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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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人形メイドの歓待と伝説の真実

「♪デイジー(Daisy)デイジー(Daisy)どうか(Give me)答え(your)てよ(answer do)僕は気が(i'm haif)狂いそう(crazy)なくらい(all for)君が(the love)好きさ(of you)~♪」


 陽気なのになぜか狂気を感じる歌を口ずさみながら、軽い足取りでコッペリアが私たちの前を歩いていました。その背中は完全に油断していて、まるで家族とピクニックでも楽しんでいるかのようにリラックスしています。


 一方、こちらは各々武器を携え周囲を警戒して、SS級魔獣に匹敵する天狼(シリウス)のフィーアも伴っているというのに、特に注意することも警戒する様子もないのは、こちらを信頼しているのか、なにかあっても大丈夫と自信があるのか……判断に迷うところです。


 廊下――ではなく、細長い理科室のような大きな部屋に、所狭しと置かれたエメラルド板やフラスコで煮えたぎる硫黄、水銀。床に描かれた魔法陣。ランプ、天秤、砂時計。そして鎮座する『哲学者の卵』や『錬金術の壷』といった錬金術ではお馴染みの得体の知れない道具が足の踏み場もない程立ち並ぶ中、辛うじて歩く幅が確保されている床の隙間を縫うように進みます。

 周りを見ながら、すぐ後ろを付いて来るエレンが声を潜めて薄気味悪そうに囁きました。


「なんかここって、離れにあるジル様の魔法実験棟に似てますけど、もっと得体が知れないというか……」


 壁にずらりとならんだ動物や魔物の剥製。薬品漬けの内臓や目玉、生首、原色の煙が怪しい動きをするビーカー群、合成人間(ホムンクルス)が入っている『錬金術の壷』、なにか魔物同士を掛け合わせたらしいキメラが入っている檻。


「……どうみても“マ”がつく研究者の工房(アトリエ)ね」

 漫画家やマッサージ師や舞妓さんではないので悪しからず。


 それにしても、誘われるまま自然な流れで足を踏み入れてしまいましたけれど、この趣味の悪さからしてまともな理屈が通じる相手が待っているのか怪しいですわね――と、心の中で警戒度を二段階ほど引き上げました。


 念のために、机の下とか雑多な標本の隙間など、目立たない場所にこっそりと“(カード)”を仕込みます。

 これ自体はほとんど呪力を発しない紙切れですので、まず発見されることはないでしょうが、いざとなれば簡単な魔力波動(バイブレーション)に反応して、機雷みたいに爆発する仕掛けです。

 まあ、これ自体はたいした威力ではないですが、いざという時に陽動と目くらましくらいにはなるでしょう。


 そうして案内されたのは、相変わらず実験器具などが棚に並んでいるものの、椅子や机、書架など多少なりとも生活感のある小部屋でした。


「さあさあ、こちらにお座りくださいませ! いま美味しいお茶を淹れてきますので」


 部屋の奥に大きなパイプオルガンが設置されていて、ちょっと見は礼拝堂のようにも見えます。『錬金術とは音楽である』とも言いますので、おそらくはあれも魔術的意味合いがあるのでしょう(私は一応、貴族の嗜み程度でピアノやバイオリンは奏でられますが、どうにか人に聞かせられる程度の腕前です)。


 勧められるまま、エレンと並んで飾り気のない木製のテーブルと椅子に座ると(フィーアは隣の床の上に座っています)、程なくしてコッペリアが茶道具一式を載せたワゴンを押してきました。


「お待たせしましたあ~。お茶菓子はいま血抜き……準備しているので、ちょっと待っててくださいねえ」

「「いいえ。お腹一杯なのでおかまいなく!!」」

 不穏な単語に即座にお断りをします。


「そうですか。まあ、少しだけ胆汁の鮮度が落ちているので、しかたないですね~」

 特に気にした風もなく、ティーカップにハーブティーらしい香茶を注ぐコッペリア。

 途端、意外と芳醇な香りがこの場を支配します。


 恐る恐る並べられたカップに手を伸ばして、ソーサーごと持ち上げて香りを嗅ぎます。

「……果実の匂いね」

「ベリー系でしょうか?」

 エレンも警戒しながら首を傾げました。


「お、鋭いですね。実験で余った姫蛇苺(バタクティリュス)を使って作った特製の香茶です」

 コッペリアが立ったまま嬉しげに顔を綻ばせます。


姫蛇苺(バタクティリュス)ですか。……まあ、毒ではないですわね」


 私の言葉にエレンがほっと安心した顔で、カップに口を付けました。

 姫蛇苺(バタクティリュス)って、黒瑪瑙と並んで死体蘇生術ではその汁が必須ですけれど。これは別に教えなくてもいいでしょう。世の中知らなくてもいいこともあります。


 そんな私の気配りを一瞬で台無しにするかの如く、

「ええまあ、ただ隠し味にヒマの種子十粒とマンドレイクの根、ヒヨスの葉っぱが五~六枚入ってますけど」

 コッペリアがあっけらかんと補足を加えます。

 ちなみにいま挙げられたのは全部猛毒で致死量です。


「――ぶふあっっっ!!!」

 その場で飲みかけていた香茶を吹き出した私は、咳き込みながら慌ててエレンのカップを引ったくり、「はい……?」有無を言わせず『毒回復(キュア・ポイゾン)』を全力で使用しました。

 それから念のために自分にも掛けておきます。


「おおおっ、お見事っ。さすがはクララ様、変わらぬ治癒術の冴えですねえ。――でも、回復されるの早いんじゃないですか? いつもならもっともったいぶってたじゃないですか」

「毒飲んで愉しむような、そんな悪趣味はありません!」


 そう怒鳴りつけると、コッペリアは理解不能という顔で、何度か機械的に瞬きをしました。

 それからその視線が、いきなり毒殺されかけて殺気立っているエレンに向かいます。


「あの、こちらは今回の生贄ではないんですか? いつも通り油断させて封印を解く為に捧げるのでは?」

「なんですの、それは?! わけがわかりません! きちんと説明がない場合は、貴女を敵と看做しますわよ!!」


 本気で殺気を向けると、再度、瞬きを繰り返すコッペリア。

「いまさら説明とか……」

 首を捻った彼女は、しばし考え込み……程なくして、なにやら理解した顔でポンッと掌を叩きました。

「ああ、理解しました。若返りの反動で記憶領域に不備(エラー)がでているのですね。所謂『ボケ』という症状であると検索の結果一致しました。ならば最初からご説明します」


「ボケてませんわ――っ!!」

 勝手に失礼な納得の仕方をするコッペリアに抗議しますが、はいはい皆そう言うんですよねー、と軽くスルーされて余計にストレスが溜まりました。


     ◆◇◆


「なんだ……こいつは……?」


 呻くセラヴィの視線の先で、奇怪な仮面を被った大鬼(オーガ)が、巨大な草刈鎌(シックル)を振り回していた。

 そのたびに教会を囲む結界が火花を散らし、侵入を阻んでいるが……。


「そう長くは持たないぞ、こいつは……」

 焦げ臭い臭いに視線を転ずれば、教会の周りを等間隔に取り囲む『結界杭』の一部がほとんど変質して、折れかけている。

 方位にあわせて計算された配置だけに、これだけ交換するなどということはできない。これが駄目になったら、ほとんどの結界が効果を失うだろう。


 であるなら、まだ破られていないいまのうちに眼前の魔物を撃退すれば済む筈なのだがー―。


弩砲(バリスタ)の準備ができたぞ、離れろ!」


 そこへ、必要ないと思われていたが、念のために一基だけ持ち込まれていた攻城兵器の弩砲(バリスタ)が、護衛役の冒険者たちによって組み立てられ、この場に運ばれてきた。


「構え!」

 ほとんど目と鼻の先にいる大鬼(オーガ)目掛けて、槍ほどもある矢が向けられ、数人がかりで巻き上げ器が回され、弦が極限まで引っ張られる。精密射撃ができるような武器ではないが、この距離なら外しようがないだろう。

「――撃てッ」


 ドン! という衝撃波とともに放たれた矢が、狙い違わず大鬼(オーガ)の正中線――心臓部分を貫通して、その巨体を弾き飛ばした。


「「「「「やった!!」」」」」


 周囲から喝采が上がるが、セラヴィの表情は晴れない。実のところ他の連中が手をこまねいている間に、符術を使って結界越しに可能な限り攻撃を加えていたのだが、その反応が異常だったのだ。

 その不安を裏付けるかのように――。


「こ、こいつ、動くぞ……!」

「馬鹿な、まだ生きているのか!?」


 急所に風穴を開けたはずの大鬼(オーガ)が、何事もなかったかのように立ち上がるのを見て、先ほどとは違う戦慄と畏怖によるざわめきが広がる。


 この悪夢のような光景に、

「こんなもん……どうしようもねえだろう!!」

 次の矢を装填することも忘れて、誰かが自棄のように叫んだ。


     ◆◇◆


「風が怯えている……」


 教会で一番高い鐘楼にひとり登り、暗闇の中通り過ぎる風の音に耳を澄ませていたルークが小さく呟いた。

 ジルたちの気配を追って、可能な限り風に耳を傾けているが、少なくともこの近辺十キルメルト圏内には見当たらない。


「……遮蔽物の中か、それともよほど遠方へ移動したのか」


 彼女たちの身を案じるルークではあるが、既に亡くなっているのでは……という悲観的な考えはない。あの少女の事を思うだけで胸を焦がす、この切なくも甘美な気持ちがいまも途切れることがないのだから。


「だから、僕は君の無事を信じて、いまできることをします。待っていてください、ジル」


 そう決意を込めて、ルークは手に持っていた“竜牙の短剣”を引き抜いた。

 かつてジルから貰ったこれは、風竜の牙を加工したものだという。ゆえに風の精霊力と親和性が高い。


 周囲の風の精霊に心の中で呼びかけながら、ルークは竜牙の短剣を高々と掲げた。

 思い出すのは以前、アシミの奏でる曲に併せて風を呼び込んだあの感覚である。


「いくぞ! 風よ、この地を守る壁になれっ」

 少年の全身全霊を掛けた呼びかけに応えて、ざわざわと教会の周囲にある森の梢が騒ぎ出した。


「――にゃ」

 同時に、ルークの肩にとまっていた羽猫のゼクスが、くんくんと何かを嗅ぎ取るかのように鼻を動かし、短く鳴いた。


     ◆◇◆


 場所を変えて説明します。というコッペリアに従って、再び歩き始めた私たちですが、さらに奥まったこのあたりの区画は、ある程度形になった完成品の安置所らしく、ぱっと目に入ったところで、五メルトを越える透明な『錬金術の壷』の中に、身の丈二・五メルトほどの筋骨隆々たる魔物が蹲っているのが見えました。


「〈大鬼(オーガ)〉?」

 思わず疑問形になったのは、その大鬼(オーガ)が変なマスクを被っていたからです。


「不死実験体二〇六号。ヒドラ並の再生能力を持つ大鬼(オーガ)……というコンセプトで作られたのですが、常に外部から魔力を注がないとすぐに魔力が枯渇して衰弱死する失敗作でございます」


 思わず足を止めた私を振り返って、コッペリアが出来の悪い宿題を見せる生徒のような顔で補足を加えました。


「外部から――? ああ……わかったわ、空気中の魔力を集めるアンテナの役目がこの変な仮面なわけね」

「ですです」


 割とありがちな弱点よねえ。不死身の化け物と思っていたら、その仮面とか肩に載せていた人形が本体だったなんて。


「……実用にはならないわね」

「そうでございます。これだけはサンプルにとってありますけど、他はまとめて廃棄しました」

 恥ずかしげに顔を伏せるコッペリア。


 生き物を『廃棄』とかあまり良い表現ではないけれど、放置するわけにもいかないので仕方がないところでしょう。


「こっちの大きな熊から生えた木はなんですか?」


 一際大きな区画を占有している、全長五メルトを越える熊の屍骸らしいものと、そこから生えた二十メルトほどの木を見て、エレンが不思議そうに訊ねました。

 スケールは別にして、まるで冬虫夏草です。


「こちらは生物と植物を融合させる実験の失敗作です。生物の欠損部分を植物で補う予定でしたけれど、バランスを崩してこのありさまです。植物部分から採取できる種で、短時間なら不死性を獲得できますが、理想には程遠いのでございます」


 簡単に切り捨てるコッペリアですが、この熊ってもしかして昼間土産物屋で見た伝説の人喰い魔獣〈嵐羆(ストーム・ベア)〉で、あっちの大鬼(オーガ)はクワルツ湖から現れる殺人〈大鬼(オーガ)〉の元型なのではないでしょうか。


 だとすると完全に悪の秘密基地ですわね。

10/29 誤字修正しました。

×石弓(クロスボウ)の準備ができたぞ、放れろ→○×弩砲(バリスタ)の準備ができたぞ、離れろ

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