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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
112/337

聖女の封印と生贄の泉

短いですけど、本日の更新です。

               

 『我を過ぐれば憂ひの都あり、

  我を過ぐれば永遠の苦患あり、

  我を過ぐれば滅亡の民あり

  義は尊きわが造り主を動かし、

  聖なる威力、比類なき智慧、

  第一の愛、我を造れり

  永遠の物のほか物として我よりさきに

  造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、

  汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ』


  ――ダンテ・アリギエーリ『神曲』地獄篇第三歌(山川丙三郎 訳)――



     ◆◇◆



 案内されたのは、白亜の壮麗な門が大きく口を開けた洞窟……いえ、神殿のような通路でした。


『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ by:Scarlet snow』


 門の上に大きく刻まれた警告文――内容は仰々しいですけど、やたら可愛らしい女の子文字なのが愛嬌があるというか、いかにも流麗で達筆な書体よりも、逆に『聖女スノウ』の直筆という説得力を主張している気がいたします。


「これはまた……」


 そしてなにより、全身で感じられるのがこれだけ離れているというのに途轍もない魔力の波動。

 当人が現場にいるわけでもない、永続的な封印術式に込められた魔力の余波だけでこれです……。レベルの違いに眩暈がするほどです。


「確かに人間の限界を遥かに超越していますわね」


 とは言えその場の空気を掻き乱すような攻撃的な気配はありません。自然と調和した穏やかな魔力波動(バイブレーション)です。


「そうでございましょう。だから、アレは人間のフリをした魔物なのです!」


 我が意を得たりとばかりに、コッペリアが振り返って相槌を打ちましたが……、私としては全面的に同意できないところです。

 確かに魔力量は一般的な魔法使いと比較して、小火と油田火災ほども差がありますけれど、周囲に配慮してできる限り抑えよう――として、もともとのエンジン性能が違いすぎて失敗しているという風に思えます。


『あの子は基本、馬鹿魔力(ちから)を使って力押しするしかできないんで、応用が利かないからねえ』


 ふと、メイ理事長の台詞が思い出されました。

 そういえば理事長も『薔薇の聖女(ローゼン・ハイリガー)様』と直接面識があったのよね。

 結構言いたい放題でしたけれど、あれは悪い意味でなく悪友同士って感じでした。


『百年前、エルフの里が壊滅するような災厄に見舞われ、多くの死者や怪我人、病人が出たのだが、そこへ一人の“癒し手”がふらりと現れて、そうした者たちを救ってくれた。そのまま何の見返りも求めず、立ち去って行った彼女を見て、私は里の外にも尊敬すべき人物がいると知ったのだ』


 それから、以前にプリュイから聞いたエルフの里を救ったという癒し手について言及した言葉も思い出しました。あとからエルフ族の里長である『天空の雪(ウラノス・キオーン)』様にも確認しましたが、それは間違いなく伝説の聖女様であったとのことです。


 直接、私はお会いした事はない……どころか、大陸の研究者や神学者は彼女の存在を疑問視する向きもありますが(聖女教団が生み出した架空の人物であるとか、複数の治癒術の使い手の逸話が混同され、民間伝承のように流布したというのが大方の見方です)、ここにきて実在したと言われてもあまり違和感を覚えなかったのは、こうした形で以前からお話を聞く機会があったからだと思います。

 それと、不思議と身近に感じるのですよね。ここにはいなくても、いつでも思い出せる師匠(レジーナ)のように。


(少なくとも、私が知っている人たちは聖女様のことを悪くは言ってなかったわけだから)


 会った事はなくても、彼女を知っている人たちは信じられるので、だから少なくとも裏表のあるような悪い人ではないはず……と思うのですが、コッペリアの言う主張も嘘だと決めてかかる判断材料もありません。

 早急に結論を出さずに、まずはこの先に進んで自分の目で確認することにいたしましょう。


     ◆◇◆


『通行禁止』

『これ以上進んじゃ駄目』

『引き返せ』

『いい加減、さっさと戻れ』

『君の事だよ、君の!』

『聞いてるのか、こら!!』


 途中に山のように書いてある警告文を頭から無視して、コッペリアがずんずん進んでいきます。

 彫刻や柱など目を瞠る絢爛豪華さですが、この注意書きが気になって落ち着いて鑑賞する気もなれません。


「……ジル様。なんか絶対に進んじゃいけないところに向かっている気がするんですけど……」


 エレンが落ち着かない顔で周囲を見回します。

 確かに、これは一種の結界ですわね。普通の感性を持っていたら躊躇するのが当然です。

 フィーアですら壁一面に彫られたレリーフ――どうやら、モチーフは一年十三月(守護者・堕天使・白猿・巨神・静天使・魔王・獅子・蜘蛛・魔獣・神魚・死神・精霊・鍛冶王)の由来となった十三の神将と、一巡週七日(月眼・翼虎・麒麟・夢食・天女・神鏡・祈念者)の由来となった七聖獣からの引用のようです――を見て、尻尾をお尻の下にして尻込みしている感があります。


「クララ様~っ。もうすぐ着きますよ、ワタシの素敵なご主人様に一番近い場所へ」

 そういう情緒皆無……というか、そもそもその手の感情が搭載されているのかどうか不明なコッペリアが陽気に手を振って先を促します。


「まあ、いいですけど……」


 正直、気は乗りませんけれど実物を見て判断しないことには、コッペリアも納得しないでしょう。重い足取りを引き摺って、私たちはさらに奥に進みました。


     ◆◇◆


 そこは透明な水で満たされた直径六メルトほどの真っ白な大理石(?)でできた噴水池でした。

 と言っても上方向に水が噴出すのではなく、マーラ○オンや小便小○のように水が流れる大理石(?)の彫像が、四方に配置されそこから透明な水が流れ出している形です。

 ちなみに彫像は高さ二メルトほどで、モチーフは四季を象徴する冬の黒騎士、春の熾天使、夏の龍王、秋の白狐と割とありがちな構成でした。


 そして池の中央にある台の上で十字架を抱いて祈りを捧げる乙女の像が、薔薇の聖女(ローゼン・ハイリガー)スノウ様でしょう。

 思ったよりも小柄で細身ですが、神秘的な美貌に女性的な曲線が……曲線が、あら?


「ジル様、あの聖女様の像、綺麗なんですけどちょっと胸の辺りの造形が微妙ですね」

 同じく気がついたらしいエレン。


「そうね、なんとなく身体全体に比べてデザインが歪んでるというか……あそこだけちょっと作為的ね」

 思わず同意します。


 私の場合、年齢の割に発育がいいので嫌でも意識して、毎日姿見を前にしてエレンらの手を借りて調整するので自然と形や位置取りなど理解するようになりましたけれど、それからするとあの像の胸の形はちょっと不自然です。なにかで上げ底をしているというか、後から付け足したというか……。


「そうでしょうそうでしょう! こいつは嘘ばっかりなんです。騙されちゃいけません! この胸が証拠です!」


 さも鬼の首でも獲ったかのような顔で、コッペリアが吠えます。

 刹那、気のせいか聖女様の像が、むっとしたようにも感じられました。


「それにしても綺麗な水ね。クワルツ湖から引いたものかしら?」

 とりあえずこの不毛な会話を別な方向へ転がす為に、一メルトくらいある池の底まで、ほとんど手を伸ばせば届くように感じるほど透明度の高い水を覗き込んだところで、「――っ!」と思わず私は息を呑み込みました。


 おそらくは顔色も蒼白になっていたことでしょう。

 そんな私のあからさま過ぎる不審な態度に、

「?……なっ!?」

 不思議そうにつられて見たエレンもまた、それが何か理解して顔色を変えます。


「じ、人骨……!!」


 そう。透明な池の底、真っ白な幾何学模様で埋め尽くされていると思えたのは、模様ではなく隙間なく積み重ねられた真っ白な人骨でした。


「――なにを、何をしていたの、この場所で?!」

 答えは一目瞭然ですけれど、そう問い質さずにはいられません。


 すると案の定というか、一切の良心の呵責など感じることなく――たぶん、良心回路とかロボット三原則とかは搭載されていないのでしょう――私の非難の叫びに首を捻りながら、コッペリアが得々と告げたのです。


「勿論、ご主人様の封印を解くための儀式の生贄ですが? 最初は像を破壊しようかと思ったのですが、そうなると安全装置が働いて、封印が完全に解呪不能になると――あ、これクララ様が検証されたことですよ?――いうことで、物理的にではなく魔術的に弱体化させるために使用した、それだけです」

「それだけって、何人の人間を犠牲にしたわけ!?」


 どうせ数なんて把握してないでしょう。私はこれ以上、陰惨な儀式の犠牲になる人が生まれないよう、この場でコッペリアを破壊することを、半ば覚悟しました。


 時と場合と立場が違えばひょっとして友人になれたかも知れませんが、目の前で災厄が進行しているのを黙って見ているわけにはいきません。まして、その災厄を阻止できる立場と力を持つものが、手をこまねくなど愚者――いえ、外道でしょう。


 胸の奥から湧き起こる軋むような怒りに従って、私は手にした魔法杖(スタッフ)を持ち上げました。

 そんな私の緊張が伝わったのか、フィーアが喉の奥で呻り声を上げコッペリアに相対し、エレンも槍を構えます。


 と、こちらの緊張感とは裏腹に、いっこうにマイペースを崩さないコッペリアが、

「犠牲……?」

 理解不能という風に瞬きを繰り返し、

「別に嫌がる人間を生贄にしたわけではないですよ?」

 心外そうに首を横に振りました。


「「へ……?」」

 気勢を削がれて、思わず変な声を出す私とエレン。


「ここに沈んでいるのは皆、ご主人様を心酔する助手や後援者、そして下僕や愛人たちです。皆、ご主人様を蘇らせるために喜んで我が身を投げ出したのです。殉教です」


 水底の白骨に敬意を表するかのように、コッペリアは軽くスカートをつまんで一礼しました。


「そ、そうなの……?」


 でしたら部外者が文句を言うのはお門違いかしら? と、悩む私の隣で眉をひそめて、

「そんなにカリスマで、モテたわけ、あんたのあのご主人が?」

 結構、失礼なことを訊いたのはエレンです。


「勿論です! ご主人様はそれはもう女性によくモテる方でした。最初は魅力を感じない女性であっても、しばらく一緒にいて脳改造をすれば、たちまちご主人様にメロメロです!」


「「それ魅力じゃないーっ!!」」


 今日、何度目になるかわからない私とエレンの絶叫が、この封印の聖地にこだましたのです。

10/31 誤字脱字修正しました。

×もともともエンジン性能が違いすぎて→○もともとのエンジン性能が違いすぎて

×あまり違和感を覚えなかたのは→○あまり違和感を覚えなかったのは

×その手の感情が搭載されていのかどうか→○その手の感情が搭載されているのかどうか

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