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飛べない鳥2

 草原エリアの小さな丘に彼等は居た。彼等はここのメインを張っている種族で、フェルマの説明とは少し違う。平均的な外見は、全長2mの二足歩行。上半身、胸からおなかにかけて以外は、全身ふさふさではなく、弾力があり、つんつんとした茶色の毛並みで覆われている。背中には一mほどの、イーグルの様な鳥の王者と呼ばれるにふさわしい立派な白い翼が左右に二つある。顔は鷲のような姿で、黒い三〇cmほどのくちばし、遠くまで見渡せる眼。


 遥か昔、彼等は空を自由に飛んでいた。しかしいつ頃からか、翼の機能が退化し、飛べなくなった。彼等は空に憧れている。無限に広がる上空を自由に飛び回り抵抗する空気を心地よさげに肌で感じながら。体力が続く限り飛びたかった。


 だから彼等は努力する。いつか大空を自由に飛び回るために、少年みたいなキラキラした眼差しで、今日も挑戦する。


「準備はいいか」


 その者だけ、色が異なり、天使の様に綺麗な白色で覆われ、額から左目にかけて、一本の古傷があった。その者こそ、ここのエリアボスで名は『ホーク』、危険ランクAの個別討伐指定者だ。


 複数のコークス達が、ホークを持ち上げ、開始を待っていた。


「行くぜ野郎ども」


 開始の合図で、人力機を飛ばす様に、勢いよくコークス達は走り、丘の上からホークを投げる。


 今回こそはやってやる、飛ぶぜバードニング。


 その思いとは裏腹に、翼をうまく動かすことができず、高度は下がり続ける。何とか高度を上げようと試みるが、今まで通りそれが叶う事はなく、足を地面につけ着地する。


「くそったれ、又失敗だ」


 地面にこぶしを叩き付け、ホークは悔しがる。


 そんな時だ……あの少年と出会ったのは。




「今の時間帯だと飛行訓練をやっておるな」


 森を抜け草原エリアにやってきたドクタとフェルマ。独特な草に匂いが鼻をくすぐり何故か舗装されている道があり、そこを進むこと二十分。緩やかな傾斜がつづき、その頂点にコークスだと思われる種族が複数いた。中でもひときわ目立つ、違う色をしたコークス……ホークが、投げられている所だ。


 本当に飛べないのだな。前世の時、鷲、隼、燕、渡り鳥等々、幾種類もの鳥を治療し、飛び立つのを見てきたが、翼が機能しておらず、一目で飛ばない事が分かった。


俺が思っている様な事なら治療は難しいな……しかし治して見せる。


「久しいなホーク殿」


 着地した所でフェルマが声をかけた。


「よぉフェルマじゃないか、久しぶりだな。……っと、どうして人間なんかと一緒にいる」


 視線をドクタに移し警戒心をあらわにし睨みつける。フェルマが隣にいるからなのか、この森では比較的穏健な反応で、大多数の者は子供だろうが何だろうがいきなり襲ってくる。そうしないとやられると刷り込まれているからだ。


「そう睨むなホーク殿。こちらはドクタ。見ての通り人間だが、我を瀕死の重傷から救い、ネルチャ殿のエリアでも、噂を解決してみせた。今は我のパートナーだ」


 フェルマは誇らしげに言うが、ホークは俄かに信じられなかった。


 おいおい冗談だろ、天地がひっくり返っても、エリアボスが人間をパートナと呼ぶなんてありえねえよ。確かに、フェルマは単純な所があるが、それでも見る目はあったはずだ。それに、こんな小さな餓鬼が治せるとも思えねぇ、一万歩譲って治したとしてもここに来た目的が分からねぇよ。


「……ホークだ」


 紹介されているのに、名を名乗らないのは礼儀に反するので短く答えるが、フェルマは満足そうに、紹介を続けた


「ドクタ、こちらはホーク殿だ。このエリアのボスで、気のいい奴だ」


「ドクタと申します。宜しくお願いします」


 相手は興奮状態であるのは分かっていたので、ドクタは刺激せずに当たり障りのない言葉を選んだ。


 脳に影響を与える分泌物として、主にドーパミンとセラトニンの二つがありドーパミンが多量に分泌された場合、気分が高揚したり、きれたり、暴走した状態となる。一方セラトニンが大量に分泌された場合、冷静になったり、落ち込んだり、ネカティブな事を考えたりする。


 例を挙げると、スポーツの試合中やお酒を飲んでいる時、嬉しい事があった時など、トーパミンが分泌され、失恋や酷い事を言われた時などはセラトニンが分泌される。


 何が言いたいのかというと、ドクタはゆっくりとした口調で言う事で、ホークのセラトニンの分泌を狙った。


「あぁ、宜しくなんてしねぇよどあほが。フェルマここに来た要件を言え。それ次第じゃあ……どうなるか分んねえけどな」


 しかし、ホークには逆効果だったみたいだ。ホークはコークス達に目配せしてドクタ達を囲む。


「ドクタに向かってその態度……我も舐められたものだな……よもや全員生かして帰れると思わぬ事だ」


 犬歯を剥き出しにして、威嚇するように低く唸り声を上げる。フェルマも気の長いほうではなく、まして親愛の義を行ったドクタがけなされたとなればなおさらだ。まさに限界まで膨らんだ風船の様に一触即発の雰囲気。動けば攻撃の様相を呈していたが、この状況を打開したのはドクタだった。


「フェルマ、私達は戦うために来たわけじゃありません。私達はホークさん達を飛ばすためにここまでやってきました」


 ホークは一瞬きょとんした目になり、馬鹿笑いし、それに便乗して他のコークス達も笑う。


「わはははぁ、ジョークとしては面白いな。お前みたいな餓鬼に何ができる」


「信じてもらえないなら、誰か怪我をしてる者はいませんか。古傷でも構いません。その者を治せなかったら私の命を奪っても構いません」


 ホークは初めてドクタと目を合わせる。ほぉ、気付かなかったが良い眼をしてるじゃねーか。ホークと目を合わせた人間の大多数は、魂を抜かれたかのようにか、恐怖で体の震えが、涙が止まらなくなりその場から動けなくなるか、一線を越え気絶するかだ。その残った人も必ず目に負の色が見える。しかしドクタにはそれが一切無かった。


冷静に考えれば、こっちの言葉も理解し、話しやがる……だがおもしろい。


「さすがはフェルマが選んだものってとこか。おい、あいつを運んで来い。できるだけ慎重にな。ドクタと言ったか、もしも治せなかった場合は、容赦なくお前の命を喰らう。覚悟しな」


 それから五分ほど経った時、一人のコークスが抱えられるようにしてドクタの前に連れてこられた。


 そのコークスは、子供なのか身長はホークの半分ほどで、顔から翼、足にかけて、全体の四割ほど焼けただれ、ぐったりとした様子で横たわっている。


 呼吸微弱、炎症がひどいな、それに膿がたまっている。炭化一歩手前の部分があり予断を許さない状況だ


 解析魔法を使い内部を見るが、壊死している部分がある。人ならば生きてるのが不思議なぐらいのレベルであり、あと一日遅ければ、生きてはいなかったであろうレベルだ。


 ドクタは虚ろ気な目でこちらを見ているのに気付き、安心させるように優しげな表情になる。


「よく頑張りましたね。もう大丈夫です」


 声をかけ、すっと息を吸い。


「それでは手術を開始します」


 今回は、外傷性ショックの可能性もあるので、ゆっくりゆっくり、慎重に魔法糸で内部に侵入し回復魔法をかけ壊死している部分を治す。周りにある膿や菌等は、浄化魔法で外部から除去する。


 三時間ほど経過し、内部はあらかた回復させ、仕上げに外部を回復魔法で復元させ、二十分ほどで。


「手術を完了しました」


 ドクタの完了の宣言があった。


 その間無言でホークはじっと成り行きを見守っていたが、子供コークスの所に歩み寄った。


「大丈夫か坊主」


「うん。さっきまですごく痛かったけど、何かわかんないけど治っちゃった」


「これに懲りたら、火遊びなんかするんじゃねーぞ」


 乱暴に頭を撫で、ホークは子供コークスを親元に帰るよう促す。


 少年はドクタの方を一度見たが結局何も言わず走り去った。、見送った後、ゆっくりホークはドクタの方を向く。ドクタの隣にいるフェルマのドヤ顔がうざかったが。


「約束は約束だ。ドクタに飛行出来るように手伝ってもらおうじゃねぇーか。おめぇらもいいか」


 口々に賛同の言葉が返ってきて、ドクタは当初の予定通りホーク達を飛べるように立つダウ事になった。


 まず最初にした事はホークを解析する事だった。一言ことわりを入れて解析を開始する。


 やはり俺が思っていた通りだ……あたって欲しくなかったのだがな。第二解析を使い確信に変わったドクタは、分かった事をホーク達に説明する。


「ひとまず原因は分かりました」


 コークス達がざわつく。今まで原因すらわからなかったのに、いきなり現れたドクタにわかったと言われればたまったものではない。


「静かにしろてめぇら」


ホークの一喝で騒いでいたコークス達は静かになる。彼等は察したからだ、ボスとしてだけではなく、一番飛ぶ事に情熱を傾けていたホークがじっと押し黙っていた事実に。


「原因ってーのは何だ」


 静かになった後ホークは、ドクタに続きを促す。


「原因は退化です。あらゆる種族は、進化の過程で何か一つ以上は、機能が退化したり失ったりします。おそらくホークさんたちの種族は、はるか昔、飛べたと思いますが、進化の過程で自由に陸を走れるようになった事の代償で翼の機能が退化したと思います」


 解析魔法でも目立った異常は見られず、第二解析を使っても同じだった事からそう推測した。だからこそドクタは難しいと思ったのだ。


 解析魔法で異常が見られなかったという事は、病気やけがではないという事。それが正常な状態であればどこを治せば飛べるのか分からない。回復魔法を使っても異常がないので効果は無く、闇雲に体と翼の接合部分をいじればどうなるか分からないが、医者としてそんな賭けのような事はできない。病気ならそういう事もあるが、今回のケースは違う。


 ホークは甲高い咆哮をあげる。それは一際悲しく、そして心が泣いているようにも見えた。そんなホークの姿にフェルマもそしてコークス達も悲しげだ


「…………俺らはもう飛べねぇーのかよ」


 その言葉は万感の思いが込められていた。ホークは小さい頃から飛ぶ事が夢だった。種族で一番と言っていいほどに。その事に関して今まで心血を注いできた。ボスの役割に関して以外人生のすべてを捧げてきた。ドクタに言われるまでもなく本当は分かっていた。この翼では飛べない事を。見ない振りして、頑張ってきたが……ドクタに核心部分をつかれ、心が折れかけている。


 しかしドクタの次の言葉に救われることになる。


「最初に言いましたが、私達はホークさん達を飛ばすためにここまでやってきました」


 難しいとは思っているが、ドクタは治せないとは一片たりとも思っていない。しかし、そのためには必ず必要なものがあった。


「何処かに祖先の骨とかないでしょうか」


 又、コークス達が騒がしくなる。祖先たちの骨はある。だが、そこは神聖な場所とされ、コークス達の中でも、一部の者しか入れない。


 そんな場所に多種族を…ましてや人間を招くなど言語道断、論外だ。


「……分かった、案内する……」


 ざわめきが最高潮に達し、殺気立った何人かはじりじりとドクタ達と距離を縮めるが、それを制したのはまたもホークだった


「いい加減にしろてめぇら、ドクタは命を張ってまで今日まで初対面だった相手を治そうとしてくれてんだ。答えるのが筋ってもんだろ。正直俺も半信半疑だ。骨を見たたけで飛べるのかよってな。だが、それがあれば治るんだな」


「はい、任せてください」


 ドクタは力強く頷く。それをホークは信じ見ようと思った。


 コークス達を返し、ホークとフェルマとドクタの三人はいいようの無い雰囲気のまま二十分ほど歩き、目的の祠がある洞窟に着く。


「フェルマはここで待っていてください。ここはホークさん達にとって大切な場所ですから、人数が少ないにこしたことはありません。それに誰か来るか分からないですし見張ってくれると助かります」


 さも当然の様に洞窟の中に入ろとしたフェルマに、ドクタはここに残るように言う。できる事ならドクタ自身もホークの祖先を尊重して、コークス達の大事な場所に行きたくはなかったのだが、目的のものを見るためにはそれしか方法がない。せめてもの措置として違う種族のフェルマを残るように言ったのだ。


 フェルマも固持せず納得して、若干不安はあるものの待つ事にし、ドクタとホークは中に入った。薄暗いものの蛍光虫と呼ばれる、蛍の様なものが天井付近で飛び回っているため、真っ暗ではない。幅は二m程で狭く、歩く事五分、開けた場所……目的地である祠に着いた。社や何かを祭る装飾みたいなものはなく、ある一角に骨が積み重ねられていた。


「ここだ。祠の前にいるからよ、終わったら呼べ」


 ホークはここが苦手らしく、背を向けるように待機する。


「ありがとうございますホークさん。それでは行ってきます」


 ドクタは積み重ねられた骨の前まで移動して一礼する。


 すまない、死んでいる者に対して無礼かもしれないが、今いるホーク達の糧となって導いてくれ。


 かたっぱしから解析魔法をかけ、ホークの解析魔法をかけた時との決定的な違いのあるものを探す。大量の骨から一つ一つ根気よく探し、解析した骨は分かりやすいように別の場所に置く。骨の一部分さえあれば解析魔法で全身を見る事が可能であるが、その分魔力の消費は大きくなる。


 探す事二時間、中央よりやや下部分にようやく目的の骨が見つかった。


 あるとは思っていたが良かった。これで何とか治せそうだ。名も知らぬ祖先の方、あなたのおかげでホーク達を救う事が出来ます。


 その骨を手に持ちホークの元に駆け寄る。


「お待たせしてホークさん。目的のものがありました。これで治す事ができます」


「ああ……」


 ホークはいまいち実感が持てず返事も上の空だ。長年悩まされていた事がぱっと解決するのだ、そうなるのも不思議ではない。


 それから先、ホークはあまり覚えていない。だけど一番重要な部分、明日の朝、最初にドクタと会った丘で落ち合う事だけは覚えていた。


 洞窟の前で待っていたフェルマと合流し、魔力量が心許ないので、ホークと明日会う事を約束し、別れた。


 既に、日が沈みかけており、ドクタとフェルマは今日の寝床について話し合い、昨日と反対側の湖エリアに決定した。途中、角が生えた兎を狩り、完全に沈み、夜の姿をのぞかせた頃、今日の就寝場所に着いた。


 夕食はフェルマが捕ってきた兎の皮を剥ぎ、ドクタが丸焼きにしたものだ。


 ドクタが疲れている事もあり、明日万全な状態でホークの悩みを解決するため、眠りにつく。


 そんなドクタの体温を感じながらフェルマは優しく見守っていた。




 結果的に言えば手術は三時間弱で終了した。参考となる祖先の骨と、ホークの解析を照らし合わせ、原因となる翼の接合部分の神経と血管の構築と元あるもののパイプを太くしたりなどした。魔力も七割程度消費した事から、ドクタの昨日の判断は正しかった。


 現在、ドクタとフェルマは、昨日ホークが集落で何か言ったのか分からないが、大勢のコークス達と共に、丘の下で、ホークの飛行訓練を待っている。


「ドクタよ、我の事ではないが緊張してきたぞ。本当にあれで大丈夫なのであろうか」


「フェルマ信じて見守りましょう」


 その頃フェルマは人生の中で一番緊張しており、手を見ると汗を掻いていた。確かに何かが変わったとホーク自身思っている。これなら飛べると。


 だが、これで失敗すると、もはや飛ぶ事が不可能であると思えてくる。ようするに、一回も成功した事がないので、実感はあるが、自信がもてなくて不安なのだ。


なにビビってんだ……男らしくねぇ。


 息を大きく吸い、一声気合を入れる。


うじうじしたって仕方ねぇ、やってるぜ。


「行くぜ野郎ども」


 昨日と同じ様に勢いよくコークス達は走り、丘の上からホークを投げた。


 飛ぶぜバードニング。


 風を切り裂くような、力強い翼の音が聞こえる。ホークが今までやろうと努力しても出せなかった音。


 何度か数えるのも馬鹿らしくなるほどの飛行訓練で、初めて上昇した瞬間だった。


 鳥が巣立ちするように、まだぎこちないながらも、飛んでいる。


 下ではコークス達の歓声が上がり、それに応えるように下を向き手をあげ、ホークはドクタとフェルマを見つけた。


 俺に自由な翼をくれて感謝するぜドクタ。


 心の中で感謝し、再び前を向く。


「これが俺が見たかった世界。やべぇ涙が止まらねーよ」


 澄み切った、どこまでも続く空の美しさと広大さ、風の心地よさ、今まで上からしか見る事が出来なかった空。そこにいる実感がようやくおそってきて、ホークは涙が溢れ出ていた。


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