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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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塔上の王子様と救いのお姫様

 篝火や角燈(ランタン)、魔法の明かりで照らされた『聖キャンベル教会』の敷地ですが、それでも夜間と言うことで完全に宵闇が払拭されているわけではありません。

 これでは思いがけず夜陰に乗じて不意を突かれる可能性もあるでしょう。


「“光よ我が(かいな)を照らせ”」

 なのでまずは視界を確保することにしました。

「“光芒(ライト)”」


 自分の周りに光の塊を三十個ばかり作って、それを教会の敷地内に均等に照らすよう分散させ、五メルトほどの空中に待機させます。

 これでほとんど死角はなくなったはずですが――。


 と、なぜか起き上がった冒険者や兵士――特に魔法使いか、術者の恰好をした人たちから、一斉に地鳴りのようなどよめきの声が漏れ出しました。


「なんと……この数の光魔法だと!?」

「すべて個別に独立して浮遊している!」

「信じられん。なんという魔力量と構成力なのだ」


「………」

 え、これってそんな大した魔法でしたの? 夜の読書に便利な生活魔法という意識で、適当にアレンジして使ってましたけれど……。

「……………」

 ――ま、まあ、やってしまったものは仕方ないですわよね。知らなかったし、一回くらいならノーカンですわ、ノーカン。


 私は気を取り直して――問題の棚上げとも言います――先ほどから熱心に手を振ったり、その場でジャンプしたりと、豊富な身体言語(ボディランゲージ)で自己主張しているルークへ視線を巡らせました。


 どういうわけか教会の鐘楼にひとり登っていますけれど、何かの罰ゲームでしょうか? もしかして、イジメ? と不審に思いながらフィーアにお願いして、先にそちらへ寄り道することにします。ついでにお願いしたいこともありましたし。


 近づくにつれてルークがキラキラと――まあ、普段からキラキラ王子様オーラを放ってはいますが、さらに十割増しくらいで――輝いて感動に浸っている様子が見て取れます。

 なんというか……悪い魔女によって何年も塔に閉じ込められていたお姫様が、助けに来た白馬の王子様を迎えるような、そんな熱に潤んだ瞳です。


 ――これ普通、立場が逆じゃないでしょうか?

 内心、配役に首を傾げながら手を伸ばせば届く距離でフィーアに空中浮揚(ホバリング)してもらい、目線の高さをルークに合わせます。


「ジル! 無事だったんですね、心配しましたよ!」


 よほどご心配をお掛けしたのでしょう。はしゃぎっぷりが半端ないです。いまにもこちらに跳び乗ってきそうですが、さすがに現在は定員一杯なのでちょっとご遠慮願うことにしました。


「ご心配をお掛けして申し訳ありません。どうにか私は無事ですわ。ところで……」

「なんじゃい、クララ。このやたら毛並みの良さそうな坊主は。新しい男か?」


 用件を切り出そうとした矢先に、私の後ろに乗るコッペリア(ヴィクター博士)が、因業そうな目付きでルークを品定めしながら、悪怯れない口調で訊いてきました。

 思わずズッコケそうになります。


「人聞きの悪いことを言わないでください! 新しい男も古い男もいませんわ!」

「はン! あれだけお前に首ったけだったシモンとの過去はなかたことになっとるのか。これだから女は信用できんのじゃ」

「だからそれは私じゃないと言ってるでしょう!」

「おーおー、そういえば名前を変えたんじゃったな。それで過去はなかったことにするつもりか。相手はいい面の皮じゃが、まあ儂の知ったこっちゃないわな。つーか、ちょっとばかし顔の出来がいい男が玩ばれるのは、ざまぁみろじゃ」


 けっけっけっと嗤いながら、私たちの会話を聞いて彫像のように固まっているルークの顔を、侮蔑と揶揄をたっぷり乗せた上から目線で見下します。


「………」

 たっぷりと五回ばかり深呼吸をしたところで、ぎぎぎぎ……と音がしそうな動作で首を巡らし、ルークが途方に暮れたような表情で私の顔を見て、恐る恐る確認してきました。

「ジル……」


「全部出鱈目です! 本気にしないでください!」

 説明するのが面倒臭いので、頭から否定しました。


「そ、そうですよね。そんなわけないですよね。僕はジルを信じていますから」

「その通りですわ!」


 あからさまにほっと胸を撫で下ろすルークの態度に、

「チョロいのォ~」

 私もちょっと抱いた素直な感想を、コッペリア(ヴィクター博士)があっさりと口に出します。


「このォ――」

 この場から叩き落してやろうかしら。

 そう発作的に思って実行に移しかけたところで、さすがに不快に感じたのかルークが、コッペリアを胡散臭そうな目で見ながら、「ジル、こちらはどなたですか?」と思うところはあるでしょうがあくまで紳士的に訊ねてきました。

 中身、百年から生きているボケ老人とは大違いの大人の態度です。


「この変なメイドは、ちょっとした切っ掛けで知り合った人造人間(オートマトン)ですわ。それで実は、中身にあのアンデッドや不死者の王(ノーライフキング)を生み出した錬金術師の人格が複写されているので、いろいろと参考意見を聞くために連れて来たのですが」


 失敗でしたわ。――暗にほのめかせた私の言葉に深々と頷いて同意したルーク。それから話の内容を吟味して理解したのでしょう。コッペリアを見る目が不信感の塊になりました。


「おい、ちょっと待て。それでは、まるで儂がすべての元凶みたいではないか!」

 だいたいあってますわ。


「貴方も少しは自覚を持って自重ください。なんだかんだ言っても、違法な研究をして命を玩んだ罪は消えませんし、この惨劇を生んだ原因を放置した遺棄責任や製造者責任もあるのですから」

「ふん。学問の発展に貢献して何が悪い! できたもんをどう使うのかは個人の裁量じゃろうが。買われた斧で薪を割るか、人を斬るかまで鍛冶屋が考えにゃならんのか? そこまで責任は持てんわい!」


 悪びれることなく堂々と胸を張るコッペリア(ヴィクター博士)

 そうは言っても鍛冶屋さんだって相手を見て売ると思いますし、刃物を作る以上、自戒と自責の念は常に頭の片隅に抱いていると思うのですが、この方には欠片ほどもその意識がないところが終わっています。

 やっぱり早い段階で事故に見せかけて始末したほうがいいかも知れませんわね。


 同じ事を考えたのでしょう。思いっきり蔑んで糾弾するような目でコッペリアを一瞥したルークですが、蛙のツラになんとやらで堪えた様子のない厚顔さに、軽く舌打ちをしてその視線を教会の前庭へと下ろしました。


「それで、さっきの〈不死者の王(ノーライフキング)〉ですけれど、アレで斃せたんですか?」

 小山のような黒い甲冑を視界に納めて、希望と懐疑とかが半々という口調で訊いてきました。


「さすがに無理だと思いますわ。びっくりして足止めしているというところではないでしょうか」


 できればアレで始末がついたと思いたいところですが、さすがに希望的観測が過ぎるというものでしょう。台所にいる黒い悪魔だって、一発叩いた位では成仏しませんし、〈不死者の王(ノーライフキング)〉のしぶとさは重々承知しています。


「と言うことで、いまから下に降りて雑魚の始末をしてきますので、ルークにはこの場からの援護と、それと――」


 上半身だけで振り返って、私とコッペリアの間にくくり付けていたソレ――もともと着ていた私の黒いローブで縛って落ちないようにしていたエレン――を固定していた紐を解きました。

 いまだショックで意識を手放している彼女を、三人で協力して持ち上げてルークに渡します。


「エレンをお願いします。危険なので、目を覚ましても私の方へ来ないよう、ここで預かっていていただけますか?」


 私の懇願にルークが顔を強張らせました。

「危ないことをするつもりですか? それなら僕もお手伝いします」


 予想通りの反応にどうしたものかと頭を悩ませます。気持ちは有り難いのですが、イゴーロナクが再起動すればまた先ほどのように『威圧(パリイ)』を使われ、為す術なくなることは目に見えています。

 あれはある程度距離に比例するので、できれば遠距離から援護してもらった方がこちらとしても気楽なのですが……。


「ふん、本命の相手以外の娘の安全なんぞどうでもいいか。これだから顔のプリントのいい奴は虫が好かんわい!」


 コッペリア(ヴィクター博士)の皮肉に、はっとした顔で足元で簀巻き……もとい、蓑虫状になっているエレンを見下ろすルーク。


「お願いします。私にはこの対不死者の王(ノーライフキング)装備の『聖天使(サンタンジェロ)のローブ』と『星華の宝冠(ティアラ)』があるので、ある程度安全が保障されていますが、他の皆さんはそうはいきませんから、後顧の憂いをなくすためにもルークにお願いしたいのです」


 上目遣いでそう懇願しながら、上半身を伸ばしてルークの両手を掴んで、そっと握り締めます。名付けて必殺『乙女のお願い』――力を入れすぎないことがポイントだと、ヴィオラから教わったのですが、果たして効果は抜群だったようです。


「ま、任せてください! きっとエレン嬢をお守りしますし、ジル、君のことも絶対に守りますっ」

 頬を赤らめたルークが私に倍する力で私の手を握り返して請け負いました。


「つくづくチョロい――どわっ!」

 余計な一言を言いかけたコッペリア(ヴィクター博士)の顔を、無属性魔法で殴り飛ばしました。


「それでは、いってまります。後のことはよしなに」

 端的に挨拶をして、現在、息を吹き返した冒険者及び軍人混成部隊とアンデッド軍団が戦う教会の敷地内へと、フィーアを駆って参戦するために踵を返しました。


 ふと、見ると教会の前に聖職者集団が蹲って妙に厳粛で熱っぽい眼差しで祈りを捧げていますが――誰か有名人でも来ているのでしょうか? そんな雰囲気です――個人的には、祈る前に行動して欲しいと熱望するものですわね……と思いつつ、私は跨ったフィーアの翼の付け根辺りを軽くさすります。


「さあ、いきますわよ。とりあえず雑魚は蹴散らして、非戦闘員を退避させることを第一目標にします!」

「うおおおおおん!!(わかったーっ!)」


 一声、咆哮をあげるフィーアとともに、勇躍私たちは戦場へと向かいました。

現在、ジルが装備しているのはコッペリア(ヴィクター博士)謹製の対イゴーロナク装備です。

聖天使(サンタンジェロ)のローブ』は状態異常を六十パーセント無効化して、吸精などを防ぐ効果があります。

『星華の宝冠(ティアラ)』は浄化・治癒術の効果を増幅及び収束する能力があります(あくまで使い手の力を効果的に運用するだけで、自力がアップするわけではありません)。


11/11 誤字訂正しました。

×パリィ→○パリイ

なお、ロマサガのパリイとは違って、MMORPGでの「敵の攻撃を無効化する」という意味での「パリイ」になります。

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