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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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混迷の話し合いと謎の怪文書

 周囲の景観に配慮して、白い化粧タイルでよそ行きのメイクを施された冒険者ギルド本部――ですが、そこは痩せても枯れても武装集団の本拠地。

 一皮剥けば外面如菩薩内心如夜叉を字でいくように、錬金術で強化された混凝土(コンクリート)で塗り固められた地肌は、難攻不落……とまでは申しませんが、そんじょそこらの砲撃や魔術、B級程度の魔物の集団ならば弾き返す強度を誇り、それに加えて壁の中には鉄骨や鉄板によって補強がなされ、さらに魔術的な防御陣が内と外に二重に描かれ、また一見して朱色の紋様に見える化粧タイルの塗料は、A級魔物(モンスター)の血を混ぜて作られた魔獣避けとなっています。


 まるで最前線にある要塞(トーチカ)戦術級防空壕(シェルター)のような堅固な造りで、一国の首都にあっては過剰とも思える重装備ですが、建前としては宗教国家の中枢として申し訳程度の外壁しか持たないテラメエリタにおいて、有事の際に防波堤になることを想定して備えられている……とのことで、わざわざ中心市街地から離れた立地にあるのもその為だそうです。


 まあ、土地が安いとか、冒険者が足を運びやすいから、という実利的な理由もありそうですけれど。


 そんな堅牢な建物の三階にある貴賓室は、とりわけ念入りに安全マージンが確保され、外部からの襲撃や監視、遠距離攻撃を避けるため、分厚い壁に遮られた窓のない室内に位置しています。


 とは言え、内部にいる人間に窮屈な思いをさせないように、

『♪~~♪~~♪♪』

 南国産の風琴鳥(オルガンチョウ)が色とりどりの籠の中で軽やかな歌声を奏で、多面体の水晶を組み合わせたような古代遺物(オーパーツ)が淡い虹色の光を放って、来客の耳と目を和ませるよう配慮されているのでした。


 さらに視線を転じて見れば、室内にいることを忘れさせる高い天井には、煌々とした魔道具(マジックアイテム)の明かりが灯り、何らかの魔道具(マジックアイテム)の効果なのでしょう、清浄な空気が常に適温で身体を包み込んでくれます。


 広い室内にはグリーンの絨毯に鉢植えの観賞植物が配置され、さらには冒険者ギルドらしい古代の美術工芸品が立ち並んでいて、まさに至れり尽くせりと言えるでしょう。


 一般人であれば気後れしそうな典雅な空間なのですが、この部屋に通される世間的地位(ステータス)を持つ人間ならば居心地がいい……と感じるところでしょう。普通なら。

 ですが現在の室内には、どうにもいたたまれない……噂に聞く圧迫面接の会場のような、刺々しくも重苦しい空気が充満していました。


 その原因の九割方を担うドレス姿の少女が、いましも猛り狂っています。


「その料理人が駄目であるなら、別の料理人を連れて来るなり、別の調理法を考案するなりすればよろしいでしょう! その程度の融通もつかないのですか、このギルドは!?」


「で、ですので、その料理を作れるのは考案された聖女スノウ様か、『ドワーフの林檎亭』の主人である賢者ホリディ様だけなのです」


 エキサイトしているシモネッタ公女に対して、あくまで下手に下手にと対応する副ギルド長。

 時折、何かを求めるように目配せをされますが、秋波を送られているのでなければ――この状況で少女をナンパする中年とか一周廻って賛嘆の念を抱きますけれど――必死にSOSを発信しているのでしょう。


 で、気がついていないのか、初めから取り成す気がないのか、イライザさんは完全に我関せずで紅茶を嗜んでいます。


「あの――」

「部外者は引っ込んでいなさい!」


 意を決して私が口を挟もうとした瞬間、お風呂場に連れて行かれそうな猫のように、敵意満載の視線で睨み付けられました。これは無理に余計な口出ししようものなら、火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていますわね。


 そのようなわけで、私としてはテーブル越しに『ごめんなさい』と手を合わせる他はありませんでした。

 『おう……』と、捨てられた小犬――と言うか、屠殺される寸前の野豚のような顔で天を仰ぎ見る副ギルド長でしたが、ギリギリ現実に踏み止まったようで、力なく反論いたします。


「む、無論、こちらでも他の料理人に打診はしているのですが、なんでも下拵えの段階での塩もみに秘伝があるとかで、普通に塩をかけると溶けるんです……」


「塩で駄目? なら砂糖をかければいいでしょう」


 途端、シモネッタ公女の頭悪い……いえ、斬新な反論が電光の速度で返ってきます。


「「「いやいやいやいや」」」


 なんというか……『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』的な的外れな意見に、思わず私と副ギルド長とシモン卿のツッコミが唱和いたします。

 洒落抜きで将来的に民衆の税金を湯水のように散財し、挙句ギロチン台にかけられそうです。大丈夫でしょうか、オーランシュ辺境伯領? と言うかまさかと思いますが、シルティアーナ(わたくし)を殺した下手人ってもしかしてこの方だったりしないでしょうね? その場合、江戸の敵を長崎で……ではありませんが、ここで完膚なきまでに屠っておいても正当防衛とか、(私自身の)弔い合戦とかの理屈は成り立つのでしょうか?


「いまさらの常識ですけれど、振りかけるのがお塩でもお砂糖でも、結果的には蛞蝓は溶けますので無意味ですわ」


 とりあえ豆知識としてフォローしておきます。まあ、この世界のこの地域限定の蛞蝓が同じ性質かどうかは不明ですけれど、少なくとも塩で溶けるなら同じく砂糖でも溶けるでしょう(正確には水分が抜けるのですけど)。


「あら、流石はクララさん。そうした野趣溢れる知識は豊富ですこと。きっとあれよね……子供の頃、抵抗できない昆虫の手足をもいだり、ダンゴ虫を石で擂り潰したり、蛙のお尻に爆竹を――」


 と、そんな私の言葉に被せるようにして、これまで無関心を装っていたイライザさんがワザとらしく身震いしながら口を挟んできて、やんちゃな男の子がやるような残酷な遊びを臨場感たっぷりに話します。


 そんなことはしませんわ! 子供の頃は普通に絵本を読んだり、フルーツバスケットをやったりして遊ぶ位で……あら? これは前世と現世どちらの記憶でしょうか? あとイライザさんの口ぶりが妙に生々しいですけど、もしかして経験者でしょうか? あるいはこの世界の一般的な女児の行動として普通なのかもしれませんわね。


 そんな私たちの援護射撃(かしら?)で話が一時脱線したことで、シモネッタ公女は気分を悪くしたようで顔をしかめ、結果的に一息つけた副ギルド長にはわずかばかり精彩が戻りました。


「依頼を受けるにしても、努力はいたしますが満足できる結果を報告できるかどうかは、申し訳ございませんが確約できないことを公女様にはご理解いただけますでしょうか?」

「ふん。聖都が聞いて呆れるわね。満足な料理人一人確保できないなんて。その点、我が公国に所属するのは千年の歴史を誇るグラウィオール帝国の流れを汲む超一流の料理人ばかりですから、その程度の難題即座に対処するでしょうに」


 だったらその一流料理人に料理させたら? と全員が心の中でツッコミを入れましたが、当然シモネッタ公女は周囲の空気を斟酌することなく、『ポン!』と両手を合わせて名案とばかり、さらに無理難題を重ねます。


「そうだわ。その賢者ホリディとやらが駄目ならば、発案者だとかいう聖女スノウを招聘して指導を仰げばいいではないの? ギルドの依頼以外でも新聞にでも広告を出してもいいし、最初に言ったように金や条件に糸目はつけないから」

「「「無茶言うなやっ!!」」」


 副ギルド長、イライザさん、セラヴィの聖女教団にゆかりの強い三人が同時にツッコミを入れます。


「聖女様をなんだと思っているの!? たかだか小国の公女ごときが不敬もいいところだわ!」

 さすがに聖女様に仕える巫女として看過し得ないと判断したのでしょう。イライザさんがいきり立っています。


 いや、まあ私もさすがに聖女相手に『ここまでおいで、甘酒進上』を提案されるとは思っていませんでしたので、度肝を抜かされたのは確かですけれど、あの(、、)聖女様なら案外ホイホイ顔を出しそうで頭から否定できないところが……。


 周囲の猛烈な突き上げに、当人はともかくアウェーで危険と判断したのでしょう。

 随員数人がなにやら耳打ちをして、これ以上余計な口を叩かないようシモネッタ公女に囁きかけています。


 それを受けて不機嫌な顔になるシモネッタ公女。

 いまさらですけれど彼女に対して『公女』という表現を使うのは、私としては微妙なところですわね。いちおうは父であるオーランシュ辺境伯の正妻で、第四夫人の娘である私から見れば、継母ポジションとなるのですから、本来であれば敬意を込めて「シモネッタ様」とお呼びすべきなのでしょうけれど……。


 そもそも曖昧な記憶の中にある彼女は、どきつい化粧と絢爛豪華――ほとんど年末の歌合戦用の仮装か、もしくは傾奇者(かぶきもの)ばり――な衣装をまとった中年貴婦人でしたので、いろいろとギャップが凄すぎて同一人物とは思えません。


 確かオーランシュにいた当時も、立場上あまり喋ったことはありませんでしたし――一方的に罵られたという経験を別にすれば――こうして改めて接した感想としては、愚物とまでは言いませんが“背伸びをした我儘な子供”という感想でしょうか。


 少なくとも顔立ちそのものは隣にいるイライザさんに比べて数段見劣りがします。

 醜いというわけではありませんが、化粧を落とせばどちらかといえば地味で印象に平凡な部類でしょう……まあ、雰囲気がきついので存在感はありますけれど。

 あとドレスや装飾類も派手ですが、あくまで一般的な範疇に収まっていますので、「あれェ?」という感じですですわね。


 どの時点で適正進化を外れて、得体の知れない悪魔合体をしたのでしょう。女って怖いですわ。それともあれが“馬齢を重ねる”という言葉の見本なのかも知れません。


 ――気をつけなければっ。


 知らず私は拳を握っていました。

 人間年を取るのは当然ですが、漫然と年齢を重ねたり、まして晩節を穢すような真似をしてはいけません。

 無理なダイエットはほどほどにして、今後はお肌の張りと艶を保つことを第一に考えましょう。やはり紫外線を避けてコラーゲンかしら……?


 と、悩む私を放置して事態は収束へと向かって突き進んでいました。


 やがて周囲の説得で不承不承納得したらしいシモネッタ公女は、

「無理なことは理解しましたわ。ですが、頭ごなしに無理だと言うだけでこの程度の融通も利かないのですか、この街の冒険者ギルドは? それと、この私がわざわざ足を運んだというのに、最高責任者ではなく副ギルド長程度が対応するとは、随分となめられたものね。このことは国許へ伝えておきますので、肝に銘じておくように!」

「いえ、ギルド長は現在所用で聖堂に」

「言い訳は結構っ!」


 必死に額の汗を拭う副ギルド長に対して一喝すると、執事(バトラー)から受け取った『冒険者ギルド依頼申請書』にさらさらとサインをし、シモネッタ公女はそれを叩きつけるようにしてテーブルに置きました。


 ついでに随員たちがテーブルの上に広げられていた金貨と宝石の山を手馴れた仕草で片付け、

「こちらが手付けになります」

 と一言断りを入れて、金貨を数枚だけを残して置きました。


 どうやら「金に糸目はつけない」というのは半分はハッタリ(ブラフ)だった模様です。


 徹頭徹尾、首鼠両端の様相を呈してテンパっている副ギルド長の代わりに、書類の確認を求められた受付嬢のマリナさんが、依頼申請書の内容と金額を見比べて、

「……確かに書類上は不備はありませんね」

 苦渋の表情で事務的に頷きます。


 言質を得たとばかり、シモネッタ公女は満足げな表情で頷くと、これで用件は済んだとばかり立ち上がりました。


「よろしいですわね! 来週初めまでに生意気な料理人に身の程を知らせるか、それに代わる料理と料理人を用意しておきなさい」


 そう叩きつけるように言って、随員に囲まれて出口へと向かいます。


「まあ、最悪適当に『創作料理を作りました』とでも言って、お刺し身とか踊り食いとか生で食べられる方法を考案するとかしたらいいんじゃないかしら?」

 どうせ食べるのは世間知らずのオーランシュ王国の王子様……というか、ウチのパパンですから。


 私の気休めの言葉に副ギルド長は力の抜けたため息を漏らして、

「できれば生は遠慮したいところですなあ」

 シモン卿が微妙に顔を引き攣らせてぼやいています。


 そんなこちらの内輪の話は聞く耳も持たないとばかり退室しようとしたシモネッタ公女一行ですが、ちょうど出入り口の分厚い木製の扉のところまで行ったところで、慌しい足音とともに外側から激しいノックの音がしました。


「誰だ?」


 内側にいた警備員の誰何に、扉越しに慌てた声が返ってきました。


『副警備主任のインドロです! 大至急、タルキ副ギルド長にご報告が! 大変なのです、クララ様とバーバラ様の御身に危険が!』


「なにィ!?」

「「はい?」」

「……なによ、これは?」


 一時的に心労から解放されたかと思いきや、いきなりの凶報にタルキというお名前だったらしい副ギルド長が反射的に椅子から立ち上がり、私とイライザさんは思わず顔を見合わせたのち、なんとなく示し合わせたように視線を逸らし、いままさに出ていこうとしたところで機先を制せられたシモネッタ公女は、鼻白んだ様子で眉を寄せます。


「――いかがなされます、タルキ副ギルド長?」

「す、すぐに部屋に入れろ!」

「わかりました。……念のために合言葉を言え」


 泡を食うタルキ副ギルド長とは対照的に、警備員の方は実直な様子で腰の剣に手をあてて扉の向こうに問い掛けます。


 特殊な符丁を使っての短い遣り取りを経て、

「――よし、いいだろう」

 納得いった顔で内側から扉の鍵を開ける警備員さん。


 開かれた扉の向こうには長身の剣士と、その背後にもうひとり……いえ、古着らしいジャケットを着て、ハンチングを被った痩せた赤毛の青少年が、もうひとりの筋肉質の青年に後ろ手に両手を捻られて、引き摺られるようにして歩かされていました。


「失礼致します。この男がしきりに三階を嗅ぎ回っておりましたので拘束したところ、こやつの背中にこのような紙が」


 一礼をして貴賓室の中に入ってきた青年の手には、これといって特徴のない紙が一枚ありました。

 目を凝らしてみれば、そこには簡潔な一文と署名が――。


『本日、このギルド本部を訪問しておられる巫女様の大切なものをいただきに参上いたします。 by:怪盗赤い羊(レッドラム)


 その内容が頭に入った瞬間、その場にいた全員が息を呑んだのでした。

次回は土曜日くらいに更新します。

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