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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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金髪の公子と黒髪の神童

 ユニス法国北部アーレア地方に属する観光と保養の町クラルス。


「見てください、この熊……くま? えーと、熊ですわよね? 頭の上に風車みたいなのがついていて、微妙に目付きが人を殺してる風で、両手に鉈とゴブリンを串刺しにした竹槍を持っていますけれど。デフォルメされたご当地キャラ的なもの……でしょうか?」


「嬢ちゃん、そりゃ伝説の人喰い魔獣〈嵐羆(ストーム・ベア)〉の木彫りだよ。主に魔除に使われるもんさ」

 土産物屋のご主人の言葉になるほどと頷きます。


「興味があるんなら、こっちの満月の夜にクワルツ湖から現れる殺人〈大鬼(オーガ)〉のフィギュアも一緒にどうだい?」

 そう言って変なマスクを被って巨大な草刈鎌(シックル)とアイスピックを持った、やたらおどろおどろしい人形を取り出すご主人。


 いえ、まったく興味はありませんけれど。

「……どうしてこう微妙にチョイスがキワモノ寄りなのでしょうか? ここは聖女教団の修行地でもあり、俗世を離れた巫女の方々が足を向ける場所と聞いていたのですけれど」

「ああ、巫女さん関係のグッズも山ほどあるよ。これなんてどうだい? いま売り出し中の美少女巫女五人ユニットのペナント。サイン入りのレアもんだよ」


 これまたよくわからない、五色の巫女装束を纏った女の子たち――『プリ巫女レンジャー』ペナント?――と書かれた三角ペナントを、ドヤ顔で広げられました。


「いいんですか、こんな通俗的な……?」

「いいんだよ。寄進するような感覚でなおかつお得だってことで、昔から教団公認だしな。――つーか、お嬢ちゃんも関係者だろう?」

「? いえ、単なる学生ですけれど……」

「そうなのかい? てっきりきちんと修行を治めた巫女さんかと思ったんだけど、この道一筋三十年のオレの見立ても鈍ったか。――まあいいや。そんなわけで安くしておくよ!」


 ほとんど無理やり猟奇的な邪神像のようなものと、商業主義にどっぷり漬かった美少女イラストを両手に押し付けられます。

 これが教団の聖地の実体なのですから呆れるというか、平和というか……私は変な像と三角ペナントを両手に持って、ずらりと道の両脇に並んだ露天の土産物を冷やかしで見ている同伴者のご意見を伺いました。


「――と言うことらしいですけれど、どちらがいいと思います?」

「どちらもいいですけれど、こちらの人形なんてどうですか? なんとなく面影がジルに似ていて可愛らしいと思いますし」

「阿呆らしい。それよりも、普通に名物として有名なこっちの巫女姫人形にしておいたらどうだ?」

「「………」」


 店先に並んでいた白いドレスを着た桜色の髪の巫女をかたどった焼き物の人形を、同時に指差したルークとセラヴィが、その姿勢のまま一瞬視線を交差させた後、無言のままお互いの姿を視界の中からフェードアウトさせます。


 今朝、紹介した時からまるで野生動物のように、微妙に距離を置いているおふたり。

 まあ確かに……生まれも育ちも環境も性格もなにもかも違いますので、いきなり打ち解けるのは無理かも知れませんが、心なしかお互いにちょっと過敏に意識し合っているように思えます。


 ルークはもともと鷹揚な性質ですので身分とかには拘らないはずですし、セラヴィも相手の身分にあわせて態度を変えるような人間ではないので、問題ない関係を構築できるかと思っていただけに、これはちょっと予想外でした。


「世間や社会制度に対する私の見通しが甘かったということでしょうか?」


 と、こっそり同じ班で団体行動をしているダニエル侯子に訊ねたのですけれど、なぜかニヤニヤと面白がるような顔つきで、

「いやいや。ここに美しい花が一輪あったとして、二匹の蜂がいたとしたら……こうなるのは自明の理では?」

 謎掛けのような返事を聞かされるだけでした。


「あ……っ! あー……ああ……」

 同じくセラヴィと一緒に付いてきた生徒会執行部部員で、先日知りあったエリアス君が、なにやら合点がいった顔で私とルーク、セラヴィの顔を順に見比べて、「うわ~ぉ」最後に途方に暮れた表情で、空を見上げました。


 なんなのでしょう?


 リーゼロッテやヴィオラも訳知り顔でこちらを見ています。

「……私が悪いのでしょうか、もしかして?」

 なにげに居心地の悪い疎外感を覚えた私は、手持ち無沙汰に露天に並んだ巫女姫人形――たぶん母クララをモデルにしたものでしょう――を手に取って、軽く自問いたしました。


     ◆◇◆


 さて、この調査学習の期間中、私たちが宿泊する学園の保養施設は、街から馬車で三十分ほど離れた湖と白樺の林に囲まれたお屋敷でした。


 門と塀とで囲まれた広大な敷地にあって、中央の瀟洒な館を挟んで、東館と西館に別れたちょっとした貴族の館のような重厚な建物です。


 さすがに男子生徒と女子生徒を同じ屋根の下に押し込めるのは問題があるらしく、男子は東館へ女子は西館へ教職員関係者は中央へと振り分けられています。


「――ということで、泊り込みの醍醐味といえば艶話(つやばなし)であろうな」


 グループ全員での親睦会を兼ねた夕食後。

 軽く雑談でもせぬか? とリーゼロッテに誘われて、ヴィオラともども彼女のお部屋にお伺いしたところ、用意されていたシャンパン風の葡萄酒が即座に開けられました。


「よく参った。駆けつけ三杯であるな」


 それってお茶の作法ではありませんか? と反駁する間もなく、グラスに軽快な音を奏でる琥珀色のお酒を注がれ、なし崩しに受け取った私たちは、リーゼロッテの音頭のもと乾杯しました。


「それでは、これからの日程が実り多きものになることを期待して。乾杯っ」

「「乾杯!」」


「……あら、美味しい」

 一口呑んで軽く目を瞠りました。

 流石にエルフ謹製の葡萄酒には比べるべくはないのですが、玄人を唸らせる上級者向けのあちらに対して、呑みやすくて甘いこちらはアルコールにあまり免疫のない私のような初心者には優しくてわかりやすい味です。


 つい調子に乗って軽くチーズや生ハム、クラッカーを肴に二杯、三杯と杯を開けていたところへ、先ほどのリーゼロッテの台詞となりました。


「なかなかこういう機会はないからのぉ。年頃の娘らしく――まあ、ヴィオラは微妙であるが――忌憚のない“恋バナ”というのを一度やってみたかったのじゃ。他の連中では油断できぬが、おぬし等なら腹を割って話しても問題ないからの」


 相変わらず持って回った言い回しと、大仰な態度は変わりませんけれど、私たちの事を『本音で語り合える親友である』と宣言されたに等しい言葉に、自然と頬を緩ませヴィオラと視線を交わして微笑み合います。

 ……とはいえ“恋バナ”ですか。私のもっとも苦手とする分野ですわね。


 とはいえこの手の話題は女性であれば気になるのか。

 エレンをはじめとする各自の侍女たちまでが、心なしか目を輝かせ、耳を澄ませ、神経を集中しているような気配をヒシヒシと感じます。


「まあ、僕はいまのところ特定の女性とお付き合いはしていませんけれど……と、そういえばフロイライン・リーゼロッテには三~四歳年上の許婚(いいなずけ)がいたように記憶していますが?」

 グラスの(ステム)を持って軽く揺らし、揺れる葡萄酒の琥珀色の表面越しにリーゼロッテの表情を伺いながら、からかうようにそう問いを発するヴィオラ。


「――ふむ、そうきたか。確かに妾の許婚であるセディ……セドリックは現在十六歳であるが、あくまで許婚という領分を越えた感情はないので、さほど盛り上がる話でもないぞ」


 面倒臭そうに鼻を鳴らすリーゼロッテでしたけれど、一瞬目が泳いだのと、彼女付きの侍女が身動ぎしたのを見逃すヴィオラ――以下、室内にいる年頃の乙女たち――ではありませんでした。


「おや、そうでしたか? 噂では相手が伯爵子ということで反対意見もあったところ、誰かさんがベタ惚れ……いえ、強固に我儘を通して許婚に収めたとか、その代償で彼の婚約者殿は海外留学へ、フロイラインは学園への入学を条件に承知したと伺っていますが?」


 ――ほほほう~~~~~っ。


「なっ……! そ、そんなものは根も葉もない宮廷雀の囀りで、面白おかしく脚色しているだけじゃ。そもそも妾が学園に入学したのは王女として見聞を広げるためで、セディとは無関係の所存であり――」


 怒りか羞恥かわかりませんけれど、真っ赤な顔で言い訳を捲くし立てるリーゼロッテを、全員が生温かい視線で見守ります。


「……そうなのですか。リーゼロッテ様にはそういう方がいらっしゃったのですね。興味深いですわ。――それで、純粋な興味なのですが、どこまで行ってらっしゃるのですか? 年上の方ですので、ずいぶんと進んでらっしゃるのでしょうね」


 ふと気になって訊ねたところ、リーゼロッテはピタリと口をつぐんで「うっ……」と呻き。ヴィオラは「~♪」軽く口笛を吹いて意味ありげに片頬を緩め、心なしか侍女たちが一斉に身を乗り出して耳をそばだてます。


「お、お主の口からそのような問いが出るとは。思わぬ伏兵であった。……いや、しかし、最初に艶話と言い出したのは妾ではあるし、ここは正直に話すが……その、お互いに気持ちを確認する上で」

「リビティウム皇国外への留学ということは、もしかして交換留学でグラウィオール帝国へ行かれたのですか? 三歳年上ですので、学年も上でしょうから専門学習でしょうか?」

「口づ……ん?」

「はい?」

「「「「…………」」」」

「――こ、こほん。ま、まあ、お主らしいの。で、妾のことはともかく……ジル、そういうお主こそ好きな(おのこ)はおらんのか? というか、ルーカス公子とセラヴィ司祭とか言うたか? 昼間見た限りどちらもお主に気があるようであったが、どちらが本命なのかこの際はっきり聞きたいの」


 途端、もの凄い食いつきのよさでエレン以下、室内の乙女たちの視線が私に集中しました。

 物理的圧力すら感じられるそのプレッシャーを前に、

「え~~と……ノーコメントと」

「「「「「駄目 (です)!!」」」」」

 一瞬で結託して逃げ場を塞がれる私。


 キラキラした瞳で獲物(わたくし)を包囲する猛獣(乙女)たちを見渡しながら、この逆境を突破する方法を模索するのでした。


     ◆◇◆


「――遅い」

 夜半も過ぎた刻限。街灯のない保養所は闇の帳に覆われ、建物の周囲を取り囲む木々の影ともあいまって、満月の光がなければ鼻を抓まれても気が付かないほどの暗さだった。

 角燈(ランタン)と松明の明かりで照らされた正門の前で、待機がてら周囲の警戒をしていた冒険者グループ『鋼鉄の荷車(スチールワゴン)』のメンバーの中でもリーダー格の男が、苛々と街道へ続く道を透かし見ながらうなるように吐き捨てた。

「たかだか屍骸の始末ごときでどれだけ手間取っているんだ。数が多いとは言え、半日もあれば終わるだろうに」


「おおかた連中、手前の街で羽目を外してるんじゃないですかい?」

「ここは教団のお膝元ですからねぇ。娼館の類が一軒もないときている。退屈ったらありゃしない」

「いまごろしけ込んでいる真っ最中か。羨ましいねえ」

「俺も残りゃよかったなあ」

「がははははははっ!」


 てんでバラバラの装備をした冒険者たちが、野卑な笑い声を唱和させる。

 その輪の中でひとりだけ苦虫を噛み潰したような顔をしていたリーダー格の男のコメカミに、太い青筋が浮いた。


「貴様ら、普段のノリで考えるな! ここにいる貴族のお坊ちゃん、お嬢ちゃん方の目に止まれば、大貴族どころか王族……いや、聞いた話では帝国の皇族もいるらしい、そこに召抱えられる可能性があるんだぞ。そうなればいまのような明日の保証のない根無し草家業からはおさらばできるんだ。せいぜいシャンとしたところを見せておけ!」

『へいへ~い』


 適当な返事にもう一言怒鳴りつけようとしたリーダー格の男だが、

「おっ。あれってラザルたちじゃないですか? 戻ってきたみたいですな」

 タイミングよく夜目の利く獣人らしい仲間の一人が、道の向こうからやってきた集団を目敏く見つけて指差した。


「……やっと来たか。おい、遅かったな!」

『…………』


 無言のまま近づいて来る、見慣れた装備を身に着けた十数人の冒険者たち。

 怒鳴りつけながら、そちらに向かおうとしたリーダー格だったが、彼らが足を引き摺るようにして歩いているのに気付いて眉を顰めた。


「怪我でもしているのか? どうした、なにかあったのか?」

『…………』


 この期に及んでなお返答のない連中の様子に、半ば本能的に腰から中剣を抜いて、切っ先をそちらに向ける。

「止まれっ! それ以上近づくな! ラザル、その場から報告をしろ!」


 一拍遅れて背後に並んでいた仲間達も各々武器を構え、視界を確保する為に松明や角燈(ランタン)の明かりをそちらに向けた。


「――ひっ!」


 ソレ(・・)に最初に気が付いたのは、やはりというか闇に慣れた獣人の男だった。

 怪訝に眉を顰めたリーダー格を筆頭とした冒険者たちだったが、程なく光に照らされた領域に入ってきた仲間……いや、仲間であった者たちのあり様に気が付いて、息を呑んだ。


「ラ……ザル、それにお前ら……その傷は……」

「し、死んでる……」

「ば、ば、化け物――っ!」


 最初はただ汚れているだけかと思い。次にその染みが血であることを経験から悟り。返り血が全身に付いているのかと考え。最後にそれが彼ら自身の身から流れ落ちて固まったものだと理解した冒険者たちの背筋に震えが奔った。


 同時に、ざわりと館を取り巻く周囲の林が一斉にざわめき、なにか巨大なモノが這うような音がこだまする。


「――ッッッ! 敵襲だ――っ!!」


 我に返ったリーダー格の男が絶叫を放つのにあわせて、猛獣が放つかのような重々しい咆哮が、人外の敵と化した元仲間たちの後背――光届かぬ闇の奥から聞こえてきた。


     ◆◇◆


「――あら? なにか外が騒がしいような気が……」

「この期に及んで往生際が悪いのう」

吸血姫の書籍化作業の為、少々更新が遅れています。

申し訳ありません。

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