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若き日の思い出 【弐】

――呑気な少佐が到着する少し前の激戦区――



 ヒッターが軽装甲車に揺られている時、彼の到着を待つ兵士たちは必死で敵の流れを押し返そうとしていた。しかし、何故か敵の勢いは衰えることを知らず彼らは奮闘しつつも後退を余儀なくされた。


「くそ〜、何であいつら急に勢いが増したんだ!?」


「つうか、援軍はまだなのかよ?」


「どうやら今大将がこっちにやってきているようだぜ!」


「おい! そいつは本当かよ!? いやぁ〜、それじゃあこの勝負俺らの勝ちだな!!」


「馬鹿っ! 何、のんきなこと言ってやがるんだ!! 今の現状じゃ少佐が来る前におれらが全滅しちまうよ!」


 そんな絶体絶命の中、先ほどから愚痴やら私語をこぼしている場違いな部隊が存在する。そう、彼らこそヒッターが言うところの同じ杯を交わした者たちである。

 彼らはどうみても堅気の人間には見えない風貌をしており、その見た目のインパクトだけ取るとすれば、隊長であるヒッターと良い勝負である。


「へへ、ちょっとまずくなってきたな。これじゃあ本当に兄貴が来る前にお陀仏しちまうぜ!」


「何縁起でもねえこと抜かしてやがる〜! お陀仏するならてめぇ一人でしろってんだ!! …くそ、それにしても勢いの止まらねえ野郎どもだぜ!!!」


 そのような弱音を吐きながらも彼らは引き金を引くことをやめない。それどころかますます攻撃の勢いを強めている。中には、無謀ともいえる乱れ撃ちで何人もの敵兵を仕留めている兵士もいる。

 一見彼らは自分たちの身の危険を十分に理解できていないように思えるが、実際は大違いである。彼らはその見た目からは想像できないくらいノリス・ヒッターという男に忠誠を誓っている。彼らにとって少佐は尊敬できる唯一の上司であり、同志であり、盟友であり、真の“漢”であり、絶対的存在、つまり“神”なのである。

 そのような神掛った存在である男が自分たちを助けにやってくるのである。ならば否応でも士気は上がるものであり、事実彼らのテンションは最高潮に達していた。だがどんなに彼らの士気があがろうとも敵兵の勢いを止めれるわけでもなく、他の部隊同様、敵兵に押されていた。

 その時である、突如として轟音と共に軽装甲車が彼らの後方から突っ込んできた。軽装甲車は限界ギリギリのスピードで走ってきており、しかも停まる様子は全く見られない。誰もが轢かれると覚悟した矢先、軽装甲車は急ブレーキをかけ、ドリフトしながらすれすれのところで停止した。その一連の出来事に敵味方関係なく、硬直してしまう。

 周囲が唖然としている中、軽装甲車の扉が強引に開けられる。皆が息を呑みながら中から現れる者をうかがう。

 そしてその男は現れた。


「野郎ども! 元気にやってたか!? お前たちが待ち望んだオレ様の登場だ〜!!!」


 ビシッとポーズを決めるヒッターをよそに周囲の兵士たちは未だに硬直していた。この男はいったい何をやっているのか? 頭がおかしいのだろうか? などと疑問や怒りを感じつつ、目の前の男をただまじまじと見つめている。その時、ようやく時が動き出したのか、一人の先ほど轢かれそうになった兵士が文句を言おうと口を開き始めた。

 だがその声がヒッターの耳元に届くことはなかった。


「うおぉぉぉぉ! 少佐〜!! 待ってましたぜ〜!!!」


「我らが大将!!」


「兄貴〜、かっこいいっす!!!」


「稲妻の旦那〜! いつもながら決まってますぜぇ〜!!」


 突如としてヒッターを神と慕う“ヒッター信者”、もとい彼の部下たちの盛大なる黄色い(?)声によって男の声はもみ消されてしまう。

 その声援にノリスは応えるように両手を挙げて熱き声を受け止めている。


「少佐! 少佐! 少佐! 少佐!」 


「大将! 大将! 大将! 大将!」


「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」


「稲妻! 稲妻! 稲妻! 稲妻!」


 更に興奮しだした者たちから一斉に“ヒッターコール”が湧き上がる。それは波のように広がり、いつしか周りのアルフォード兵士全員が彼に声援を送っている。その異様な雰囲気に押されてか、敵兵は未だに動くことができない。

 そしてヒッターコールが最高潮を迎えたとき、いつのまにか軽装甲車の上に登っていた少佐はアクロバティックに地上へと降り立った。

 一斉に、湧き上がる熱き男たち。そんな彼らに囲まれながらヒッターは一歩一歩、堂々たる姿勢で敵兵たちのほうへと歩を進める。

 その時ようやく金縛りにあっていた敵兵たちは我に返り、一斉に自分たちのほうへとやってくる奇妙な男に発砲した。次々とヒッターに突っ込んでくる無数の鉛玉たち。このままではハチの巣になってしまう。事情を知らないアルフォードの兵士たちはほぼ同時に声を漏らしてしまう。

 だがヒッター信者たちだけはあわてる様子もなく、じっと自分たちの神を見つめていた。まるでこれから起こることをすでに知っているかのように。

 ヒッターと弾丸の距離が1メートルというところまで迫った時、突如としてヒッターは弾丸の軌道上から体を移動させる。そして次、次といった感じで易々と飛んでくる弾丸を避けていく。しかし彼はギルガネス一族のような超人的な身体能力を持つ血族の者ではない。それなのになぜ彼は弾丸をいともたやすく避けることができるのか? いや実際はそうではない。よく見ると彼は一度も進行方向を変えてはいない。そして周囲の者たちはようやく彼の身に起きている異変に気づく。本当は“彼が弾丸を避けている”のではなく、“弾丸が彼を避けている”ということに。

 それは正に異様な光景であった。少佐めがけて飛んでくる弾丸があと少しというところで急に軌道を変えるのである。そしてどの弾丸も少佐とは全く離れた方向へと飛び、最終的には後方1、2メートルのところで地面へと着弾している。

 一瞬、ヒッターに銃口を向けた兵士たちは目の前で起きた出来事が理解できなかった。いや、実際にはその何秒後にも理解できなかったわけであるが。


「ば、バカな…、何で弾が当たらないんだよ!?」

 

 敵兵はあまりの驚きに思ったことをそのまま放つしかできなかった。その敵兵からの問いに対し、ヒッターは待ってましたとばかりにニヤリと唇を緩めると曇り毛のない目で勢いよく返答を返した。


「弾なんてものはなぁ、気合いで何とかなるものなんだよ!!」


(そんなわけないでしょうが!!)


 一瞬、アシアの突っ込みが入ったような気がしたが気のせいということにしておこう。

 ヒッターが弾丸の軌道を曲げられるのは彼が言うように気合いの問題……なわけがない。では彼は特別な能力でも備えているのか? いやそれも違う。彼は確かに常人としては非常に高い戦闘スキルを備えてはいたがそれでも常人の域でとどまっている。

 この摩訶不思議な現象を引き起こしている要因は彼が両の腕に装着している篭手にあった。

 篭手の名は―《ガンボルト》―。構造や素材に至るまでほとんどの情報が不明なこの篭手はある日、超文明の遺跡から発見される。分かっていることいえば、これを装着することで超高圧の電流を篭手が触れたものに流すことができるということ、そして先ほどのヒッターのように装着者に向かって飛んでくる物体の軌道を変更するということだけだ。

 最も、当本人は本気で気合いの問題だと思い込んでいるわけだが…。

 だが使用者がその機能を理解していようがいまいが事実として彼に弾は当たらないのだ。敵兵は彼に銃が効かないことを判断すると半ば恐怖を感じつつも武器を軍用の短剣に持ち変え彼に白兵戦を挑み一斉に襲い掛かった。

 しかし、その判断こそが彼の待ち望んだものであった。

 ヒッターは自分にかかってくる敵兵たちを見下ろしながら今からいたずらをする悪ガキのようにニヤリと笑うと、瞬時に重心を低く構えた。そして次の瞬間には最も彼に近づいていた敵兵が彼の左手に引き寄せられ、脇腹に強烈な一撃をくらい宙へと舞う。その衝撃は相当なものであり、激痛を軽く通り越してしまっている。強力な物理的衝撃を加えられ、そのうえ体には高圧電流が勢いよく流れる。宙を舞い、自然落下する敵兵は二つの意味合いでまさに“体に電気が走った”のであった。

 目の前で起きた仲間の惨事に他の敵兵たちは完全に腰が引けてしまう。しかしそのようなことはヒッターには関係がない。彼はゆっくりと新たに標準を合わせた敵兵に近づくと相手が反撃する(まだこのとき、この者に闘争心が少しでも残っていたらの話だが)前に、もしくは反撃を考える前に強力な一撃を鳩尾に浴びせる。さらに間を空けずに今度はその隣の敵兵の側頭部に全身の円運動で集束したエネルギーをぶつける。すると運良くそのエネルギーはその隣の敵兵にまで伝達され、さらに最初にエネルギーを浴びせられた男が衝撃によって真横に吹っ飛んだことで周辺の敵兵四人をきれいに巻き込んでしまう。

 次にヒッターは一気に敵兵たちとの間合いを詰めると下に構える右腕を思いっきり振り上げ一人の兵士の顎にクリーンヒットさせる。空高く放たれる敵兵士。だがその彼を一つの影が覆う。彼と太陽との間に割って入ったのは先ほど彼を頭上高くと飛ばしたはずの男であった。ヒッターは敵兵に歯を見せると彼を今度は打ち上げた速度以上の勢いで下へと撃ち落とした。その勢いに下にいた敵兵らは成すすべなく吹き飛ばされる。数秒遅れてノリス・ヒッターは地上へと戻ってくる。しかしそれを待っていたとばかりに全方位の敵兵が彼に襲いかかる。

 少佐は一度ぐるりと自分に向かってくる敵兵を見渡すとやれやれと言った様子で軽くため息を吐く。そして一度全身の疲れを抜くと右腕を空高く掲げ、一気に自分の足元の地面へと降下させる。

 次の瞬間、彼を中心に円を描くように地面に亀裂が走る。ヒッターに襲いかかろとした敵兵は突如の衝撃に足元をすくわれる。そして亀裂から閃光が走ったかと思うとうまくバランスが取れないでいる兵士たちは一斉に痙攣し、バタバタと倒れてしまった。

 これが彼の十八番、【地雷掌】である。地面に直接衝撃と電流を放出することで360度全ての敵兵にダメージを与えることができる。ちなみにどうしてそのようなことができるのか? 何故ヒッターはダメージを喰らわないのか? その他にも多々の疑問があげられるわけであるが彼曰く、「オレ様ができると思ったことはできるんだ!」とのことらしい。

 数百の敵兵を前に物ともせず一人で挑むノリス。次々と敵兵を蹴散らしていくその姿はまるで恐怖などという感情は持ち合わせていないかのようであり、そして彼は乱闘の中、笑っていた。それは恐怖をあおる笑いではない。それはむしろ温かみのある笑みであった。まるで自分は殺し合いをやっているのではなく、仲間とバカ騒ぎしているのだと思っているかのように。

 だが彼の本心がどうであれやはりその戦いぶりは、敵の士気を失わせるのに十分なものであった。それでも敵兵たちは果敢に彼を仕留めようと勇気を振り絞って戦いに挑む。ヒッターはそんな彼らを正面から受け止めた。そして次々と全力で打ちのめすのであった。





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