飛べない鳥1
「当面の目標は、寝る場所と食糧の確保、次に診療所の建設と、できれば他のエリアにも行ってみたい。フェルマ、これは可能ですか」
ドクタはフェルマと親愛の義を行ったことで、フェルマは敬語を捨て、フランクに話しかけてくれるようドクタに提案した。だけどフェルマの方が断然年が上であるため、ドクタが反対し、話し合った結果、名前を呼び捨てにする事になった。
本音を言えば、全エリアに行き、病気のものを直したかったのだが、それは無理な話だとドクタ自身も思っていた。
フェルマは考えこんだ様子ながら尻尾を上げ嬉しそうだ。
「う~む、我の使っていた寝床は、代々エリアボスが使っていたもので、すでに使われているだろう。となると元我のエリアかこの湖エリアか、もう一つの友好エリアになるな。他のエリアとなると難しい……下手すると全面抗争に発展しかねない。家の建設はそこが決まってからの方が好ましい。そこに建てる可能性が高いのでな。明日もう一つの友好エリアに行こうと思うが、他のエリアはすまないが当面は諦めてもらいたい」
本当は元自分のエリアに戻ると、いらぬ混乱を招き、ベルカに迷惑かかるが、湖エリアはその名の通り、大半が湖で良い寝床が無く、もう一つの友好エリアにも無かった場合、そこしか案内できるところがない。それがフェルマが、ドクタが提案した事で自分達の限られた現状で出来る、最大限の事だった。
ある程度ドクタの要望が叶えられたので頷く。そして、細かい所をつめ、とりあえず今日の寝床はここにすることになった。
今は、既に夕方になっており、食料はそこにあるブラッディクラブや黒人狼を使う事にし、フェルマはそこらへんに落ちている木の枝を集め、ドクタは死体に近づき、全体に浄化魔法をかける。ブラッディクラブは毒性が強いので、とてもじゃないが食べれないが、浄化魔法をかける事により毒性を消し、食べられるようにし、黒人狼は傷が少ないものを選ぶ。
選んだものを、フェルマが持ってきた木の枝のそばに置き、湖のそばに落ちてるものから、水が入るものを探すと、幸い水袋が落ちていたので、水を汲み、浄化魔法をかける。
フェルマは、木の枝の一つに爪を高速で滑らせ、火をおこす。それを素早く、木の枝が集まっているところに蹴り、たき火にする。
ドクタはブラッティクラブをあぶり、フェルマは黒人狼の皮をはぎ。
「我はそのままでも大丈夫だが、ドクタはそういうわけにもいくまい」
「そうですね。生肉は菌があるので、人の場合だと、何かしらの症状がでる可能性があります。生肉を火で充分に焼けば細菌が死滅し、安全になるでしょう……」
フェルマから渡された肉を、木の棒に刺し火のそばの地面に突き刺す。
こまめに、向きを変え、中までじっくり焼けてから、食べる。
食感としては鹿と似ているが、浄化魔法をかけたおかげか臭みがなく……おいしいな。
先ほどまでフェルマは生肉をむさぼり食っていたが、良い匂いがしてドクタの方を見ると湯気が立っていておいしそうだった。
視線を感じドクタは隣を見ると、肉に視線を固定し、もの欲しそうにフェルマが見ていたので苦笑しながら焼けた肉の一刺しを前に置く。
「ありがとう。それにしても新発見だな。我は焼いた肉がこんなにおいしいとは知らなかった」
フェルマは前足を器用に使いながらはふはふと食べており、結局残った生肉も焼く事になり、充分に食事を堪能した後、やる事もないので寝る事になった。
「我の体を枕がわりにしてくれ」
地面はごつごつしているので、フェルマの提案にドクタはのり、横たわらせた体の腹部分に頭を乗せる。
「空が綺麗だ」
今は夜になっており、星の様なものが無数に煌めいていた。
その光景を目に焼き付けながら、ドクタは眠りについた。
フェルマも浅い眠りにつき、気配を感じると、起きて牽制する。そうする事で相手は引き、夜は更けていった。
ひし形の太陽なものが顔を出し、早朝と言えるような時間にドクタは目を開けた。
魔力残量九割まで回復……脈拍正常……その他異常なし。
自分の体の調子を確認した後、ドクタは起きる。
フェルマは、ドクタが離れた事で、目を覚まし、湖の中に軽く入り、眠気を無くす。
ドクタも、湖で顔を洗い、さっぱりとした様子で、水袋に入っている水を含む。
フェルマが湖から上がり体を左右に振り水気を飛ばしている所で、ドクタは朝食の準備に入る。
といっても、昨日のうちにスモークし、燻製にした肉をとるだけなのだが。
それの大半をフェルマに渡し、ドクタは手早く朝食を済ませる。
フェルマも二口ほどで完食し。
「うむ、これもおいしい。我は気に入ったぞドクタ」
「それは何よりです。そろそろ行きたいのですが、その前にどういった場所でどういう種族がいますか」
友好エリアに行くとだけ聞かされていて、具体的な事がまだで、少しばかり知識を入れる必要があるとドクタは思い質問する。
最も、昨日のうちに聞けばよかったのだが、そんなに重要なファクターではなかった。
だから、体調が回復するであろう今日まで、後回しにした方がいいとドクタは判断した。
「う~む、この湖エリアを真っ直ぐ突き進んだ先にあるエリアで、小さな丘と草原がメインのエリアだ。
そこを支配しているのは一つの種族で名は『コークス』、そうだな、外見は我のエリアにいた黒人狼を白くして両肩に翼をはやした者なんだが……う~む、あまりうまく説明できなくて済まない。我はこういう説明とかが苦手でな」
フェルマは直感で動くタイプなので、説明などは苦手。おまけに口下手で、うまく伝えられず、もどかしく感じていた。
「構いません。フェルマの思った事を言ってください。それが一番参考になります」
お世辞ではなく、ドクタは本当にそう思っている。説明が苦手な人の場合、うまく伝えようとする意識が強いあまり、話のポイントが迷走し、聞いてる方も言ってる方もわけが分からなくなる場合が多い。ようは、その事についてありのまま言ってもらい、こちらで整理した方が楽なのだ。
そう言われ、気分が楽になったフェルマは再び話し始めた。
「性格は熱くて気のいい奴らだ。そこのエリアボスと我とは友人の間柄で……彼らも悩んでいることがあるのだが……見た方が早いだろう。それでは行くとするか」
腰を落とし、乗れと合図を送るフェルマ。
フェルマが単体の場合、沈むより先に前に進むことが可能かもしれない。事実、フェルマがそのエリアに行く場合、ゴルフや石の水切りショットの様に、湖を突っ切っていく。しかし子供で小柄で細身な体とはいえ、ドクタの体重は35キロ程度ある。はたして動きを阻害されて重くなった状態で、速度を維持できるかどうか、ドクタは疑問に思っていた。
若干不安はあるものの、信頼してフェルマの上に乗り、寝そべった形で、落ちないように体毛部分を掴む。
よし行こう……と、足に力を溜めた時、湖からネルチャが現れた。
「これこれ、そんな無茶して中腹付近で失敗するのは目に見えてるのぉ~」
ネルチャは水中にいて途中から聞いており、又フェルマの無茶が始まったので慌てて出てきた。
フェルマは『為せば成る』を地でいくような性分で、湖渡りも8回目のチャレンジで成功し、他にも空を飛ぶ事を挑戦したり、どこまで穴が掘れるか挑戦してみたりと、失敗する事の方が多い。
普段はフェルマが無茶をするのを見かけても、大抵の事は何とかしてしまうので放置していた。今回は巻き込まれるのがドクタと言うこともあり、早めに目を覚まして、ここで待っていた。案の定というか、なんというかネルチャの読みは当たっていた事になる。
無言で、フェルマの背から降りるドクタ。当然と言えば当然の事である。
「むっ、ドクタまで我の事を信用していないのだな」
心外だといった表情でフェルマはドクタの方を見るが。
「これこれ、ドクタ殿に当たるのでない。泥船に乗っても沈むのは目に見えておるのでのぉ~、それともなにか、絶対に沈まない自身でもあるのかのぉ、儂の記憶が正しければ、最初の頃は失敗していたはずじゃが」
思い出す様にとぼけた感じで言うネルチャだったが、声には棘が混じっていた。世の中には絶対なんて言葉は存在しないが、可能性が高いといえばそうでもなく、だからこそフェルマは二の句がつげない。
「物は相談なんじゃが、儂の背中に乗って、湖を渡った方がいと思うのじゃがどうかのぉ~」
ネルチャが出した提案は、フェルマが出した案より、圧倒的に安全である可能性が高いため。
「すいませんが宜しくお願いします」
ドクタはその案にのり、がっくりと項垂れるフェルマであった。
「ヴェルキンさんはあれから大丈夫ですか」
フェルマとドクタは、ネルチャの甲羅の上に乗り湖を渡っていた。
「昨日は、ヴェルキンがお礼も言わずにすまなんだのぉ~。あれからおいしそうに食事をして、今は安らかに眠っておるのぉ」
失敗したとは思っていなかったドクタだが、経過報告を聞いてほっとする。隣を見ると、フェルマはまだ落ち込んでいたので、頭を撫で。
「フェルマ、種族毎やその一人一人には個性が存在します。得意な事だったり不得意な事だったり、短所があったり長所があったり。今回はネルチャさんが得意とする事だったので、安全面からお願いしただけで、決してフェルマの事を信頼していなかったわけではありません。昨日だってフェルマがいたから安心して眠れました。だから自信を持ってください。私が真名を言ったのはフェルマだけですから」
ドクタはフェルマをフォローする。これを忘れれば、信頼関係に傷がつきかねない。
ここら辺は、人と人との関係、人と動物の関係に似ている。
「ほっほっほっ、懐かしい光景じゃのぉ~」
ネルチャは昔の事を、すでに亡くなったパートナーの事を思い出し、目を細める。
フェルマは気持ちよさそうに、ふにゃっとなり、尻尾も左右に振り、機嫌が持ち直したようだ。その光景をベルカ他、自エリアにいた者達が見れば目を疑ったであろう。まるで人間に飼いならされた愛玩動物の様だと。
ゆらりゆらりと進んでいき、一時間ほど経過し向こう岸についてドクタとフェルマはネルチャから降りた。
「ありがとうございますネルチャさん。おかげで助かりました」
「ネルチャ殿礼を言うぞ。それにすまなかった。やはり我では失敗していた可能性が高い」
ドクタとフェルマは頭を下げ、感謝の意を示す。
「ほっほっほ、これぐらいならお安い御用じゃよ。それよりも彼等の悩みを助けてあげてほしいのぉ」
フェルマ同様、ネルチャも彼らの悩みを知っている。彼らは物心ついた時から、その悩みを抱えており、だれ一人として解決したものがいなく根が深い。しかしドクタならもしや……という思いをネルチャは持っていた。ヴェルキンやフェルマ、自分を治してくれた奇跡の様に。
「フェルマにも聞きましたが、その悩みとは何ですが」
その問いに、ネルチャは既に知ってるものと思っていたので、フェルマを見る。だがフェルマは明後日の方向を見ていて、視線を合わそうとしない。
案の定説明が苦手で実際見た方が早いといったのじゃろう。全く仕方ないのぉ~。再度ドクタの方に向き直し……答えた。
「彼等には立派な翼をもっているのじゃが……飛べないのじゃよ」




