹿連中と一緒にしないでくれ」


「……上層部の意向ではないということですか?」


「いや、上からの指示があったのは確かだけどよォ。ただし、馬鹿連中とは別口だ」


 枢機卿団や総大司教ではない別口……?


 一瞬考え込んだテレーザ明巫女であったが、この奔放な枢機卿を自在に使える人物など一人しか思い当らなかった。

「まさかっ、教――!?」

「おっととと、俺は何も言わないぜ」

 目を見開く彼女の言葉に被せるようにしてそう言って、意味ありげな笑みを向けるカリスト枢機卿。


「あのハゲの趣味について、俺から言質を取らせるわけにはいかんな。ま、それにいまのところ個人的な興味らしいし」

 何が目的やら、と面倒臭げに頬を掻くカリスト枢機卿。


「……わかりました。これ以上は訊ねません。ですが、今後クララは大丈夫なのでしょうか?」


 教皇が裏で手を回しているのか? と暗に水を向けられ、カリスト枢機卿は軽く歯を剥く。


「ふふん……まあ、外野が騒ぐほど箱入り娘ってわけじゃないんだろう、おたくのクララちゃんは? 第一、突き抜けた馬鹿ってのは、いつも凡人の斜め上を行くものさ」


 どうにも判断し辛いカリスト枢機卿の余裕の裏に何かあるのか? と値踏みするような目で見据えるテレーザ明巫女であったが、

「………」

 諦めたようにため息をついて視線を外すと、いつの間にか夕闇が下りていた外の様子を窺った。


 夜の訪れに従って急速に気温が下がり、結果、山肌に沿って降りてきた霧が町の中を漂い出している。

 テラメエリタ名物の朝夕の霧であった。


「……今夜も見通しは見えないようね」


 まるでいまの心境を映すかのような白魔を前に、テレーザ明巫女は誰に言うともなくそう口に出していた。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「――で、マリアルウが言うんですよ。“男だったら逃げずに立ち向かいなさいっ。頭を使って度胸を据えて困難にぶつかっていくのよ! そうじゃないと一人前と認めないわよ”って」


 当人の物真似なのでしょう。腰に手をあてて、つんと顎を上げて怒ったように言い放つコリン君。


「男前の恋人ですわねぇ」

 言っていることは正しいですけれど、私だったらもうちょっとオブラートに包むかな、と思いながら相槌を打ちました。


「あ、いえ、マリアルウは編集長の一人娘で、別に恋人ってわけでは……」


 途端、真っ赤な顔で否定するコリン君。

 ふふふ、ですが、この反応から察するに恋人未満友達以上なのは間違いないでしょう。

 初々しくて微笑ましい限りですわ。


「でも顔を合わせるたびにキツイこと言うんですよ。もうちょっと労わってくれてもいいと思いませんか?」


「確かに耳に痛いかも知れませんけど、それもコリン君が頑張ればできると信じているからですわ。甘い言葉ばかりでは人は楽な方向へ流れるものですもの」


 実際、セラヴィは小言ばかりですけど、理不尽な内容ではありませんから納得できますし、仮にいつでも欲しい言葉ばかり与えられたのなら、心の弱い私はその甘言に妥協して向上心を失ってしまうかも知れません。


「ですから、貴方はマリアルウさんの言葉をきちんと受け止めて、努力すべきだと思いますわ」


「……でも、ボクはたまには甘い言葉を囁いて欲しいんですよ」

「マリアさんは優しくありませんの?」

「い、いえ。優しいです。ちょくちょくお昼ご飯を編集長へ届けにくるんですが、ついでだって言ってボクの分も作ってきてくれますし……って、ああ! 結局今日は社に顔を出してない!?」


 頭を抱えるコリン君を前に、一区切りついたと判断したのでしょう。別な机で調書を作成していたローレンス修道司祭が、ペンを置いて立ち上がりました。


「さて、いつの間にか恋愛相談になっているようですし、だいたい確認することは一通り確認したと思うのですが?」


 柔和に笑っていますけれど、ぞの目は如実に『くだらない話をくっちゃべりやがって』と私を非難しています。


「も、申し訳ございません。それでこれ以後のコリン君の処遇ですが、いかがなされるおつもりでしょうか?」


「ふむ。内容を精査しないとなんともいえないですが」

 分厚く積み上げられた調書――内実は、ほとんど恋バナとか、職場の愚痴でしたけれど――の一番上を叩きながら、ローレンス修道司祭が作り笑いを浮かべます。

「現段階では無関係と言い切っても良いでしょう」


 その言葉に息を詰めていたコリン君が、「ぷはぁ!」と大きく深呼吸しました。


「ご苦労様です。帰宅されてもいいですよ。ただし、いつでも連絡がつくように居場所は明確にしておいてください。それと勿論、脅迫状のことは記事になどしないように――ま、言うまでもなく上層部と話はつけていますが」


 脅しとも取れるローレンス修道司祭の言葉に、反駁しかけたコリン君ですが、その変わらぬ鉄面皮の笑顔を前に気圧されたように唇を噛むと、私に向かって一礼をしてギルド職員に付き添われて取調室から出て行きました。


「それでは貴賓室へ戻りますか。こんな場所は辛気臭くていけない」


 後始末を部下である神官戦士へ丸投げして、大きく伸びをしたローレンス修道司祭が先頭に立って出口へと向かいます。


「そういえばイライザさんはお帰りになられたのでしょうか?」

 カツ丼を作ったあたりから姿を見なくなったのを思い出して、近くにいた神官戦士へ訊ねました。


「バーバラ正巫女様なら、念のために貴賓室で待機中です」


 それでは随分と退屈していることでしょうね。


「シモネッタ公女様もですか?」


「いえ……」

 ローレンス修道司祭と入れ替わるようにして、やってきたタルキ副ギルド長が私や周囲の面々に会釈をしながら、複雑な表情をして首を振りました。

「シモネッタ様は『怪盗の脅迫状ですって!? こんな剣呑な場所にいられないわ!』と言って、さっさとお帰りになられました」


 気持ちはわかりますけれど、なにかそれって死亡フラグのようですわね。


「他の方々は残ってらっしゃるのですか?」


「ええ、まあ、時間も時間なので職員の半数は帰宅しましたけれど、副警備主任のインドロ以下警備の者や受付のマリナも残っています……それと、コル、いえコッラード様とお付きの方も」


 明らかに困惑した顔でシモン卿の名を出されるタルキ副ギルド長。


「正直、話がややこしくなりそうなのでお引き取り願いたいのですけれど……」


 おもねるように愚痴られて、私の責任ではないのですけれど半ば反射的に頭を下げて、

「申し訳ありません。早めにお帰りになられるよう私の方から話しておきます」

 こう答えていました。


「お願い致します」

 心痛がひとつ減ったっという顔で、タルキ副ギルド長は深々と頭を下げられました。

「それと、先ほどの“カツ丼”ですか? あれの匂いと噂が評判を呼びまして、ぜひ食してみたいとコッラード様が……それとギルド職員が多数申し立てておりまして、材料はありますので願えれば希望者に夜食として提供していただけないでしょうか?」


 今度は別な角度から困惑した様子で再度、スダレ頭を下げられました。


「……まあ、いいですけれど。では、先に食堂に行ったほうが良さそうですわね」


 とりあえず腕まくりをして、髪の毛をリボンでひとまとめにして戦闘態勢をとったところで、居残っていた神官戦士の方々が控え目に手を挙げられました。


「あの、俺たちの分も作っていただけないでしょうか、クララ様?」

「お願いします、目の前で喰うの見ていたら堪らなくてっ」

「できればお代わりとかしたいっす!」

「お願いします、クララ様っ」


 真剣な表情で言い募る皆さん。


「わかりました。十人前作るのも二十人前作るのもたいして手間は代わりませんから」


 途端、地下の取調室に歓声が湧き起こりました。

 仕方ないなぁ、と思いつつ。この時の私は、まさか体育会系の男子がひとり五人前食べるとは夢にも思わなかったのでした……。

カレーのレシピを書いたのは学生時代の実話です。

テストでわからないのでひたすら「美味しいカレーの作り方」を書いたら単位もらえました……いえ、私のことではなくて。

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