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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
139/337

尋問の行方と百戦錬磨のエリート司祭

短いですが、まずは更新します。

2/20 後半部分を追加しました。


 冒険者ギルド本部地下に位置する留置場兼取調室。


 貴賓室とはまったく逆に、内から外に逃げられないように四方を分厚い壁で囲まれたその部屋はひたすら狭く、さらに地下室という建築上の問題もあるのでしょうが天井はやたら低くて、さらに壁は規則性がなく凹凸で歪んでいます。


 これは手抜かりとか手抜きとかではなく、心理学的な考察により内部に収監された者に激烈な心理的圧迫感を与える目的を意図しているもので、事実、ここに押し込まれてまだ小一時間ほどしか経過していないにも関わらず、被疑者たる“彼”は差し迫った表情で膝を抱えて震えています。


 ちなみに鼻につく獣油ランプの位置が目線よりも高い位置に設えてあったり、粗末な木製の椅子と机の高さが釣り合っていないのも、そのストレスの要因であり、小道具の一種でもあります。


(まあ、まだ拷問器具がないだけマシかしら……?)


 殺風景という言葉すら生易しい、切り出された岩そのものの寒々しい壁や床は苔生し、得体の知れない染みがへばり付き、同様に得体の知れない虫がカサコソと這いずり回っています。


 ――うおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~ん……。

 ――ぐお~……ぐおおおお~~っ……。

 ――せ……出……ここから……出……。

 ――さ…ま……ララ……様……ここから出……。


 さらに、どこからともなく響いてくる外界の音が壁の間を反響して、まるで地の底から響いてくる怨霊の呻きのように変質して、陰鬱な雰囲気を弥が上にも醸し出しています。


 隣は危険物保管庫だそうですが、それを隠れ蓑にしてこんな施設を密かに完備しているのですから、冒険者ギルドもいろいろと後ろ暗い組織なのかも知れませんわね。

 気のせいか誰かに呼ばれているような気もしますけれど、一見したところ幽霊の類は住み着いていないようですし、たぶん気のせいでしょう。


 さて、私たちが暗がりで息を潜めて傍観者に徹している傍らでは、物々しい装備を纏った戦士が中腰で尋問を続けていました。


 カッ! と圧力すら感じられる眩い光源が、真正面から容疑者の顔を真っ白に照らし出します。


 蝋燭の灯やランプの朧な明かりなどとは比べ物にならない圧倒的な光に、悄然と薄闇の中で粗末な机と椅子に座っていた痩せぎすの少年は、咄嗟に顔をしかめて二の腕で目を遮ろうとして、『ジャララ』という重い鉄の枷と鎖の音がするだけで、ほとんど動かない両手の感覚に諦観のため息をついて下を向きました。


「真っ直ぐ前を向かんか、貴様!」


 途端、ごつい握り拳が対面から机に振り落とされ、それなりの厚みのある天板を一撃で打ち抜きました。


「ひっ――」


 反射的に電撃でも打たれたかのように背筋を伸ばす少年。 


「いい加減、本当の事を吐いたらどうだ!?」


 皓々とした白光を放つ魔道具(マジック・アイテム)と半壊した粗末な机越しに、強面の神官戦士がドスの利いた声で恫喝まがいの質問を繰り返します。


「だ、だから、俺はただの新聞記者なんですよォ……。たまたまクララ様を見かけて取材に来ただけで……勝手に忍び込んだのは悪かったですけど、まさか背中に予告文が貼ってあったなんて、全然気付かなかったし……って、もう二百回は同じ事いってるじゃないですか、勘弁してください」

 涙目で同じ答えを繰り返す『自称新聞記者』の少年。


「まだ白を切るか。それと質問以外のことは口に出すな! ついでに言えば最前の問いかけはまだ、百九十七回目だ! 貴様、わしの話をまともに聞いていなかったな!?」

「………」


 わずかな時間でげっそりとやつれ果てた赤毛の少年は、がっくりとうな垂れて「……嘘なんてついてませんよォ……」と、蚊の鳴くような声で絞り出しました。


「あ~~? 聞こえんなぁ」


 わざとらしく耳に手を当てる神官戦士。

 と、そこへ――。


「まあまあ、お待ちなさい。そう頭ごなしに否定しては話せることも話せないでしょう」


 いかにも温和そうな表情を浮かべた、まだ若い……ですが、いかにも高位聖職者だと思わせる身形と気品を持った青年が前に出てきました。


「これは……ローレンス修道司祭様。このような不浄な場所に足を運ばれずとも……」

「なんのなんの。これもつとめの内です。ましてや我が教団の愛し子たる巫女の苦難とあれば、たとえ(いばら)の道であろうと我は進むことを怖れませんよ」

「ははっ、見事なお覚悟。さすがはその徳において《サンタンジェロ》随一と謳われるローレンス修道司祭様。感服いたしました!」


 大仰な態度で遜る神官戦士と、それを軽くいなす青年司祭。

 どことなく芝居じみたこのやり取りに、少し離れた薄闇の中で私はこっそりと隣にいるイライザさんに訊ねました。


「あの、イライザさん。あのローレンス修道司祭様ってどういった立場の方なのでしょう?」

「知らないの? 実家はこの国の王家の血を引く貴族で、代々の枢機卿を輩出している名門。さらに当人は将来の教皇候補とまで目される最有力若手聖職者よ。巫女や修道女の間ではファンクラブまであるんだけど……ま、貴女は知らなそうね」

「へえ」


 てっきり無視されるのかと思ったのですが、案外あっさりと教えてくださいました。

 普段からツンツンされてましたけど、そろそろデレの時期に入ったのでしょうか? なんか二人揃って狙われているようですし、共通の敵と対した後に友情に目覚めるのかも知れません。楽しみです。


「あと《サンタンジェロ》ってなんですの?」


 ついでに気になった単語も確認します。

 普段でしたらセラヴィに訊くのですが、現在彼はギルド関係者と打ち合わせ中で不在ですので、手近なイライザさんのお手を煩わせています。

 まあ、聞くは一時の恥と言いますし。


「なんで教団の関係者が《聖天使城サンタンジェロ》を知らないわけよ!?」

 と、思ったら呆れるより先に怒られました。

「教団の本拠地、本山の別名でしょうが! 一般信徒や他国人、異教徒も暮らす『聖都テラメエリタ』の中心部、本当に教団中枢と幹部だけが住まうのが『法都サンタンジェロ』よ」


「ほほーう」

 首都の中にあるもうひとつの首都……というか不可侵領域ということね。

 前世でいうところのヴァチカン市国、いえ、聖都の真の中心部ということは、ロンドンにあるシティ・オブ・ロンドンみたいなものかしら?


「どうせ知らないんでしょうからついでに教えておくけど、“修道司祭”は本山直属のエリート司祭だから、一般の司祭より位階が二ランクは上だと理解しておきなさいな」

「巫女より偉いんですの?」

「……建前上は巫女は基本別枠なので、教皇様とも対等な筈だけど、まあ、実際のところはお偉いさんには敬意をもって接しておくに越したことはないわね」


 そう親切に付け加えてくださった後で、馴れ合い過ぎた……とでも言いたげな顔で眉をひそめるイライザさん。


 暗いから表情が見えないと思っているのでしょうが、生憎と古武術で夜目を鍛えるのは初歩の初歩。

 闇夜の鴉が見分けられる私の目は誤魔化せません。


 これはいよいよデレましたわね。

 嬉しくなって思わず私は口元を綻ばせていました。


「イライザさんって、案外といい人ですね」

「――貴女は見た目通り、常識知らずでトロいわね」


 間髪入れずにイライザさんの憎まれ口が返ってきます。


「………」


 ツンデレとはかくも厳しいものなのでしょうか?

 と、かなり真剣に思い悩んでいる間にも、取り調べは続いています。


「コリン君……と言ったかな? 我々も本気で君を疑っているわけではないのだよ」


 にこやかに赤毛の少年の肩に手をのせて、優しく囁きかけるローレンス修道司祭。

 迷える子羊を優しく教え諭す、まるで一枚の宗教画のような厳かさです。

 すかさず神官戦士の方が手元を操作して、魔道具(マジック・アイテム)の光量を抑え気味にします。


 柔らかな光の中で、ローレンス修道司祭が畳みかけます。


「結果的に脅迫状の運び屋となってしまった君も被害者の一人であり、君の魂に瑕疵(かし)はないと私は信じているよ」


 その言葉に憔悴した顔を上げ、救いの神を見るような目でローレンス修道司祭を仰ぎ見るコリン記者。


 これは……要するに洗脳の一種ですわね。

 最初に『怖い取調官』がストレスをかけて追い詰めて、続いて『優しい聖職者』が救いの手を伸ばす。


 ありふれた手ですが、さすがは『法の守護者』を自称する神官戦士と高位司祭だけあって、その手練手管には淀みがありません。

 肉体的拷問などは加えていませんが、精神的に相手を追い詰め、絶妙のタイミングで手懐けるその手口は職人芸と言えるでしょう。


「だが職務上、我々もありのままの事実を……或いは君自身が自覚していないが、犯人に繋がる重要な手掛かりがあるかも知れない、それを追い求めなければならないのだ!」

 熱意を込めて語っていたローレンス修道司祭は、そこでふと声のトーンを落として悲しみの表情を浮かべました。

「そして、どうか理解してほしい。いまも怪しげな賊に狙われ恐怖に震えるふたりのか弱い巫女の心境をっ」


 バリトンの美声で朗々と語り、最後に『か弱い巫女』に対する義憤と正義感を前面に押し立てるローレンス修道司祭の話術。


 いい加減、判断能力が低下していたコリン記者は、

「……わかりました。ボクに協力できることがあれば全面的に協力させていただきます」

 あっさりと呑まれて、自分から望んでするような真摯な表情で、コクコクと何度も頷くのでした。


((チョロっ))


 その鮮やかなローレンス修道司祭の辣腕ぶりと、慈愛の表情のまま一切ブレないその厚顔さに、私たちは身震いするしかありませんでした。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 品種改良された所謂『豚』というものは存在しませんので、代わりに良く出回っているオークの肩から腰にかけての背肉=ロースの部分を手頃な大きさに切り分けます。


 今回はお肉本来の味と脂を堪能していただくためにちょっと厚めに切り、塩、胡椒、小麦粉をまぶします。さすがに一国の首都だけあって香辛料も揃っていました。

 あと個人的には脂身の少ないヒレの方が好きなのですが、今回は食べ盛りの男の子ということでガッツリと王道で行きます。


 一人前の予定ですが、おかわりや失敗した時のことを考えて余分に準備しておきます。

 そしてその合間に割下を作っておきましょう。


 出汁はもともとギルドの食堂にあった寸胴鍋の鶏がらスープを流用させていただきます。

 小鍋に分け、強火で温めたところへ日本酒と味醂の代わりに、代用品として白ワインと砂糖を加えて味を調えます。


 そして風味のキモとなる醤油……は、さすがに首都といえど見当たらないので、代わりを考えましょう。

 お醤油は基本的に塩分と旨味を足すためですから、最悪、塩を加えて旨味は別なもので付け加えるしかありません。


 慣れないとお醤油の匂いが悪臭に感じられるとも聞きますので、物足りないですが塩をベースに味付けした調味液にするしかないかな――と覚悟しかけたところで、調理場を貸してくださった料理長さんが、「豆を使った調味料だと……? ふむ、使え」と棚の奥から瓶に入った黒い液体調味料を出してきました。


 味見をしてみましたが、醤油というよりタイの「シーズニングソース」とか「ソープーカオ」に近い感じでしょうか。大豆由来の調味料なのは確かで、これでずいぶんとお醤油の味に近づけました。

 ただ、ちょっと旨味が足りないようなので、干したキノコの戻し汁で出汁を整え、スープ全体の火力と沸騰時間を調整して煮詰めます。


 調味料を作っている間に、切ってあるオーク肉に卵とパン粉をまぶします。


 パン粉は堅いフランスパンのようなものをフォークで削って自作。

 それと問題なのが卵で、この街……というか、大陸では新鮮な卵を食べる習慣がないので、卵を割るのは結構な博打になります。

 腐っているモノは論外ですが、三分の一くらいの割合で半分孵っているものや、鳥類以外の卵が紛れ込んでいることが結構あります。まだ爬虫類ならマシな部類で、巨大昆虫の卵とか、擬態した魔物とかもいるので、料理といえど死と隣り合わせと言えるでしょう。


 ちなみに卵は産みたて新鮮が一番美味しいかと思いがちですが、実際には産んでから三日から一週間くらい経過したものの方が味が上です。

 卵内部のガスの関係でそうなるのですが、そうした卵を見分けるために濃度六%の塩水に入れ、浮き上がらずに沈んで横になったもの選別すれば良いでしょう。


 浮き上がってきたり、いきなり卵を割って『ゲッゲッゲッゲッゲッ』と、わけのわからない生物が飛び出してきたのは、見なかったフリをしてさっさとゴミ箱に捨てましょう。


 良質な卵を一人前一個だけ割って、容器の中で白身と黄身がごちゃ混ぜにならない程度に軽く混ぜます。混ぜ過ぎないのがポイントです。


 さて、いよいよトンカツを揚げます。

 さすがに高価な油をたっぷりは使えないので、お肉が浸る程度の油をフライパンに引いて、焦がさないようにしっかりと揚げます。

 揚げたら油きりをしておきます。


 それから玉ねぎを櫛型に薄切りして、水で洗ってバラして弱火で炒めます。

 専用の小さい鍋が欲しいところですがないので、今回は適当なフライパンで代用しました。


 出汁と玉ねぎを入れて中火にし、一煮立ちさせたところでカツをカットしてひきます。

 とき卵の半分を先に入れるやり方もありますが、今回は私の好みで最後に全部を使うことにします。


 で、中火のまま吹きこぼれないように注意しつつ、オタマ一杯分の割下をかけます。

 そして、カツを覆う様にとき卵を少しずつ全体へぐるりと回すようにかけ、フライパンに蓋をすれば終わりです。


 蓋をするのは卵に火を入れるためですから、時間はお好み次第ですわね。

 個人的には半熟くらいが好みなのですが、衛生面や大陸の人間の嗜好を考えて今回はきちんと全体に火が通るように長めにしました。


 さてご飯です。

 ごく少量が野菜として出回っていましたので、前もって鍋で炊いていたそれを丼に似た容器によそり、その上に小フライパンなら直にのせれば――。


「はい、特製カツ丼の出来上がりですわ。お腹が空いたでしょう? 召しあがれ」


「うおおおおおおおっ、美味い。美味すぎる! クララ様、一生ついて行きますっ!!」


 アツアツのカツ丼を殺風景な地下の尋問室で掻き込みながら、コリン記者――面倒なのでコリン君でいいですわ――が、憑き物が落ちたような顔で感極まって泣いています。


 こうでなくてはいけませんわ。

 宗教とかで雁字搦めで思想を偏重させようというのは正しくありません。

 人間、困った時は温かで美味しいものを食べるのに限ります。考えるのはそれからで構いませんもの。


「この私が直々に説得した相手を一瞬で折伏するとは……」

「うぬぬぬ」


 この光景に茫然としているのはローレンス修道司祭であり、歯噛みしているのはイライザさんでした。


「食べ終わってからでいいので、背中に貼ってあった脅迫状がいつつけられたかの心当たりと、その犯人である赤いナントカのお話を聞かせていただけますか?」

「合点です!」


 先ほどまでとは一転して、年相応の溌剌とした精彩を放つコリン君。

 こうして改めて事件の真相を究明すべく、改めて全員が膝を突き合わせて相談となったのでした。

先週末の時点でここまでほぼ書いていたので、土曜日に更新予定だったのですが、その後体調を崩してしまいました(´・ω・`)

申し訳ありません。

予定では、バレンタインSSを更新して、ついでにこっちを書き足して同時2本のつもりだったのですけど。

今後は「○○更新予定」はフラグになりそうですので回避したほうがよさそうですね。

1週間ほとんど、なろうを見られなかったのですがなんか2週間位ブランクをあけたような気持ちです。

感想も全然見てないので、見るのが怖いです(;´Д`A

ご感想をくださった皆様返答ができずに申し訳ありませんでした。


2/25 誤字修正しました。

×そいて、どうか理解してほしい。→○そして、どうか理解してほしい。

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