湖エリア2
ネルチャは体の調子を確認し。
「待ってもらえるかのぉ~」
と言い残し、湖の中に戻っていく。
「ドクタよ、我は感動したぞ。我らのためにここまでしてくれるとは……それにしてもネルチャめ、お礼もなしに行くとは……どういう事だ。」
憤慨しているネルチャだったが、すぐに思い直す。
(「我はネルチャと知り合ってずいぶん日がたつが、礼節を重んじるできた人物のはずだ。何も考えなくそういう行動はしないはず……ではどういう意図なのか我には分からぬ」)
フェルマは首を傾げ、う~と唸っている。
ドクタは隣でコロコロ表情を変えているフェルマを見て、懐かしい気持ちになる。
そういえばあいつも、同じ様な表情をしていたな。
前世は今より万能ではなく、さらに最初の頃は人間とはかっても違うので失敗も多かった。悲しむ俺に、一緒に悲しんでくれたり、励ましてくれたり。心が凍てつかせなくて済んだのは狼のおかげだった。
ネルチャが戻ってきたのはそれから5分後で、口には銀のネックレスで、ほら貝を装飾したものが着けられていた。
フェルマはカッ……と目を見開き、信じられないといった表情でネルチャを見つめる。
そのアクセサリーがどういうものなのかフェルマは知っていた。というよりもネルチャ自身に教えてもらったのだ。その物語を聞く中でフェルマは譲る事はありえないと思っていたので……それゆえの驚きだった。
このアクセサリーは、人が住んでいたころの時代……今生きているのはネルチャだけになった……遥か遠い昔の話。
ネルチャには一回だけ使い魔になった時期があった。使い魔とは相手に真名を言う事でパートナになる事だ。それはどちらか一方が死ぬまで続く。これがこの時代の使い魔契約。
その人物は誰にも優しく、正義感に溢れ、自慢の主だった。
その主から信頼の証としてもらったのが、そのネックレスだ。何百年たった今でも劣化していない事からよほど大事にしていた事が窺える。
「またせてすまなかったのぉ~。どれっ、これはお礼じゃ~、良かったら受け取ってくれんかのぉ~」
「ありがとうございます。大切にします」
何も知らないドクタは、ネルチャがせっかく持ってきたものなので、素直に受け取った。
フェルマは視線で語り掛ける……『本当に良いのか』……と。
「いいのじゃよぉ~。長年悩まされ重くなっていた体から解放されたのじゃ~……今は良い気分なのじゃ~」
どこか遠くを見ているようなネルチャに、フェルマはそれ以上聞けなかった。
「そろそろ患者さんの所に案内してもらいたいのですが」
少し経って、そろそろ本命の診察をするためドクタはネルチャに言うが。
「連れてくる前に、どうしてこうなったのか説明させてくれんかのぉ~」
患者のそうなった原因は、何の病気かを示す上で重要なファクターとなるため、ドクタは頷き、ネルチャは話し始めた。
~三年前~
大きな音とともにネルチャは目を覚ました。
また懲りずに来たのかのぉ~。原因はすぐに分かった、戦闘だ。
エリア毎によって方針が違い、見つけたら即抹殺するボスもいるが、ネルチャは基本放置している。
やってきた冒険者は全部で六人。全員が人間だ。内訳は剣士と斧使いの前衛が二人、魔法使い一人、弓使いが一人、短剣使いのシーフが一人。
フェルマのエリアもここと同じ方針だが、冒険者で言う所の敵が全く出てこないはずはなく、そこを抜けてきたのでかなりの熟練者達だとネルチャは思う。
しかし相手が悪かった。次期ボスと目されている者で、ネルチャも目をかけており、現時点でのランクはB。全長は二メートルを超え、カバのような顔立ちに、体には鱗がついていた。名はヴェルキン。
攻撃の特徴はその強靭な顎で全てを噛み砕く。冒険者達と実力を比較すると、圧倒的に勝っていたのでネルチャも心配していなかった。
事実決着はすぐについた。二間の距離は五十m。冒険者たちは陸で、ヴェルキンはず湖の中だ。魔法使いが放った炎の槍や弓使いの矢は水面から顔を沈ませ、俊敏な泳ぎで避ける。
次に水面から顔を出したのは湖の入り口付近で、冒険者から5mほど。弾丸のような勢いで水から飛び出て剣士の顔面に体当たりし首の骨を折り、斧使いが反応するより早く、鎧ごと真っ二つに噛み千切る。
そして剣士の死体を咥え湖に返る。自分の役目が終わったと言わんばかりに。前衛が全滅したパーティーが生き残れるほどこの森は優しくない。戦いを見ていた獣達に、断末魔と共に、十分もかからず蹂躙された。
いつもの事なのでネルチャも何も心配していなかった……その時までは。




