レギオス 【弐】
――ベスラ洞窟――
バロウ森林地帯を抜けるとそこには一面に緑が広がる大草原が現れた。その大草原はとてつもなく広く辺りには建物一つも見当たらない。草原を進んでいると時折、野生の動物たちと出くわすことがあった。耳の長い小動物や、厳つい角の生えた草食動物の群れなど、そのほかにも数々の動物たちと出合った。その度にザムスの講義が始まったのだが、それほど興味があるわけでもなかったので適当に相槌を打っていた。アルフォードにも当然、野生動物は生息する。ただ、不思議なことにこのディーベルクの土地で出会った動物は皆、今までレギオスが見たことのない生き物たちだった。
途中で小休憩を何度か入れながらも確実に前へと進んでいた彼らだったが突如彼らの進行を妨げるかのように巨大な岩壁が現れた。その壁は高く、そしてほぼ九十度の傾斜をしていた。レギオスはどうしようかと悩んだがその悩みもすぐに解決されることになる。
壁には高さ四メートルほどの大きな穴が空いており、奥へと続いていた。ザムスの話ではこの洞窟はベスラ洞窟と呼ばれ、十キロ先まで穴が続いているらしい。そしてこの洞窟さへ抜ければ目的の基地はすぐそこにあるのだという。
ザムスが洞窟の中へと入っていくとレギオスも彼の後を付いていく形で中へと入っていく。
洞窟の中は暗く、すぐ先のほうも見えないほどだ。ザムスは小屋から持ってきた松明を取り出すと先端に油を染み込ませマッチで火を付けた。これによって大分視界が拡がった。
洞窟を進むこと数刻、辺りはすっかり暗黒が支配し光といえばザムスの持つ松明の火のみだ。洞窟の中は奥へ進めば進むほど異様な雰囲気に覆われており、魔の気配が感じられる。
そんな中、彼らは目の先に一点の明かりがあることに気が付く。最初は出口の光だろうかと思ったが次第に近づいていくとそれは洞窟に掲げられたかがり火であることに気が付いた。
そこは今まで通ってきた道より広くなっており、広場のような感じだ。かがり火は六つほど四方に散らばっており、闇からの支配を拒絶するかのように明るい。
ふと見るとレギオスは一角に岩でできた巨像があることに気が付いた。大きさは全長二メートルほどあり、人の形をしている。いや、これは人の像ではない。その像の頭からは二本のいかつい角が生えており、大きく開いた口からは鋭い歯が飛び出している。その者の眼は異形のものであり、レギオスは睨まれている錯覚に囚われたしまった。
「これは…鬼だな」
「うへぇ〜、こいつはまたすごい顔をしているな。ん? 何か持っているぞ」
目の前の巨像に圧巻した両者はその像の両手に握られたあるモノに注目した。
それは両刃の斧のようでもあったが先端からは槍の刃が飛び出している今まで見たことのない武器であった。その武器の棒状の部分に目をやってみると名前らしき文字が刻まれていた。
「何か書かれているな。バル…バルベ……バルベルトか」
どうやらこの武器はバルベルトというらしい。しかし、何故このような武器がこんな暗い洞窟の一角に鬼の像とともにあるのか? レギオスは目の前にそびえる鬼の表情を見れば見るほどその疑問は濃いものとなった。
すると今まで通ってきた方角とは別の方角からおどろおどろしい唸り声が聞こえてきた。辺りの魔の気配は一層強くなり、息が苦しくなる。
ゆっくりと獣の足が近づくにつれ彼らの警戒心は強くなる。ようやく声の正体を視界に捉えることができた時、彼らはすばやく鬼の像からバルベルトを引き抜いた。
魔獣だったのだ。狼のような形をした魔獣が七匹、彼らの気配を察知してやってきたのだ。魔獣は神獣と違って話など通用しない相手だ。ただ、本能にしたがい殺戮を繰り返す、正に魔という言葉の似合う獣である。
魔獣たちはレギオスらを視界に捉えると一気に彼らに向かって跳びかかってきた。レギオスはザムスと目を合わせるとお互いの意思を確認し軽くうなずくと目の前の魔獣に向かって勢いよくバルベルトを振り下ろした。
ズバシャ――ンッ!
あと少し遅ければ確実にレギオスは目の前で真っ二つになり二つの肉片となった魔獣に食われていただろう。彼は自分の手の内にある武器の威力に驚くとともに自信を覚えた。すぐさまバルベルトを構えると今度は横に振り払い、二匹まとめて斬り裂いた。ザムスも彼に負けじと豪快に振り回し、魔獣たちを一掃した。
一分も経たないうちにその場にはレギオスとザムスしか立っていなかった。バルベルトの刃には彼らが斬り裂いた魔獣たちの黒い血が滴り落ちていた。
レギオスは一息つくとレギオスと軽く拳を合わせる。お互いの戦いを称えてのことだ。そして再び、像に目をやると足元の台座に何かが書かれていることに気づいた。
そこには次のように書かれていた。
《我は復讐鬼。この両の矛を持って我は復讐を果たせり…》
レギオスはここに運命というものを感じた。この鬼は私と同じだ。復讐を糧に生きようとしている。
彼は手に持つバルベルトを強く握るとバルベルトを鬼の像に掲げ。
「我ここに誓う。復讐の鬼として生きると! 我、欲す。最愛なる者を奪いし者の命を絶つ力を!」
洞窟の中で響き渡るその声は彼の決意を表すように長きに渡って辺りを震撼させた。
レギオスはザムスのほうを振り向くと先へと進むよう促した。再び、彼らを暗黒の世界が支配した。しかし、先ほど感じた異様な雰囲気はもはや感じず彼らはスムーズに足を運ぶことができた。
そして数分後、彼らは緑広がる大地へと出た。
――ドムント基地――
洞窟から出たレギオスたちは草原を抜け目的の場所、ドムント基地へとやってきた。
ドムント基地の門へとやってくると門の見張り番の兵士がやってきて、彼らに銃口を向けた。しかし、ザムスの顔を見るとすぐに銃を下ろし気軽に話しかけてきた。
どうやら知り合いらしい。ザムスは門番の男に用件を伝えるとなんなく基地内へと入ることができた。
その足で基地建物内へと入るとザムスは迷うことなくとある部屋の前までやってきた。そして軽くノックするとドアノブに手をかけ、室内へと入っていく。
レギオスも彼に遅れず中へと足を運ぶと部屋には一人の年配の男がゆったりとした椅子に腰掛け、こちらを見つめていた。
「やぁ久しぶりだな、ザムス。山暮らしのほうはどうだい?」
「こちらはいつもと変わらず何とかやってますよ。司令もお元気そうで何よりです」
ザムスと軽く挨拶を交わした司令こと、バルザック大佐はこのドムント基地を統治する司令官である。彼は非常に温厚な性格で部下に優しいため、またそのカリスマ的な司令としての技量から基地内の兵士から慕われている。彼とザムスはザムスの兄を通して知り合った仲であり、彼の兄亡き今、一人身になったザムスをかまってよくしてくれている。
「ところでザムス。君のとなりにいる彼はどなたかな?」
「あ、彼は山で倒れているところを俺が保護したんです。今日、この基地に来たのは彼の件がからんでます」
ザムスの軽い紹介が終わると本題に入るべく、レギオスは口をゆっくりと口を開く。
「私の名はレギオス、レギオス・ザルバンと申します。早速ではありますが司令の人格を信じお願いしたいことがあります。私はアルフォード軍の一兵士であったのですが、とある事から軍に嫌気がさし基地を脱走してここへ来た次第であります。もはや私に帰るところはありません。また、その気もありません。お願いです、司令。私を軍に入れさせてください!」
レギオスは深々と司令に頭を下げた。それは相手に敬意を表す意味もあったが自分の決意を表す気持ちが強かった。
バルザック司令は目の前で頭を下げる男をその貫禄を感じる眼で見つめていた。しばらくの間、思考に耽ると司令はレギオスに頭を上げるように促し、次のように述べた。
「君は何か強い決意を胸に秘めているね。それが何なのか私には分からないが我が軍の兵士として戦いたいという気持ちはよく分かった。よかろう、私が軍のほうにかけあってみよう」
数日後、レギオスは再びバルザック司令の元を訪れ彼から偽りの身分証明書と軍に入隊するために必要な書類らを手渡された。
同じくザムスも入隊のための書類を無事受け取り、彼らは目の前の恩人に一礼すると首都アルベラを目指して部屋を後にした。
――三年後・開戦――
青き空の下、地上では戦士達が様々な意思を抱きながら戦場を駆け巡っている。
この世の地獄、戦場とは正にその言葉に相応しい場である。あるところでは一人の兵士が勇敢に戦い、そのすぐ近くでは何も果たせず無残に散っていく者もいる。
そんな戦場に彼らもまた足を運んでいた。
「な、な、なんなんだあいつらは!?」
「嘘だろ…こちらは四十人もいるんだぞ……」
「人間じゃねぇ……あれはまさに………」
アルフォードの兵士が立ち尽くす目の先には二人の戦士が独特な形の矛を手に取り、次々と彼らを屍へと変えていく。彼らの装備はもちろん突撃銃なのだが、目の前にやってくるその二人に銃弾は一つも当たらない。決して彼らは避けてなどいない。全て矛で防いでいるのだ。
一分も掛からないうちに二人の男はアルフォード兵士四十名を地に返してしまった。そのような偉業を成し遂げたにも拘らず、彼らは全く息を上げていない。
彼らはこの戦場において最新鋭のバトルスーツを着用していたのだがその色は戦場に似つかわしく赤と青という派手な色合いだ。そしてその表情は角の生えたヘルメットによって隠され捉えることができない。
その姿は正に鬼そのものだった。レギオスとザムスは今まさに復讐の鬼として戦場に君臨したのだ。
「はッ、俺たちの手にかかりゃあアルフォードの野郎なんざ朝飯前だな、レギオス」
「作戦行動中はコード名で呼び合うと決めたであろうが、青鬼。それに自信過剰は己を死へと導くぞ。ここは戦場だ、もっと気を引き締めろ」
「まぁ、そう固くなるなよ。俺だって内心は緊張しまくってるんだぜ。まぁ、安心しな。俺はまだ死ぬ気はねぇよ」
一仕事終え、気を緩める青鬼ことザムスに渇をいれたレギオスの下に一本の通信が入ってきた。
『こちら十四区担当、第七小隊。至急応援を求む! くっ、一人のアルフォード兵士に押されている。頼む、至急応援を求む。このままでは全滅してしまう!』
通信が切れるとレギオスの表情は険しいものになった。ザムスもヘルメットごしでその表情は捉えることができなかったが彼の周りの空気が緊迫したものへと変わったためただ事ではないと判断した。
レギオスは一度深く息を吐くといつもの冷静さを取り戻し、ザムスに語りかけた。
「この区域は一通り一掃した。至急、応援に向かうとしよう」
彼らはすばやく行動に移ると目的の地、十四区を目指して駆け出した。レギオスは向かう途中、心の内で感じたものが強くなるのを感じた。彼は先ほどの通信で一つの推測を立て今やその推測は確信へと変わろうとしていた。
応援要請から十分後、レギオスらは目的の場所へとたどり着いた。辺りを見回すといたるところに味方の息絶えた姿が広がっている。よく見ると五十メートル先に兵士たちが集まっている。どうやら目的の敵兵はそこにいるようだ。レギオスは心の内を必死に抑えながらその場所へと向かった。
そして彼の推測は現実のものとなった。
兵士たちが激しくぶつかりあう中、一人の男が常人離れした動きで次々とディーベルクの兵士を倒していく。長くもなく短くもない黒髪に、強い信念を秘めた茶色の瞳。手にはアルフォード軍公式採用の突撃銃RN-14を自分用にカスタムしたものを構えている。
それは紛れもなく己がもっとも知る男であり、共に戦い、分かち合い、かつて親友と呼べた男。そして今では自分がこの世でもっとも憎む男であり、最愛の妹を殺した張本人。
「アルマンッ・ギルガネス〜!!」
突然の叫び声にアルマンは攻撃の手を止めてしまった。いや、アルマンだけでない。その場にいたアルフォード、ディーベルクの双方の兵士たちもその煮えたぎるような怒りの声に本能的に動きを止めてしまった。
アルマンは声の主のほうへと向き、その異様な姿に一瞬恐怖を感じた。目の前に立ちはだかる男が鬼のように見えたからだ。彼はすぐさま目の前に立ちはだかる戦士が只者でないことを理解したがそれ以上にどこか懐かしさを感じた。そして彼は次の瞬間に記憶が巻き戻されるような錯覚に囚われ目の前の赤い鬼が何者なのかを理解した。
「…レギオス……なのか。あのレギオス・ザルバンか?」
「そうだ、アルマン。かつてお前の親友であり、今は最愛なる妹を殺した者への復讐に燃える赤き鬼、レギオスだ!
この日を、この日をどんなに待ち望んだことか。最愛なる人を貴様に奪われ、いつか必ず復讐を果たすと誓い、地獄のような思いをしてまで力を身に付けたこの思い…貴様には分かるまい、アルマン!」
突然の親友の登場にアルマンは言葉を失った。謎の失踪を遂げ三年が経った今、かつての親友は己の敵、ディーベルクの戦士として現れたのだ。しかしその理由も彼が復讐に燃えるのも 全てアルマンは理解していた。この日が来るのを彼は本能的に察していたのだ。
「レギオス…。そうか、いつかこの日が必ず訪れると何となく感じていたがまさか敵国の兵士になっているとは……。良いだろう、復讐を果たすがいい。お前には復讐を果たす権利がある。それはおれも十分理解している。だがおれもこの命をすんなり渡すつもりはない。何故ならおれの命はあの日を境におれ一人のものではなくなってしまったからだ。おれはこの罪を償うためにも、そして二度と同じ過ちを繰り返さないためにもここで易々と死ぬわけにはいかんのだ。どうしてもこの命を奪りたいというのであれば己が力で奪ってみろ、レギオス!」
次の瞬間、双方は激しく激突した。レギオスのバルベルトがうなり、アルマンのジークが吼える。両者共々、互いの攻撃をギリギリのところで交わしては反撃を繰り返す。その戦いはまさに超人同士の戦いであり他の兵士たちが援護、ましてや割って出ることなど不可能に等しかった。双方の兵士たちはただただ目の前で繰り広げられる戦いを見守るしかなかった。
そして刻は流れ五時間が経過した。あれほどまでに激戦を繰り広げた両者であったが、戦いに決着は付かなかった。
レギオスは駐屯地に戻るなり、心の底から真っ赤な夕陽に向かって吼えた。その声は空を駆け抜け、亡き妹の墓前まで届くほど激しいものだった。
「すまない、リース。私は復讐を果たすことができなかった。奴に勝てるほどの力を私はまだ持っていない。しかし、安心してくれ。お前が安らかに眠るためにも必ず! 必ずや奴への復讐を果たす! 例えこの身が滅びようとも、私はアルマンを必ず討ち取ると誓おう!」
この戦いで両者の因縁に決着は付かなかった。しかし、この戦いによって二人は双方の軍にその名を馳せることになる。
アルマンは【アルフォードの戦神】として、レギオスは【ディーベルクの赤鬼】として。そして彼らはその功績からうなぎ登りに昇進を果たし、今では戦局を左右させる部隊を率いるリーダーと成り果てた。
いつか双方の戦いに決着が付く日が訪れるだろう。それがいつになるかは分からないが彼らはそれを心から望んでいることであろう。
それが互いに愛した者が望んでいないことなど知りもせず………。