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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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ヴィクター博士の研究室と聖女の真実

 見るからに男所帯の私室という風な散らかった部屋に案内されました。


「うわぁ、見るからに独身男の部屋ね」

「こういうのを見ると、せめて最低限散らばった物を片付けて、雑巾がけくらいしたいですね」


 足の踏み場もない部屋の惨状に、入り口に立ったままエレンと口を揃えてため息を漏らします。

 なんで男のひとり部屋ってこんなに散らかっていて平気なんでしょう。脱いだ靴下の隣に食べかけの皿とか、理解できません。


 とはいえ相当古いものらしく、食べ物は既に変色して原型も留めていません。お陰で腐敗臭などはありませんが……。


「――というか、貴女確か『助手兼掃除番』って自己紹介しましたよね? こんな汚れた部屋を放置して、それってあんまりじゃないですか?」


 同じメイドとして看過できないものがあったのでしょう。エレンがここまで案内してくれたコッペリアに嫌味を放ちます。


 その言葉に、妙に感慨深げに入り口のところから一歩も動かず、部屋の中を眺めていたコッペリアがこちらを向いて威儀を正しました。


「この部屋は我が主ヴィクター様の『聖域』ですので、許可がない限りワタシには勝手に手を出すことはできません」


 ああ、いますよね。「散らかしてるわけじゃない! ちゃんと自分だけが分かる位置に置いてあるんだよ!」っていう人が。O型とかB型とかに多いって言いますけど、案外、見た目は真面目とか几帳面に見えるタイプでも、個人空間はカオスだったりするんですよね。


 とは言え、聞き逃せない単語を耳にして、私は即座に確認しました。

「つまり、その『ヴィクター様』が貴女のご主人様ってわけなの?」


「そうです! 天才魔導師にして稀代の錬金術師、ヴィクター・フランシス博士です」

 そう胸を張って指差す先には、部屋の壁に掛かった二十代半ばほど思える青年とそのお付きらしい猫背で初老の男性の25号か30号サイズの肖像画があります。


「あら、ハンサム」

 栗色の髪にいかにも理知的で整った顔立ち。それでいて理想と情熱に支えられた自信が、その全身から漂う『美丈夫』という言葉がぴったりくる男性のその姿に、思わず見とれてしまいました。


「確かに、いかにも“できる男性”って感じですね。ジル様はこの手のタイプが好み、と。……これは報告しておかないと」

 隣でエレンがしきりに何かをメモしています。誰に報告するのでしょう?


 そんな私たちの様子に、にこやかに差し上げられたコッペリアの腕の角度が微妙に……三度ほど修正されました。あと心なしか笑顔が引き攣って、だらだら汗を流しているような気も致しますが、相手は人造人間(オートマトン)。そんな筈ありませんわよね。


「……気のせいでしょうか、ずいぶんと汗が流れているように見えますけれど?」

「あはははは、単なる一次冷却水漏れですのでお気になさらず」


 いえ、もの凄く気になります!!


「それよりも。皆さん誤解があるようですが、そっちの栗色の髪の人物は、元スポンサーだったイゴール氏です。ワタシのかっちょいいご主人様のヴィクター様はその隣です。――いい男でしょう!」


「「隣……?」」

 と言うと、この六十代で半分頭が禿げて、出っ歯で偏屈そうな猫背の老人しかいませんが。

「「「………」」」

 数秒間の沈黙ののち――。


「……そうそう野良イケメンっていないものね」

「……時間の無駄でしたね」

「……わうっ」


 ここでの目的を果たしたことを理解した私たちは、揃って踵を返して出口へと向かうのでした。

 イケメンが待ち構えているかと思っていたら、無駄な時間を過ごしたものです。


「おわわわわわわわっ、なんで!? いきなり帰るんですか、クララ様! これからが本番で、この研究所(ラボ)の成り立ちとか、それを阻んだ敵の策謀とか怒涛の超展開があるんですよ!!」


 慌てて追いすがってきたコッペリアが私の腕を掴んで引きとめようとします。

 力はたいしたことはありませんが、結構重量があるので歩くのに邪魔です。


「いや、もう肖像画を見たら一目瞭然でわかったので……。どうせあれでしょう、世間に相手にされない学者が変な方向にはっちゃけて、『世の中が間違っている。俺の偉大さを知らしめてやる!』とか言って不老不死(イモータル)の研究にのめり込んだんでしょう?」

「世間というか、モテナい男の僻みですよ。不老不死も女性受けを狙ったものじゃないですか?」


 思いっきり偏見塗れの私たちの主張に、瞬きを繰り返すコッペリア。

「……全部思い出したんですか、クララ様?」


 思いっきり正解だったようです。


「それを聞いてなおさら長居したくなくなりました。違法かつ非人道的な研究には興味ありませんので」

「それは誤解でございます」


 心外だとばかりに首を振るコッペリア。

 死体を苗床にする植物、コントロール不能の殺人魔獣、躊躇なく人間を生贄にしようとする人造人間。

 どこら辺に弁解の余地があるのでしょうか?


「そもそもご主人様とこの地を封印した聖女自体が偽善……どころか、魔国の尖兵、人類の裏切り者、大陸中を欺く詐欺師、生粋の売国奴なのです!」

 ほえほえした口調から一転して、彼女は強い口調で訴えかけます。

「聞こえのいい『聖女』という肩書きに騙されてるだけです。アレはそもそも人間ですらない、それが善人面をして人間を玩んでいるだけです。それを知ったがゆえにご主人様は捕らえられて、いまも封印の中で苦しんでいるのでございます」


 聖女教団の本拠地のあるこのユニス法国で、いえ、天上紅華教が主流であるグラウィオール帝国でさえ――どこまで本当かはわかりませんが、世界各地に聖女スノウが現れて人々を救った伝説は数多くあるので、かえって草の根の方で信仰されているくらいですから――聖女をこうまであからさまに罵倒する言葉は聞いたことがありません。


 素朴な信仰心を持っているエレンは不機嫌そうに頬を膨らませ、私も混乱してコッペリアの真意を確認するべく、その顔を凝視するしかありませんでしたけれど……ふと、気になってこれだけは確認しました。


「伝承では、この地にいた『魔神』を巫女姫クララが封印したことになっているけれど、それは違うの?」


 コッペリアの話では封印を施したのは、母クララではなく聖女スノウその人のように感じられます。この部分、事前情報との齟齬については問い質さずにはいられませんでした。


「多分、それは人間を越えた力を得て不老不死(イモータル)となったご主人様のことが、歪曲して伝えられたものでしょうね。それとも聖女が自分の箔付けの為に大げさに言ったのか……」

 微かに侮蔑の表情を浮かべるコッペリア。

「ともかく、ご主人様を封印したのはあの偽聖女のスノウです。クララ様はこの地の封印に気付いて、その真実を知り、封印を解く為にもうひとりの男……シモン卿と協力されることを申し出て、定期的な儀式や封印を弱める逆転式を各地に作ってくださったわけですが」


 つまり、もともとあったのは聖女の封印で、実母(クララ)と、シモン卿とかいうありがちな名前の協力者が動き回って、さも自分が封印しましたよ……と言いつつ、実は裏では封印を破壊する活動をしていたわけですわね。

 なんかもう、聖女様より母に対する幻想が音を立てて崩れる音が聞こえるのですけれど……。


「それよりも、あんた、聖女様のことをボロクソに言ってたけど、確たる証拠があるんでしょうね!?」

 混乱している私より先に、コッペリアの喋る内容に憤慨していたエレンが食って掛かります。

 余程腹に据えかねたのか、すでに相手の呼び方が『あんた』です。


 コッペリアの方は涼しい顔を崩さずに――どちらかというとモノを知らない子供を眺めるような、生温かい目でエレンの反応を楽しみながら、「勿論でございます」そう言って両手を広げて、周囲をぐるりと回し、最後に天井を指しました。


「この研究所(ラボ)が封じられ、上層へ人間に脅威を与えるダンジョンを構築し、あまつさえ〈(ヌエ)〉のような、一夜にして一国を滅ぼしかねない魔獣を配置する。このような暴挙を行う……行えるような力を持つ者が『聖女』などの筈はないではありませんか」

「うっ……いや、でも、ここを聖女様が作ったって証拠にはならないんじゃ」

「ならばご主人様を封じている封印を直接見ていただくしかないですね。まあ、素人が見ても判然としないかも知れませんが、クララ様なら魔力の質ですぐに判別できるでしょう」


 納得いかない顔のエレンが私の方を向きます。

「――ジル様」

「わかりました。……この際ですから、とことんお付き合いしますわ」


 今日のところはいっぱいいっぱいなので帰って情報の整理をしたいところですが、ここまで来れば毒を食らわば皿までの心境です。


「そもそも帰り道もわかりませんしね」


 その呟きに答えたのは当然、現在この研究室(ラボ)を管理しているコッペリアです。

「あれ? 知らないで来たんですか。ここってクワルツ湖の湖底ですよ」

「「ええええっ!?!」」

「もとは普通の町から離れた草原にあったんですけど、あのクサレ聖女が建物ごと地の底へ沈めて、その上で湖にしたんですよ。まあ、管理用だか監視用だか知りませんけど、湖にある小島から繋がる通路があるみたいで、満月前後の大潮の時には比較的出入りが自由になるので、たまに冒険者とかが迷い込んできますが」


 その言葉に思わず周囲を見回します。


「つまり、この周囲って壁の向こうは湖ってこと?」

「そうです。てっきりクララ様も船で渡ってきたのかと思ったんですけど?」

「私たちは『聖キャンベル教会』から強制転移してきたんですけれど……」


 教会名に利き覚えがないのか、コッペリアは首を捻りました。

「それがどこかはわかりませんけど、クララ様、以前ここへ転移する為の【転移門(テレポーター)】らしい廃棄された魔法陣を何箇所かで見つけたとかいってましたから、それが今回誤作動したんじゃないですか?」


 いつのものかわからない、使わなくて捨てられた【転移門(テレポーター)】なんて怖くて使えないなんて言ってたのに、うっかり踏んで動かすなんてドジッ娘ですねえ、と笑うコッペリア。


 私としては笑い事ではありません。


「つまり、ここからは転移などでは出られないというわけですか?」

「それはそうですよ。そんな簡単に出られたら封印の意味がないですから」

「つまりこの最下層から歩いて帰るしかない、ということですの?」

「そうです。あと、もう大潮の時間帯は過ぎたと思うので、早くても明日の朝にならないと出られないと思いますよ。それを逃すと一月待たないとダメですねー」


 気楽に言ってくれますが、私たちが消えたことで残された学園関係者やルークたちがどれほど心配していることか……。

 思わずため息が出てしまいます。


「大丈夫ですか、ジル様?」

「ええ、大丈夫よ、エレン。どちらにしても、明日の朝までは余裕があるんだから、せいぜいこの状況をきちんと把握しておきましょう」


 私……というか、生母たるクララにも関わることですので、中途半端に済ませるわけにも行きません。


 とは言え……。

 周りが全部水だとわかっていれば、地の精霊(ノーム)ではなく、水の精霊(ウンディーネ)に話を聞いておけばよかったのに! そうすればあっさりと状況を理解して、一番水面まで近いところまで案内してもらえたかも知れないのに!


 そう思って、自分の未熟さを反省するのでした。

コッペリアの暴言について。

聖女スノウ「まあ、言ってることはある意味間違ってはないかなぁ。でも私が治療して歩いたのは単に個人的な趣味で他意はないんだけどさ。ヴィクター博士? 誰だっけ、それ?」

とのことです。

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