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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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運命の扉と封印の魔法陣

         

        

『殿方って、お言葉はみんな似たり寄ったりで、

 実際になさることを見なければ、

 その違いがわかるもんじゃありませんわ。』

        


       ――モリエール『守銭奴』(鈴木力衛 訳)――



     ◆◇◆



 さて、問題です。

 目の前に重厚な扉が一枚あります。なんの変哲もない扉で、実際、鍵も掛かっていませんし、なんの魔法も仕掛けもありません。


 ですがそこに『開けるな』という札が掛かっていたら。貴方は躊躇なく開けられるでしょうか?


 ――物理的な問題ではなくて心理的な問題ということよね。


 そういえばどこか異国の話で、土着の神を祭っている部族の神聖な山に、他国の学術調査隊が踏み込もうとして、嫌がる村人を無理やり連れて行ったところ、村と山とを隔てる『結界』(と言っても置石などで線引きしてあるだけだったそうですが)を越えた瞬間、村人がショックで失神した……などという、ひどい逸話をどこかで聞いたことがあります。

 もしかすると『前世』の記憶だったかも知れませんが、つまりは精神的な禁忌というのはかように影響力が大きいという事例でしょう。


 そのようなことを考えながら、教職員や冒険者の方々に先導をされた私たちは、目立たないように最小限の明かりで照らされた薄暗い夜道を歩いて、三十分ほどの距離にあった聖女教団の所有する『聖キャンベル教会』の敷地へと案内されました。


「よくいらっしゃいました。ここまで来れば安心です。この場所は聖女スノウ様と巫女姫クララ様により聖別された聖地。不浄なるモノどもは近寄ることはできません。お疲れでしょう。温かい飲み物を用意してありますので、安心して寛いでください」

 出迎えてくださった修道士や修道女の皆様方の温かな笑顔と言葉に、張り詰めていた一団の緊張の糸がふっと緩みました。

 その場にへたり込む男子生徒や従者、安堵から泣き出す女子生徒や侍女もいます。


 そんな人たちに手を貸して教会内部に案内する柔和な顔立ちの教団関係者とは別に、厳しい顔つきをして武装した聖職者が数人、入れ替わりで外へと急ぎ足で出て行くのが見えました。


祓魔師(エクソシスト)だな。おそらく教会の周りの結界を強化するつもりだろうけど、神官戦士と違って、荒事が本職ってわけじゃないからあまり期待しないほうがいい」

 私の視線に気付いたセラヴィが、さり気なく注釈を加えてくれます。わかりやすい説明を感謝ですわ。


「そうなると基本的に守りの姿勢で、なおかつ万一の場合には、いまある戦力だけで持ちこたえなければならないということですか……」


 軽く見渡したところ護衛役の冒険者が二十名ほどに、祓魔師(エクソシスト)が十人未満。それと引率役の教導官(メンター)が十名ほどで、これで生徒とその関係者五十名に加えて、教会内の非戦闘員も守るとなると、少々心許ない人数に思えます。


「……いざという時には加勢できるように、前もって話を通しておいた方がよさそうですわね」


 私の提案に、以前、一緒に戦ったことがあるセラヴィが頷いて同意を示します。

 物語の主人公ならば味方のピンチの時に颯爽と飛び出して、迫る敵を前にひとりで無双するものでしょうが、実際問題として事前の周知もなしにワンマンプレイをするなど、逆に味方の足を引っ張る結果にもなりかねません。

 護衛か教導官(メンター)か教団関係者か――この場の指揮権を持っているのかは不明ですけれど、私もセラヴィも冒険者登録をして冒険者証を持っている立場上、念のため使える戦力として報告しておいてマズいことはないでしょう。


 そう思ってセラヴィと一緒に歩き出そうとしたところで、誰かに右手の手首を持って引っ張られました。


「ちょっと待ってください! ジル、まさか自分から危険な場所に向かうつもりですか? 僕は反対です」

 見れば険しい顔をしたルークが、私の手を取ってこの場から絶対に逃がさないとばかりに、両足を広げて留まっています。

 ……まあ、このくらいの(いまし)めは、返し技を使えば一発ですけど。

「貴女はあまりにも向こう見ず過ぎる。皆を助けたい、能力のある者が矢面に立つべきだ、という考えは賞賛されるべきものだと思います。ですが、貴女は根本的に自分の安全や命を度外視し過ぎている! こんなに貴女を好きで、心配している人がいるというのに……もっと自分を大切にすべきだ」


 てっきり騎士道精神に則った『か弱い婦女子(レディ)は守るもの』という立場からの反対意見かと思ったのですが、予想外の方向からのダメだしに、反駁しかけて開けた口を閉じて思わず黙り込んでしまいました。

 視線を転じて見れば、エレンがすがるような目で私の挙動を見守っています。


 正面切って反対されたのならば、いかようにでも反論できる言葉はあったのですが、こうして私の至らない点を指摘されて、なおかつ情に訴えられるとそれも難しいです。

 いつの間にこんな搦め手を使えるようになったのでしょう。ルーク、恐ろしい子……。


「それはちょっと違うんじゃないのか」

 と、そこで私の反対側の手を取って引っ張ったのがセラヴィです。

「ジルはお前の持ち物じゃないんだ。お大事に箱の中に閉じ込めておけば安全だと思っているのか? 協力すべき事態に直面して、できる人間が手をこまねいていて大丈夫と思うなら、お前の頭がおめでたいってことだ」


 その言葉に、普段は真剣な表情をしていてもどこか穏やかな雰囲気を残しているルークの双眸が、すうっと冷たい眼光を帯びました。

「……聞き捨てならないな。なら、君はジルに万が一のことがあれば責任をもてるのかい? そんな資格があると思いあがっているのかな」


「自分の生き方は自分で決めるものだろう。他人がとやかく言う問題じゃないと言ってるんだ、お坊ちゃん」

「君がヒロイックな感慨に浸って命を捨てても知ったことじゃないけど、ジルまでひと括りにしないでもらえるかな」


 ルークとセラヴィが互いに譲らず、ついでに左右から私の手を掴んで引っ張りあいをしています。なにこの大岡裁きの状況は?


「なんというか……大モテじゃのう、ジル」

 そこへ少し遅れて付いて来ていたリーゼロッテが、半分面白がるような口調で口を挟んできました。

「場所柄のせいで、まるで恋敵同士が競って式場の前に揉めておるようであるな」


 気が付いてみれば、いつの間にか教会の扉の前まで移動していました。

「さきほども述べたが、この教会は縁結びで有名らしい。別名『追憶の教会』とも呼ばれているそうで、一緒に扉をくぐったカップルは将来結ばれるとか。さて、どちらと手を取って進むつもりかのォ」

「――――っ!?」


 その軽口に思わず絶句すると、なぜかルークもセラヴィも口論を取り止めて、お互いを牽制するような視線を交差させ、それから何かを期待するような目配せを、ちらっとこちらに送ってきました。


 ――え゛……ドッキリ?!


 と、思って周囲を窺ってみましたが、避難してきた生徒や教職員、護衛役の冒険者、果ては聖職者の皆様方まで、さきほどまでの緊張感はどこへやら、全員が生温い目をしてこちらを注視しています。


「修羅場だ修羅場」「普通に考えたらあっちの毛並みのいい色男じゃね?」「甘いな。女ってのは危ない雰囲気の男に惚れるもんだ」「ああ、聖女様、この恋が成就いたしますように」「いや、無理じゃね。片方は泣くぞ」「逆ハーレムというのはどうだ?」「じゃあ賭けるか」「おう、俺は色男に銀貨二枚」「俺も」「あたしは黒髪に銀貨三枚」


 なにげにトトカルチョが始まっていますけれど……、なにかもう状況が痴情のもつれのように認識されていませんか?!


 いやいや、ないですわ! だって私ですよ、私!! こういうイベントフラグとか一生無縁だと思っていた、ブタクサですわよ!? 全員がなにか盛大に勘違いしているのではないでしょうか? ルーク、セラヴィ、あなたたち疲れているのよ……。


 そう思って、いまだけは聖女様になった気持ちで、視線に労わりを込めてふたりの顔を交互に見詰めると、途端に揃って握り締められた手の力が、ギュっと強くなりました。

 なにか薮蛇でした……。


 これ、もういい加減外して投げ飛ばしても問題ないレベルの拘束ではないでしょうか? もっとも私が学んだ流派だと、そこから投げて極めて関節破壊までがワンセットなので手加減できるか自信がありませんけれど。


「「ジル、どっちを選ぶん(です)(だ)!?」」


 現実逃避をしかけた私へ向かって、ルークとセラヴィが性急に答えを促してきます。

 私はふたりの男子生徒の頭越しに聳え立つ教会の扉を、多少恨めしげに眺めてため息をつきました。

 教会の扉は常に迷える子羊の為に開かれていると言いますけれど、いまの私には重々しい運命の扉にしか見えません。なんとなく悪意の波動すら感じますわ。


「はあ……。わかりました。ふたりとも手を離してくださいませんか?」

 覚悟を決めてふたりにお願いすると、少しだけ躊躇して同時に手を離してくれました。


 無言のまま選択の答えを目で要求するふたりを前に、改めてため息を漏らす私。

 さすがにこの状況で私の勘違いということはないですわよねぇ……? ふたりの男子から好意を寄せられるという予想外の状況に、なんか胃が痛いですわ。

 とはいえ現在はうかうかしている暇はありません。早く避難なり防御なりを固めないといけない危急存亡の時です。


 私は軽く呼吸を整えて、一歩前に踏み出しました。

 帝国皇族の色男(ルーク)庶民の神童(セラヴィ)か。

 英雄譚の決着でも見ているかのような緊張感がその場を満たします。


「――さ、いきますわよエレン、フィーア。遅れないようにね」

 私は躊躇なく侍女のエレンの手を取り、足元のフィーアを抱き上げてさっさと教会の扉をくぐり抜けました。


「はいっ、ジル様!」

「わふっ!」

 妙に嬉しそうなエレンと、尻尾をぱたぱた振るフィーアとともに、足早に奥へと向かいます。


 唖然として静まり返る一同――爆笑するリーゼロッテと、にやりと笑ったヴィオラは別にして――が、

『なッ……なんじゃそりゃ――――――――っっっ!!!』

 次の瞬間、一斉に絶叫しました。


 なにやら後方からもの凄いブーイングが唱和して追ってきたような気も致しますが、知ったことではありません。

 いきなり勃発した恋の鞘当の戦場から、当事者たる私は戦術的撤退を選択したのでした。


     ◆◇◆


 ――来た……!


 待ち望んできた……そんな陳腐な表現では追いつかないほど、魂が飢え、渇え、どろどろに血を流すほど求めてきた相手が、ついに自分の領域に足を踏み入れたのを感じて、“彼”は歓喜とも狂乱ともつかぬ哄笑を発した。


 それから残った余力を総動員して、この閉鎖空間を振るわせるほどの魔力波動(バイブレーション)を放つ。


 あの女が施した封印は忌々しい程強固であり、計算上内側から破壊することはほぼ不可能なのがわかっていた。だが、その性質上、外側からの干渉には比較的弱いはずである。

 その為、かつて“彼”の下僕(しもべ)や信奉者、さらには何を勘違いしたのかその力を利用しようとした愚か者まで、こぞって封印を解くべく奔走したものだが、『比較的弱い』と言ってもそれは彼や、この封印の魔法陣を施した仇敵の水準から見ての話であり、これまでこの封印を解く……もしくは破壊できるような力量の持ち主は現れなかった。


 おそらくは今後も現れないだろう。だが、“彼”の考えが正しければ、この封印を解く方法は非常にシンプルであり『・・・・・』が、ほんの僅かあれば事足りるはずである。


 とは言え内側に封印されている自分にできることなどたかが知れている。

 ……この世にあるあらゆる魔導を極め、その結果、矮小な生命を超越した自分が、力不足を認めることは地獄の業火に焼かれるよりも、なおも狂おしくこの身を苛んだが、事実は事実として認めなければならない。


 だがしかし、この場に封印されていてもまったくなにもできないわけではない。直接干渉することはできないにしても、魔力波動(バイブレーション)の余波とも言うべきものが、僅かながら大気中の魔素(マナ)に反応し、まるで共鳴するかのように常時広く薄く拡散しているのは確か。


 それを隠蔽・遮断するための障壁も築かれてはいるようだが、ごく稀に違和感を感じる者もいるようで、そのことが逆にこの地を特別な聖地扱いにする原因ともなっている……と、数年前、いや数十年前であったか? たまたま魔力波長が合ってほんの僅かの時間、交信できたあの者が話していたが、噴飯ものの話である。


 結局、あの者もこの封印を破ることは叶わなかったが、或いはあ奴を再びこの地へと誘う一助となったのかも知れぬ。

 そう思いつつ、闇がわだかまるだけの頭上へと視線を走らせた。


 幸いにも今宵は星辰からいって満月。もっとも魔物の体内魔力が活発になる日である。

 奴がこの領域に足を踏み入れるなど、二度とあるか……いや、その前に自分が存在していられる保障はない。その唯一無二の機会に、星辰が揃うなどとは――。


 “彼”は生まれてこの方、常に唾を吐き、罵倒し、忌み嫌っていた存在――『神』にすら感謝を捧げたい気持ちで、長々と狂気に満ちた哄笑を放つのだった。

ジルとエレンが将来、そういう関係になる伏線とかではないので念のため。


10/22 脱字を追加しました。

×地獄の業火に焼かれるよりも、なおも狂しくこの身を苛んだが→○地獄の業火に焼かれるよりも、なおも狂おしくこの身を苛んだが


一部、わかり難いとご指摘のあった部分を修正しました。


10/25 修正しました。

×「ジル、どっちを選ぶ(んです)(だ)!?」」→「「ジル、どっちを選ぶん(です)(だ)!?」」

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