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若き日の思い出 【参】

――数分後――



 この時点ですでに敵兵たちは完全に闘志を失っていた。代わりに彼らが感じていたものは純粋なる恐怖。それは人の中にかすかに残る動物的本能が引き起こすもの。

 誰しもがその場から逃げだそうとした。いや逃げたかった。だが体は硬直し、全く動こうとしない、まるで石になってしまったかのように。

 その時であった。突如として戦場に重低音の鼓音が周囲に響き渡る。


 ドーンッ、ドーンッ、ドーンッ〜!!


 音は敵部隊の後方からやってくる。そしてその音はどんどん大きくなっている。音を聞いた敵兵たちはすでに正気を取り戻したようで、顔色は青から赤に変わり歓喜の雄たけびをあげる者までいる。


 ドーンッ、ドーンッ、ドーンッ〜!!!


 太鼓の音はもはやすぐそこまでやってきており、敵兵たちはその音に合わせるかのように拳を頭上に掲げる。その様子に今度はアルフォードの兵士たちに緊張が走る。敵兵たちはちょうどヒッターへとつながる道を開け、その音を彼の下へと導く。


 ドーンッ、ドッ、ドドドドドドドドドッ〜!!!!!


 そして太鼓の衝撃音が最高潮を迎えたとき、ついにその者はヒッターたちに姿を現した。

 年季の入ったボロボロの軍帽を深くかぶり、灼熱の太陽が降り注ぐ真夏だというのになびく、綻びだらけの軍用コート。その下には何も着用しておらず、ほどよく焼けた胸には血管が浮き出ている。腹にはさらしを巻いており、下の腹筋の形がきれいに浮き出ている。軍用のブーツもいったいどう使用すればそのようになるのかと思うくらい汚れ傷ついていた。

 男はヒッターの2メートル手前で立ち止まると仁王立ちしてツバの影で隠れている視線を彼へとやる。

 直後、男の側に控える大太鼓を抱えた兵士が勢いよく太鼓を叩き始める。最初はゆっくりと、そして徐々にペースを速めながら音を小さくしていき、聞こえなくなったかと思うと今度はそこから再び今度は音を大きくしながらペースを遅め、最終的に最初に叩いたペースに戻して叩くのをやめる。

 目の前のコートの男は思いっきり息を吸うと一番後ろの兵士にも聞こえるように次のように叫んだ。


「俺の名は〜、ダイン! オーウェン・ダインだっ〜!! アルフォードの男〜! 先ほどはよくも俺のかわいい部下たちをいたぶってくれたなっ! この借り、高くつくと思え〜!!!」


 男が言い終わると同時に再び、太鼓の音が響きわたる。おまけに敵兵士の士気はかなり高くなっている。ヒッターはこの男こそが彼らの大将であると確信した。それは男の独特な格好や口調からではなく、彼から発せられる並々ならぬ闘気であった。

 だがヒッターは一つだけ気になることがあった。それがどうしても腑に落ちなかった。明らかに自分の常識では理解できなかった。彼は等々衝動を抑えることができず、直球でオーウェンに質問をぶつける。


「おいっ、一つだけ教えろ! その…お前は何故こんなくそ熱い中、これまたくそ熱そうなコートを着ているんだ!? オレ様にはどうしてもそのセンスが理解できねぇ〜!!」


(あんたの服装のセンスも理解できねぇ〜よ!!)


 またもやここにいないはずのアシアの声が聞こえたような気がしたがそれは置いとくとして、その問いにオーウェンは豪快にかつ簡潔に述べた。


「俺の趣味だ!!」


(やっぱお前のセンスも理解できねぇ〜よ!!)


 もはや空耳では説明できないアシアの突っ込みが虚空を切る。それにしてもアシア、君はある意味真のツッコミだよ!

 そんなアシアの心の叫びが届いているのかいないのか、二人の男はじっと相手の目を睨みつけると口をはさまなくなった。辺りに緊張が走る。先手を切ったのはヒッターであった。


「お前、熱い目をしてるじゃねぇ〜か。まぁその服のセンスはどうかと思うが、気に入ったぜ! お前、オレ様とサシで勝負しやがれっ!!」


「貴様も良い目つきをしてやがる! 同じく貴様とは一生服のセンスが合うことはないだろうが、良いだろう! その話受けて立とう!!」


 一間を置いて二人の男はお互いに拳を構える。誰かが指摘するわけでもなく、辺りは一瞬にして静かになり双方の兵士たちはこれから始まる決闘に息を呑む。

 先手を打ったのはヒッターであった。彼は強烈な跳躍で一気に間合いを詰めると、オーウェンの顎を目がけて左拳を引き寄せる。この攻撃をオーウェンはすれすれのところで回避し、それと同時に左フックをヒッターの右脇腹へと打ち込む。彼の拳がヒッターの脇腹に触れると同時に彼の拳から火の手が上がった。炎はすぐさまヒッターの皮膚を焼き始めた。辺りには肉の焼ける嫌な臭いが漂う。そのあまりの痛みにヒッターは声を上げそうになるが何とか気合いで抑え込み、全神経を脚部へと集中させ、大きく後ろへ後退する。

 一連の出来事に掛った時間、何と2秒。まさに一瞬一瞬で勝負が決まる世界である。ヒッターは相手の行動を警戒しつつ、先ほど拳をくらった脇腹に目をやる。すると幸いなことに火傷はそれほどひどいものではなく、水泡が所々にできているだけであった。


「ちぃー、やるじゃねえかてめえ! まさか拳から炎が出るとはなぁ!」


「雷撃を放つ奴に言われたくはねえな…。俺の篭手は全てを焼きつくす炎の篭手ガンレイム! 先ほどは運が良かったが次はそうはいかんぞ!!」


 今度はダインが先手を切った。火傷を手で押さえるヒッターへと一直線に突進し、迷いなく右拳を放つ。これをヒッターは左手の篭手でガードするが、すでに彼が防ぐことを予測していたかのように左のフックを放っていた。これにはヒッターも反応が遅れ、何とか直撃は免れたものの右ほほに痛みを伴う熱さを感じる。しかも無理に回避運動を行ったため、体の軸がかなり不安定になってしまう。ダインはそこを見逃さなかった。すぐさま強力な右ストレートをヒッターの腹目がけて放つ。

 だがここで食い下がるヒッターではなかった。後ろに仰け反る姿勢の状態から下半身に力を込め、地面を蹴るとそのまま弧を描くように脚を放つ。

 この奇抜な行動に今度はダインが驚愕した。彼はすぐさま右腕を戻して防御の体制に入ろうとしたが、紙一重の差でヒッターの蹴りがダインの顎に直撃する。これにはさすがのダインも顔を苦痛に歪め、後ろへ数歩下がってしまう。

 ここからヒッターの反撃が始まる。一周して再び地面へと戻ってきた脚で地面を蹴り、すぐさまダインとの間合いを詰めると今度は彼の鳩尾目がけて拳を撃ち込む。さらに苦痛の色に染まるダインへ、ヒッターは容赦なく次々に彼の体へと拳を放つ。そのとてつもない衝撃と電撃によってダインは反撃することができない。ヒッターは最後に仕上げにと彼の顎目がけて下から思い切り拳を振り上げた。

 しかし、拳はダインの顎には当たらず空を切ってしまった。彼はヒッターの拳が放たれるのを確認すると気力だけで後ろへ跳躍したのだ。そのあまりの気迫にヒッターは身震いを覚えた。ダインがこの世のものとは思えなく恐怖したからではない。むしろそれは喜びから来ていた。一人の戦士としてこのような強者と自分は戦っているのだとと考えると震えが止まらないのだ。


「くくく、おい何だこりゃ、この胸の内から湧き出る感情はよぉ〜! 何でかわからねえが俺様は今超絶にサイコーな気分だぜ!!」


「そうか、そいつはいい! 実は俺も貴様と闘っていると胸の内がワクワクして納まらんのだ!!」


「へっ、どうやら俺様とお前は同じ穴のムジナみてぇだな…、戦って、闘って、仲間が倒れても戦って! 腕を失おうが脚を失おうが闘って! 立ち上がることが出来なくても戦い! 敗けると分かっていても闘い続け! てめぇの魂尽きるその日まで戦い続けることを狂喜する変態野郎ってところがな!!」


 ヒッターは吐き捨てるように叫ぶとその表情を満面の笑みで染めた。それはあまりに異常な笑みであり、敵味方問わず悪寒を感じさせるものであった。


「はっ、貴様は本当に狂っているな! ますます気に入ったぞ。貴様という強敵に巡り合わせてくれた神々に感謝しよう!」


「ははは、違いねぇ! じゃっ、続きをおっぱじめるとするか! そろそろこの衝動を抑えるのも限界なんでなぁ〜!!」


「それは俺も同じだ〜!!」


 刹那、先ほどまで楽しそうに話していた二人が猛激な速さで突進したかと思うと、間髪入れずに相手の体に拳を打ちつけ出した。それはもはや路地裏のケンカとさして変わらないような光景であった。戦術もへったくれもなく、ただひたすら相手を打ちのめす。唯一違うところがあるとすれば、彼らの一撃一撃が普通の者なら即死ものであるということだけだ。

 ヒッターの拳が命中するたびに閃光が走り、ダインの拳が命中するたびに灼熱の炎が上がる。双方とも無数の火傷ができており、そのあまりの痛々しさは見ている者にも痛みが伝わってきそうなほどである。だが彼らはそれらの火傷に全く気にしていないかのように拳を放つ手を止めようとはしない。

 さらに彼らが異常であることに周囲の兵士たちは気づく。これほど壮絶な闘いを行っているにも関わらず、彼らはその表情を一度足りとて苦痛で歪めていない。またあれほど殺傷能力の高い一撃を相手に打ちつけているにも関わらず彼らからは殺気が微塵も感じられない。そして最も異常であったのが彼らが激闘の中、笑っていたことだった。

 何故これほどまでの闘いを行っている中、そんなに無邪気に笑えるのか、ほとんどの兵士たちはヒッターたちの様子を見て不思議がり、困惑し、そして恐怖した…。


 それからどれほどの時が経過したのであろうか。日は沈みかけ、ほとんどの区域で勝敗が決していた中、彼らはまだ闘い続けていた。

 その顔はもはや原形を留めておらず、上半身もはだけており、その肌は黒く焦げている。辺りには肉の焦げた嫌な臭いが漂い、周囲の者たちの気分を害している。

 もはや開いているかどうかも分からない目を見開きながら彼らは拳を振り続ける。流石に最初の頃と比べて勢いは大分衰えているものの、四つの眼の炎は灯ったままであった。

 だが等々気力も尽きかけており、彼らは立っているだけでも奇跡という状態にまで達していた。


「はぁはぁはぁ…、いい加減…くたばりやがれ…ってんだ……」


 ヒッターのアッパーがダインの顎に命中する。


「はぁはぁ…貴様の…ほうこそ…さっさと地面…に這いつくばれ……」


 ダインの右ストレートがヒッターの顔面に命中する。

 だがそれでも彼らは倒れない、いや倒れようとしない。ただ己の中の闘争本能を満たすため、純粋な欲望を満たすために彼らはひたすら拳を打ち続ける。

 その時であった。双方の拠点基地から撤退の信号弾が打ち上げられた。陽はすでに落ちており、暗黒の空に輝く双方の信号弾は戦いで疲れ切った兵士たちの心を照らすようであった。

 信号弾の光を見て、ヒッターたちもようやく拳を下ろした。そしてほぼ同時に勢いよくその場に倒れた。それを見た兵士たちが急いで彼らの下に駆け寄ってくる。そして彼らの手を借りることで何とか立ち上がった二人の戦士は以前の顔が全く分からなくなったお互いの顔を見やると高らかと笑い始めた。笑い声は一番端にいた者たちの耳にまで入るほど大きく、そして透きとおっていた。ようやく笑うことを止めると


「ふ…どうやらこの勝負お預けのようだな。だが良い闘いであった、貴様と貴様と巡り合わせてくれた神々に感謝する!!」


「けっ、本当にタフな野郎だなお前っていうやつは…まぁ、おかげで久々に本気で殺りあえたがな。その首、今日のところは預けておくぜ! いつでも来な、また相手してやるよ!!」


 お互いに言葉を言い終えると最後にもう一度笑みを浮かべ、双方の兵士たちに撤退命令を出した。先ほどまでお互い殺し合いを行っていたとは思えないほど、そそくさと撤退していく兵士たち。それは一見不思議な光景ではあったが、あのような戦いを見た後であるならそれほどおかしくない光景である。

 かくしてヒッターたちの死闘は終わった。だが戦いはまだ終わらない、いつ終わるのか分からない。だが彼らは例え、明日終わろうが、一年後に終わろうが、はたまた十数年経ってもまだ終わらないであろうが、その誇り高き命をかけて戦うであろう。それが彼ら“戦士”の使命であり、生きがいであるのだから……。





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