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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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博士の異常な情熱と封印の鍵

 どうにも不気味な呻き声を上げる(元)封印の泉を前に、椅子代わりに適当な瓦礫に腰を下ろしたコッペリア――人格はヴィクター博士の複製らしいですけど――が、どっかと大股開きで状況を説明し出しました。


「そもそも、あれはいまから九十八年前……いや、八十九年前じゃったかのォ、まあ、どっちでもいいわい」


 いい加減な出だしの上に、お年寄り独特の脚色と脱線とかが濃厚で、話が無駄に長くなりそうな雰囲気が早くから漂っています。あと仮にも少女の姿をした者が、こういった慎みのない仕草をするのは、同じ女としてどうかと思うのですが、中身が男性らしいので仕方がないのでしょうね――最近、何か肝心なことを忘れているような気もしますが、多分気のせいでしょう――と割り切ることにいたしました。


 それはともかくとして……。

「あのぉ、大丈夫なんですか? 封印が変な按配に破綻しかけているように感じられるんですけれど?」


「――大丈夫じゃない、大問題じゃ!」

 ちらりと封印とその前で膝を突いてがっくりうな垂れているデクノボーに視線を投げ、にべもなく言い放つヴィクター博士。

「……とは言え、現状、儂らに打つ手はないわな。まあ、壊れた彫像やら噴水やらを直せば、多少は収まるとは思うが」


「? この封印って施設や彫像を壊したら安全装置が働いて、完全に封印が解けなくなると聞きましたけれど?」

「ンなわけないじゃろう! 誰じゃ、そんな根も葉もない出鱈目を言ったのは!?」


「「あなた(あんた)」」

 白い目とともにその当人コッペリアを指差す私とエレン。


「ちょっと待て!」糾弾されたヴィクター博士が、あたふた慌てふためきながら自分の額に手を当てました。

「データを漁っておるので……と、これか。――って、こら、クララ! それをコッペリアに吹き込んだのはお前ではないか!」

「私じゃないんですけど……ややこしいですわね。結局のところ、壊れても封印がどうこうなるというのは嘘なわけですの?」


 見た目は明らかに封印がメルトダウン寸前というところですが。


「そりゃそうじゃ。もともとこの封印はあ奴の力を魔力に還元するもので、だいたい百五十年もあれば周囲に影響を与えず徐々に無害化できた筈じゃ。その濾過装置の役割を果たすのがこの封印の間であって、封印そのモノは別個に施されておるんで、ここが壊されても意味はないわい。――まあ、濾過できんとご覧のありさまで生の呪力や魔力が吹きこぼれてしまうがな」

「つまり封印本体には影響がないということですのね。ならば何が問題なのですか?」


 施設が破壊されて焦りましたけれど、お話を聞く限り災厄の元凶たる『不死者の王(ノーライフキング)』は、当初からほぼ完全な形で封印されているようですので、さほど問題視することもないように思えるのですが。


「まあ、封印自体は問題ないが、このままにしておけば少なくともあと五十年はこの状態で、流れっ放しじゃ。確実に魔物は影響を受けて凶暴化し、人心は荒廃し、自然環境は滅茶苦茶になるじゃろう。――そうか、それを危惧したからこそ、クララ、お前さんはここを保護するために出鱈目を吹き込んだんじゃな?」

「さあ? まあ、少なくともその方便でいままでこのアーレア地方が無事だったのですから、あながち的外れではないかも知れませんけど……」


 どちらかと言えば、自分の手柄で『魔神』を封印したことになっているので、後から問題が起きて評価が下がらないように釘を刺しておいただけのような気もしますけど。

 そう考えたのは私だけではなかったようで、コッペリア(ヴィクター博士)は渋い顔で鬢のあたりをボリボリ掻きました。


「相変わらず抜け目がないのぉ。あの時もぬけぬけと儂の研究を治癒術の発展のために役立てたい、ともに豊饒の未来を築こう……なんぞと甘言を弄しおって、いいように儂を利用しおって。方向性は正反対じゃが、やってることはイゴールと大差ないわい」


 確かに。この方の研究成果を横取りして、自分の成果として利用したという意味では同じでしょうね。ただイゴール……イゴーロナクが徹頭徹尾、他人の命や尊厳を無視した独善主義だったのに対して、母は偽善のためか名声のためかは不明ですけど、きちんと上手に世間を立ち回れた。それだけの違いです。


「そのあたりの事情に関しましては(娘として)謝罪いたしますわ」

 他人事ではないので、一応頭を下げておきます。


「ふん! まあ儂は寛大じゃからな。儂の命を奪ったイゴーロナクは金輪際赦せんが、お前さんの方の謝罪を受け入れんこともない……ではない」


 ふんぞり返って偉そうに恩に着せる口調で言われると、内心釈然としないものもありますが、この手のボケ老人には理屈は通じないので、とりあえず「感謝いたしますわ」と謝辞を述べておきました。


 再度、深々と頭を下げると、胸の辺りに視線を感じましたけれど……まあ、しかたないですわね。

 コッペリア(ヴィクター博士)はニンマリ笑って満足げですけれど、理不尽な展開にエレンは明らかに腹に据えかねているようです。


「……それにしても、両方同じって言っても、さすがにイゴーロナクは許容できないのね」

「そりゃ、男と女。まして、自分よりハンサムで能力のある男相手と、懸命に頭を下げる美少女の謝罪じゃ当然、対応が違いますよ」


 小さく呟いた私の独り言を聞きとがめたらしい、エレンがしたり顔で解説しました。


「ちょっと待てーい、小娘! まるでそれではモテない男の僻みと、助平根性みたいじゃないかいっ。儂はあくまで理知的に、人道的立場から謝罪を受け入れただけじゃぞ!!」

 その場に立ち上がり、両手を振り回して逆上するコッペリア(ヴィクター博士)


「ああ、はいはい。そういうことにしておきます。でも、別に男は顔じゃないですよ」

「そうね。大事なのは中身なので気にされない方がよろしいかと」


 口々に慰めの言葉を投げ掛けますが、なぜか逆に火に油を注ぐ結果となってしまいました。


「嘘つけ――っ!! コッペリアの記録にあったぞ。お前ら、儂の肖像画を見てさんざん馬鹿にしたろう!」

「「……ソ、ソンナコトナイデス(ワ)」」

「いつもじゃ。いっつも女は儂を馬鹿にするんじゃ! お前らに儂の苦労がわかるか!? どんだけ努力しても、結果を残そうとも見向きもされんモテない男の苦悩が!?」


 やたら生々しい魂の叫びに、思わずため息を漏らします。

「そんなにモテたいものなんですか?」

「ああ、モテたいね! 死んでもモテたいね! 悪魔と契約してでもモテたいんじゃ!」


 間髪いれずに断言されましたけど、この方本人はすでに死んで、悪魔には裏切られたわけなんですよね……。


「モテたいという気持ちに理由なんぞない! 男の本能じゃ! モテない男の僻みと嗤わば嗤え! じゃが儂のこの情熱は燃え尽きることはない! もともとこの研究も女にモテるためだけに始めたわけじゃしな! 魔術の発展、錬金術の可能性、豊饒の未来――けっ! そんなおためごかしなんぞもうどうでもいいわ。モテなかったら意味はないわい!」

「うわぁ……」


 この人がモテなかった理由がなんとなく理解できました。外見以前に中身がどうしようもありません。


「不特定多数にモテてもしかたないと思いますけど……? 本当に好きな相手とお付き合いしようとか思いませんの?」

「はん!」いきなり鼻で笑われました。「そんなもん恵まれた人間が上から目線で言っておる戯言じゃわい! そもそもスタートラインに立てないからこそ、手当たり次第にモテようとしとるんじゃろうが! お前みたいに生まれつき勝ち組の女にとやかく言われたくはないわい!」


 生まれつき勝ち組というわけではないのですけれど……と言うか、ブタクサ姫の異名は相変わらず大陸中で絶賛蔓延中なのですが。あ、考えると頭が痛くなってきました。


「そもそも事のはじまりはいまから八十八年前……いや、九十八年前じゃったかな? まあいいわ。当時儂は青雲の志を抱く研究者であり、町一番の神童と持て囃されとった。そのためアミティア共和国の首都アーラにあった大学へ進学することになり、幼馴染でお互いにほのかな恋心を抱いていたカリーナとしばしの別れをすることとなった。立派な学者になってきっと君をアーラに呼び寄せるよ、と誓ってな。――ところが、あのアバズレ! 儂が町を離れて半年で他の男の子供を産みやがった。それも儂の隣の家に住む弟分じゃったジムとじゃ。あいつら表面では儂を持ち上げておきながら、寝物語に儂を嘲笑っていたんじゃ!!」


 完全に話が本筋を離れています。

 当人は自分の世界に浸って帰ってきませんし、エレンも他人の醜聞は面白いのか適当に相槌を打って話に聞き入っています。


「………」

 私はこっそりとその場を離れて――フィーアが心配そうに寄り添ってくれます――痛む頭を押さえながら、なんとなく封印の噴水池のあったあたりまで足を延ばして、いまだ地鳴りのような呻き声を漏らす水面を覗き込みました。


 幸い……と言うべきでしょうか、衝撃と崩落とで池の底に沈んでいた白骨は流されたか、瓦礫の下敷きになったようで、目に付く範囲には見えませんでした。


 それにしても、こうして改めて間近で封印されている『不死者の王(ノーライフキング)』の呪力と鬼気を感じると総毛立つようです。この施設がまともだった時には、ちょっとした違和感程度しか感じませんでしたけれど、それでも考えてみれば少しずつは漏れていたわけで、もしかするとヴィクター博士の人格が表に出るまでのコッペリアの言動がちょっと調子外れで、ああして生贄を捧げていたのは長年蓄積された、ここの魔力波動(バイブレーション)に中てられておかしくなっていたのかも知れません。


 そんなことを考えながら頭から離した掌にべったりと血がついていたので、髪に隠れて見えませんでしたけれど結構深い傷を負っていたのがわかりました。


「“我は癒す、我が傷痕を――治癒(ヒール)”」


 自分に“治癒(ヒール)”を掛けて傷を癒した私は、ほとんど無意識のうちに足元の泉の水で、汚れた手を洗いました。

 その瞬間、崩れかけた聖女像の胸元に掲げられた十字架に一条の亀裂が走ったことに、この時の私は気が付きませんでした。


     ◆◇◆


 ――解けた……?


 どれほどの時間、怨嗟の声を張り上げていただろうか。

 この千載一遇の機会に残ったほとんどの活力を総動員して、この封印の中から魔力波動(バイブレーション)を放っていた“彼”……在りし日には『魔術師イゴール』とも『魔神イゴーロナク』とも呼ばれた存在であったが、いかに呼びかけようとも一向に衰えぬ封印を前にして、ついに諦めかけていたところで、不意に封印に綻びが生じたのを感知して、歓喜よりも先に戸惑いを覚えた。


 もしや何かの罠か、とすら思えたが封印の束縛による影響は“彼”の存在核にまで及んでいる。

 どちらにしてもこの機会を逃せば後はない。


 ――誰がやってくれたのかはわからんが、よくぞ我が悲願を成就せしめたもの。褒めてつかわす!


 己の下僕(しもべ)や、文字通り傀儡(くぐつ)とした人造人間(オートマトン)が、ちらりと脳裏を横切ったが、瑣末な事柄である。


 いまだ綻びは僅か。おそらくあのオンナの封印の鍵、聖女の血液(・・・・・)がこぼれ落ちたのはほんの数滴といったところなのだろう。


 ――だが、一箇所でも綻びが生じれば崩壊はすぐだ! 仇敵たる聖女はこの封印の効果を信じて疑わなかったろうが、この我の力と執念を甘く見たのが運の尽きである。極限まで封印内に充満された瘴気と鬼気はまるで膨らんだ風船のように封印を圧迫し、ほんの僅かの綻びが全体の崩壊へと繋がるのだ!


 刹那、闇に覆われていた世界に外界の光が射した。


 ――おおおおおおおおおおおおおおッ!! 蘇った! 我は蘇ったぞ!!!


 “彼”の声にならない思念による狂気をはらんだ歓喜の声が、クワルツ湖周辺の闇を震わせた。


 精霊や動物たちは血相を変えて一斉にその場から逃げ出し、魔物たちは無差別に血に狂って暴れ出す。


「なんだこれは!?!」


『聖キャンベル教会』を防衛拠点として戦っていたルーク、セラヴィをはじめとする冒険者や、アンデッドたちでさえ、その衝撃に一時、呆然として立ち竦むのだった。

11/1 ヴィクター博士の幼馴染の名前がエレンとかぶるので修正しました。

カレン→カリーナ

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― 新着の感想 ―
[一言] 博士の幼馴染の名前ですが、カリーナだとルーカスの母親と重複しませんか?
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