二度目の人生
またか……。
森の前で佇む男がいた。
男は些か長い白銀の髪に、あどけなくも何処か落ち着いたような顔立ち。身長は140センチそこそこ、少し痩せているが、充分健康な体。
その男……いや、少年は何処か達観した目で森を見つめ中に入る。
少年は……転生者だった。
死んだ……と思って、次に暖かな感触に包まれ、眼を開けると、そこには見しらぬ人物がおり自身の体の情報を把握し、結論に達する。
赤ん坊になったようだ……と。
生まれた場所は、王都から歩いて一時間の距離にある村。
それから五年間は、現状把握、王都の図書館に頻繁に通い、この世界の情報言葉と文字の習得に費やす。
この世界『コフィール』には、大まかにわけて十の国と五つの大陸が存在する。
四方形の地図から見て、左上にあるドーナツ型大陸、真ん中に空いている世界最大の湖『ナーヴィ』が有名なウータリア大陸と呼ばれており、森の中でも危険度が三本の指に入る『神秘と謳歌の森』。主に人間族が支配しており、三つの国が存在する。
●カタ
国土十%所有湖所有権無し。左斜め上に首都が位置しており、精霊族、獣人族が支配している。
●ウミュル
国土四十%所有、湖四十五%所有人間族が支配している。
●ムカンダ
国土五十%所有、湖五十五%所有人間族が支配している。
ほかの大陸は、断片的な情報だけで、詳しい話は無かった。
次の二年間は魔法の習得、高等魔獣と呼ばれる危険な動物が操る言葉の習得、医療の把握に費やした。
魔法は十六の属性で構成され、三つしか適正は無かった。幸い自分が望んだ属性だったので問題なかった。魔獣語を覚えたのは予備策だ……もしもの時のために。
医療は魔法で頼っている部分が多く、外科の様な事もしない。あるのはせいぜい薬草の類で、俺はこの世界の、医療の進展具合を危惧していた。
確かに魔法は便利だ。俺が持っている属性なら、軽症なら初級者でも直に治せるし、毒や風邪、状態異常も中級者なら治せる。さらに言えば上級者なら外傷ならどんな怪我でもすぐに治せるし、病気でも、ある程度は治せるがそれまでだ。
例えば盲腸、胆石、癌、リンゴ病、麻疹等々、この世界の知識に無いものは治せない。さらに、戦闘によって腕を切られたり、内蔵が傷つけられても『そのまま』外傷だけ回復するため、内蔵の一部が消失したり、斬られた腕などは無かったものとして回復する。
俺には元の世界の医者の知識があるため、二年ほど試行錯誤を繰り返しようやく形になった。
余談だが、もう既にこの世界では治療に関しては右に出るものが居ないほど、世界有数の治癒魔法使いとなっている事を少年は知らない。
今回生まれた家はごく普通の農家で、下に弟と妹がいる。
決して裕福では無いが、笑顔の絶えない家庭。俺が望んでも手に居られなかったもの。村の人達も良い人ばかりで、人間をもう一度信じようと思っていた……。
転機が訪れたのは、九歳の頃、偶然妹が高熱を出し寝込み、俺が魔法を使って、快方の兆しに向かわせた事によって発覚した。
そう、俺の属性の一つは癒しで、妹に向けたのは活性化魔法と解熱作用がある薬草を煎じて飲ませた。
三日たった頃には、すっかり元気となり俺も嬉しかった。しかし、何処から噂を聞きつけたのか、次々と村人達が来るようになり、それに答える様に、俺も問題を治していった。
両親や妹弟も最初は喜んでいたが、次第にお金を取るようになった。そこから、服装からして裕福な人達たちが来るようになるのに、さして時間はかからなかった。
村人を隠れて治療すれば両親にすごい剣幕で怒らた。食事や服装が変わっていき、妹弟も我儘になり派手さが目立つようになった。
やはり人というのはお金があれば欲に溺れ、元の世界と同じ末路になるのか。俺は希望を込めてもう少し待つ事にした。
そんな日々が一年経ち、金の亡者と化した家族に俺は辟易して言ってやった。
『魔法が使えなくなった』……と。
その返答が……今に至る。
この大陸でここまで物騒な気配と広大な森は一つしか存在しなかった。
捨てられるのは覚悟していたが、よもや神秘と謳歌の森に置き去りにされるとは……人間というのはつくづく信用できない種族だ。恩も忘れ、金に溺れ、こちらの都合が悪くなれば、掌を返し罵倒し見捨てる。
『神秘と謳歌の森』はギルド公認で、世界でもトップ5に入る危険な場所である。
ギルドというのは危険指定された魔物や獣の討伐、賞金首や商人達の護衛からアルバイトや雑用等幅広く行っている斡旋所である。
少年は人間に金輪際期待する事はないだろうと心に誓い、ここで待っていても特にはならないだろうと森の中に入った。
冒険者のパーティーが入った跡があり、帰り血で汚れた木や辺りに散乱した人と魔獣の残骸。
俺はそれを辿って行く。生き残りがいれば治す為に。
十分歩くと……辿り着いた。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
そこだけは森ではなく焦土と化していた。地面が抉られ、クレーターと化し、プールの様に血で満たされていた。
赤の世界に呼ぶに相応しい光景で、死臭と濃厚な血の匂いに少し顔を顰めるが、生き残りを見つけると、すぐに駆けだした。
何の因果かな。
この奇跡としか言いようのない出会いに思わず苦笑する。
木を背にしてうずくまるようにして、生きているか分からない状態でぐったりと倒れていた。
呼吸は微弱、腹部損傷内蔵系列にいくつかの破損ありか……厳しい状況だが……治して見せる。
私見だけならここまでは分からない。彼の属性の一つ解析魔法を改良してレントゲンを見ているかのように内部を正確に理解できるようになっていた。
いよいよ触れようとした時、患者の……が唸り声を上げる。
「(人間め、まだ生き残っていたのか)」
最後の抵抗か、鋭利な牙で彼の喉元を喰い千切ろうとしたが…辞めた。
それは誰かが制止する声が聞こえたからだ。
よくよくその人物を見ると、見た目からしてまだ子供。だが目は言い表せない様な強い意志があり、不思議と他の人間にはない何かがある気がした。
(「どうせ死ぬ命だ……託してみるのも悪くはない。不思議なものだな。人間に襲われ、同胞が殺され、我も瀕死の重傷を負い……最後は人間の少年に委ねるとわな」)
……はゆっくりと目を閉じた。次目覚めたら天国に居るのか地獄に居るのか、それとも……。




