フェルマの決意1
夢から覚めたようにはっとした感じで、フェルマは慌ててドクタの方に駆け寄り支える。
そして、大事なものを抱えているかのように、そっと横たわらせる。
「我は感動したぞドクタ。まるで奇術の様にヴェルキンを治し、あまつさえ気絶するまで他人のために頑張る……それは誰にもできる事じゃない」
前を見ると、痛みが無くなり号泣しているヴェルキンの姿があった。
しかし……とフェルマは思う。
この森には問答無用で襲ってくる者も多く、ドクタは人間なので尚更だ。同時にこの森を変えてくれる者だと感じていた。
だが、このまま一緒についていくのには、いくつもの制約を超えなければならない。
一つ、友好エリアではない所に他のエリアボスが来ると、敵対行為とみなす。無条件に自エリアにどこから攻撃されても文句は言えず、過去の例から照らし合わせて、九割の割合で、そこのボスは殺され、四割の割合でそのエリアは無くなる。そう、五百年程前、エリアは二十あり、百年程前は十一あった。
一つ、自エリアにボスが長期間居なくなると死んでいる者とみなし、次期エリアボスが決まっている場合はよし、それ以外は友好エリアが指揮をとる。
一つ、五年に一度エリアを交換する。冒険者が来る危険なエリアになっても、文句なしだが、湖エリア等、特殊なエリアはその限りではない。
一つ、二十年に一度や特別な場合、七王会議を開く、開催場所は七つのエリアが接する中央二十メートル四方の中立エリア。最初に来た者、又は特別な場合の主催者は中央エリアにある『女神とオーブの像』を作動させる。
一つ、この森に重大な危険が差し迫った時は、全エリアが協力する。この森は獣人の国と人間の国の間にあるため、これまで三回、国が攻めてきたが、制約の元、七王が先頭に立ち、それを退けた。
そして……最後の一つ、十年に一度『マーチャントエクセルブ』と呼ばれる夏の期間のみ他エリアに決闘を申し込む事ができ、拒否はできない。申し込む方法は、七王会議を開き、全ボスの前で言う。他のエリアは干渉を禁止し、見つけた場合、他エリアからの攻撃を受けても文句は言えない。
勝敗はどちらかのボスが死ぬ事。勝った方はそのエリアを貰う事ができるが、それには他のエリアの承認が必要である。
これまで三回決闘が行われ、一回承認された。
以上が五十年前に王会議で決まった『イノーシスの制約』である。王一つに、一つの制約を持つ権利があり、代替わりで変更されたものや、エリアをつぶされて消されたものもあり、今の七つになった。
そこまで考え、フェルマは馬鹿馬鹿しくなって笑う。
考えるも何も、我の人生はあそこで終わっていた……つまりはそう言う事だ。
「決心はついたかのぉ~」
長いこと考え込んでいたらしく、ヴェルキンは既にいなく、ネルチャは若い者が成長するのを見る目でフェルマを見ていた。
「すまないなネルチャ。我は変わったか」
「かわってないのぉ~」
「違いない……しばしドクタ殿を見ていてもらいたい……我にはやる事が出来たのでな」
「ここは心配いらんから言ってくるがよいのぉ~……くれぐれも後悔がないようにのぉ~」
一瞬虚をつかれ、次のフェルマの表情は。
「ああ分かっておる……」
晴れやかな良い表情だった。
自身のエリアに戻ってきたフェルマは、ある者を探していた。
確かここら辺にいつもいるはずなのだが。
ついた場所はエリア北西。フェルマのエリアの中でも特に女性種が多く集まっている所である。
「ベルカ、いるか」
我が何かあった時、次期エリアボスにと我が公言しており、エリアにいる者達も、そう思っている。
少々猪突猛進で危なっかしい所もあるが、我が最初なった時など、危なっかしい所の話ではなく、分裂の危機だったから……大丈夫だろう。
それに、あれはなかなか慕われて、リーダーになれば丸くもなる。
「考えている時に周りの注意が疎かになるのはあんたの悪い癖だよ」
背後から声がし、フェルマは即座に反転して、身構えたが……すぐに警戒を解く。
何故なら探している相手だったからだ。
桃色のさらさらとした美しい毛並みに黒の斑点。猫のようなしなやかな脚。
姿形は豹と瓜二つで、違う点は、毛並みと王者の風格を感じさせる金色の瞳にフェルマと同じぐらいの全長。
種族の名前は『ピンクランサー』、俊敏な動きと鋭利な爪や鋭くとがった四の歯で獲物を刈り、危険ランクはDだが、ベルカは、もうすぐ個別ランクに認定されるほどの実力の持ち主だった。
「ああすまなかったな。だが後ろからわざわざ声をかけてくる方が悪いと我は思うぞ」
短所は認めつつも、悔しかったのかちくりと言い返すフェルマ。その言葉に呆れた視線を向ける。
「何言ってんだい、呼んだのはあんたじゃないか。それよりも大丈夫だったかい、強そうな気配がいくつもあったから心配したんだよ……まぁ、その様子じゃ、大丈夫そうだね」
ベルカの労いの言葉に苦い顔をするフェルマ。実際死にかけたのでそういう表情にもなるのは仕方ない事だった。
重大さと話のきっかけが掴めず、なかなか踏ん切りがつかないフェルマに業を煮やしたベルカは。
「なんだいあんたらしくもない、ボスならどっしりと構えなさい……どっしりと。それに私とあんたの仲じゃないか、今更躊躇う必要などどこにあるか」
我ながら情けない……こうまでお膳立てされなければ喋れないとは。だが感謝するベルカ、ようやく話す決心がついた。
「実はな……」
フェルマは話し始めた。ドクタと会った事。瀕死の重傷から治してもらった事……そしてこれからの事。
静かに耳を傾けていたベルカだったが、徐々に困惑した表情になり、最後の言葉を聞いて、理解の範疇を超えた。
「ちょっと待っておくれよあんた。正気かい? いくら命の恩人とはいえ、このエリアよりも昨日今日会った……しかも人族に……。それに今年は何があるのか忘れているのかい? あんたに抜けられると……」
それ以上、ベルカは言葉にできなかった。
長年一緒にいた、番も同然で一緒にこのエリアを守ってきたフェルマの目を見れば大抵の事を分かってしまうからだ。
「私が何を言っても、あんたはどうせ行ってしまうんだろ……犬っコロになるなり、野垂れ死ぬなり好きにしな……ここは私が命を懸けて守るから」
口ではそう言っているが、言外に『帰る場所は守るから、安心していってきな』といっている。怒った顔ではなく、呆れつつも『しょうがないな』といった表情。
「……すまない。このエリアを頼む」
言葉の真意は分かっているフェルマだったが、気の利いた言葉一つ言えない自分を罵倒しても口から言葉が出ず、結局出た言葉がそれで、ベルカの横を通り過ぎ湖エリアに向かう。
「変わってないよあんたは。いやにまじめで、二つ以上あれば一つしか選択できない。恩義に熱く仲間想いで口下手なあんたの事……私は好きだったよ」
フェルマが行った後ベルガは、フェルマには見せなかった涙をぐっと堪えた表情で、小さく呟いた。
その後、フェルマを祝福するかのように、大きな遠吠えが辺り一面に鳴り響いた……いつまでも……いつまでも。




