幻獣エリア2
さすがはお館の住む家で、二mほどの木制の門があり、門番が二人。平屋建てだが屋根が門をくぐる前から見えている。
まるで昔の豪農や有数の商家の家だな。ドクタは見上げ、そう思った。
案内人は門番に言伝して。
「私はここまでさね。それでは貴方に幸あらんことさね」
案内人はドクタにお辞儀してこの場を去り。
「お館様がお待ちです、ここからは私が案内します」
変わりに門番の一人が引き継いだ。若いな……。見た目は優しげな表情で棘のない声色。しかし表情筋の動きから不快に思っているのは見て取れた。それを総評してドクタは若いと思ったのだ。少なくとも案内人よりかは……。
玄関の所で、靴を脱ぎ、門番が障子を開ける。和室の居間で、真ん中に囲炉裏があり、その後ろに四角い座布団が置かれている。そこに座るよう促され、ドクタが座ったことを確認すると、門番は姿を消した。
警戒するにこした事はないか。
最初から分かってはいたが、門番の感情で確信が持てた。決して歓迎されているわけではないと。物事には理由が存在し、なぜ敵対エリアであるエルファリアが賛成したのにも理由がある。だから危険だとドクタは思う。
案内人の説明であっちの思惑が理解できた……あとは対策だな。
警戒している相手を絶対服従させる方法……それは。
二十分ほど経ち、障子が開けられ。
変化し、着物姿で特徴を隠した絶世の美女、エルファリアが姿を現した。
「今日はおこしいただきありがとうございまし。わらわは、ここのエリアボスを務めさせていただいておりますエルファリアと申します。以後お見知りおきを」
その場で、正座で三つ折りし、深々とお辞儀する。
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。私の名前はドクタと申します。本日は宜しくお願いします」
ドクタもお辞儀し、表面上にこやかに話し合いが始まった。
最初は世間話から始まり、五分ほど経って、ドクタが話を切り出した。
「早速ですみませんが、何をすれば認めていただけるのでしょうか」
いつ仕掛けてくるか分からないので、視線を合わせないよう、エリファリアの眼より下に向ける。
「何も取って食おうとしませんから、もう少し肩の力を抜いておくんなさいまし。ここにドクタ様を呼んだのは他でもありません。娘を治していただきたく思います。ですが、今日はもう遅いですし、それは明日にしまして、今日は精一杯の御持て成しをご用意しました。粗末なものではありますが、案内いたしますので、今日は楽しんでいただきたく思います」
エルファリアは手を叩くと、ドクタよりも年は上だが、二十才位の若い女が、浴衣に似た薄い着物姿で現れた。
エルファリアよりも若干容姿は劣るが、童顔で優しい雰囲気を持つ、可愛らしく美人さんだ。
「お初目にかかります。ミッコルと申します。お食事のご用意ができましたので、ご案内させていただきます」
ドクタの手を取り誘導する。
「それはありがとうございます。ドクタと申します。エルファリアさん、お言葉に甘えまして失礼させていただきます」
「心行くまでお楽しみくださいまし」
ドクタが出ていくまで、エルファリアはお辞儀したまま動かなかった。そして姿が見えなくなった後、口元をにやりと歪める。
「わらわの思惑通りでありんすねぇ。手筈通りに進めたかぇ」
天井に目を向け、話しかける。
これでドクタはわらわの物になる……。
エルファリアは満足そうにその場を後にした。
ドクタが案内されたのは広間で、高級料亭と何ら変わらないほど広く、豪華な調度品が嫌みなく置かれている。テーブルには、豪勢な料理が並べられていた。
ドクタは金の座布団の上に座るよう言われ、隣にはミッコルが座った。
ミッコルが酒の匂いがするものをお酌しようとしたが、ドクタは手で制する。
「すみませんが、未成年なものでお水をいただけないでしょうか」
困ったような顔をしながら牽制するドクタに、知ってか知らずかミッコリは微笑み。
「それは失礼しました」
隣にある水を陶器のグラスに注いだ。
それから芸者のような色っぽい人達が複数入り、舞を披露し、ホーク達の宴が楽しい宴ならば、こっちの宴は華やかだった。
表面上は楽しそうにしながらも、ドクタは気を張っていたため、正直料理の味が分からず、二時間ほどの宴が終わった時、少しほっとした。
「楽しんでいただけましたか」
宴が終わり、ミッコリが笑みを浮かべ声をかけてきた。
「ええ、私にはもったいないぐらいですよ。そろそろお暇しようと思うのですが」
「それには及びません。寝床はこちらでご用意させていただきました」
きたか……。ドクタは一番仕掛けてくるのは寝床だと思っていたので、やんわりと断ろうと思っていたが。
「それともお館様のご厚意を無碍にするとはおっしゃりませんよね」
先に封じられ。
「もちろんそんな事いたしませんよ。ご案内お願いします」
笑顔の下に隠れた微量な殺気と濃密なプレッシャーから、ここから逃す気は無いと悟り、ドクタは提案を受け入れる事にした。
案内された場所は六畳ほどの畳の部屋で、真ん中に布団が敷かれていた。
「それではごゆっくりお寛ぎ下さい」
最後まで笑みを崩さずに、ミッコリは扉を閉めた。
「任務完了しました。後は宜しくお願いします」
既に笑顔を無く、無表情で呟き、その場を後にした。
ミッコリが去って、ドクタが異変に気付いたのはそれから五分後だった。
うっすらと煙の様なものが部屋全体に広がり……甘い匂いがした。
これは間違いない……媚香だ。




