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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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巫女の聖地と巫女姫の現在

第四章は三章よりは短い予定です。

主観時間の経過を1年から10ヵ月に変更しました。

 街へ出て教団が運営する施療院で治療活動を行い、ついでに奉仕活動の一環として、下町に程近い教会の炊き出しに参加をしまして、スラムの子供達や戦災孤児、傷病兵などにパンとスープ、それと私の肝煎りで最近作るようになったちょっとした雑菓子(今回はマドレーヌ)を配り終えたところで、半日以上が経過していました。


「クララ様、ありがとうございます!」

「クララ様っ、このお菓子、本当に弟達の分も貰っていっていいんですか!?」

「本当にありがとうございます。クララ様のご助言のお陰で、脚気が治りました」

「町外れの墓地を浄化してくださり、住民一同感謝いたします」

「本当にありがとうございます。クララ様のお陰で指が動くようになりました。また仕事に行けます」

「クララ様の激励でうちの亭主が働くようになりました」

「クララ様に撫でていただいたお陰様で馬鹿が治りました!」

「クララ様を見て十三歳以上の少女を愛せるようになりました!」

「クララ様! クララ様!」


 笑顔で見送りしてくれる皆様に手を振って、余計な荷物を『収納(クローズ)』した私は、人の背丈ほどもある錫杖だけを握って、一度所属する教会に顔を出すべく、ここユニス法国の首都テラメエリタの町並みを眺めならゆっくりと帰路に就きました。


 大陸北部域は治安が悪く、たとえ街中でも女の一人歩きは危険なのですが(一応、もうひとり付いてきてはいますけれど)、さすがにここは『聖都』とか『教都』などと呼ばれるだけあって、この町に住む人たちは聖女教団の信徒である割合が高く、比較的治安が良く、普通に町を歩いているだけでも私の白を基調とした巫女特有の法衣を見て、見知らぬ方々もその場で聖印を切って挨拶をしてくれます。


「ご苦労様です、クララ様」

「ありがとうございます。御機嫌よう」


 この十ヵ月余りでだいぶ慣れた私も、割と自然な動作と笑顔でそれに返礼をできるようになりました。

 とは言え、ある意味住民総出で監視されているようなものなので、多少窮屈さを覚えるのも確かです。


 途中、香辛料の良い匂いを出しているケバブの屋台を横目に見ながら、小さく鳴るお腹を押さえて、思わず唾を飲み込んで……私はひとりごちていました。


「――ふう。さすがにこの恰好で買い食いするわけにはいきませんわね」


 途中で配給の味見をした以外、ロクに食事もしないで一日中バタバタ走り回っていたので、さすがに疲れと空腹を覚えます。ですが、清廉かつ清貧を美徳とする聖職者――ましてや巫女が、道端で買い食いをするなどという行為は、私の胃袋が許しても世間様が許してくれません。


 こういう時は不便ですわ……と思いながら、後ろ髪を引かれる思いで、屋台の前を通りを抜けたところで、私と同じ白の巫女装束を身に纏った少女と、偶然出会いがしらに街角で顔を合わせました。


 もっとも、私が徒歩なのに対してあちらは白塗りの専用馬車で、偶々十字路で停まっていた窓から顔を出していた彼女と視線が合っただけですけれど。


「あら、アーデルハイドさん。ご帰宅かしら? 大変ね、毎度毎度下町へ出かけて女給の真似をされるなんて。人気取りの為とはいえ、わたくしにはとても真似できませんわ。――もっともずいぶんと堂に入っているという評判ですから、もともとそういった出自なのかしら? ふふん、栄えある聖女教団の正巫女ともなると、貴族以上に一挙一動に優雅さが求められるのだけれど、果たして貴女に務まるのかしら? ま、いまのところ付け焼刃でどうにかなっているようだけれど、無理はなさらない方がよろしくてよ。役不足だと思うなら今からでも辞退した方がいいのではありませんこと? おほほほほっ、せいぜい馬脚を現さないことね、馬の骨さん」


 嘲りをたっぷり含んだ彼女の言葉に、同乗しているお付きの十台前半から半ばほどの年齢の巫女候補たちも、クスクス嗤ってこちらを見下した目で私の反応を窺っています。


 ――なんて言うか……わかりやすい挑発ね。


 彼女たちの上から目線に憤慨するよりも先に、『うわぁ凄い。本当に口許に手を当てて「オーッホッホッホッ」と笑う人が実在するのね!』と、伝説の珍獣に遭遇した気持ちで、思わずまじまじと彼女の整った顔を凝視していました。


 ちなみに彼女はイライザ・ファリアスさん。私よりひとつ年上の十五歳で、洗礼名は『バーバラ』。私と同じ教団の正巫女ですが、両親ともに代々教団の高位聖職者だったという正真正銘のサラブレッド巫女です。


 そんな彼女ですから、いきなり半年前に教団本部に招聘されて、あれよあれよと言う間に手順を八段階くらい素っ飛ばして、一般人から正巫女に就いた私の事を胡散臭く、目障りに感じているのは当然でしょう。

 誰だってそう思います。私だってそう思います。

 とは言え普通なら、それをあからさまに出すほど世間知らずではないでしょうけれど……。そう思えば世間知らずな彼女の露骨な嫌味も、一周回って可愛らしく思えます。


 そもそも私がこの国では素性の知れない馬の骨なのは確かですし、大体において『正巫女』の立場なんてさほど重要視していませんから、いつでも辞めることはやぶさかでないのですよね。

 十ヵ月前に瀕死の状態を助けていただいたクラルスの教会長様の立場を慮って、こうして成り行きで教団の巫女装束を着ているわけですけれど、もともと本意ではありませんし……。


 なんてことを考えていた私の超然とした態度に焦れたのか、せっかく道があいたのに御者に命じて馬車を停めたままにしていた彼女が、苛々した面持ちで柳眉を逆立てました。


「何とか言ったらどうなの、アーデルハイドさん!?」

「………」

「聞こえているの、アーデルハイドさん!」


 連呼されたところでようやく私のことだと気が付きました。

「ああ、そういえばいまは“アーデルハイド”でしたわね。申し訳ありません、慣れないもので聞き流していましたわ」


 私の正真正銘、正直な弁明にイライザさんの沸点があっさりリミットを越えました。


「ふざけてるんじゃねーわよ! ちょっと顔とスタイルが良いからって、いい気になってるんじゃないわよ、このスベタ!」


「むう。さっきからなんですか、クララ様を馬の骨とか役不足とかって!」

 私に随伴して形だけ荷物持ちをしていたミニスカメイド――コッペリアが、心外だという風に食ってかかりました。


「ふんっ。役不足の馬の骨を馬の骨と言って何が悪いのかしら?」

「まだ言いますか。クララ様に対して役不足とか妥当ではありません! そもそも意味をわかっているんですか?」


「えーと、意味としては『役者さんの力量に比べて、その役目が不相応に軽いこと』を指すので、もしかして私のことを高く評価しているということかしら?」


 とりあえず殺伐とした場を和ませるために、やんわりと間に割って入って豆知識を披露しました。


「んなわきゃないでしょう! どこまで図々しく自己肯定するつもりよ。直截(ちょくせつ)に言えば、貴女じゃ正巫女の位は持て余すから辞めろって忠告してるのよ!」


 窓枠を激しく両手で叩いて喚き散らすイライザさん。見た目は少々険がありますが、まず十人中八~九人は美少女と言い切る美貌の持ち主で、また巫女としての実力も若手の中では跳びぬけていると言ってもいいでしょう。

 普段はそれを自覚して鷹揚かつ優雅な立ち振る舞いを心がけている彼女ですけれど、先ほどからいろいろと台無しな取り乱しようです。


「――あら、そうでしたの? ですがその場合は『役不足』だと誤用ですわ。正確に『力不足』と言うべきだと思いますけれど。あとついでに言えば、馬の骨は確か『一に鶏助(けいろく)、二に馬骨(ばこつ)』と言って、料理をするのに鶏助――ニワトリの肋骨は、小さ過ぎて役に立たなくて、それと反対に馬の骨は大き過ぎて処分に困る、という意味から本来は『役に立たない人間』を指す言葉なので、意味合いとしては重複しているような気が致しますわね。減点ですわ」


 巫女というと人に教え諭す立場ですので、今後間違って誤用をしないように、なるべく傷つけないように優しくイライザさんに伝えます。

 ついでに頑張って気合を入れた笑みを馬車の皆さんに送ると、イライザさん以外の巫女候補たちが途端バツの悪い顔で目を逸らせました。――はて?


「そんな揚げ足取りでいい気になったつもりなのかしら。……本当に気に食わない女ね、貴女って。聞いたところでは、浄化術が使えるとか、ドラゴンをひとりで斃したとか吹聴して上手く取り入ったようだけど、どこまで本当かしらね? 大方、治癒術で幽霊(ゴースト)を追い払ったとか、蜥蜴(とかげ)もどきの亜竜(レッサー・ドラゴン)でも相手したんでしょう。いいこと、教団内部ではわたくしと貴女とをライバルだなんて言っているみたいだけれど、わたくしは認めないわ!」


 ギリギリと歯を軋ませて呻くイライザさん。

 と言われても――、

「ライバル? 初耳ですわ」


 耳を疑う言葉に思わず目を丸くすると、一瞬絶句したイライザさんですが、どこか据わった目付きで私を見下ろして、

「……そう。わたくしなんて眼中にないというわけ? いいわ。見てなさい、その取り澄ましたツラをぎゃふんと言わせて見せるから!」

 そう綺麗に磨かれた人差し指の爪先で指されて宣言されたので、思わず首を傾げて、

「――ぎゃふん?」

 と言ったところ、

「どこまで巫山戯(ふざけ)た女なの、貴女って!?」

 無茶苦茶怒られました。


「おぼえていなさい!!」

 そう言い残して立ち去って行ったイライザさんの馬車を見送る私とコッペリア。


「……結局、何が言いたかったのかしら?」


 首を捻る私の傍らで、コッペリアが妙に偉そうに肩をそびやかします。

「所詮は負け犬の遠吠えですよ。クララ様が歯牙にかけるような相手ではありません」


 回答になっていません。

 なんで私の周りにいる面々は、会話のキャッチボールができないのでしょう?


「まあ、少なくとも聖地ではあまり私が歓迎されていないのは理解いたしましたけれど」


 私の弱気ともいえるボヤキに対して、以ての外とばかりコッペリアが首を横に振ります。

「あれは単なる妬みですよ。大体において、総魔力量七千百八十。魅力Aランク程度の俗物が、現状の若手巫女で最有力なんて言うんですから笑っちゃいます。クララ様の三分の一じゃないですか」


「別に魔力の多寡や美醜で人間の価値が決まるものではないと思いますわ。それに、一個人の能力が突出していてもできることは限られていますわ」

 せいぜい村を襲った準竜(コモン・ドラゴン)を斃す程度が関の山ですから。

 

「本当に、ままなりませんわね」


 再び歩き始めた私は町並みと行き来する人々を眺めながらため息をつきました。

 心なしか街全体の空気がざわついて、武装した冒険者やどうみても盗賊では……? という人相の悪い人々が散見できます。


 このあたりはまだマシだとは言え、国同士の小競り合いなどで流民となった他国人や、食い詰めた傭兵などが日を追うごとに増えて、町外れのスラムに流入してきているのも確かです。

 時代のうねり……というものでしょうか。誰に教えられたわけでもなく、人々は自分たちがいま点火寸前の火薬庫にいるのを肌で感じ取って、緊張と不安の中にいるのでしょう。

 何しろ私は知っているのですから。

 今年の終わりから来年にかけて、この北部諸国が動乱に満ちて、その結果として『リビティウム皇国』が誕生するということを。


「よりにもよって、三十年以上前にタイムスリップするなんて……」


 いまさらですが翻弄される自分の数奇な運命にため息しか出ません。


 背中からコッペリアの怪訝な声が掛かりました。

「どうしました、クララ様?」


 ――クララ様、か。


「いいえ、何でもないのですけど……いい加減、『クララ』と呼ばれるのも、教会長様につけていただいた『アーデルハイド』という名も慣れないものですわね」

「???」


 首を捻っているコッペリアは放置して、とりあえず空腹を紛らわすべく歩みを進めました。

 慣れはしませんが、こんな私でもこの混迷の時代の人々の希望になれるのであれば、その名を甘んじて受ける覚悟を決めるべきなのかも知れません。

 ですが……。


「――会いたいな」


 心の故郷とも言える大陸中央部――闇の森(テネブラエ・ネムス)の方角を見詰めて、小さく呟いていました。

毎回、誤字脱字、誤用が多くて申し訳ありません><

ご指摘まことにありがとうございます。


※参考

アーデルハイド=クララ(ジル)ちなみに「アーデルハイド」は「高貴な姿」を意味します。

身長165セルメルト、体重49キルグーラ(根性で40台をキープしている)。

HP: 2,210

MP:21,480

魅力度SS級

女子力95(リミットが100)

攻略難易度・ラスボス級


イライザ・ファリアス=バーバラ

身長159セルメルト、体重46キルグーラ

HP: 1,150

MP: 7,180

魅力度A級

女子力53(リミットが100)

攻略難易度・高め


ちなみに、この世界での人間族の平均は成人男子で

HP: 700

MP: 100

貴族は血統的にこの倍くらいになりますし、一般人でも訓練によって上昇させることが可能です。魔物を倒せばレベルがUPするとかはありません。修行や魔道具などでレベルが上がれば、結果的に魔物を倒せますし、場合によっては上位種へ転生することも可能です(人間の場合は真人になります)。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり本人が時間遡行して歴史を作ったパターンか。
[良い点] 三章前半までは面白かったです。 [気になる点] 結果を書いた後過程を書いたり、実際に起きたことを書いた後何が起きたのかを書いたりなど、描写の時間軸を逆転させているのは意図的なものだと思いま…
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