幻獣エリア1
魅惑の幻影エリア。初めて入った冒険者はまずその光景に呆気にとられる。
出てくる獣自体はそんなに脅威ではなく、危険度ランクはこの森で最低で、一番弱いものでF、平均でもD程。Cランク以上しか入れない冒険者達にとって普通にいけば、勝てない相手ではない。なのに統計で致死率は七つのエリアの中で三番目に多い。そこが魅惑の幻影エリア……冒険者の間では『ミラージュ』と呼ばれる由縁である。彼等は擬態するのだ……人に。このエリアは限りなく人の生活に似せている。家があり街があり、畑があり、そこで普通に生活している……様に見せている。そして冒険者は躊躇う、もしかして本当に人ではないのかと。ありえないはずなのに、ありえる事だと思ってしまう。そう思うほどこのエリアの者はそれに命を懸けている。まるで俳優や女優並に演技し、冒険者に攻撃されても最期までそれは続く。ある意味最も恐ろしいエリアだ。
まさか町の様なものがあるとは思わなかったドクタは唖然とするが、すぐに冷静になりとりあえず周りの人? に聞くことにした。
「すいません。ここのボスにお会いしたいのですが」
「ああ、お館様から話は聞いているよ。さあさ案内するよ」
ドクタは獣人語で話しかけたのだが、驚いた事に返ってきたのは人語だった。
「人語を話せるのですね」
「それしか取り柄がないさね。後は非力だけが取り柄さね」
そう言って、案内人の老婆に化けた獣がかっかっかっ……っと、笑った。
歩いてる途中、冒険者らしき鎧を着た人やローブを着た人が歩いていたが、案内人に言わせれば、全て獣らしい。
「あれは変化がうまい獣さね、今日ちょうどやっているから寄り道するさね」
ドクタが興味深く観察していたのを案内人は感じた。お館様には件の人物には粗相のないようにし、興味を示した場所には案内して貰いたいと言われている。なので目的地とは違う、とある場所に案内した。
広場みたいな場所に壇があり、そこに五つ木の棒が設置されている。そこに冒険者がロープにぐるぐる巻きにされ、遠巻きにたくさんの獣達がいた。ドクタがそれと分かるのは、変化していない状態だったからである。
エルフェリアと同じ種族である、ナインファックスだが、尻尾は二~三。ナインフォックスは尻尾の数で危険度ランクが変わり、一尾ならF、二~三尾ならD、四~六尾ならC、七尾ならC、八尾ならB、最後に九尾ならAとなる。後は狸の様な姿をした、平均一二〇センチぐらいの種族『コンドック』、危険度ランクDで、変化を得意とする種族。この二つが大半を占めており、後は下半身が蛇で幻術の眼を持っている『ラミア』、魅惑の眼で相手を虜にする猫型人間『キャトル』がちらほらと居る程度。
「ちょうど今始まるとこさね」
何が始まるか知らないドクタだったが、雰囲気でなんとなくわかった。
どこの世界でも、騙し騙され、狐と狸の化かし合いは、変わらないか……。
前世の時、それに巻き込まれ辟易していたドクタ。しかし冒険者たちを助けようなどとは思わない。何故ならここでは命懸けでそれらが行われており、どんな結果になっても、覚悟の上だと思ったからだ。ただ一つ分からないのは眼が正気では無かった。錯乱している眼ではなく、かといって怯えている眼ではない。何故だかわからないがとろんとしている眼だ。
壇上に上がったのは少し耳が大きな三尾の女性型の狐だ。
「今回はここの五名の権利を誰のものにするかという事で皆さんに集まってもらいました。いつも通り、魅了済みです。捕まえたのはお館様の側近である八尾のミッコル様です。それでは皆さんお手持ちの札をお上げください……せ~の」
赤色、黄色、緑色。その三色の色の札の内それぞれ一つを掲げ、壇上に上がった狐が裏向きにした札を表向きにし、合った者はその場に残り、違った者は去っていく。それを何回か繰り返し、四人残った時、その四人と三尾の女狐は何やら話し合い、各々冒険者のロープを取り何処かへと連れていく。
「配分が決まったとこさね。さて、その人物に変身するもよし、魅了済みなので戦力にするも良しさね」
「二つ質問があります。魅了というのは、普通かけた者に対してのみ有効でわないでしょうか。後、冒険者に変化した後や案内人さんのような人等は見分けはつくのでしょうか」
ドクタは目的地に向かいながら質問の答えを説明される。
一つ目の質問は、かけた者の所に行き、暗示をかけてもらい、主人の交代をするとのことだ。二つ目は人間には分からない、特有の匂いで分かる。変化の得意なものは細部まで完璧に再現できるが、そうでないものは、雑な部分があり、それを補うのに、冒険者から奪ったギルドカードが、役割を果たすとの事だ。たいていの場合は身分証を提示しただけで警戒心が薄れるものだという。
ドクタが納得した所で目的の場所に着いた。




